暦2050年12月22日9:00~10:00
国の名前がライヒで、王都の名前がウーア。レグレス君の拠点がフィアで、今いる街がエラフ。エルフの棲むエラフ。
いつもと同じ寝相。いつもと同じ時間。いつもと同じベッドで目を覚ま……、あれ? 俺の泊まっている宿屋のベッドはこんなに柔らかくないぞ? 東側に設置された木枠の丸窓からは暖かな日差しがこぼれている。これも違う。俺の泊まっている宿の部屋は一階で、西側の突き当たりだから朝日なんざ入ってこない。鼻をかすめる匂いは、新築の家みたいな樹木の香り。んん? ほんとにドコだここ。
「おぉーい! 客人! 朝だぞ起きなァ! 朝飯だよ! 降りてきなァ!」
階下から気概の良い声が聞こえる。この声……、ビュルガーさんだな。ってことは、ここはビュルガーさんの宿屋か? 客人だなんてまた他人行儀な。
「ぬ、はーい! 今向かいまーす!」
寝癖を手で整え、階段を降りながら寝る前の記憶を掘り起こす。うーむ、いつものベッドで寝ていないから記憶が曖昧なんだよなぁ。
えぇーっと。なんかすんごい保護魔法受けて闇の祭殿に突っ込んで、ギリギリで瘴気を抜け出して、それから……。
そうだ! 光の大精霊様をナンパしたんだ!
頭を抱える。なんかその前に色々話した気がするけどほとんど聞き取れていなかった。精霊語とかそんなんなのかな。そんなことより俺あの時なんつったっけ? 確か、リヒトちゃん、今度お茶しようぜだっけ?
ガン、と階段の壁に額をぶつける。いやいや、光の大精霊様をナンパするって。しかも口上が古いんだよ!
「おいおい、客人。何があったかなんて野暮な事聞きやしないが、折角拾った命を無為にしたりしないでおくれよ?」
ガンガンガンガンと額をぶつけまくっていると、ビュルガーさんに声をかけられる。いえ、自殺するつもりはないんです。自戒なんです。
「近年稀に見る変な客人だねェ……。まぁいい。座りなよ。朝食は何がいいかね?」
何がいいって、メニューも何も渡されてないんだけど。え、何ニヤニヤしたまま立ってるの? なんかいい事でもあったの?
「んじゃ野菜カレーでお願いします。」
俺がそう注文すると、ビュルガーさんはその目を少し瞠いた。んん? そんなに驚く事か? 俺がこの宿で知ってるメニューは野菜カレーくらいなんだし、予想はつくと思うんだが。
「へぇ……。客人。そいつをドコで知ったんさね? そいつは旅帰りの同胞たちにしか出していない、謂わば裏メニューみたいなもんなんだけどねェ?」
昨日あなたに出してもらいました。って、まぁ薄々わかっていたけど、また俺は忘れられているのか。まぁ少しだけ期待したことは否めないが、いつものことだ。諦めて話を合わせよう。
「あはは、いえ、この街出身の、とある友人に聞いたんですよ。この宿で頼むなら野菜カレーだって。」
そんな友人など俺にはいない。だが、この街から他の街への旅行者は大勢いるのだ。その内のだれかと友人になったって不思議ではないだろう。
「へぇー、ふぅん。ちなみにその友人の名前は教えてくれるさね? あぁ、一つ言っておくが、あたしはこの街で生まれた子供の名前は、全て覚えているからね?」
え、なに、なんでこんな俺追い詰められてるの? やばいやばい、名前覚えてる友人なんてログのおっさんくらいしかいないぞ! 勿論の事、おっさんはこの街の出身ではない。えぇーと、えぇーと。そうだ!
「はは、リヒト、って名前の女の子です。知ってますか?」
光の大精霊様の名前だ。その存在に肖って同じ名前を付ける親が一人くらいはいるはず! いなくても、ほら、一応光の大精霊様もこの街出身? だろうし!
