1-2 卵選びは最初の試練
ドラゴン育成科 ー初回実習授業ー
「静かに。みな席に戻るように。」
低いしわがれた声が教室に響きわたり、生徒達のざわめきがピタリとやまった。
俺は扇形の教室の一番後ろの席に座り、今日何度目かも分からない大きなあくびをする。
「では、本日最後の授業は・・・ごほっ・・・ドラゴン育成科の実習担当を務める私、ヒルッカが行う。」
実習という響きにはそれなりに期待できるものがありそうだが、今日はそうやって期待を裏切られ続けもう5時限目・・・今度はえらく癖のある教師がやってきたもんだ。
しわだらけの白衣に丸い黒ぶち眼鏡。そして腰まであるぼさぼさの髪をだらりと教卓の上に垂らしていた。ひどい猫背で、歩き方はさながらゾンビそのもの・・・
明らかにこれまでの教師と様子が違っている。
「ええと・・ごほっ・・では教室を移動する。教科書はここに置いていくように。」
そう言うと、ヒルッカは何の説明もなく一人で教室から出て行ってしまった。
・・・・・一体何なんだ。
行動さえも奇怪だ。何人かの生徒が不満を漏らしながらも、全員ヒルッカの後を追って教室を出た。
しかし次の教室に着き妙に生温かいその部屋の光景を見た生徒達は、唖然として口を噤んだ。授業中ずっとべらべら私語をしていた貴族たちもだ。
「ドラゴンの・・・卵だ。」
誰かが感極まってそう呟いた。
48人の生徒全員がやっと収まるほど狭い部屋の中に、びっしりと並べられた四角い透明のケース。そしてその中には、大小さまざま、模様も形も違う卵が美しく納められていた。
「ここにあるのはすべて飛竜の卵だ・・ごほっ・・・各人好きな物を自分で選び、そこの机に置いてある布袋に入れ・・・さっきの教室に戻るように。」
淡々と話すヒルッカだったが、誰一人それどころではない。
ドラゴン育成科と言っても、まさかドラゴンまるまる一匹卵から育てられるとは誰が予想していただろう。
「・・・ちなみにどの卵からどんなドラゴンが生まれるかは分からん。恨みっ子なしの取り替えもなしだ・・・そうでもしないと取り合いになるからな。」
数人の男子生徒が興奮で駆けだし、それに続いてほとんどの生徒が我先にと卵の入ったケースを吟味し始めた。
するとそんな生徒達を呼び止めるように(まるでイラついたゴルゴンが呪いをかけるように)ヒルッカが口を開く。
「・・・・言い忘れていたが、もしも不注意で卵を割ったりしたら・・・すぐに退学処分だからな・・・いや、わたしはそんな奴は退学どころか死に値すると思っているから、十分気をつけるように・・・ごほっ。」
余計な恐怖感が邪魔をしたが、とりあえず卵を絶対割らない事と、ヒルッカのおぞましいほどのドラゴン愛はなんとなく伝わった。
そしてヒルッカは教室を去る間際、俺の懐に眼をやりぐるりとその首を返した。
「ほほう・・咆石緋竜か・・・・・」
「ー!!」
その動作のあまりの不気味さに、俺は一歩後ずさる。
「あの・・・俺はこいつがいるんですけど、二頭も育てるのって大丈夫なんででしょうか。」
ぐるぐると舐めまわすようなヒルッカの視線に怯え、アルヴィスがローブの中に隠れた。
「・・・問題はない。緋竜は少し特別だからな・・・ごほっ。」
ヒルッカは重みのある眼鏡をくいと持ち上げる。興味津々じゃないか。
「まあその緋竜以外育てたくないと言うのなら話は別だが・・・・後期からは飛行訓練の実習が始まる・・・その小さな竜で空を飛べるのか。」
俺はぐっと息をのみ込む。答えはノーだった。
「・・・わ、分かりました。じゃあ俺もみんなと同じようにいちからドラゴンを育てます。」
「そうしなさい・・・将来は双竜使いの騎士にでもなればいいさ・・・ごほっ。」
