暦1000年3月6日9:00~12:00
レグレス君が聞かない限り、名前は出ません。
勢いよく目を開く。
木の天井。夜明け特有の日差しが美しい。
「はぁ……、わかっちゃいたが、おもしろくねぇよな……。」
一昨日の記憶の始まりを思い返せば、あの竜は討伐できたのだろう。
それは良い。面白くないのは、自身が消化不良であるということ。
自身の性質を理解しているくせに、時間を気にせず戦闘に耽っていた自分に非があるのはわかっている。それでも、長年付き合ってきた性質を不条理だと、理不尽だと思わざるを得ない。
「はぁ……、朝飯喰いに行くかね……。」
装備を整えて宿を出る。
向かう先はギルドだ。宿よりも飯が美味い。
★★★★
「僕が思うに、君の斧は柄をもう少し短く、且つ頭を重くした方が威力が出るんじゃないだろうか。」
「あー、なんだ、そりゃそうかもしれねぇがこれは昔からの愛用でな……。」
「そういや気になってたんだがお前、洞窟探索の時そんな長い槍持ってて突っかからんの?」
「馬鹿にしているのか君は。僕がそんなミスするわけないだろう。」
「はーん、そんなもんかね。」
「自分で聴いておいて興味ねーぞこいつ……。」
まだ9:00だってのに、騒がしい。
「お、レグレスじゃないか。朝飯か?」
俺にいち早く気が付いたのはリーダー。そいや名前聞いてなかったなぁ。
「あぁ、ここの飯は宿より美味いからな」
そもそもあの宿は宿泊施設としてのみ機能する。食事は食事処で、だ。
「俺も同伴して構わないか?」
なんだコイツ。食べてなかったのか。
「あぁ、いいぜリーダー。」
そう返事すると、リーダーはキョトンとした顔になる。なんかマズったか?
「り、リーダー? 確かに街の防衛班では班長をしているが、そう呼ばれたのは初めてだぞ?」
あー、周りがナチュラルにリーダー呼びしてたから気が付かなかった。
「ふむ、リーダーか。良いあだ名だ。実力も伴っている。何より呼びやすい。」
「よっ! フュンフのリーダー! 俺もこれからそう呼ぶことにするわ!」
「大剣使いってのもリーダーっぽいよな。長剣や槍よりも。」
「斧よりもな。」
俺のリーダー呼びに、周囲が騒ぎ立てる。
「ありがたい事だが……いいのか? お前の方が実力は上だろう。」
俺リーダーって呼ばれるの嫌なんで。恥ずかしいんで。
「俺は特殊な部類だからな。それに、みんなを纏め上げられるのはリーダー、お前さんだけだと思うぞ。」
信頼しているぞ、といった感じで肩を叩くと、リーダーは頬を染めた。
野郎が頬染めたって気持ち悪いだけなんだが。
「お、料理できたみたいだぞレグレス。早く食べようぜ!」
露骨に目をそらし、露骨にテンションをあげて席に向かうリーダー。
だからそういう反応を野郎がやってもなぁ。
「おいお前ら。……今日中に広めちまえよ?」
「ふ、わかっている。」
「がってんだー!」
「あいよー。」
ノリの良い奴らだ。
★★★★
「いい味だった。流石ギルドの料理長。格が違う。」
いやホントに。なんでも、ウーアから流れてきた料理人らしいのだが、とても美味しい。
「で、レグレス。今日は何かないのか?」
唐突に切り出してくるリーダー。何かってなんだ?
「何の話だ?」
心当たりがない。こういう場合、経験則では明日の俺に原因があるのだが……。
「ん? あぁ、本人は知らんのか。みんな、お前の事こう呼んでるぜ。『先見』ってな。なんでも、聞いたときは意味の解らない忠告が、翌日になれば全て自分の為になってるとか。」
なんだそりゃ。こっ恥ずかしい二つ名だな。
「はーん、そんな大した人間じゃないんだがねぇ。」
自身の性質が異常なものだという自覚はある。この性質が何によって引き起こされているのか、知りたいと思ったことは数えきれない。だが、俺自身はそう大した人間じゃない。性質を理解していなかった頃は、普通の青年だった。
ん? 性質を理解していなかった頃――?
