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〜異世界進学〜勇者家業を継ぎたくないので竜でも育てます。  作者: 麒麟
第3章〜育成科2年 (孤島実習編)
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閑話 偉大なる黒竜誕生の日



 ―――――――1年前。





 最近・・・僕の親友の様子がおかしい。


 どこがおかしいのかと言われると上手く説明できないけど、何かがおかしい。



 いつも通り授業は真剣だし、剣術の稽古にもいつも以上に気合が入っている。

 というのも、僕がアレキサンダーに稽古でしばかれてから、彼女は僕を鍛え直すんだと一層熱を入れるようになった。



 6歳のとき、同じ先生に稽古をつけてもらって始めた剣術・・・

 彼女は聖騎士学校から推薦状が届くほど上達したというのに、僕は・・・やはり少しヘコむものがある。


 だが、それがフィアナ・クラウスという僕の自慢の親友だ。

 昔から意地っ張りで負けず嫌いで、少し取っ付きにくいと皆には思われがちだが、彼女はとにかく真面目で一生懸命なだけだ。



 そして、そんな彼女のここ最近の変化。

 特に大きな事件と言えば、つい先日の事・・・



 あれはハルさんが体調を崩して授業を休んでいる日だった・・・

 僕たちの後ろにいたアレキサンダーが、ヒソヒソと笑い混じりに何かを話していた。


 その内容を僕はあまり聞き取れなかったが、フィアナにはしっかり聞こえていたらしい。


 授業中、突然立ち上がったフィアナは滅多に見たことがないような怖い顔をしていた。

 そして後ろを振り返り、ニヤニヤとほくそ笑むアレキサンダーの頬をビンタ。


 あれには驚いた・・・

 後にも先にも、あれほど怒り狂ったフィアナは初めて見た。十数年の付き合いである僕がだ。




 そしてそんなフィアナは、今、人生初めての壁にぶつかっているのではないかと思う。

 ポテンシャルが高く常に努力を惜しまなかった彼女は、立ち止まるという事を知らない。


 そんな彼女の、たったひとつの不安。





「―――はあ、今日も孵らなかったわ。」


「そっか・・・まあまだ日はあるし大丈夫だよ。」


 自習室。

 僕は3日前に生まれたばかりの青竜の子どもにミルクをあげながら、そんな親友の辛辣な顔を眺めていた。

 そう・・これがフィアナの悩みだ。

 この3日間で、もうほとんど全員が卵を無事孵している。まさに孵化ラッシュだった。

 

 ・・・だが、フィアナの卵は孵るどころかその雰囲気すら感じられない。中で生き物が動いている気配がないのだ・・・全く。


「どうしよう・・・わたし、何か間違ってたのかな。やっぱりお風呂にまで連れていったのが・・」

「心配しすぎだよ、きっと孵るよ。ほら、セルフィーもそう言ってる。」


 僕は食事を終えたセルフィーを、フィアナの肩に乗っけた。

 実は今、生まれたばかりの子竜を肩に乗せ出歩く。これが同期の間ですごく流行っている。みんな何だかんだでハルさんの事が羨ましかったんだなあ・・・と僕は思う。


 と、僕がそんな事を考えていると、いいタイミングで、



「ようルーク。お前もテスト勉強かよ。」

「ユージンさん、それにハルさんも。」


「こんばんはルーク。それに、フィアナ・・・も一緒か。」


 ハルさんに名前を呼ばれ、フィアナがピクリと肩を震わせたのが分かった。

 僕の知らない間に、いつの間にかハルさんと仲良くなっていたフィアナ。あのビンタ事件の事が関係していると睨んでいるが、二人とも何度聞いても教えてくれなかった。



「行け!フラックス!ルークの軟弱ドラゴンに噛みついてやれ。」


 ユージンさんがいつものように竜相撲を仕掛けてきた。

 僕はセルフィーの安全を確保すべく、ハルさんの後ろに急いで避難する。


「なあユージン、名前ほんとにそれでいいの?自分のセカンドネームもじっただけって、」

「うるせえなー、いいんだよ。カッコいいだろ。」


 ユージン・フラッカーだから「フラックス」

 確かにちょっと安直すぎる気もするが、格言う僕も昔好きだった絵本のドラゴンから借りている・・・人の事は言えないよね。



「えと・・フィアナ、なんか元気ないね。どうしたの、勉強のしすぎか?」

「リトスくん・・・」


 気を遣って尋ねつつも、ハルさんはなんとなく察していた。


「ふーん、優等生にも悩みなんてもんがあんだな。ただのサイコパスじゃ無かったってことだ。」

「ユージン、やめろよその言い方。」


 いつもならここで言い争いになるフィアナも、流石に今日はそんな元気は無いらしい。

 自習机の上でじゃれる4匹の子竜をぼーっと眺め、また短く溜息を洩らした。




「―――よう、問題児コンビ、勉強してるか?」


 閑談を楽しむ僕らの前に、火竜を連れたクラスメイト。


「ん?ロアか、っておい、誰が問題児だこら!」

「はは、お前らだよ・・・あ、フィアナちゃんは違うからな。」


 ・・・あ、この人先週フィアナにフラれてた人だ。

 僕は口に出さず、あの時の彼の悲壮な顔を思い出していた。



「リトスー、2匹も育てんのは骨が折れるな。一匹実家に預けてこいよ。」

「はは、ご心配なく。アルヴィスはこれでもお前の3倍は歳取ってるよ。」


「え!?まじで!」

「うそ。」



 そんな調子で、ロア・エスティードは僕達の勉強する机にどっかりと座った。

 そしてチラチラとフィアナの方を気にしながら、未だ孵化していない机の上の卵を手に取った。


 焦げ茶色の、だが妙に雰囲気のある卵。それを見た彼は、何を思ったかこんな事を言い出す。


「ははっ、まだ孵ってない奴いたのか。お前か?ティスター。」

「ーーえ?僕?」


 とっさに否定が遅れる。

 すると、日頃から少し無神経なところがある彼は更に続けた。


「んー、全然動かねぇな、もしかしてこれ、中で死んでんじゃね?」



 

―――――――ガタンッ!!


