暦2060年9月15日13:30~17:00
「レグレス・ツァイトさん……。 うーん、あの時の人と比べると……若過ぎるし、そもそもあの人の名前はレフレッシ・ソートフルだったし……うーん……?」
とりあえずリーゼさんを街の中に招き入れ、お気に入りのカフェで一息ついた。
相変わらず街の人たちは俺の方を見ているが、話しかけてくる様子は一向にない。
ここのマスターだけ、俺に声を掛けてくれるのだ。
「さて、リーゼさん。 お生憎ながら私の記憶にあなたは居ませんが……この私に、どのようなご用件なのでしょう?」
「へ? あ、あぁ。 えーっと、さっきも言った通り調査協力よ。 フィアの東にある森と、ドライの南に或る森……その真中で、大きなクレーターが発見されたの。 余りの大きさと、丁度フィアを訪れていたツボルフの伝手からコレが最上位の竜……ないしは、龍である可能性が高いと判断が降りたわ。 今回はフィアの街とドライの街、共に協力して事の解決をしよう、って事で、とりあえずの伝達役兼代表として私が挨拶に来たってワケ」
リーゼさんは一息で言い切る。
特に息切れしている様子も無く、見た目からは想像もできないような肺活量をしている事がわかった。
じゃ、なくて。
「えっと……最上位の竜? それは本当ですか?」
「少なくとも大きさだけなら、って話だったけどね。 最上位……蛇竜か、最悪2足歩行の龍がいる可能性があるって言ってたわ」
「そのツボルフの伝手というのは、信用に値する者で?」
「えぇ。 なんたって、ツボルフの竜騎士部隊の隊員ですもの。 じっさいに騎竜も見せてもらったわ」
最上位の竜と言われる蛇竜は、読んで字の如く蛇の様な姿をした竜だ。
手足は胴体の太さに比べると短いものの、その巨体でありながら滑り泳ぐように空を駆け、雷雲を呼んでは辺りに雨を降らす。
1000年以上昔にフュンフの街に現れた物ですら、蛇竜より下のランクに位置付けされているのだ。 どれほどの物かわかるだろうか。
また、龍というのは竜が精霊の祝福やら加護を纏ったり、気の遠くなるような時間を経た個体のみが至れるという、全く別の高位存在になる奇跡そのもの。
形こそ1000年以上前のフュンフに出現したというドラゴン――オルトレネというらしい――と同じであるが、ひとたび世に降り立てば人類を滅ぼすほどの災厄、もしくは使者の蘇生すらをも凌駕するような奇蹟を世にふりまくと言われている。
『ほとんど伝説上の存在なのは間違いないね~。 けど、いないわけじゃない』
「竜騎士の騎竜がその場でひれ伏したのよ。 これは確実だ、って言ってたわ。 ちなみにベヒモスよ」
「……それが事実であれば、今すぐにでも調査に行かなければなりませんね。 ですが……」
「?」
俺の記憶には、そんな物を調査したという事実も龍と相まみえたという体験も、無い。
そして先程からニヤニヤしているヴィント。 明日は忘れられない日になるという言葉。
今までの経験を総合すれば、あとは簡単だ。
「……わかりました。 調査依頼として承ります」
「ありがとう! 少し時間は遅いけど、さっそく行く?」
「……いえ、行きません。 その案件は、私1人でやりますから」
「……は?」
少なくとも、未来がわかるヴィントをしてリーゼさんの事を知らなかったんだ。
なら、明日の調査にリーゼさんはいない。
酷な言い方をするならば――要らない。
「蔦の魔物1匹倒せないような人は、正直足手まといです。 体つき、そして体勢からして足技が得意なようですが……もし竜、ないしは龍を相手取る事になった場合、あなたには逃げる以外の選択肢が無いでしょう? 彼らの外皮は硬い。 素手で攻撃しようものなら、簡単に折れてしまいます」
「……」
ドライの街は花と風の街だ。
だから、植物系の魔物は他の街に比べれば多少は強い。
けど、あくまで多少だ。
あの程度を倒せない人間は、戦闘行為において邪魔にしかならないんだ。
「……」
「すまないね。 情報提供はありがたく受け取っておくけれど……あぁ、今日の宿泊先等が決まっていなければ、ドライの街のギルドへ行くといい。 フィアの街のギルドマスターを無碍に扱ったりはしないだろう」
「……」
絶句、と言った様子のリーゼさんを尻目に、マスターに代金を払う。 勿論2人分。
仕方のない事だと諦めてくれるといいんだが……。
「……」
「ん?」
今一瞬、何かが視界を横切ったような――。
『なるほど、そう言う事だったのか!』
ヴィントの言葉と共に、背後――リーゼさんの居た所で膨大な魔力が立ち昇ったのを感じた。
振り返りつつ思いっきり後退する。 おいおい、店内だぞ!?
