暦2051年1月3日15:00~17:00
フリーレンは、薄青色の髪。ベリーショート。右目に罹る前髪。深紅の瞳。薄青色の服。裾の方から雪の結晶みたいに大気中に溶けている。そんな格好。
多量の魔力を一気に使ったことで、全身に倦怠感を覚えながら宿に向かう。
まだ寝るには少し早い。
ベッドに横になりながら先程の事を考えることにした。
「ふぅ……、しっかし、なんだったんださっきの感覚。気持ち悪いな。」
魔力が尽きた――と思った瞬間、自分の内側がどこかに繋がったような感覚と共に、莫大な魔力が供給された。一度にではなく、小刻みにだが。思い出そうとしても思い出せない。だが、不思議と拒否感の無い……というか、元より自分の魔力であったかのような親和性だった。
「魔法関係はどうにもわからんな……。アインスの街に図書館とかあったかなぁ……。調べようにもどこから手を付けていいやら。」
アインスの街は交易街なので、流通という面での本は沢山あるのだろうが、それは全て一か所にまとめられているわけではない。様々な商人の手元に様々な値段で置いてあるだろう。そんな金はない。
「やめやめ。考えるのやーめ。……しかし寒いな、ホント。受付に毛布貰ってくるか……。」
宿の部屋は、火の精霊魔法と風の精霊魔法による空調が為されているなのだが、どうにも寒い。窓には霜が降りているくらいだ。
「ん? 霜? ……え、そんな寒かったか?」
まさかさっきの氷魔法の影響? 天候にまで作用するとか宮廷魔術師になれるんだが。
「ふん……、そんなわけがないだろう。【時の愛し子】/『時を遡る旅人』。僕がいるからだ。なるほど、リヒトの加護では寒さは防げないか……。フォイアルの加護でもあれば別なのかもしれんが。……これで、どうだ? 寒さは和らいだだろう?」
窓の横に突然、青白い少年が出現する。
身長は150㎝程。青白い髪が左目を覆い隠している、隠れていない方の瞳は燃え盛るように深紅。肌の色と相まって黒にすら見える。
少年が立っている床は薄い氷の結晶が咲いている。
「うぉっ!? え、なに、幽霊? おぉ、寒くなくなった……? 状況がつかめない……。」
幽霊。発生原理のわかっていないなにかしら。どこにでも現れると言われるが、真面目に研究している者は少ない。そういうのが好きそうなエルフが一切の興味を示していないからだ。エルフ達は多分知っているのではないだろうか。
「ふん、幽霊か。幽霊は精霊だ、」
精霊なのか。
「もっというなれば大精霊だな。目撃されているのは多分ほぼヴィントだろう。リヒトの可能性もあるが、あいつが見える者は限られているからな……。」
大精霊様でしたか。
親しそうに名前を呼ぶこの少年は何者なんだろう。
「僕も大精霊だ。フリーレンという。よろしく頼む。【時の愛し子】/『時を遡る旅人』。友になってくれてもいいんだぞ。もれなく加護をやろう。」
大精霊様でしたか。
雰囲気からするに、氷の大精霊様だろうか。
「あ、俺はレグレスって言います。こちらこそ、よろしくお願いします? フリーレン様。友……でしょうか。俺で良ければ、お願いします。」
何かとても軽い会話が。大精霊様に会ったのは初めてだが、みんなこんなノリなのだろうか。こんなノリで、いいのだろうか。
「構わないさ。人間が、主たるはエルフだが……、あいつらが執拗に崇め奉っているだけで、僕らは本来どこにでもいる存在だ。接する態度など、どうだってかまわない。様付だってやめてくれていいぞ。」
いいらしい。
「さて、お前と……、いや。レグレス。君と晴れて友に成れたのだ。証として、加護をやろう。こちらへ寄ってくれ。」
そんな気軽にあげていいものなのか……?