 椅子が倒れ、机を強く叩く音。しかし、それをやったのはフィアナではない。

 フィアナは教科書に視線を落としたまま、表情を固くして耐えていた。


「な、なんだよリトス・・・びびった。」


「いいから返してやれ・・・ほら、代わりにこいつをくれてやるよ。」


 ハルさんはアルヴィスの首根っこを掴み、そのまま彼の焦る顔面にぺたりと貼り付けた。

 そしてそんなやり取りを斜に見たあと、フィアナが突然立ち上がる。



「―――わ、わたしちょっと忘れ物。」


 俯くように顔を背け、フィアナは卵を置いて自習室から出て行った。いつもは絶対肌身離さず持っているのに・・・


「待ってフィアナ!」

「あ、おい待てよティスター、卵は?」


 この後に及んでまだ勘違いをしたままの奴の顔を、僕は精一杯睨みつけ自習室を去った。




 校舎を駆け降り、微かに聞こえるフィアナの足音をひたすら追う。そして共同ホールの食堂前で、その足音はピタリと止まった。


 フィアナは入口の前で座り込み、両膝に顔をうずめていた。



「フィアナ、ダメだよ卵から離れちゃ。」

「ルーク・・・」


 よかった。泣いてはいない―――まあ最も、フィアナはこんな事で泣いたりはしないけど。


 だが、最低の気分であることに変わりはないらしい。いじけたように眉を寄せ、今度は溜息ではなく愚痴をこぼし始める。


「あいつらサイテーよ・・・」



 膝を抱えて嘆くように言った。

 こういうときの彼女の扱いとしては、二通りの選択が用意できる。

 ひとつはそっとして置いてあげること・・・そしてもう一つは、いわゆるショック療法というやつだ。


 仮に僕が優しい言葉をかけたところで、そんなものにもう大した力はない。なぜなら、フィアナは僕が優しいからそう言ってくれている・・・と思いこんでいるからだ。


 僕はフィアナの隣に座り、後者の手立てを打つべく言葉を投げかけた。



「―――そういえばフィアナ、最近気になる人ができたでしょ。」

「――!?」


 効果抜群。まるで銃でも突き付けられたかのように、フィアナの背中はぴっしりと伸びあがった。そしてみるみるうちにその凛々しい横顔が崩れてゆく。


「な、な・・・何を、」




 最近、僕の親友の様子がおかしい・・

 その原因が今ようやく分かった。


 ただ、寂しくないと言ったら嘘になるし、ちょっとだけ悔しい気持ちもある。

 僕もフィアナの事が大好きだから。


 だけど、僕たちがそういう間柄になれない事は、とっくの昔にお互い分かっている・・・僕たちは親友だ。



「き、気になるっていうか・・たぶん、もう嫌われちゃったから。」

「嫌われた?どうして。」


 尋ねると、フィアナは一生分の後悔を背負ったような顔をして、ぽつりと洩らす。


「どうしても、許せないことがあって・・・その人のこと叩いちゃったの。それも、もう思いっきり・・・・」


「・・・・・・え、」



 ―――その瞬間、僕の頭の中が真っ白になった。


 今まで己を高める事にしか目を向けていなかったフィアナの、初めて見せる乙女心・・・それを微笑ましい笑顔で見守りながらも、僕の額から汗が噴き出すようにして流れ出していた。


 え・・と・・まさかアレキサンダー?

嘘だ・・・どうしよう怖くてこれ以上聞けない。



 そして、混乱しつつも僕がアレキサンダー・ローグとの今後の付き合い方を模索し始めたとき、階段をものすごい勢いで駆け下りてくる足音。


「―――フィアナ!!」


 置いてけぼりになっていたフィアナの卵を、大事そうに抱え現れたハルさん。とユージンさん。

 最初は本当に何事かと思ったけど、その理由はすぐに分かった・・・・



 孵化だ。ついにその時がきた。



 フィアナは喜びと驚きを半分ずつ顔にのせ、ひびが入ったその卵をハルさんからゆっくり受け取った。


「ほら、刷り込み。」

「う・・うん。ありがとう。」


 そのときの二人が、目で何かの会話をしているのが分かった。

 僕たちは、少し離れたところからフィアナとその新たな生命の誕生を見守る。


 ――――パキッ、



 そしてひとしきり殻の砕ける音が続いたあと、フィアナが今にも泣き出しそうな笑顔でこちらを振り返った。

 その両手に乗っていた子ドラゴンの姿を見て、僕たち3人は揃って同じ声をあげる―――――いや、ユージンさんのは絶叫に近かったかな・・・






 そしてこの日、僕の親友は、

 偉大なる黒竜の使い手となった。


 

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