咄嗟にマスターの方を見て見れば、カウンターをすっぽり覆い隠す風精霊の結界。
いや、風だけじゃない……。
「雷精霊……?」
『へぇ、見えるんだ! 流石僕のレグレス……そうか、今日にはもう会ってたんだね。 全く気配が無かったから気が付かなかったよ……』
嬉しそうにヴィントが店内を吹きまわる。
風精霊の結界の中に、パチパチとした明るい雷精霊が混じっているのだ。
「……改めて、自己紹介が必要なようね……。 あの時のあの人も思い返してみれば失礼極まりなかったし……!」
「えーっと……リーゼ、さん?」
その雷精霊は、ある一点。
丁度リーゼさんの真後ろ辺り……そこにいる、大人しそうな女の子から流れているのが見えた。
っていうかいつのまに現れたんだあの子。
「私はフィアの街のギルドマスター、ローテ・リーゼ! フィアの街最強の格闘家よ!」
『ローテめっちゃキマったわコレ。 コレなら舐められないわ』
ん?
騒いだことを謝ってカフェから出たのち、とりあえず人目につかない空地へとやってきた。
「えーっと……リーゼさん、その後ろの方は?」
「後ろ? ……誰もいないけど?」
あれ? 見えてない?
『レグレス、彼女に雷の適正は無いよ。 どうやら彼女が勝手に力を貸しているだけらしい』
「……そんなことがあり得るのか?」
『僕も飄々としている自覚はあるけれど、アイツも風変わりな性格だからね。 恐らく気まぐれだけど……精霊術を使える、というわけではないんだと思うよ』
格闘家って言ってたしなぁ。
「もしかして、筆頭精霊術士さんには誰かが見えるの?」
「ん……あぁ、精霊が居るように見えたんだ。 もしこの精霊がリーゼさんについていてくれるというのであれば……連れて行くことも吝かではないんだが」
「……それって、私の実力を全く見る気が無い、って事よね」
「それについては謝ろう。 だが、格闘家は最もお呼びではない……と言えばいいのかな。 素手では精霊術にはかなわないだろう?」
フュンフの桁外れ共を除いて、だが。
少なくとも達人級の格闘家より、見習い精霊術士の方が役に立つと俺は思っている。
魔力を捧げ、願えば……彼らは、それを聞き届けてくれるのだから。
「いいわ……なら、決闘よ! 私の拳、私の蹴り……体術を舐めきったあなたに、見せつけてあげる!!」
『ローテそれフラグだって。 相手メチャヤバだよ、ヴィントとリヒトとフリーレンついてるヨ』
「さぁ、構えなさい!」
あぁ、これだから脳筋は。
『マジサンキュー。 昨日も思ったけど、アンタマジイケメンくね?』
『そりゃあもう! レグレスは最高に綺麗な顔をしてるよ!』
「はは……そりゃどうも。 素直に嬉しいよ」
とても大人しそうな雰囲気の服装の、とてもギャップのある口調の存在に礼を言われる。
リーゼさんは意識を失って風精霊の揺り籠の中で眠っている。
勝敗は一瞬だった。 というか俺は手を出していない。
擬音で表すならパチッ! ブオン、パチッ! バタッ!
