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1-6 卑怯者





 ー男子寮 <ユージン・ハル部屋>






「はあ・・・・孵らねえなあ。」


 ユージンはベッドの上にごろんと寝転がり、勉強で凝った肩をぽきぽきと鳴らした。


「ユージンさん、まだ進級試験まで1週間ありますから、大丈夫ですよ。」


 ルークがユージンの卵(自称:黒竜の卵)をタオルで磨きながら言った。



「へえ、結構綺麗になったね。後で俺のもやってよ。」


 俺は袋の中から深緑色の卵を取り出す。

 最初に比べるとずいぶん模様が濃くなって、ときどき中で動いているのが分かるようになった。


「あ、はいもちろん。ハルさんのは特に念入りに磨かせていただきますよ。」

「ああ!?なんだお前。俺のはテキトーに磨いてるのかよっ!」


 ユージンがルークの首をがっしりと腕で挟んだ。


「あ、いやいやそんな事は。大切な黒竜の卵ですから、しっかりと・・・はい。」



 あの事件以来、俺たちはルークとすっかり打ち解けた。

 もちろん俺があの日庇ったこともあるが、なによりルークはとてもいい奴だった。貴族なのに偉ぶってるところがなく、癖のない性格でとても素直だ。

 こんな事なら、もっと早く友達になればよかったとつくづく思う。



「あの、ハルさんはどんなドラゴンが生まれてほしいですか?」

「え、俺?んー・・・そうだな。」


 そりゃ勿論ユージンやみんなが言うように「黒竜」は魅力的だと思うが、正直この学校を卒業するのに「強い竜」が必要であるとは思えない。

 重要なのは、「温厚さ」と「育てやすさ」だ。


「やっぱり俺は普通に火竜でいいかな。育成マニュアルなんかも細かくのってるしね。」


 そう言うと、ユージンが信じられないという顔で反論してくる。

 最近ドラゴンに関する知識が急激に増えたせいか、一度この論議が始まると終わりは見えない。



「そーいえば、アルヴィス君は何て種類なんですか?僕も気になって一度調べたことがあるんですけど、結構珍しい種類なんですかね。」


・・・やはり気になるか。

 ユージンは入学当初から一度もそんな事を聞かなかったのに、流石はあのフィアナと一緒に居るだけの事はある。


「あーなんか俺も、前に一度ヒルッカ先生に聞いたんだけど・・・ごめん忘れた。」


「お前・・・種類も分かんないドラゴン育ててんのかよ。」

 ユージンは呆れたように言い、ベッドに寝ているアルヴィスのしっぽを軽くつまんだ。



ー!



 驚いたアルヴィスがきゅっと小さな鳴き声をたてて飛び起きた。


「あ、ユージン尻尾はダメだってば!」


 しかしすでに手遅れ。アルヴィスは羽をバタつかせ、逃げるように空かしておいた窓から外へと飛び出して行った。

 ドラゴンの弱点は尻尾・・・かどうかは知らないが、アルヴィスはとにかく尻尾をつままれるのが苦手だった。特に寝ているときは。



「い、急いで探しましょう!凶暴なドラゴンのいる檻にでも近付いたら大変です。」


 俺たちは部屋から飛び出し、3人で手分けして寮の外を探した。



 凶暴なドラゴンに捕まっていたのならまだよかった。仮にも同じドラゴン同士だ。

 しかし・・・・・飛び出したアルヴィスはもっと面倒でタチの悪い連中に運悪く見つかり、そのまま捕まって連れて行かれてしまった。

 それを知ったのは、奴の手下の一人であるヘストスという男が俺を呼びに来たからだった。






ー校舎地下1F <加工肉倉庫>





「おい、これはなんの真似だ・・・アレキサンダー。」


 両手を体の後ろで縛られた俺は、木箱の上で踏ん反りかえる男を睨みつけた。


「ああ?うるせーな。お前・・・今の自分の立場分かってんのか?」


 状況ならば分かっているさ。

 ここは教員も生徒もめったに近づかない地下倉庫。

 俺は一人。あっちは手下のヘストスとゲイルを含めた3人だ。そして、アレキサンダーの手中には口を縛られたアルヴィス。最悪だ。



「要件を・・・言えよ。」


 アレキサンダーの口元がニヤリと歪む。なんて不気味な笑い方だ。きっとろくな事を言わない。


「貴様の持っている卵を俺に渡せ。」


「ー!?」



 アレキサンダーは袋から自分の卵を取り出し、俺に見せた。


「俺の卵と貴様の卵・・・両方俺が孵化させる。それでより強い方のドラゴンを俺の物にして、弱い方は・・・いらないからどこかに逃がすか処分する。」


「・・・・・は?」


 何を言っているんだこの男は。


「ふざけるな。これは俺の卵だ・・・お前なんかに渡してたまるか!」


 俺は両手の縄をぶち切り、隣にいたヘストスとゲイルを投げ飛ばした。

 木箱が割れ、倉庫内に大きな音が響き渡る。

 そのまま勢いでアレキサンダーもぶっ飛ばしてやろうと思ったが、奴の手元を見て俺はピタリと足を止めた。


「おっと・・・それ以上動くなよ。これは交渉だ。貴様の持ってる卵さえ渡せば、俺はこのチビ竜は助けてやろうって言ってるんだ。」


 アルヴィスの首元にナイフ。この野郎、一体どこでそんな悪どいやり方を覚えたんだ。


「いいじゃねえか、退学になるだけだ。どーせ大した目的もなく田舎もんが粋がってこんな学校に来たんだろ。」


「お前・・まじでふざけるなよ。」


 確かに目的はないが、退学になるわけにはいかないんだよ。

 どうする。気技を使うか・・・・しかしあれは二度目は威力の落ちる技だ。


 じゃあいったん卵を渡して、後日こいつをボコボコにして卵を取りすか・・・いや、ダメだ。暴力事件なんか起こしたら即退学。

 しかも教師や他の生徒たちは、俺ではなく貴族であるアレキサンダーに味方する可能性が高い。



 卵を失えばすぐに退学・・・しかし、渡さなければアルヴィスがどんな目に合わされるか分かったもんじゃない。




「こ・・・の・・・卑怯者。」


 その場に膝をついた俺を、再びヘストスとゲイルが拘束する。


「卑怯者は貴様の方だ。一匹育てるのに失敗したからって、二匹も育ててんじゃねぇ・・・・うせろ。目障りだ。」




 俺は後悔していた。

 あの日、この男を再起不能になるまで痛めつけておかなかった事を。あれは模擬戦だったから、いくらでも言い訳はできた。


 俺は闘気を募らせ、髪の毛が逆立つほどの殺気をアレキサンダーに向けた。

 しかし奴の手から逃れようと必死にもがくアルヴィスの姿を見るたび、俺の心は落ち着きを取り戻していく。


 天秤にかける事すらできなかった。






「頼む・・アルヴィスを・・・返してくれ。」



 俺は皮袋をアレキサンダーに渡した。





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