暦2048年8月30日14:00~00:00
脳裏には映像ごとシーンが浮かび上がっているのに中々文に起こせない
「私にはね、8人の弟と、6人の妹がいるの!」
家に入ってすぐ、そんなことを聴かされた。いやどんだけお盛んなんだよご両親。
「それでね? 8人の弟と、6人の妹と、私はみんな同じ誕生日なの!」
いやどんだけお盛んなんだよご両親!! そしてどんな依頼なのかがわかってしまったァ!!
「もうわかると思うけれどね? 私を含めて、家族で誕生日パーティを開くとどうしても大量の料理が必要なの。家族の大事な誕生日にお母様に料理を作らせるのは嫌だし、コックさんを雇うのはお金がかかりすぎるし。だからレグレスさんへ依頼したのよ!」
でしょうね。まぁ確かにそれだけ人数がいるなら理解できる。
「レグレスさんは依頼なら完遂してくれるって噂だったし、予約の依頼は受け付けないってお話だったから今日依頼することになっちゃったのだけれど……、無理そうかしら?」
ずっと黙っている俺に不安を感じたのか、少しだけしょんぼりとした雰囲気を出しながらこちらを振り返る。かわいい。
「いえ、すみません。メニューと調理時間を計算していました。無理なんてことはありません、俺にお任せください。」
そういうと、シャーリィさんは輝かんばかりの笑顔を浮かべた。すみません、計算なんてしてないです。
「やっぱり依頼して正解だったわ! さ、こっちが厨房よ。蔵にある食料は何を使っても構わないから、お願いね!」
「正解かどうかは料理を食べてから言ってください。それでは早速準備にとりかかります」
どうせ感謝されるならしっかり仕事を終わらせてからの方が気持ちがいいからな。今日中に終わればだが。
さて、蔵か。玄関とリビングが一体となっているタイプの家で、カウンターを挟んで厨房がある。左手には2回へと通じる階段。右手には……壁? 窓はないのか。
うーん? なんだこの違和感。厨房へと入ってみる。キッチン。水道、窯、炎魔法……ではなく雷魔法利用したIHクッキングヒーター。ご家庭によくありそうなキッチンだ。
そして厨房の奥には扉。これが蔵だろうか? ひいてみる。開かない。押してみる、が、開かない。引き戸だった。
ガラガラと音を立てて開いた蔵と思われる扉。その先には、予想通り且つ予想外の光景が広がっていた。
肉は肉、果物は果物という様に分けられた、天井にも届きそうな食料群。厨房の引き戸からは想像できない広さだ。
先程の違和感が解ける。つまり、この庶民家以上豪邸未満の家は、3分の1が食料蔵なのだ。居住スペースは3分の2。だから間取りを見て違和感を覚えたのだ。狭すぎると。
「これは……腕が鳴る」
古今東西様々な場所から集められたであろう食料。なるほど、これだけ買ってしまえばコックを雇う金なんてでないだろう。そしてこれを今日一日で使い切っても良いと言われたのだ。
自分が食べるわけでもないが、舌なめずりをする。備え付の調理器具を手に、この山への挑戦を開始した。
★★★★
「ねーちゃん! このピザおいしいよ! こっちのスープも!!」
「あ、それあたしのピザ!! あんたそれ何枚目よ!!」
「へぇ、このベリーこんなところに入ってるんだ……」
「すっぱ!! けど美味しい!!」
「はいはーい、今行くわよー! たくさんあるんだからケンカしなーいの!」
「これなんていうジュースなんだろう。見て、透き通るような青よ。」
「ほんとだー! 宝石みたいね!」
「ん~! あまぁ~い! このチョコケーキさいっこぅ!」
「いや、あんたさっきからケーキ食べ過ぎでしょ……。あ、そこのゼリー頂戴。」
「うぅ……甘い誘惑が……でもこれ以上はお肉が……。」
「なに気にしてんだよーっ!今日くらいンなこと気にしてないで食べようぜ飲もうぜ!!」
「こぉらっ! あんたに酒は5年早いよ!!」
「まぁまぁ、母さん。今日くらいはいいんじゃ……。」
「パパー、そーゆー惰性がこどもをダメにするんだよー。」
「お前はそんなダメ人間の一人だがな。」
「コックさーん! お肉おかわりー! 肉肉肉肉肉肉肉肉ゥ!」
「耳元で肉肉うるっさいわ!! あ、俺にはカルパッチョお願いします。」
良い言い方をすれば賑やかだ。悪い言い方をすれば騒がしい。だが、自分の料理であれだけ騒いでくれるのは嬉しいものがある。
考えながらも手は止めない。できるだけ料理がかぶらないように出してはいるものの、リクエストも多く、あんまり気にしていられない。
料理を作ってカウンターに置く。料理が消える。料理を作ってカウンターに置く。料理が消える。その繰り返しだ。
一瞬ちらっと鈍色の腕時計を見る。20時40分。半分か……ッ!
『雑草討伐』より体力を使っている気がする。大皿スパゲティお待ちィ! 左手が掴んだ素材はオーク肉! ポークソテーに決定!
そんな感じで目まぐるしい時間は過ぎて行った。
★★★★
「あー、ちかれたー。」
時間は23時40分。シャーリィさん含むゲブースターグ家の面々全員が酔いつぶれたり、騒ぎつかれたりして眠りについたのを見届けてから、俺はゲブースターグ家を出た。
宿についたら預けていた部屋のカギを受け取って1階の部屋を目指す。廊下の突き当たりだ。部屋に入った俺は身の着そのままにベッドで横になった。
前と同じ位置。同じ寝相になった瞬間、俺の意識は深い深い闇の向こうへと堕ちて行った。
☆☆☆☆
壁掛け時計の長針と短針、その両方が12を示す。
その瞬間、レグレスの部屋の床に大きな時計のような陣が現れた。
光り輝くその時計陣は、その長針と短針を反時計回りに回転させ始める。
ジリジリと時計を巻き戻すような音とともに、陣を中心として風が舞いあがりカーテンや家具を揺らすが、レグレスが起きる気配はない。
長針が二回転するごとに、床に描かれた時計陣は色を変える。緑から黄緑 黄緑から黄色、黄色から薄橙、薄橙から濃橙、濃橙から赤。
長針が十二回転した時点で陣の色は赤紫。そこから更に紫、青紫、青と色相を変えていく。
長針が二十四回転。短針が二回転。そして陣の色が緑に戻った瞬間。
ジリジリという巻き戻す音も、巻き起こる風も、光り輝く陣も消えていた。
ゲブースターグ家
父:57歳。母:51歳。
長女:24歳。次女:12歳。三女:11歳。四女:9歳。五女:9歳。六女:5歳。
長男:21歳。次男:18歳。三男:12歳。四男:10歳。五男:10歳。六男:9歳。
七男:7歳。八男:5歳。