リーゼさんがこちらへ拳を振り抜いたかと思うと、その拳から低出力の雷精霊術が出てきた。 パチッ!
俺はそれに対して身を守ることを選択。 風精霊で周りを固める。 ブオン!
跳ね返る雷の精霊術。 パチッ!
倒れるリーゼさん。 バタッ!
うん。 我ながら、正確な状況描写だと思う。
『なんつーの? 最近ローテ頑張り過ぎちゃっててぇ、ほら、昨日とか大分無茶したっしょアタシ。 あ、覚えてないんだっけ?』
『ちょっとドンナ! このレグレスはまだ! 余計な事口走っちゃだめだって!』
『あ、マジで? そりゃごめん。 あやマリリン~』
「えーっと……」
名前付きの、雷精霊。
この時点で大体察しはついた。 何より、大精霊であるヴィントと対等に話している時点でわかるというものか。
「雷の大精霊様……で、間違いないですか?」
『うん~。 雷の大精霊、ドンナってゆー。 しくよろ~。 あ、でも明日は会えないんだ~。 残念無念~』
『ドンナ、ダメだってば! ていうか何!? もしかして加護与えに来たとか言わないよね!』
『そのまさかだったりすーるー。 ハイこれ~』
「はい?」
ドンナ様の手に浮かんだ黄色い光球が、ふよふよ~っと俺の方へ近づいてくる。
『おかしいと思ってたんだよ……昨日が千載一遇のチャンスなら、加護を与えるはずなのに……狙ってたな!』
『ソレ、ローテの幸運だってばー。 気付いてる系~? 時の残り香~』
『気付いてるよ……だからリヒトもフリーレンも加護あげたんでしょ? リヒトは私事が7割くらいあるんだろうけどサ』
『ウチも入れて~8精霊中4精霊の加護~。 フォイアル、ヴァッサ、エルデはともかく~』
『ダンケルハイトか……』
ふよふよが俺の中に入る。
すると、今までの数倍以上――雷精霊を知覚できるようになった。
「こ、れは……」
『やったねレグレス! 多分史上初、人類最多の4属性適正持ちになれたよ!』
『記念に~そのイケメンみさせて~?』
4属性適正持ち。
光・氷・風・雷……。
フードを取る。
『うきゃ~! めっちゃイケメンじゃん~! ヴィント、ずるすぎくない?』
『早い者勝ち! ……って意味ではリヒトの1人がちなんだけどさ』
「……これは……凄まじい全能感ですね。 気を付けないと呑まれてしまいそうだ……」
事象の内の半分が、この手によって掌握で来た感覚、とでも言おうか。
まるで魂の大部分が自然と化してしまったかのような、そんな感覚だ。
最早、杖もいらない気がする。
『加護は魂に張り付くけど、時間の影響を受けてしまう。 けど、大丈夫。 レグレス、明日は忘れられない日になるよ!』
『それじゃあ、来る日まで……ウチはローテについてるから~』
「はぁ……? やっぱりその遠回りな言い回しは大精霊様には標準装備なんですね」
『アハハ、それめちゃウケるんだけど~!』
大人しそうな少女が口元に手を付けてクスクスと笑う。
絵面はコレなのに、声とのギャップが……。
『それじゃ、ローテはウチが運ぶから気にしないで~』
「あ、はい。 すみません……」
『ばいび~』
最初から最後まで軽いノリでドンナ様はどこかへ行ってしまった。
『レグレス、そろそろお休みの時間だよ。 宿に戻ろう』
「ん、そうだな……。 明日を楽しみにしておくよ」
『それはいいね!』
明日、何があるんだろう。




