暦2048年8月30日9:00~14:00
戦闘描写なんてなかった。いいね?
「やぁ、昨日は危ないところを助けてくれてありがとう! もし何か困ったことがあれば、僕たち【鉱石の音色】を頼ってくれ! 必ず君の助けになる!」
今日最初の感謝は、これから竜退治にでも行くのかという程の重鎧を着込んだ、冒険者パーティのリーダーからだった。 炎天下だというのに金銀の煌びやかな鎧を身に纏う5人組のパーティは、重さを感じさせない素振りで俺の前で一礼をし、歯を輝かせて笑いかけてきた。 イケメンだった。
「いえいえ、どういたしまして。困ったときはお互い様、ですよね?」
なんて、俺は曖昧に返す。 【鉱石の音色】は5人全員が重装槍兵という偏ったパーティであるものの、その戦績は凄まじく、悪竜を1パーティだけで倒したという逸話がある。
そんなパーティの『危ないところ』を俺が『助けた』ね……。
正直言って全く身に覚えがない。
確かに俺は人助けを生業としている。 だが、昨日やった事と言えば、街に住むご婦人の愛猫探しと、騎士団員を夫に持つ女性から依頼された浮気調査くらいだ。 散々街中を探し回った挙句、猫はご婦人の庭園で日向ぼっこしていたし、浮気疑惑のあった騎士団員は妻へのプレゼントに悩み、知人の女性を頼っていただけだった。 犬も食わねえェ。
断じて高ランクパーティの危ないところを救うなんてした覚えはない。
だが、向こうは好意全開だし、こちらも感謝されて悪い気はしない。 詳細はしらんが、こうやって返しておけば波風も立たないし、【鉱石の音色】とのコネも得られる。 所謂処世術だ。
まぁ、どうせ無駄なるのだろうが。
彼は俺の返事にニカッと笑ったと、仲間を引き連れて街の外の方へ去って行った。
白く、健康的な歯だった。
俺は俺で今日の依頼を終わらせるかね……。
今日の依頼は『雑草討伐』と『誕生日会の調理依頼』の2つだけだ。
『雑草討伐』は時間指定がなく、『誕生日会の調理依頼』19時から22時まで。
チャッチャと『雑草討伐』を終わらせて、『誕生日会の調理依頼』へ向かうべきだな。
俺は腰に提げた剣を確認して、【鉱石の音色】が向かった方向とはまた別の方向にある街の出口を目指した。
★★★★
「ゼィアッ!!」
荒くなる呼気と共に剣を振るう。 俺のふるった剣は容易く相手を切り裂き、次の敵へと向かう。
今ので何体目だろうか……。 考える暇など敵が与えてくれるはずもなく、わらわらと密度を増して俺に遅いかかかってくる。 俺は剣を水平に持ち、踏み出した右足を軸に思いきり体を回転させる。
ズバババァッ!!
小気味良い音ともに、緑色の体が真っ二つになる。
「ふぅ……。 やっと終わったか。」
警戒は怠らないが、周囲に気配はない。 樹の幹を背に、どかりと座り込んだ。 太陽は真上にある。
依頼主に話を聞いて、最初の敵と遭遇してからおよそ2時間休みなく戦っていたようだ。 いくら敵が弱く、取るに足らないものであるとしても魔物は魔物。 少しの油断は命取りになる。 そんな緊張感が次第に体力を奪っていた。
そう、『雑草討伐』というのは、指定された場所に蔓延る植物型の魔物退治のことである。
植物型の魔物は、基本的に繁殖力が高く、一度発生すると広範囲に広がるものの、一体一体は見習い冒険者でも楽に倒せるほど弱く、もろい。
こいつらの厄介な所は、どれだけ繁殖しているのかわからないことと、束になると割と固いという点だ。
まぁ森の所有者からすれば雑草だわな。
炎魔法でも使えば一瞬で灰燼にできるのだが、生憎ここは森。しかも領主サマの所有地とあってか、依頼主からは極力森を傷つけないでくれとのことだった。 そのため剣で対応したわけだが、都合よく魔物全てが束になってくれるわけもなく、こうして時間がかかってしまったのだ。
数刻休んだところで立ち上がり、両肩を回して剣を仕舞った。
今日の依頼はこれだけではないのだ。 早めについて準備をさせてもらおう。
★★★★
カン、カン、カンと門についたドアノッカーを鳴らす。 豪邸、という程ではないが、庶民の家と言われると違和感がある。 そんな大きさの家だ。
俺は家なし宿暮らしだが。
「はーい!」
程なくして家の中から幼さを残す少女の声が響き、ドアが開く。 門があるとはいえ、誰かを確認せず開けるのは無用心じゃなかろうか。 俺は怪しいモンではないが。
出てきたのは白いワンピースを身に纏い、金糸のような髪を靡かせた女性だった。
女性だった。おかしい。 声は確かに13,4の少女だったのだが……。 いや、見た目で依頼人の判断はすまい。
「あなたが依頼を受けてくれたなんでも屋さんかしら?」
……まぁやっていることは確かになんでも屋さんだわな。 そう名乗った覚えはないのだが。
「はい、『誕生日会の調理依頼』ということで参りました。 ご依頼の時間は19時でしたが、調理依頼ということもあり少々早めに来てしまいましたがよろしかったでしょうか?」
少々早目とは言ったが現時刻14時40分。 どう考えても早すぎだった。
「えぇ、えぇ! 構わないわ !さ、どうぞ上がってくださいな。料理は沢山作ってもらうんだから準備だって必要よね!」
OKらしい。 寛容な依頼主で助かった。 ワンピースの女性は門の閂を外し、俺を中へと誘う。
「あ、そうだ! なんでも屋さんの名前、教えてくれるかしら? いつまでもあなたじゃ呼びづらいもの!」
快活な女性だなぁ、とか、ええ御魅脚じゃのう、とか、考えていたら名前をきかれていた。 基本的に依頼主の名前を聞いたり、俺から名前を言ったりすることはなく、割とあっさりした関係で終わることが多いのだが、別に隠しているわけでもない。 必要が無かっただけだ。
「俺はレグレスと言います。 レグレス・ツァイト。」
俺が名乗ると、女性は嬉しそうににっこりと笑った。 かわいい。
「私はシャーリィ! シャーリィ・ゲブースターグよ。 レグレスさん、ゲブースターグ家へようこそ!」
シャーリィ・ゲブースターグ:24歳。ゲブースターグ家長女。声年齢14歳。金髪。白いワンピース。