3-9 戦闘と喧嘩は思ったより違う
<孤島実習55日目>
俺が海岸で親グールに遭遇した日から7日・・・再び奴の姿が目撃された。
見つけたのは、俺とティオスが潜り込んでいた海底洞窟付近の海岸・・・
やはり奴は海中を主な移動手段としており、あの洞窟はおそらく奴の寝床のようなものだろう。そして何の前触れもなく、
「・・・突然、現れるんだ。」
まるで鉛のように重々しい俺の言葉は、作戦会議のその場にひんやりとした緊張を生んだ。
そしてその夜・・・俺たちはついに親グール討伐作戦を立て始める。
メンバーは俺、ティオス、フィアナ、アレキサンダー、ユージン、ルークの6人だ。
いずれも飛行訓練上位陣の、男子中心で構成された。
いたずらに人数を増やしたところで、ただ犠牲者が増えるだけだ。
作戦は迅速かつ確実。そして全員が生き残って初めて完遂されたと言える。
なぜなら、俺たちは騎士団なんかの為ではなく、自分達の為だけに戦うのだから。
「・・・しっかし、俺達の知らねえ所で、お前ら二人がこんな危ない計画を立ててたなんてな・・・何で言わなかったんだよ、ハル。」
親グールの事を聞いて、ユージンが最初に発した言葉はそれだった。
ティオスは自分の地位と騎士団の事は話さなかったので、諸々の情報は、俺とティオスの地道な調査で得たという事になっている。
「ごめんねユージン。親グールを見つけるまではどうせ動けなかったから、言わない方がいいと思って。」
そう言うと、ユージンは黙って俺の脇腹を蹴った。
そしてそんな俺達のやり取りを横目に、しびれを切らしたアレキサンダーが口を開く。
「おい・・・ひとつだけ教えろ。その親グールとかいう親玉を殺した後、一体どうやって俺たちは助かるんだ。その保証はあるのか。」
・・・・かなり痛い所を突く質問だが、それは当然の疑問だった。
どうするティオス・・・もう洗いざらい全部吐いてしまうか。
「君たちは、グール達がどうやってこの島で増殖しているか、知っているかい?十分な餌もない、この漂流島で。」
「ー?」
突然語り始めるティオス。そしてその内容は、すべてを聞いたと思っていた俺ですら衝撃を受ける事実だった。
グールとは、闇落ちしたドラゴン・・・と、そこまでは以前ちらっと耳にした事実。
しかし俺が驚いたのは、奴らはこの島で繁殖しているのではなく、世界各地のあらゆる大陸から海を渡って集まって来ているという事。
・・・・なるほど、いくら斬っても減らない訳だ。
「で、でも、この島はわずかですが移動しているんですよ。一体どうやって・・・」
「うん、だから親がいるんだよ。奴の発する特殊な気波が、この島にグール達を呼び寄せているのさ。だからそれを倒すことさえできれば、目印を失ったグール達は自然と島を離れ、次の親を探しに行くはずさ。」
「じゃあ・・・」
「うん。そうなれば、この島はもう僕達の物だ。夜中にキャンプファイヤーでも焚いて、残りの野外実習を安全に楽しもうじゃないか。」
それは、皆の絶望に取って代わる希望の言葉だった。
この期に及んで、まだ騎士団の事を隠そうとするのには少しだけ納得がいかないが、それは副団長であるティオスの、精一杯の努力だった。
そして俺は、それを認めざるをえない。
「じゃあティオ・・その希望に向けて、お前の考えた討伐作戦というのをそろそろ聞かせてくれよ。」
長い前振りとなったが、本題はここからだ。希望も何も、まずは親グールを倒さない事には終わらない。
命を懸けるべく糧を与えられた俺たちは、もう突き進むしかなかった。
そしてその糧こそが、俺にある作戦を認めさせる為の布石だったことを、俺はすぐ後に知った。
「親グール討伐作戦」は、口で説明してしまうと至って単純で分かりやすい物だった。
まず、戦場となる「海」「陸地」「空」の中でも、圧倒的に奴を倒すに適しているのは「空」だと言う。
地上での戦いは奴らの最も得意とする力技を活かし、さらに海という逃げ場さえも与えてしまう。
まずは奴を空へと誘き出し、俺達の好戦地となったそこで叩く。
それが作戦だ。
「誘き出す」という役割については、ティオス自身が引き受けるという。
数十匹の子グール達を混じえての危険な仕事だが、それに関しては自信があると言っていた。
しかし、問題なのはどうやって親グールの息の根を止めるか・・・
淡々と説明するティオスのその提案に、俺は反論の意を唱えざるを得なかった。
「――――どういう事だティオス。」
「さっき説明した通りだよ。討伐作戦はこれでいく。」
まるで決意を固めたようなティオスの視線を振りほどき、俺は静かに叫んだ。
「だめだ!奴に手を出すのは俺かお前のどっちかだ、それ以外は認めない。」
「おいハル、落ちつけよ。」
ユージンが俺を諌めるように言った。
「うん。ハルくんの気持ちはよく分かるよ。でもね、おそらく接近戦では奴を倒すことはできない・・・それは分かってるよね?」
