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1-3 いわゆる飴と鞭




 思えばこれまで、中学も・・・「女子」という存在にあまり本気で興味を持ったことはなかった。

 家に帰ってもいつも母親の鍛錬や異世界学の勉強が待っていて、友達と遊ぶ暇すらなかったのだから当然と言えば当然だ。


 しかし、これだけは知っている。異世界入門のどの章にも載ってはいないが、母親に口を酸っぱくして教えられていたこと・・・



「女の子には優しくしなさい。」

 まるで陽子に耳元でそう囁かれたような感覚に襲われ、俺は思わず手をひっこめた。



「あ・・・ごめん。」

 そして半歩後ろへ下がる。偶然同じケースに手を伸ばしたのは女の子だった。


「こちらこそ、ごめんなさい。」


 クールに謝り返してきたその子は、髪を耳に掛け直し再び視線をケースの中に戻す。


 その凛とした横顔に、俺は一瞬ドキリと動悸を乱した。まだ名前は知らないが、その上品な仕草からおそらく貴族だろうと分かった。


 俺はケースの横にいたアルヴィスを素早く回収し、また一歩その女生徒から離れる。



 もうほとんどの者が自分の卵を選び教室に戻ってゆく中、俺と彼女はひとつの卵を前にはたと動きを止めていた。

 こういうとき先に動けるのは、よりこの空気が苦手な方だと決まっている。すなわち俺だ。


「あ、あのさ・・・もう時間もあんまりないし、この卵は君に譲るよ。俺はこの隣にあるやつに決めたからさ。」


 さっきの卵よりもひと回り小さく、若葉色の薄い模様がある卵。

 「強いドラゴンの卵」という風ではなかったが、正直もうなんでもよかった。



「え・・・いいの?先に見つけたのはあなたの方だけど。」


「いや、同時だったよ。」


 俺は焦って落とさないように気をつけながら、卵をケースから取り出す。

 大ぶりのリンゴ程度の大きさだが、しっかりとした重みと温もりが感じられた。



「どうせよく分かんないし。とにかく俺はこれにするから。」


「・・・そう・・・じゃあわたしも。」


 彼女も同じようにケースから茶色い卵を取り出した。



「あなたは・・・」

「俺はハル。あ、そんでこっちがチビ竜のアルヴィス。」


「・・・そう、わたしはフィアナ。よろしく。」



 フィアナ・・・おしとやかで可憐な名前。それにとても綺麗な子だ。


 ふんわりとした金髪が首元で緩い曲線を描き、少し目尻の上がった女性的な目元と淡いブルーの瞳。

 そして育ちの良さそうなその端整な顔立ちは、平凡な街で生まれ育ってきた俺にはまるで免疫の無いものだった。


 きっと教室中の男共が彼女の事を好きになるに違いない・・・と言うのは少し大袈裟か。

 俺は惜しむように彼女の顔を最後まで見つめ、選んだ卵を抱えユージンの元へ戻った。







******





 教室に戻ると、ほとんどの生徒が席につき、みな興奮気味に自分の選んだ卵についての論議を交わしていた。



「はあ!?お前それで、その卵譲ってテキトーなやつ選んできたのか!?」


 卵をぼーっと眺める俺の横で、ユージンがやかましく怒鳴る。



「え・・・うん。そうだけど。」

「お前バカだろ!それがもしめちゃくちゃ珍しいドラゴンの卵だったらどうすんだよ。」


「べ、べつにいーだろ。どの卵が珍しいかなんてどうせ分かんないって・・・それにほら、残り物には福があるって言うし。」


 確かにあの時のアルヴィスの行動は気にはなった。だがそれも、今となっては大した根拠ではないようにも感じる。



「てゆーか、そう言うユージンはどーなんだよ。いい卵選んだのかよ。」


 すると、ユージンはその言葉を待っていたと言わんばかりのしたり顔をした。


「へへっ・・・驚くなよ。」


 そして布袋から取り出された卵は、俺の黄緑色の卵の1.5倍はあった。

