0-2 異世界感は正直微妙
小さい頃から、異世界異世界と耳にタコができるほど聞かされ育ってきた。
しかしながら、「異世界」とは一体何なのか・・・・今更ながら疑問に思う。
母さんに隠れてRPGやファンタジーもののゲームをやっている内に、自然とイメージはそっちに傾いていった。
獣耳の生えた美少女や、エルフや黒帽子を被った魔法使い。そういう不思議で神秘的な物で溢れかえった世界だろうと、勝手にイメージしていた・・・
しかし、そんな妄想は異世界突入わずか15分で打ち砕かれる。
そもそも乗っけから最悪だった。ゲートが通じていた場所は、あろうことに路地裏のゴミ置き場。
そしてそこから大通りに出ると、たくさんの人。確かに見たことがない服や髪の色をしていたが、皆、新宿にいるサラリーマン達とほとんど同じ顔をしていた。
血湧き肉躍る冒険に胸を弾ませている青年などは、ほとんど見当たらない。
道も石造りでデコボコとしてなんだか歩きにくい・・・
唯一目を引いたものといえば、荷馬車を引く二頭のグリフォンぐらいだ。あれは本で見るよりもずっと大きくカッコよかった。
―――――写メ写メ・・・あ、携帯が無い。
俺は大通りから細い裏道へとどんどん進んでゆく。
初めて歩く道でもスラスラと歩けたのは、この街、このイスタリア王国の中心街の地図だけは無理矢理覚えさせられたからだ。
そして、目的の場所は商店街の中にあった。
「喫茶ティーエ、ここだな。」
周りの家と比べると少し小ぶりの外観。
しかしその入り口やらロッジに施されたレトロな装飾には、家主の磨きあげられたセンスのようなものを感じる。
店の中から漂ってくる甘い香りに、アルヴィスがバッグの中から鼻だけを出し反応していた。いやしい奴だ・・・
「こんにちはー」
俺は心地よい鈴の音と共に店内へ入った。
中は案外すっきりとしていたが、壁に飾られてある「獣」の骨があまりに不気味で、俺は一瞬斧を持ったドワーフの店主を想像した。
しかし・・・誰もいない。客も、店員も。
不審に思いカウンターの奥を覗いてみるが、やはり無人だ。
ひょっとして定休日か?
そう思いドアを閉めようとした時だった・・
「―――――こらっ!泥棒ゴブリン!」
「ひっ!」
背中を誰かに軽く押された。
振り返ると、そこにはえらくガタイのいい女性が一人、葉巻をふかしながら立っていた。
エプロンをしているところを見ると、どうやらこの店の店員らしい。
「ふふ、冗談冗談さすがにゴブリンはないっての。可愛い坊やね・・・・って、あら?」
女性は俺の顔をまじまじと観察し、そして突然、何かに合点がいったような謎めいた笑みを浮かべた。
「あなた、ヨルダの息子?!え、うわ、絶対そうじゃん!!」
――――ヨルダとは、母さんの冒険者名だ。行宗陽子。
「あ、はい、よく分かりましたね。」
「やっぱりー!だって似てるもん。目元とかそっくりだわね!」
両手を合わせ、その女性はかなり嬉しそうにはしゃいでいた。
「あの、これ母さんから預かってきました。少し話がしたいんだけど、いいかな。」
俺は鞄の中から一通の手紙を取り出し、女性に手渡す。豆だらけの大きな手がそれを受け取った。
「あら、手紙?懐かしいわぁ。いいよ、とりあえず入んなさいお茶入れるから。」
「ありがとう。」
店の看板がひっくり返され、「close」表示になった。
*****
彼女の名は「オーファ・リトス」
たぶん歳は・・・母さんと同じくらい。ずいぶん若くも見えるが。
25年ほど前に母さんと迷宮で出会い、一緒に旅をした仲間の一人なんだそうだ。
ガッシリとした肩と腕は、昔すご腕の弓使いだったことを今でも匂わせる。
俺は嬉しそうに手紙を読み返すオーファを横目に、出してもらったパンケーキを無心で食べていた。
――――――美味い。むちゃくちゃ美味い。
この苺なのかオレンジなのかよく分からないジャムが最高だ。
アルヴィスが物欲しそうに肩まで登ってきたので、俺は添えられてあったソーセージをくれてやる。