そんな事、痛いほど分かってるさ。俺はこの手で奴と対峙し、直接戦ったんだからな。
闘気をまとい最大まで研ぎ澄まされた俺の剣は、奴の鋼のような鱗に阻まれはじけ飛んだ・・・
「親グールを倒せるのは、ドラゴンの破壊砲だけさ。それも、かなり強力なものじゃないと。」
・・・それも分かっている。そしてそれが、フィアナとシルヴァーノの力無くして成しえない事だというのも・・・
振り返ると、後ろでずっと黙っていたフィアナが強く頷いた。
しかしその表情はかなり際どいもので、自信と不安との間で揺れ、口元が微かに震えていた。
「でも・・・やっぱりフィアナだけを空で闘わせるのは・・・」
「もちろん護衛役は付けるさ。親グールと闘う前に消耗してしまったらいけないからね。黒竜の貴重な8発は、すべて奴にぶち込んでもらうよ。」
「――――護衛?」
「ああ、だけど一人だけだ。他は全員、僕と地上で子グール達の足止め役になってもらう。」
合理的かつ柔軟性があって、よく考えられた素晴らしい作戦だと俺は心底思った。
そう・・・一番怖いのは、親グールを混じえた中での乱戦だ。それを、こいつはよく分かっている。
「だったら、その護衛役は俺が、」
「待て。」
言いかけた俺の前に、スッと長い腕が伸びてくる。
「その役は、俺がやる。」
「・・・は?」
まるで空気が凍りついたかのような、一瞬の沈黙。
当然俺がやると思っていたティオスも、目を丸くして固まっていた。
「な、何言ってんだよアレキサンダー・・・俺がやるよ。」
「いや、俺の方が適任だ。空戦だろう?俺の雷竜は黒竜ほどではないが、そこそこ強力な破壊砲を持っているからな。」
「・・・俺とカフには空戦は無理だと言ってるのか。」
「ああ、お前は地上で自慢の剣術でも奮ってろ。」
「そんな言い方はやめてください!」
すかさずフォローに入るルーク。だが、奴の言っている事が正論なのもまた事実。
カフの破壊砲は、お世辞にも威力があるとは言えないし、弾数もとても少ない・・・
「大体俺は、お前なんかがこの討伐作戦に参加すること自体、どうかと思うぜ。」
「・・・・・・・。」
「女に慰められてびーびー泣いてた奴が、またグールと戦えるとは思えねえからな。」
「やめなさいアレキサンダー!!」
立ち上がろうとするフィアナを止め、俺は冷静に奴の言葉に耳を傾けていた。
確かに、アレキサンダーの言うとおりだ・・・俺はすでに親グールに敗北し、一度はその心をへし折られている。
その時点で、もう俺にはここにいる資格は無かったのかもしれない・・・
だが、何の関係もないアレキサンダーにそこまで言われ俺が黙っていられたのは、それが奴の「挑発」である事が分かったからだ。
――――ああ、そうか、お前もスッキリしたかったんだよな。俺も今、分かったよ。
一年経ってずいぶんと変わったお前を、どうして俺が未だに許すことができないのかを。
結局俺は一度も、お前の顔を殴っていないからだ・・・
俺は右足を強く蹴り、その勢いで拳を奴の顔面へと滑らせた。
「――――――っ!」
鈍い音と共に、背後の壁に吹き飛ぶアレキサンダー。
生まれて初めて人を殴ったその感触は、剣術には無い生々しさと、強い痛みだった。
「この役は俺がやるよ・・・悪いな、これは俺のワガママなんだ。」
そう言うと、今度はアレキサンダーの大砲のような重いパンチが俺の左胸にヒットする。
体格で言えば、軽く1.5倍ほどの差がある。心臓が破裂しそうだ・・・・
俺は左胸に穴が開いていないのを確かめると、今度は奴のみぞおちを殴った。そしてお返しとばかりに頭突きをくらい、さらに俺は拳を振り上げる。
「ハル、やめてっ!!」
フィアナからすれば、たまったもんじゃないだろうな。俺なら二人とも護衛などお断りだ。
だが・・・やめるわけにもいかない。
俺もティオスも居ない場所に、フィアナを一人置いておけるわけがなかった。もうこれ以上、誰かが死ぬのだけは勘弁してほしい。
そして俺達の殴り合いは、フィアナの顔を見かねたユージンとルークが止めに入るまで続いた。
他の連中には護衛役をめぐって争っていたように見えたかもしれないが、俺達のこの決闘にはもっと大きな意味があった。
「―――いてて、ああ、俺って喧嘩弱かったんだ・・」
「もう、馬鹿じゃないの!!たかが役割分担ぐらいで。」
礼拝堂で無様に横たわる俺の隣で、フィアナが心底ムカついたという顔をしていた。いや、呆れているのか・・・
「ごめん・・・負けちゃったよ。」
作戦決行は明日の朝、親グールが寝床へと戻ってゆく時を狙う。
俺はティオスと共に地上でグール達の足止めをする。それでも、みんなで闘うことには変わりない・・・
絶対成功させてみせる。
みんなで学校に帰るんだ。
・・・・・そうだろう、イリス。




