暦2050年12月22日13:00~15:00
レグレス君食後なのに……。
エラフの街は、正二十面体である。
地上に4つ、空中に4つ、地下に4つ頂点があり、住民はその正二十面体の中に住処を築く。
地上に出ている部分の内面には無数の穴が開いており、そこから水魔法やら風魔法やらを上手い事使って気温や天候を調節しているらしい。完全に、完璧に調整された気温と気候は、農作物や樹木を巨大に育て上げる。エラフ産の野菜たちが特別と呼ばれるのはこれが所以であり、また木々が青々と茂り続けているのもこれが原因だ。
さて、先に説明した頂点であるが、12の頂点の内の8つ。地上の4つと空中の4つには祭殿が築かれており、エルフ達は毎日そこで祈りをあげるという。地下の4つは、地下である事と、正二十面体の面を構築する物質が謎物質であるせいで、もしかしたら祭殿があるかもしれないが発見できていない、というところで落ち着いているらしい。エルフ達はその中で、思い思いに住処を伸ばしているのだ。
決して正二十面体の外へ増築する事なく内へ内へと増やしていく事で、段々と土地がなくなってきていることがエラフの街の社会問題となりかけているらしいのだが、俺には関係のないことである。
そんなエラフの街のどこかにある光の祭殿。勿論の事俺はその場所を知らない。1/8の確率なんて当たるわけもないので、素直にリヒトへと案内を頼んだのだが……。
「あ、ちょ、ちょいおまちよ! よっ、あぁ、もう! 普通の道を走ることができないのかい! というかアンタどんな身体能力してんだい! ちょ、そこは壁だよ!」
それに着いてこられるビュルガーさんも大概だと思う。
現在、俺はリヒトの案内によって光の祭殿へ向かっている。光の祭殿は8つの頂点の内の、南東側・空中にあるらしく、そのまま建物をすり抜けて行こうとしたのでなんとか引き留めて、すり抜けはやめてもらった。心の中で大声出すという器用な真似ができるようになった。どこで使うんだこのスキル……。
「ほっ、ふーん、面白い街だなぁ……。まるでハチの巣だ。っと、観光はまた今度だな。見失ったら帰ってこられる気がしない。」
すり抜けるのはやめたリヒトであるが、もとから空中をふよふよと漂っている存在だ。道なりなんてことはなく、階段だろうが屋根だろうがスイスイと進んでしまうので、俺も三角跳びなど、本来通るべき場所でない所を無理矢理進んでいかなければならない。ビュルガーさんは、俺が光の祭殿へ行けることを証明とする、と言った手前、自分が見に行かなければならないと思っているらしく、必死についてきている。別にエルフを派遣して、見張っといてもらうとかでもいいと思うんだけどな。
「ふふ、うふふふ、こっちよ。レグレス。ふふふふ。エルフも面白い地形にしたものよね。ふふふふ。昔はあんなだったのに……。」
リヒトも、すり抜けずにエラフの街を見るのは初めてなのか、そもそも祭殿から出ないのか、興味深そうに周囲を見ながら飛んでいた。飛んでいるスピードは時速50kmくらいなのだが。はえーよ。
「あんた……、どんなスピードで……、はぁぅ、
『其、世界を泳ぐ者。風を以て我に力を!』
ふぅ、これで少しは楽になったさね。見失っても祭殿までいっちまえばいいが……、もしあの客人が迷いでもしたら面倒だ。急ぐさね!」
後ろで風魔法の気配。ビュルガーさんが風魔法で身体強化をしたらしい。
「あらあら、ふふふ。相変わらず人間の『お願い』は無駄が多いわねぇ。ふふ、かわいらしいけれど、もっと強く願ってくれた方が聞き取りやすいのにね。」
エルフの魔法を以てして無駄が多いのか。大精霊としての感覚で言えばそうなのかもしれないが、あの少ないワードであれだけ効力が持てるのは、俺としては流石としか言いようがない。
「あら? ふふふ、レグレス。ふふふ、人間の『お願い』に雑音が多いと思っていたのは、そういうことなのね。ふふふ、レグレス。精霊への『お願い』は、口に出す必要はないのよ。ふふふ、私達に人間のような鼓膜は存在しないわ。ふふふ、私達精霊は、生物の心を読み取るの。今、私とレグレスが会話しているようにね? そこから、どんなことをしてほしいのか、どんな規模にしてほしいのか、どれだけ魔力をくれるのかを読み取って、『お願い』を叶えるのよ。」
衝撃の真実だ。つまり、詠唱文なんていらないってことじゃないか。何故誰もこのことを知らないだ?