加護。一番有名な加護といえば、水の加護だろうか。水の加護を得た人間は、聖女や聖人と呼ばれる。ただの水の精霊魔法に、治癒効果が付くからだ。あともれなく水の攻撃精霊魔法も上手くなるらしい。
「……よし、こんなところか。ん? どうした? ぼーっとしていないで、こっちに来てくれ。……まさか、立てないのか? 昼間の一件はそこまで疲労を与えていたのか……。」
フリーレン様……フリーレンは、右手の上に薄青色をしたクリスタルを出現させ、左手でこっちへこいと手招きをしている。
「昼間の一件って……見てたのか? あ、もしかしてあの規模の氷の精霊魔法が使えたのは、フリーレンのおかげだったり?」
怠い体を押して立ち上がる。窓の前にいるフリーレンの前までよたよたと歩く。うわ、本当に疲れてるんだな俺。
「いや、あれに僕は関わっていない。魔力の供給もしていないぞ。」
フリーレンのおかげじゃないのか……。
「さて、レグレス。これが加護だ。【氷の大精霊の加護】。ふ、受け取ってくれ。」
薄青色のクリスタルから、薄青色をした光の球体が出現する。それは、ふよふよと漂いながら俺の胸に吸い込まれていった。
一瞬、俺の身体が薄桃色と薄青色に光る、
「……?」
なにも起こらない。
「ちっ、許容するとか言っておいて……リヒトめ。どれだけ注いだんだ……。」
フリーレンが舌うちしている。どうでもいいけど、美少年が舌うちしているとなんだか申し訳ない気分になる。
「ふん、まぁいい。レグレス。友よ、これからよろしく頼むぞ。じゃあな。」
言うが早いかフリーレンはその体から氷の結晶を散らせつつ消えて行った。
「はやっ! ふぅ……。何も、変わったトコは見受けられないんだが……。まぁ、見る人が見れば違うんだろう。」
昼間の疲れが俺の身体に寝ろと囁いてくる。
ヨタヨタと窓際からベッドに向かう。バタリと倒れこんだ俺は、
「あ、毛布忘れてたな……。いいか、寒くなくなったし。」
そのまま目を閉じた。
★★★★
「ふむ……。時の呪い……、いや、加護なのか? 想像以上に面倒だな。無理をさせてしまったかもしれん……。ゆっくり、休んでくれ。」
レグレスの泊まる宿の遥か上空。
雲に身を預けた少年が呟いた。
「レグレスが僕を知らないということは、明日僕はレグレスに会えていない……。そして、僕がレグレスを今日初めて見たということは、レグレスは昨日以降僕と合えない……。まさに一期一会だな。一日一会か? レグレスと共にいられる時間は一日しかないというわけだ……。何が【時の愛し子】だ。かわいそうに。」
どこか虚空を眺めながら、愚痴のような独り言を呟いている、
「ふふふ、仕方のないことよ、フリーレン。あの子がレグレス・ツァイトである限りそれは変わらないわ。ふふふ、そのために加護を与えているのだもの。ふふふ、私だけのお友達でなくなってしまったことは少し悔しいのだけれどね?」
少年の横に乙女が現れる。
「リヒト……。お前はいいだろう。実質二日はレグレスと共にいたのだから。それに、あのレベルの加護。祭殿にまで招いたのだろう? 僕もできることなら祭殿に招きたかったぞ。」
僕は不満です、という顔を乙女に向ける少年。乙女は、にこにこと笑いながら答える。
「うふふ、どう? 羨ましい? 羨ましいでしょう? あの子の視点ではどうなのかはわからないけれど、少なくとも私達の中では私が一番よ。ふふふ、あなたは二番。加護の総量も、譲らないわ。」
乙女の答えに苦い顔をする少年。
「くっ……。だが、僕が加護を与えた事はみんなに知れ渡っただろう。いずれ、ドンナやヴィントも接触してくると思うぞ。それはいいのか?」
「えぇ、そこまで制限するつもりはないわ。それに、レグレスの事を考えれば、全大精霊の加護は必要になってくるだろうし。ダンケルハイトとだけは仲良くしてほしくないのだけどね。ふふ、まぁ、ダンケルハイトは人間嫌いだから、大丈夫かしら。あぁ、あの時に戻ってダンケルハイトとレグレスが会うことを阻止できれば……、いえ、それはレグレスに対して無神経ね。反省するわ。ねぇ、フリーレン。レグレスをこれ以上ダンケルハイトに会わせない方法って、ないかしら? フリーレン? あなたも、ダンケルハイトがレグレスと仲良くなるの、嫌でしょう?」
一気にまくしたてた乙女。口調は笑っているのに表情は百面相だ。
怖い。
「僕は別にダンケルハイトを嫌っているわけではないんだが……。ん? というか、レグレスはダンケルハイトと会ったことがあるのか? そんな話、ダンケルハイトから聞いたことが無いぞ?」
ダンケルハイト。闇の大精霊の名だ。人間に興味のあるリヒトや、人間と昔から関わってきたフォイアルとヴァッサから嫌われている頑固オヤジ。それがフリーレンからみたダンケルハイトの印章だった。何故嫌われているかといえば、ダンケルハイトが人間嫌いだからだ。
「アハトの街のお話しですもの。あなた、あの領域に近づきたがらないでしょう? それに、ダンケルハイトが自ら人間の話をすると思うの?」
アハトの街。そこは確かに、少年――フリーレンが苦手とする場所だ。氷の大精霊であるフリーレンにとって、アハトの街は地獄でしかない。
アハトの街は、言ってしまえば砂漠だ。砂にまみれた都市。灼熱の大地に聳え立つ背の高い建物が群列する鉄の都市。
「思わんな。そして、アハトか。確かにここ50年ほど近づいていなかったな……。」
「でしょう? ふふふ、やっぱりわかっているじゃない、フリーレン。あの人間嫌いはやっぱり害悪よ。あなたの氷で閉じ込められないかしら。ふふふ、私の光では相殺されてしまうもの。そうね、それがいいわ。フリーレン。フリーレン? 何故顔を背けているの? 無理? ふふふ、やってみなくてはわからないわ。ふふふ、ダンケルハイトはどこにいるのかしら。最後に見たのはアハトだし……。そうだわ、エルデ! エルデならきっと知っているはずよ。あの子、ダンケルハイトと一緒にいる事多いですもの。さ、そうと決まればエルデを探すわよ。大丈夫、エルデならその辺の土中にいるでしょう。さ、寝てないでいくわよフリーレン!」
一気にまくしたてたリヒトはフリーレンの手を引いて夜の闇へ繰り出す。
「一人でやってくれないか……。あぁ、引っ張るな、面倒な……。」
心の底から面倒くさそうな顔をして、ぐちぐちと文句を言いながらフリーレンもその身を闇へと投げた。
★★★★
アインスの街、完!




