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Esiw Kcolcre Tnuoc(旧題:感謝される男)  作者: 劇鼠らてこ
ツヴァイの街のレグレス・ツァイト
22/33

暦2020年4月16日12:00~16:00

★★★★は時間の進み


★☆☆★は1人称と3人称の切り替え

「本日は、ツヴァイ学術図書館を、ご利用ありがとうございます。本図書館では、貸し出しは行っておりません。館内でお読みください。また、本館貯蔵書物につきましては、精霊魔法による監視が行われていますので、盗難、破損はすぐにわかります。意図しない破損については大目にみてやるから隠したりしないようにお願いしまーす。」


 付け焼刃みたいな丁寧語で言われてもな……。最後の方なぁなぁだったし。


「あー、涼しい。快適だ……。」


 今日俺が、この図書館に来たのは本を読みに来た。なんて殊勝な理由ではない。涼みに来たのだ。

 少し前から季節は、明確な区切りこそないが、冬らしい天候が終わりをつげ、春になった。

 だが、ここツヴァイの街においては、ぽかぽかとした陽気に包まれて、という言葉が当てはまらない。

 街中で響く金属と金属のぶつかり合う音。重い石がズシンと落ちる音。そして、目の前を通り過ぎただけでわかる熱気。

 街中の工場が目を覚ますのだ。


「冬は家で過ごして春になったら仕事始めるとか……。それで仕事になってるからすごいよなぁ。」


 ガラス職人、武器職人、防具職人、また、それらの量産工場。

 家具職人、魔道具職人、薬剤師や絵描きまで。

 冬の間、死んだように眠っていたツヴァイの街は、春になると職人の街として息を吹き返す。春が来るたびに新しいものを生み出し続けるその様は、蘇生というより誕生だ。


「そんな激動の中、静かな図書館でひんやり満喫。と……。依頼も、」


 ここで、依頼もないし、とかいうと依頼が舞い込んでくる気がする。絶対そうだ。


「寝るか……。」



★★★★


「……ない? ……い、起きてくれない? ……がない。ていっ!」


 ……ん? 何か小突かれたような……。寝ている俺に気付かせるってことは、相当な力で殴られたんだろうが……敵意を感じない。


「……ぅぉぉおお、殴ったこっちが痛い。なんなのコイツの頭……。本があるから魔法は使えないし……。ねぇ、起きてよー。」


 ゆっさゆっさゆっさゆっさ。なんなんださっきから。半目をあける。困り顔の女の子。厄介事か? だが、今日に限っては何かした覚えはないぞ。

 だが女の子だ。


「何か御用で?」

 

 今の今まで寝ていたことを感じさせない速さで起き上がり、尋ねる。


「え? あ、いつのまに……。じゃなくて。アナタ、レグレス・ツァイトって名前だったりする?」


 目を白黒させていた女の子は、好奇の籠った目でそう尋ねてくる。はて、こんなかわいい子に名前覚えられるような事したっけな。


「はい、俺がレグレス・ツァイトですよ。もしや、ご依頼で? でしたらギルドを通してもらわないとなのですが……。」


 一応、俺の仕事はギルド直属。正確には王族直属だ。正式な依頼ならば順序を辿らないと受けられない。まぁ、ギルド職員に俺の名で指名依頼すればいいだけなのだが。


「依頼? あぁ、ごめんなさい。私はアナタの事は良く知らないの。ただ、気になってしまったから、問題を解消したかっただけで……。」


 え、なにコレ。告白? 一目惚れの告白?


「はぁ。それで、その問題とは一体なんでしょうか。俺にできる事なら力を貸しますが。」


 さっきは半目で横になっていたから気が付かなかったが、この子思ったより背が高い。寝ている俺に会わせて屈んでいただけのようだ。緑がかった長い髪を腰のあたりまで伸ばしている。かわいい。


「あぁ、それは……、って、ごめんなさい。私、夢中になると順序とか無視しちゃって……。私の名前は、エアツェールング・G・メーアヒェン。長いからメーアでいいわ。この図書館の館長をしているの。よろしくね?」


 G? Gってまさか……。


「よろしくお願いします。それで、失礼ですが、ミドルネームのGってゲシヒテ、だったりします?」


 ゲシヒテは、1000年以上続く名家のミドルネームだ。学術関係、歴史関係における大貴族のようなもの。


「そうだけど……。よくわかったわね。ま、気にしないでいいわ。それと、私その名前で呼ばれるの嫌いだから、名前で呼んでね。」


 それをあっさりと嫌い、だって……? いや、まぁ、当人たちしかわからない苦労とかがあるのかもしれない。


「わかりました、メーアさん。ちなみに何故嫌いなのか聞いても?」


 ちゃん付けするほど幼くない。先程かわいいと称したが、どちらかというと綺麗の部類であることがわかる。


「え? だって、かわいくないじゃない。ゲシヒテって響き。」


 響きの問題だった。


「そ、そうですね。あ、それで問題とはなんなのでしょうか。」


 そう、そんな学術の大貴族様が、俺を見て問題を解消したかったというのだ。図書館へ涼みに来るような俺を見て。


「あ! そうだったわね。聞きたいことはいっぱいあるのだけれど、まず1つ。アナタ、今幾つかしら?」


 幾つ……というのは勿論歳の事だろう。最近は誕生日時計を確認していなかったので正確な事はわからない。


「はぁ……。多分ですが、26、7と思いますが。」


 多分な。


「そ、そう……。そうよね。当たり前よね。じゃあ2つ目! アナタ、竜を倒した経験ある?」


 俺が答えると、メーアさんは何故かすごく落ち込んでしまった。俺が26、7だと何かあるのか?


