暦2060年9月14日9:00~19:00
――その感覚に、俺は跳ね起きた。
同時に喪失感。 雷精霊の加護が無い?
「ヴィント!」
『おはよう、レグレス。 緊急事態みたいだね?』
「あぁ! すぐに南東の森へ向かう!」
バサッとローブを被り、家を出る。
9月だけあって少しだけ涼しくなってきた朝の気温を肌に感じながら、心の中で「速力へ追い風を」と願って走り抜ける。
『すごいね……これは、すごい力だよ。 昨日の僕はなんて言っていたんだい?』
「明日は忘れられない日になるだの、そんな言葉ばっかりだったよ! なるほど、これは確かにやばそうだ!」
『だろうね……僕もこれほどの力と見えたのは1000年ぶりくらいだ。 それに、近くにはアイツもいるみたいだし……』
「それってドンナ様か!?」
『え……あ、うん。 よく知ってたね』
ヴィントは驚いたとばかりのリアクションで飛びまわる。
いろいろ気になるが、此処で立問答しているほどの時間は無い。
強大な気配はあるにもかかわらず、音だとか風だとか、そう言った物が常と同じである事が更に不安を加速させる。
ほぼほぼ低空飛行と変わらないような走りでドライの南東の森……領主オステンの森へと辿り着いた俺達は、その感覚の場所へ向かって更に飛ぶ。
冒険者の怠慢だろうか、雑草駆除が為されて居なさすぎる。 蔦の魔物とスライムがかなりいるじゃないか!
「見過ごせないか……!」
『……この蔦の魔物、この辺にいる種類じゃないよね』
「昨日も言ってたな、ソレ!」
氷精霊よ! あの蔦とスライム共を固めてくれ!
風精霊よ! 凍った蔦とスライムを砕いてくれ!
『……うん?』
「どうした!?」
『いや……この地の風精霊達が、懐かしいって騒いでいるんだよ。 同じ方法で駆除した人がいた、って事かな』
冒険者の中にもなかなかできる奴がいる、と言う事か。
2属性適正持ちの冒険者なんてフィアにいただろうか。 ドライには……いるけれど、風と氷ではないな。
レフレッシ・ソートフルという名前が一瞬浮かんできたが、それはローテさんが出した名前だった。 フィア=ローテさんという図式が出来ているせいだろう。
『……この蔦も、スライムも……古代種……?』
「なんだ、貴重な奴なのか!? だったら砕かなかった方が良かったかもしれないな……今は考えていられないけど!」
大方森の深部にいた古代種がなんらかの影響で爆発的に増えた、とかそういう事なんだろう。 研究者連中に渡せば大喜びかもしれないが、人的被害が優先だ。 思えば昨日の昼間にローテさんを襲っていた蔦も、古代種だったのかもしれない。
と、バリバリバリッ!! という轟音と一瞬だけ森の中から輝く閃光が見えた。
恐らくドンナ様だ。
『派手にやってるなー、アイツ……。 でもどうやってこんな出力を……?』
「大精霊様ってのはっ、みんな強大な力を持っているんじゃないのか!?」
『確かにそこいらの精霊に比べたら強力だけど、一番強いのはリヒトとダンケルハイト……光と闇なんだよ。 ドンナも僕も単体ではそれほど力を発揮できない。 レグレスみたいに、願いをくれる人がいれば別だけどね』
「ってことは、あそこには大層強い雷属性適正持ちの精霊術士がいるんじゃない、かっ」
大分近づいてきた。
話ながらとはいえ蔦の魔物やスライムを屠っているので多少魔力は消費しているけれど、まだ大丈夫だ。 強力な存在がどれほどであるかわからないが、そもそも話し合いで解決できるかもしれない事を思えば少しは楽観してもいいのかもしれない。
そして、そこに辿り着いた。
1本の木。 その周囲は焼け焦げ、大きな円を描いている。
そして無数の蔦・スライムの魔物。
『……時の前香……。 まだ現れる前で、これほどなのか……!』
「何の話……って! あれは!」
その木の前に、1人の女の子がいた。
パチパチと身体から紫電を巻き散らし、ファイティングポーズを取る赤茶色の髪。
ローテさんだ。 四面楚歌と言うしかない程のスライムと蔦に囲まれて、なおも戦っているようだった。
風の精霊よ! 俺の前に道を作ってくれ!