「―――なるほどね、進学か。こりゃ困った坊やだこと。ヨルダも相当苦労してるみたいじゃん。」
「はは・・・」
俺はしおしおと笑い誤魔化す。
「とりあえずお金の事は分かった。学校の入学費は、ヨルダに預かったお金で数日中に収めておくから。」
「ありがとう、えっと・・・」
「オーファでいいよ。よそよそしいのは無し。これからこっちで仲良くやっていくんだから。」
そう言うと、オーファはお茶のおかわりをグラスにたっぷりとついでくれた。
たっぷりすぎて少し机にこぼれたくらいだ。
「それで?どうしてあの学校に。かなり偏った学校じゃんあそこは。」
家業を継ぎたくないのでテキトーに選びました。とは口が裂けても言えそうにない。相手は生粋の冒険者だ。
「・・・まあ、ドラゴンが好きで、はは。」
そう言うと、オーファはしばらく疑ぐり深い眼でこっちを見ていたが、すぐにふふんと余裕のある顔で笑った。
「ま、事情は色々あるわね・・・だけど頑張りなさい。あそこは獣騎士を目指す子ばかりが通う学校だから、おそらく貴族の子が多いと思うよ。」
「貴族?」
それは助かる。正直中学の奴らはガキっぽく品がなくてウンザリしていたところだ。
「あ、それから、これも君の母親に預かっていたものなんだけど、もう渡しとくよ。」
オーファは一度キッチンの方へ入っていくと、しばらくして何かを抱え戻ってきた。
剣だ。シルバーの鞘に包まれた、中堅サイズの剣。
「これは聖竜の爪から鍛えた剣でね、切れ味は本物だし、何より軽くて扱いやすいと思う。」
「・・・・・・わお。」
ついつい本能的に感動してしまうところだった。
俺は慌てて剣を置き、そして少し粋がった風に言い放つ。
「そんな物はいらないよ。俺は聖騎士の学校に行くわけじゃないから。」
そう・・・俺は勇者ではない。武器など必要ない普通の学校生活を送るべくここに来たのだ。
―――――しかし、その考えがどれほど甘かったものか・・・俺はすぐに思い知る。
俺のその言葉を聞いたオーファが、納得するでも反論するでもなく、近くにあった食事用ナイフで突然襲い掛かってきたからだ。
俺はとっさにさっきの剣を手に取り、鞘に納めたままナイフの先端を弾き飛ばす・・・と同時に、少しだけ俺の気が漏れ出してしまった。不意打ちにあった時、よくやってしまう悪い癖だ。
「ふう・・・何するんだよいきなり。」
「いやあ、まさか止められるとは思わなかったよ。いい闘気だね、それで戦士をやらないのはちょっと勿体無いよ。」
「いや、これがいい剣なんだよ。」
俺は謙遜した。
透明に近い銀色の刃に、青と白を基調とした美しい柄の装飾。それは一振りしただけで、かなりのキレだと分かる代物だった。
「あんたのいた世界がどれだけ平和で穏やかな所かってのは、ヨルダに聞いてよく知ってるよ。だけどもうそれは通用しない。さっきみたいな事が茶飯事的に起こるんだよ。自分の身は自分で守るのさ。」
「――――はい、分かったよ。」
冒険者の言葉には重みがあった。
ああ・・・やはりそう甘くはない。ここは今までいた世界とは根本的な部分で違う、異世界だった。
「それに、その剣は絶対に持って行って。ヨルダがあんたの為にって残しておいた物だから。」
「・・・・俺の、ため?」
「そう、いつか勇者になったあんたがすぐ冒険に出られるようにってね。」
・・・余計なお世話だ、本当に。
と言い聞かせつつも、俺は胸が少しだけ痛むのを感じた。
その日はオーファの家に泊まり、昔の冒険話などを面白おかしく聞かせてもらった。
オーファを見ていると、よい冒険者というものがどうあるべきか、というのがよく分かる。
気さくで堂々としていて、それでいて誰に対しても親切。まさに勇者気質だ。
俺もいつかそんな冒険をするのだろうか・・
オーファに会い剣を受け取り、少しだけ俺の心は揺れ動かされていた。
だがそれでも、やはり俺のこのみっともなく凍りついた思いだけは変わりそうもない。
俺は絶対、家業は継がない。