1-1 初めての友達
幻獣学専門学校ー育成科ー全155名
ドラゴン専攻第56期生ー48名
その内、
貴族出身者ー36名
平民出身者ー11名
異世界出身者ー1名
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深夜。
第56期生の生徒は大きな湖のほとりに集められていた。
この湖は大陸一の大きさをほこり、昼間はほとんど海にしか見えない。
ドラゴン育成科の学び舎はその湖の中心、島の上にあった。空を自由に飛び回るドラゴンを育てるには、とにかく広い空間が必要らしい。
俺はオーファから受け取った剣と少しの有り金。そして小さな竜一匹を連れその場所に辿りついた。
育成科の生徒のローブは全身濃紺色で、肩の部分に金色でドラゴンのエンブレムが縫い付けられてある。
デザインはなかなか悪くない。着心地もまあまあだ。
そして大体全員が集まったところで、俺たちは岸にとまってあった船で校舎まで移動する。
ちなみに船は汽船ではなく、三頭の巨大な水竜が船体を引いていた。
「よし、次だ乗れ。」
言われた通り俺が船に足をかけると、突然何人かの生徒が割り込んできた。
「悪いな。俺たちが先だ。」
俺はバランスを崩し地面に尻もちをついた。
偉そうに肩で歩く連中が3人、教員の指示も無視してそのまま先に船に乗り込んでいった。
「(・・・なんだこいつら。)」
やはりどこの学校にも、こういうマナーの悪い連中はいるものだ。中学にも当たり前のように不良はいた。
ブツブツと文句を漏らしながら立ち上がろうとすると、そんな俺の前にスッと茶色い土色の手が伸びてきた。
「お前大丈夫か?あいつら貴族だから気をつけろ。」
「ー?」
はっと顔を上げると、赤毛に茶褐色の瞳をした、まるで犬のような顔をした少年がいた。しかも、日焼けサロンに通っているのかと言いたくなるほど全身こんがり肌だ。
俺は船に乗り込み、隣に座ったその日焼け少年とさっそく打ち解け合った。
「君、あいつらのこと知ってるの?」
「ああ、この前まで通ってた学校が、あいつら貴族達の学校のすぐ隣りだったんだ。噂はよく聞いててね・・・お前、名前は?」
「・・・ハル、ハル・リトス。」
心の中で、誰なんだそいつはと叫んでいた。
ちなみにセカンドネームはオーファの名を借りている。この世界では一応彼女の息子ということにしてもらっているからな。
「そうか、よろしくなハル。俺はユージン。ルルナっていう港町出身だ。」
「え・・・と、俺はイスタリア出身。家は喫茶店をやってる。」
当然のように嘘をついてしまったが、まだ他人に異世界の事は話さない方がいいだろう。頭のおかしい奴だと思われたら大変だ。
ユージンはその言葉を聞くと、「ふーん。」と怪しげな目つきで俺の全身を眺めた。そして、肩にいるアルヴィスをジロリと見る。
周りを見渡すと、ちらほら何人かが同じように俺を不審な目で見ていた。どうやらアルヴィスが目立つらしい。
街では普通にグリフォンなんかがウロついていたというのに、この世界での「ドラゴン」という存在の価値観は、いまいちまだ掴めないな。
それからわずか30分ほどで船は止まり、島に上陸するとすぐに校舎から少し離れた男子寮へと案内された。
寮は二人で一部屋。
相部屋のパートナーが偶然ユージンだった事は嬉しかったが、向かいの部屋は最悪だった。
「おい貴様ら。」
部屋に荷物を運び入れている途中、その連中が背後からさっそく声をかけてきた。
さっき船に乗るときに割って入ってきたガラの悪い奴ら・・・貴族だ。
「俺たちの荷物も部屋の中に運んでおけ。」
3人組の一人が、まるで使用人を遣うようにそう吐き捨てた。偉そうだな。
「はあ、ふざけんな。なんで俺たちが・・・」
当然のように反抗心を示したユージンの声は、アルヴィスの寝息のように小さかった。
どうやら貴族に逆らうというのは相当にやばいらしい・・・ならば俺もそれに従い、波風立てぬようにするのが得策か。
不本意ながら、俺たちは二人で大人しくその貴族達の荷物を運び始めた。
しかし間も無くして、貴族の男が床で眠っているアルヴィスの首根っこを掴みひょいと持ち上げた。
「なんだこのチビっこいのは。」
その声に俺はピクリと反応する。
「・・・羽があるな、もしかしてドラゴンなのか。こいつが?」
男は無遠慮な手つきでアルヴィスの羽を広げ、面白がってあちこちつつき回っていた。
「アルヴィス・・・」
俺は貴族達の荷物を床に投げ捨て、床を踏み割りそうな勢いで男に近づいた。
そしてその高そうなブレスレットがついた手を軽く弾くと、アルヴィスを取り返し男を睨みつける。
「荷物、運んどいてやるからさっさと行けよ。」
「・・・はあ?なんだ貴様、」
男は一瞬怒りで顔を歪めたが、すぐに異変に気がつき言葉を詰まらせた。
「ちっ・・・行くぞお前ら。」
振り返り際まで目一杯俺を睨み返し、貴族達はそのままズカズカと廊下の真ん中を歩いていった。
異世界入門第3章。使えると無駄な戦闘が避けられる便利な「気技」だ。
元々獣相手に使う技なのだが、鍛錬を怠けていたせいで人間をビビらせる程度にしか仕上がらなかった。まあ、獣と戦う予定はないのでよしとしよう。
そして俺が再び荷運びに戻ると、ユージンが呆れたようにぽつりと言った。
「お前・・・聖騎士の学校にでも行った方がいいんじゃねえのか。」
「冗談。ほら、早く運んでよ。」
二人で貴族達の荷物を運び終え、ムカついたので最後は奴らのベッドの上でローブの汚れをはたいてきてやった。ざまあみろ。
「なぁ、ユージン・・くんはどうしてこの学校に?」
「ユージンでいいよ。俺は・・・竜騎士になる為だ。俺ん家、港町だって言ったろ?このままじゃ家を継いで漁師になるしか道がねえからな。」
「へえ、漁師か。いいじゃんそれ。」
「馬鹿言え。漁師なんて冗談じゃねえよ。生活は安定しないし女にはモテないしな。」
「はは、モテたいとか今時そんな事言う奴があるかよ。」
俺は馬鹿にしたように笑った。
「お前、大事だぞ!女がいる奴といない奴じゃ、学校生活だって天と地ほどの差があるからな。」
そう言って、ユージンは窓から向かいにある女子寮をねっとりとした目つきで見つめた。
結局俺たちはその日、気がつくと明け方まで語り尽くしていた。共同生活の初日なんて大体こんなものだ。
初対面とは思えないほどに気が合うそいつは、俺と同じく家業から逃げ出したい一心でこの学校にやって来ていた。
きっと何かそこで通づるものがあったのだろう。どこの世界でも、やはり友達というのはいいものだ。