 さらに赤と黒の荒々しい模様が特徴的で、中のドラゴンの姿がなんとなく想像できるような気がした。


「な?でっけーだろ?」

「・・ああ、こいつが孵ったらきっとユージンは真っ先に食われちまうな。」



 我ながらかなり笑えるジョークだった。




「それにしても、あのフィアナ嬢が平民と口を聞くような奴だったとはな。」

「え、ユージン知ってるの?」


「ああ、アレキサンダーの野郎と一緒だ。俺の街じゃ有名な上級貴族って奴だよ。」


 やはりそうか。あの溢れんばかりの気品は貴族独特のものだ。俺もだんだん分かってきたじゃないか・・・


 そんな事を考えていると、ユージンが俺の顔をじっとりとした眼で覗き込んでいた。


「・・・お前、あの女はやめといた方がいいぞ。」


「え、何が?いや、俺は別に・・・」


 あの可憐な横顔を思い出し、いつの間にか口元が緩んでいたようだ。




「えー、では、揃ったようなので今後のカリキュラムを説明して・・・今日の授業は終わります。」


 ちょうどよいタイミングでヒルッカの実習授業が再開された。

 同じ座学でも、本物のドラゴンの卵を手にした後では生徒達の姿勢がまるで違う。

 俺たちもいそいそと前の座席に移動し、ヒルッカの話を真剣に聞く事にした。





 まず、卵を育てるにあたっての決まり事が3つ。


 ひとつ、これからは授業に出るとき、外出するときは必ず卵を持ち歩く事。

何より盗難を防ぐためだ。


 ふたつ、他人との卵の交換を固く禁じる。

これがどうしてダメなのかは・・・まあ道徳的に考えてなんとなく分かる。


 そして最後に、孵化の瞬間には必ず自分一人で立ち会う事。

 これらのルールさえ守れば、あとは卵を温めようが音楽を聴かせようが、好きにしていいらしい。



 そして、ドラゴン育成科の教育カリキュラムは3年。


 一年目はドラゴン育成と座学

 二年目は校内実習

 三年目は野外実習


 それらを経て、ようやく「卒業試験」を受ける資格が与えられるのだ。

 更にそれに合格すれば、自動的に竜騎士団やその他ドラゴン専門機関への就職が待っているのだという。


・・・しかし、これはそれほど簡単な事ではない。


 ヒルッカがあまりに抑揚のない声でダラダラと話すため、危機感がいまいち伝わってこないが、この学校には「進級試験」がある。


 それも一年に2回あるため、全部で6回だ。

 ヒルッカが教本を閉じ、急に声色を低くして言った。


「ちなみに・・・今年のうちの53期の卒業生は・・・・たったの18名だ。3年前、入学当時には全部で63人いた。」



 ー!!


 ということは、3分の2以上の生徒が卒業まで辿りついていないということか。俺はユージンと顔を見合わせてゴクリと唾を飲んだ。


「えー・・・ごほっ・・・卒業できなければ、もちろん退学になっても、ドラゴンはそく学校側に返却してもらう。ので・・努力するように。」


 ずいぶんとテンションの下がる事をサラリと言う奴だ。


「それから・・・最初の進級試験は1ヶ月後。内容は筆記と、無事卵から孵ったドラゴンを提示すること・・・いいな、明日からそのドラゴン図鑑の内容を・・・すべて覚えるんだ。分かったな。」



・・・・・以上。入学初日、初めての実習授業が終わった。








 ざわざわと慌てふためく教室の中で、俺はひたすら背筋に冷たい汗を流していた。



・・・・・完全に来る学校を間違えた。

・・・もしも進級できず退学なんて事になったら、そのまま剣と盾を持たされてそく冒険行きだ。


・・・・それだけは避けなければならない。






「おい、ユージン・・・」


「なんだよ。」






「・・・・・・・死ぬ気で合格するぞ。」


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