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1-5 56期のお貴族様たち②





 荒々しくも俺に襲いかかるその剣筋は、意外にちゃんとした「型」を持っていた。


 振り下ろす。突く。そして一歩後ろへ下がって、もう一度突く。

 俺は剣を右へ左へ滑らせながら、それをひとつひとつ受け流していった。


 ユージンの話によると、貴族というものは「学術」「武術」の両方の英才教育を受けて育つのがごく一般的らしい。


 なるほど・・・ならば俺も、ここではどちらかと言うと平民よりは貴族に近い存在だったのかもしれないな。


「英才教育」という面で五分に置かれた俺とアレキサンダーの間に差が生まれるのだとしたら、それは恐らく「認識」だろう。



 型を成した動きの最後の「突き」を剣で逸らした俺は、脇をしめ、素早くアレキサンダーの懐へと飛び込む。

 そして焦った奴の手元を柄で軽く叩き、足首を少し引っかけた。



 俺は3つの時には、すでに自分の中にある剣術の才能を知っていた。理解していた。理解した上で、それをそっと自分の横に置き、常に寄り添ってここまで生きてきたんだ。

 その差はでかい。



 仰向けになったアレキサンダーの頬をかすめるかかすめないかギリギリの所に、俺は剣を突き立てた。



「しょ、勝負あり。一本勝負・・・勝者ハル・リトス。」


 ユージンが似合わない口調で声を震わせながら言う。

 悔しさを通り越して悲壮な表情を浮かべるアレキサンダーを見降ろし、俺は剣を抜いた。

 あっけなく終わった。

 悪者をやっつけた達成感。皆の注目を浴びる優越感・・・思ったほどないな。



「くそ・・・貴様・・・絶対許さねぇからな・・・覚えてろよ。」


 アレキサンダーは空を仰いだまま言った。

 そのあまりに悪役じみた言葉を、俺は聞かなかった事にしてその場を離れた。







ー校舎3F <自習室>




「ドラゴンが一日に撃てる破壊砲の数は生まれつき決まっており、えーと・・・青火竜が3発、牙竜が4発・・・それから・・・・」


 ダメだ。集中できない。


 俺は卵を取り出し机の上に置いた。

 アルヴィスがいつものように匂いを嗅ぎ、コロコロと転がして遊び始める。


「はあ・・・・」


 ユージンはどこかへ行ってしまったし、他の連中は俺を見てずっとヒソヒソ何かを言っているし・・・なんで俺がこんな目に。

 しかも、あの後すぐに戻ってきたフィアナが俺を鋭い眼光で睨んでいた。


 怪我をしてボロボロだったルーク。地面に倒れこんだアレキサンダー。そしてその輪の中で剣を握って立っていた俺。

 あれでは誰が見ても俺が二人を痛めつけているようにしか見えなかっただろうな。


 俺は教科書の上に突っ伏し、もう一度重たい溜息をついた。



「・・・・ねえ。」


「?」


「ねえってば。起きてくれる?」


「・・・・・え?」



 重たいかぶりを持ち上げ、前方斜め上を見た。そこにいたのはあの麗しき優等生だった。



「・・・フィアナ、さん?」


 そう言うと、フィアナは眉間にシワをよせ俺をジロリと睨みつけてきた。


「フィアナでいいってば・・・隣り、座ってもいい?」

「あ・・・ああ。」


 俺は広い机に散らかした本をブルドーザーのように寄せた。

 なぜフィアナがここに。席はまだ沢山空いているし、それにルークの姿も見えない。

 突然の事に慌てふためいている俺をよそに、フィアナは淡々と要件を話し始めた。



「あの・・・今日の武術の授業なんだけど、いくら木剣でもあんな風に打ち合うのはよくないと思う。」


「・・・え?」


「もう試験まで2週間しかないし、それに卵の孵化だってもうじきかもしれないのよ。少しは真面目に授業を受けてよ。」


「あ、ああ・・・ごめん。」


 そんな風紀委員のような事を言う為に、わざわざこんな所まで出向いてくれたのか。



「・・・・そうだな。俺も試験に落ちる訳にはいかないんだった。」


 そう言うと、フィアナは目を細め、何とも読みとりづらい表情を向けてきた。


「な・・なんだよ。悪かったよ。もうしない。」

「・・・ねえ、なんで言い訳しないの?」


「は?」


「なんで?ルークの事かばってくれたんでしょ。そうやって言えばいいのに。」


 フィアナはじっと俺の眼を見て言った。不可解なもの、少し怖いもの。そんなものを見ている眼だった。


「ルークがね、全部教えてくれたの。だからわたしはここにお礼を言いに来たんだけど・・・そんな風にあっさり謝られちゃうと、ちょっとどうしていいか分からないんだけど。」


 ・・・・まさか俺を試していたのか。礼を言いに来たのならなぜ責めた。

 いや・・・普通に「ありがとう」と言われていれば、おそらく俺は「いいんだよ。」とカッコつけて笑顔なんか浮かべて、それで終わりだっただろうな。


 理不尽な言い分をぶつけることで、彼女は俺の本性を探ろうとしていたのだ。



「別に礼を言われるようなことはしてないよ。俺も前々からアレキサンダーの奴は気に入らなかったんだ。あー殴りてえこいつって思ってた。」


 俺は本心で言った。



「・・・・殴ったの?」

「いや、殴ってないよ。喧嘩はあんまりしない主義なんだ。」


 そう言うと、フィアナはふいっと俺から眼をそむけ、どこか遠くの方を見つめた。


「・・・どうせなら、殴ってあげればよかったのに。」

「・・・え?」


 優等生の言葉とは思えなかった。

 いやそもそも、フィアナを優等生だと勝手に決めつけたのは誰だ。俺を含む他の奴ら全員だ。


 本当の彼女は、お礼ひとつ言うにも相手の出方をいちいち探らないといけないような面倒臭い人間で、ムカついてる奴だっている。

 俺は今までそれを知らなかった。知ろうとしてこなかった。




「そうだ・・・」

 俺はアルヴィスを手の甲にのせ、フィアナの顔の前まで近付けた。


「こいつの事、触りたがってたろ。ほら、噛みついたりしないから触ってみろよ。」

「え・・・ど、どうして?」


 フィアナは俺とアルヴィスの顔を交互に見て戸惑っていた。


「なんとなく・・・いいから、ほら。」


 アルヴィスは首を捻り、後ろ足で耳の下をかいていた。

 少し前、ドラゴンを連れている俺を物珍しがって、女子生徒たちが群がってきたことがあった。無論、アルヴィス目当てだったが。


 だがその時、俺は確かに見た。普段はクールで教科書にかじりついているフィアナが、何度も何度も俺の方を振り返り見ていたことを。



 フィアナはごくりと唾を飲み込み、おそるおそる両手をアルヴィスに近づけた。そして水をすくい上げるようにそのピンク色の体を持ち上げ、じっと見つめる。


「あ・・・あったかい。」


 その言葉はすべてを物語っていた。

 おそらくフィアナは、生まれて初めてドラゴンを抱いた。

 そしてその慈愛に満ちた表情からは、彼女のドラゴンに対する尽きることのない興味と愛情が伝わってくるようだった。



「はは、あんまり顔近づけすぎると、鼻水つけてくるぞそいつ。」

「え、ほんとに?」


「ああ、すげーつけてくる。」



 いつの間にかフィアナと夢中で話していた俺は、さっきまでの不快な気分を忘れ、そして今日のアレキサンダーの怒りに満ちた顔を忘れようとしていた。






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