「はぁ? く、あっはっはっは! あんたソレ本気で言ってんのかい? あっはっは、だとしたら……。うん、そりゃ最高だよ! 光の大精霊様にまであたしの野菜カレーが好評だってんだからね! あっはっは、いいよ、待ってな! 特大の大盛りにしてやるよ!」
リヒト=光の大精霊様らしい。信仰対象と同じ名前を子供に就ける親はいなかったようだ。だが、何かビュルガーさんの中でいい具合に着地したらしい。助かったぜ。
ビュルガーさんが厨房に引っ込んだことで、心に余裕ができる。忘れていたがここは宿の食堂。普通に俺の他に客がいた。隅の方の席で、身の丈程もある大剣を壁に立てかけ、朝っぱらから酒を煽る30くらいの男エルフ。ダンディイケメン。その対面で、静かに本を読みながら果実水を飲む20くらいの男エルフ。イケメン。中央に近い席でこっちをちらちらみながら仲間と話す小柄な女エルフ。美少女。そんな美少女を窘めつつも、やっぱりこっちが気になる様子の落ち着いた雰囲気の女エルフ。美女。我関せず、といった様子で目を閉じ、こっくりこっくりしている女エルフ。美少女。これでもかというほど熱い視線を俺に送ってくる宙空に浮いた白い乙女。美女。そこはかとなく敵意を送ってくる矢筒を背負った男エルフ。白い乙女の靴のせいで顔は見えない。多分イケメン。
うん……。待とうか。まぁ、エルフが美女美形揃いだったのは、昨日保護魔法をかけてもらった時にわかっていた。だからそれはいい。
宙空に浮く白い乙女! あんた光の大精霊だろうだろう! なんでここにいるんだ!!
「ふふふ、やっと気づきましたね、レグレス・ツァイト。ふふ、ふふふ、あぁ、声に出さなくても結構ですよ。私達精霊は、あなた方人間の声を聞いているわけではありませんから。私たちが読み取っているのは心。精霊を想う気持ちがそのまま声になります。ふふ、何故エルフ達が驚かないのか、ですか? うふふふ、ここに居る者には私の姿はみえませんから。レグレス・ツァイト。あなたが特別なのです。ふふ、レグレス・ツァイト。あなたは私を友と呼びましたね。ふふふ、友。友! あぁ、なんて甘美な響きなのでしょう。ふふふ、この世に生まれ出でてから幾星霜。私を友と呼んだのは、あなたが初めてですよ。レグレス・ツァイト。ふふふ、友の質問に答えましょう。何故ここにいるか。それは、あなたがあの場所へ来てくれたからですよ、レグレス・ツァイト。」
喜。嬉しい、喜び、歓び……。様々な感情が綯い交ぜになって、しかしその全てが喜びの感情で。それが、ダイレクトに俺の心へ響いてきた。それに、今この大精霊は、俺があの場所へ来たから自分はここにいると言った。あの場所とは闇の祭殿の事だろう。つまり、ビュルガーさんや他のエルフには忘れられていた俺の存在を、この光の大精霊は覚えていてくれたのだ。その事実に目頭が熱くなる。ログのおっさんも、俺の事を覚えていてくれる一人だが、昨日初めて会った奴で、俺を翌日まで覚えていてくれたのは光の大精霊が初めてだ。
「うふふふ、愛されすぎるというのもかわいそうなことですね。愛し子の幸せの為に、その生のために願った事が、今では愛し子の苦痛になっているのですから。ふふ、まぁ、そのあたりは当事者たちに任せましょう。ところでレグレス・ツァイト。光の大精霊、なんて他人行儀ではなく、リヒト、と呼んでくれていいのですよ。うふふふ、名前で呼び合えるのも、友の特権ですよね。ふふふ、友って、なんて甘美なのかしら。遥か昔から人と関わってきたフォイアルにも、ヴァッサにも、ヴィントにも、エルデにも! 友がいたなんて聞いたことがありません。ふふふ、ならば尚更、人と積極的に交わってこなかったフリーレンとドンナ、そしてダンケルハイトに友なんているわけがありませんよね。ふふ、ふふふふ。私が初めて、大精霊の中で友を得たのです。ふふふ。あぁ、嬉しい。」
白い乙女が、それはそれは嬉しそうに頬を染めながら宙を泳いでいるのを眺めていると、ドン、とテーブルに何かが置かれる。それは、鍋だった。鍋?
「何ボケーっとしてんだい。まだ寝ぼけてんじゃないだろうねェ、客人? 全く、闇の祭殿で倒れているのを発見した時は何事かと思ったが、まさか光の大精霊様の友人を名乗る奴だとは思わなんだ。精霊様の友人なんて立場を騙れる奴が、属性が違うとはいえ祭殿に近寄れるはずもない。まぁ詳しい話は喰いながらにしようじゃないか。ほら、たーんと食べな! あたしの特性野菜カレー、盛り付けずに鍋ごとさね!」
★★★★
超常的存在はみんな喋り方が独特。だよね?