「ふふふふ、それはね? レグレス。それはね、こうして、対等に、友として人間が会話することは、私とレグレスが初めてだからよ。レグレス。あぁ、私の愛しい友達。ちなみに詠唱文は……、1000年も遡った辺りかしら? 白い服を纏った人間たちが使いだしたのよ。まぁ、『魔法を使いたい使いたい使いたい何か反応してくれ頼む』って『お願い』だったから、目の前で光を弾けさせてあげたわ。正直、具体的にどうこうしたいって『お願い』の方が聞き取りやすいしわかりやすいのだけれど……。それ以前の人間たちは、しっかり心の中で『お願い』してくれたのに、その人間が出てきてからはうっすらとしか『お願い』してくれなくなってしまったわ。」
白い服を纏った人間は、多分当時の魔法学者だろう。多分、言葉に出さずともお願いを聞いてくれると知っていた者だけが精霊魔法を使っていて、それを見てどういうプロセスで魔法が出ているのかを研究していた人がいたんだろう。そこで、試しに詠唱文を作って魔法を行使してみたらリヒトの光が出てしまったと。学者は詠唱文のおかげで魔法が使えるようになったと勘違い。その結果様々な詠唱文が作られ今に至る……。そんなとこだろうか。ふむふむ。面白いな。つまり……。
風精霊さんや、ちょっと俺の靴の下から風を吹かしてくれないか?
「ふふふ、ええ、ええ。それが『お願い』よ。ふふふ、イメージが強固であれば強固であるほど読み取れるイメージも鮮明になるわ。」
イメージ通り、俺の靴の下から風が吹き付ける。うーむ、これはいい。さらに速度をあげられそうだが、ビュルガーさんの事もある。俺が楽できる程度に思っておこう。
結構進んできたし、もうすぐだといいんだが。
★★★★
それは、大岩だった。
エラフの街々を突き抜けて出たその場所は、開けた空間となっており、正二十面体の頂点部分と同化するような形で大岩が浮いていた。
こちらを見下ろすような大岩の真ん中には穴が開いており、リヒトはそこへ入っていく。おいおい、俺は飛ぶ呪文なんか……。あぁ。
風精霊さんや、俺をゆっくりあの穴へと届けてくれないか?
「へぇ……。祭殿へ入るための飛行魔法まで保有しているなんて、やっぱり本当に光の大精霊様の……。っと、
『其、世界を泳ぐ者。刹那と崩壊の化身。其の風で、我を浮かせたまえ。』
流石に簡易発動じゃわたしゃ無理だからねぇ……。というかあの客人、さっき無詠唱じゃなかったか?」
後ろでぶつぶついいながらビュルガーさんも飛んでくる。その詠唱文は、あの時の保護魔法に似ていた。多分こっちが本来の詠唱文なんだろう。先程本来も何もないという事実を聞いたのだが。
俺とビュルガーさんの体は、大岩の穴へ向かう。穴ではリヒトがこちらへ大きく手を振りながら満面の笑みを浮かべて待っていた。
「ふふ、ふふふ。こっちよ、レグレス。はやくおいでなさいな。ふふ、ふふふ。友達を家に招いた大精霊も、私が初めてよね。ふふふ。あぁ、甘美なこと。」
大岩に近づくほど、光精霊の気配を体で感じるようになる。無骨な大岩だが、その気配は驚くほど純潔で、清廉で、潔白だ。そこに荘厳さが掛け合わせられ、静謐な雰囲気をかもしだしていた。
俺の体が、大岩の穴に設けられていた、船着き場のような、謎物質で作られた足場へとつく。と、ともに風精霊の気配が霧散した。ありがとさん。
「ふふ、精霊に礼を言うなんて、変わった人間ねレグレス。魔力という対価はしっかりもらっているのだから、礼まで貰ったら対価ではなくなってしまうわ。ふふふ、でもそこが良いのかもしれないわね。ふふ、レグレス。愛しい友達。」
謎物質で作られた足場は、そこから大岩の中心部へと向かう階段に隣接していた。もちろん階段も謎物質だった。これをのぼるのか。
風精霊さん、ちょっと――。
「ふふふ、なんでもかんでも精霊を頼っていたら、魔力が無くなってしまうわよ? ふふふ、その時は、私が運んであげるけどね?」
や、やめときまーす。
★★★★
正二十面体の美しさよ。