俺は頷き、その寒気のする視線から逃れるように部屋に戻った。
中では張り詰めた雰囲気が充満し、みんな他人にいい卵を取られないよう素早く且つ真剣にひとつひとつの卵を吟味していた。
「おいハル!!お前どこ行ってたんだよ!」
ユージンが焦った様子で走ってくる。
「早く卵見つけねーと、他の奴に取られちまうぜ!!」
「いや、卵は全員分あるんだろ?何をそんなに焦ってんだよ。」
他の奴らもそうだ。こんなにギスギスとした雰囲気はやめて、みんなで仲良く選べばいいと思う。
「馬鹿だなお前・・・」
ユージンが俺の首にぐいと腕をまわし、密やかな声で語り始める。
「ドラゴンの卵なんて、普通に暮らしてりゃそうそう手に入るもんじゃねえ。まあお前はすでに一匹連れてるけど・・・とにかく、これはすげえチャンスなんだよ。ここで運よく強くてでけえドラゴンの卵でも手に入れてみろ、もう竜騎士への道は見えたようなもんだ。」
ところどころ欲にまみれた言動が気になったが、言いたい事は分かった。
つまりすべて同じ飛竜の卵ではあるが、中にも火竜や双角竜のように種によって個体差があるから、なるべく強い竜の卵を早く選べという事だろう。
そのとき、俺はふとあの気技で驚かしてやった貴族の男を見つけた。
昨日の夜知った事だが、奴の名前はアレキサンダー。なんでもかなりの名門家の出身らしい。
・・・まあそんなこと今は全く関係ないが、奴がさっきから馬鹿みたいに叫んでいる内容が気になった。
「黒竜だ・・・黒竜の卵を探せ!!見つけたら俺のところへ持ってこい!!」
「うるさいな・・・なんで黒竜なんだよ。」
奴の言動はいちいち不快だ。偉そうだからな、一体誰に向かって命令しているんだよ。
「お前、さっき授業でやっただろ。竜騎士団の特攻部隊なんて真っ黒だぜ。みんな黒竜の卵を探してるよ。」
ユージンは近くにあったケースの中を覗き見ながら言った。いや、授業は半分寝ていたから初耳だ。
しかし俺は思う。この中に黒竜の卵があるという保証はあるのか。と言うかそもそも、卵を見ただけで中のドラゴンの種類が果たして分かるものだろうか。
(まあ・・・俺は何でもいいや。)
そう思いながらも、俺の頭の中ではさっきのヒルッカの言葉がぐるぐると回っていた。
双竜使いか・・・なんかカッコイイな。勇者の100倍カッコいいぞ。
そうなると、やはりアルヴィスとの相性は重要だ。だったらやはり火竜あたりが無難か・・・
しかし、午前中の授業では確か、「飛竜の8割が火竜」とも言っていた気がする。となると、なんとなくだが火竜ではない他の珍しい種を育ててみたいという欲もある・・・・・のだが。
「やっぱり・・・面倒臭いな。」
やはり俺はどこまでもテキトーだった。
もう勘で選んでしまおう。大体こういうのは欲のない人間の所にいいものが転がり込んだりする。世界はそういう風にできているんだ。少なくとも俺のいた世界ではそうだった。
などど自分の怠惰の後押しをしていると、突然肩に乗っていたアルヴィスが飛び出した。
「あっ!!こらアルヴィス!」
急いで追いかけるも、その小さな体はケースの間を縫うように走りぬけてゆく。
そしてようやく止まったかと思うと、窓際の席に置かれてあったケースの周りを嗅ぎ回っていた。中身が気になるのか、ケースの側面を爪でかいたりもしている。
「お前、何してるの?」
中の卵は他の物となんら変わりがない、茶色がかった寧ろ少し地味な模様だ。
しかし・・・普段はおとなしいアルヴィスの、その気の触れた行動は妙に気になる。
俺は少しの好奇心でケースに手を伸ばした。
その時・・・本当に同時だった。
自然とケースに向かって伸びた俺の手は、いつの間にか隣に立っていた誰かの手とぶつかった。