「おーいレグレス? なんでもいいんだ、何か気になる事とかないか?」
リーダーの声に引き戻される。
その目は溢れんばかりの期待に満ちていた。
「はぁ……。そうだな、南門の櫓。見張り強化しておけ。特に深夜を。」
そういうと、途端に真剣な表情になるリーダー。街の防衛班班長としては聞き逃せない情報だろうからな。
「そいつは……。わかった。忠告、感謝するぞ。」
そういってからリーダーは立ち上がり、俺の分の皿までカウンターに返してから出て行った。
「ほらな、そういうトコがリーダーなんだよ。」
★★★★
「さて、と。」
昨日、話を聞いた時から気になっていた。
瘴気を纏った竜が現れた場所。南門から見える山脈だ。
「山脈つっても結構見えるもんだな……。しょうがねぇ、空から見るか。」
南門の櫓を降りて、周囲を確認する。街人はいないな。
「れでぃー、ごっ!」
クラウチングスタートの姿勢から5歩で最大速度まで加速。
6歩目に足を曲げて、一気に伸ばす。
「よいっしょおおおおおお!」
跳躍。
「んー、まだ肌寒いなー。もう少し高度下げればよかったかな?」
言いながら、下方に視線をやる。
1つ目の山脈。違うな。
2つ目の山脈。これも違う。
3つ目の山脈。これも――、ん? 樹木が退いている?
「つーことは、4つ目……当たりィ!」
眼下に見える4つ目の山脈……。何か、大きなものが落ちて来たかのような凹みが出来ている。
「どっかに大岩ねーかな……。アレでいいか。」
5つ目の山脈に差し掛かろうかというところに鎮座する大岩に、背負っていた量産品ロングソードを投げつける。
「ん、命中! あとは手繰り寄せるだけ、と。」
量産品ロングソードの柄に括りつけておいた縄を手繰り寄せて、高度を下げる。大岩が浮き上がりそうになるのが、まぁ浮き上がったら蹴り飛ばせばいいだけなので力強く手繰って行った。
「着地成功! やりゃできるもんだな。さて、と。」
ぶっつけ本番だったがなんとかなるもんだ。
さっき見えた凹みから、少し離れたところに着地したので、歩いて向かう。
「木々に沢山の傷跡……剣だけじゃねえな。だが、この広がり様からして、大分古い傷……。」
凹みに近づくにつれてそういった傷跡が増える。戦争痕か?
「さ、着きましたよっと……。なんだこれ……。」
凹み。
直径は100m近くある。何かが落ちて来たというへこみ方ではない。どちらかというと、長年重いものがあって、それをどかした時にできる物だ。
「土が湿ってる上に、微妙に生暖かい……? この時期だぞ? そんなの、つい最近まで何かがいたとしか考えられないじゃないか……。」
そう。何かだ。大岩のような無機物ではなく、生物。あの瘴気の竜でさえ負けるほどの、大きな何か。
「そんなん、龍しか思い浮かばねぇ……。」
龍。1000年以上の年月を経た極一部の竜が、精霊に見初められて’成る’という、伝説上の生き物。
伝説上とはいえ、目撃例が無いわけではない。ツボルフの上空で龍を見たという竜騎士は後を絶たないし、目撃証言を纏めた本だってあるくらいだ。
だが――。
「昨日、櫓の見張りは突然瘴気が立ち上り、竜が現れたと言っていた。」
つまり、龍は目撃されていないということ。
「なのにまだこれだけ暖かいってことは……。」
ことは……。
「どういうことだ?」
残念ながら頭脳労働は俺の仕事ではない。そういうのは、そう。あの白衣の集団にでも任せればいいのだ。
「まぁ大事にならんことは経験済みだからな。大丈夫だろ。さ、帰って昼飯喰おうかな。」
★★★★
フュンフの街編、完!