『了解!』
ぶぉっ!! と、俺の前方へ凄まじい風弾が放たれる。
それはローテさんの元まで辿り着き、しかしローテさんを傷つけることなく霧散した。 無論、軌道上の魔物は吹き飛んでいるが。
「あ~、この気配はヴィント? 久しぶり~。 何、手ぇ貸してくれんの?」
声はローテさんなのに、口調はドンナ様。
そんな軽ーい感じの態度で、ローテさんの元へと辿り着いた俺達に話しかけてきた。
『なるほどね~、その人間をドンナが操ってたんだ……。 それちょっと負担が大きいんじゃないー?』
「うんー、だから早めに片付けたかったんだけどぉ、湧いてきた古代種マヂ面倒でー。 蔦の奴とか雷飲んじゃうし、マヂ反則ー」
『それでこんなに数が残ってたのかー』
なんとものほほんと会話をする2大精霊だが、ローテさんの身体は疲労困憊と言った様子だった。 汗の量が尋常ではないのだ。
「ここは俺が引き受けますから、ドンナ様たちは離脱してください!」
「なにそれかっこよ~。 もしかしてこの子がヴィントの契約者~?」
『ふふん。 レグレス・ツァイトっていうんだ! 残念なことに僕だけのレグレスじゃないけれど……ハッ!? まさか!』
「いやいや流石に今の状況じゃないって~。 ウチも弁えるっていうか? けどちょっと顔見せてくれない~?」
昨日も同じやり取りをしたな、と思いつつフードを脱ぐ。
すると、ドンナ様はローテさんの顔に手を当てて、
「うきゃ~! マヂいけめん~!」
と、これまた同じような反応をするのだった。
氷の精霊よ! 周囲一帯の魔物を全部凍てつかせてくれ!
自身の魔力の3分の1を支払ってお願いする。
すると、一気に周囲の気温が下がり……魔物と言う魔物が全て凍りついた。
「今のうちに!」
「……フリーレンめっちゃ惚れ込んでるじゃん~。 ううん、それより……凄く良いお願いする~。 ウチもされたい~」
「……ドンナ様」
「あ、うんごめん~。 ローテちゃん大切だしぃ、逃げさせてもらうねぇ~。 あ、ついでに~」
だんっ! とドンナ様は震脚をした。
広がる雷の波紋。 蔦の魔物には効かないようだが、波紋に触れたスライムは全て砕け散った。
「お手伝い~。 んじゃ、ばいきゅー!」
走り去っていくドンナ様。
騒がしい方だったけれど……まぁ、これで……。
『存分にやれる、ね!』
「あぁ!」
後は簡単だった。
「……」
『……』
それは突然の事だった。
何故古代種が溢れかえったのか。 ずっと感じているこの気配はなんなのか。
それを調査するために、一度帰って昼食を取り、再度戻って調査を初めて。
しかし何も出てこない。 どころか、何処からか古代種が湧き始める始末。
よくわからないまま駆逐と調査を繰り返し、夕方へと差し掛かった……その時。
俺達の背後に、それが現れた。
「……落ち着け、ヴィント。 落ち着け俺。 ……これは、やばい状況か?」
『……少なくとも……僕じゃ太刀打ちできない。 レグレス、絶対に怒らせちゃダメだよ……』
わかっている。
いや、わかっていないと不味い。
ここまで……ここまでの存在は、記憶に無いから。
ゆっくりと振り返る。
そこには――
『……オォ。 この気配は……懐かしき、レグレス・ツァイトか……』
全高を、100mを優に超えるだろう、その巨体は、
『礼を言う……傷を治してくれたばかりか、この身は……龍へと転る事ができるのだから』
その頭を下げて、そんなことをのたまった。
大きな、大きな……二本足の、ドラゴンが。
「へ?」