「竜、ですか? この辺に出現する竜なら、中級上位くらいまで倒したことありますよ。」


 そもそもツヴァイの街周辺にはそこまで強い魔物が存在しない、翼竜種は厄介であるものの、魔道具技術の発達したツヴァイにおいてはただの空飛ぶ大きな的だ。燕や鷹といった小さな鳥の方が捉えづらい。


「そうじゃなくて、もっとこう……山みたいにでっかい奴、倒したことないかしら?」


 山みたいにでかい竜? そんな竜、確実に災厄指定されて各街から高ランク冒険者がぞろぞろ来そうだが。


「いえ、すみません。そんな竜見た事すらないですね。」


 俺が答えると、やはりメーアさんは目に見えて落ち込む。なんだ、そんなに意外な事か?


「そうよね、私だって、30年以内にそんな竜が現れたなんて聞いたことないもの。じゃあ3つ目。アナタ、他の街へ行ったことはあるかしら?」


 他の街? ない、いや、一度だけあったか。


「一度だけ、アインスまで依頼受けて行きましたね。それ以外はありません。」


 メーアさんはもう泣きそうだ。なんか可哀想になってきた。


「うん。そうよね。そんな上手くいかないわよね。うん! じゃ、最後の質問よ。

 あなたのその名前、偽名?」


 ……。

 変な事を聞く女だ。俺の名前が偽名であるはずがない。

 俺の名前は俺だけのものだ。

 あの時、レグレス・ツァイトが交わした誓約は、俺だけの――。


「いえ、俺は元からこの名前ですが……。そもそも、偽名なんてできない事、わかっているでしょう? 精霊の監視があるのですから。」


 名前を複数持つことならできるが。増やした分、制約が課されるらしい。増やしたことないから知らん。


「ひ……。あ、そうよね。ごめんなさい。何か勘違いしていたみたい。不快な思いさせちゃったわね。

そうだったわ。同じ名前を名乗ることは出来ない。それは古来からの真理。でも、それじゃあ、あの記述は何? 書き損じ? ゲシヒテに限ってそれはないわ。いえ、ゲシヒテの様に、称号の様なものだとしたら……。世襲ってこと? それなら辻褄が合う……かしら? ねぇアナタ、親はなんという名前かしら?」


 んあ? 最後の質問って言ったから、もういいのかと思って寝てたぜ……。


「親ですか? んー、アレ? 親、親……。親の、名前? 思い出せない……? いや、違う。育てられた記憶がないからか。いや、それも違う。俺は温かみを知っている。だけど、アレは親ではない……?」


 記憶に断絶は有り得ない。なのに、なんだこの靄は。

 俺をあやしてくれている影が見える。俺を囲う様に覗き込んでいる影が見える。

 だけど、それが親でないことも、兄妹でないことも理解できる。

 じゃあ、俺は誰から生まれたんだ?


「い、いいわ! ごめんなさい! デリカシーの無い質問だったわね。今日はこの辺で失礼するわ。本当にごめんなさい。」


 メーアさんは怯えた様に、図書館の奥へ速足で駆けて行った。図書館で館長が走るなよ。


「……なんか気持ち悪いな。明日、ちょっと調べてみるか。」


 どこかもやもやする記憶から目をそらし、図書館で涼むのを止めて家路についた。宿だが。


★☆☆★


「館長―? 図書館は走っちゃダメですよー? さっきもおっきい声で喋ってたし。模範となるべきあなたが騒いだらダメじゃないですか。」


 入り口で、受付兼案内をしていた男が女――館長であるメーア――を叱っていた。

 叱るといっても、怒気を込めた口調ではなく、諭すような優しさが感じられる。


「ごめんなさい。でも、アレに怯えない人間はいないと思うわ。だって、うっすらとだけど。アレは確実に……。」


 そこでメーアは言い淀む。何故ならば、ソレは人間全てが忌むべきもの。口に出すのも憚られる、絶悪。


「瘴気、ですか?」


 ソレを、事も無げに言い当てたのは、男だった。


「えっ……? 何故、ソレを……。いいえ。見ていたの?」


 男は、にっこりと笑って首を振る。横に。


「いいえ? 僕はずっと、受付にいましたから。見てませんよ。」


 さも当たり前のように。先程の発言もそうだが、まるで用意していたかのように喋る男。


「じゃあ、なんで瘴気だと……? アナタ、そんな感知能力高かったかしら?」


 瘴気の感知能力。それは、総ての人間が持っている基本技能。高い低いはあれど、幼子でも持っている本能。


「ハハハ、さて、どうでしょうね。」


 不意に、メーアは思い出した。

 この男の名前を、メーアは知らない。

 館長である自分が、受付の名前を知らない。


「アナタ、名前はなんだったかしら?」


 故に、尋ねた。

 忘れているわけではない。

 知らない物を尋ねた。


「フフフ、あぁ、名前。名前を尋ねられた事なんていつぶりだろう。ソレに気付けたあなたは、館長は、すごいです。誇っていいですよ。」


 目の前の存在の雰囲気が一変する。

 先程、レグレス・ツァイトに感じたソレと同じ。

 でも、こっちは、もっと静謐な――。


「僕の、私の名前はエルデ。土の大精霊をしております。」


★★★★


エアツェールング・ゲシヒテ・メーアヒェン:25歳。ゲシヒテ家の次女。図書館内の書物半数を記憶している。残り5年で全て覚えるつもり。

ゲシヒテ家:歴史の編纂を続ける、1000年以上続く名家。同じく1000年以上続く名家、エスピア家と繋がりが深い。

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