3-6 四十日
この島にやってきて、みんなと再会して・・・
もうどのくらいの時間が経っただろう。
ティオスに真実を聞いてから、俺たちは深夜、ずっと二人でグールの親探しをしている。
昼間はそれぞれの仕事があるから、捜索は夜に限る。
ちなみにA班の今の仕事は「水の確保」と「洗濯」だ。みんなのローブを洗う。
「漁」「島外の見張り」「怪我人の手当て」「狩り」「薪集め」
色んな仕事がある中で、水場での俺たちの仕事が一番危険とされている。グールに遭遇する可能性が昼間でもかなり高いからだ。
そんな川と隠れ家との間を、俺達は一日に何往復もする。
仮にも剣一本でグールを倒したという実績がある俺と、いつの間にか同期の間で信用を得ていたティオスが、交代で川辺の見張りをしていた。
そして驚いた事に、みんなの指揮をとり、役割分担などをしてくれていたのは、なんとあのアレキサンダーだった。奴は変わった。
なんと言うか・・・まあ、俺からすれば前よりはマシになったかな。といった感じだが、それでも貴族の連中からすれば、いいリーダー?なのかもしれないな・・・ほんのちょっとだけな。
そして何だかんだと揉めたりした事もあったが、俺たちはちゃんと生きていた。
「親グール」を見つけるという目的があった俺と違って、他の奴らは生きるために生きている。
この理不尽な仕打ちを本当に「実習」なんだと信じ込み、本気で90日間生き延びるつもりでいた。
そう・・・そう思い始めた奴らがいたからこそ、団結していたはずの俺たちは、少しずつ崩れていったのかもしれない。
実習などもうどうでもいい命を惜しむ連中と、意地でもこの課題をクリアしようとする連中・・・
事の発端は、海上で起きた些細な事件だった。そしてそれは、確実にきっかけとなる何かを運んできた。
<孤島実習40日目>
「確かに見たんだって!」
「嘘つけ、何にも見えねーぜ。」
「本当だって、一瞬だったけど陸が見えた。今は霧が濃くて見えないけど、確かに見たんだ僕は!」
「はいはい、じゃあ帰ったらみんなに話してみな。」
魚獲りの仕事を担当していたG班。
その帰りがあまりにも遅かったため、俺はひとり海岸まで迎えに行った。
すると、崖の上で何やら言い争いをしている3人。ユージンとフィアナと・・・あとひとりは・・・
「でも、サンタ君の言うとおり陸地が見えたって言うのなら、これはちゃんと報告すべき事よ。」
「いや、こいつの言うことはあてにならん。フィアナも知ってるだろ、こいつはただここを逃げ出したくてデタラメ言ってるのさ。」
「ち、違う・・・・僕は本当に・・」
サンタ・クロード。またの名を「落第第一候補くん」と言う。
フィアナとユージンと同じG班で、その陽気な名前とは裏腹にかなりの臆病者だ。成績も常に最下位あたりを水平飛行中・・・
俺は崖に降り、未だ言い争いを続ける3人の元へ向かった。
クラスの首席と落ちこぼれ、そしてここへ来てさらに気の短くなったユージン。誰だこんなメンバーに魚捕りを任せたのは・・・
「おい、何やってるんだ。もう日が暮れるぞ。」
「あ・・・ハル、聞いてくれよ、サンタの奴がよ、魚捕ってたら急にあっちの方角に陸が見えたとか言い出してよ。」
ユージンがサンタの額をパシっと叩いた。
「・・・サンタ、本当なの?」
「うん・・・本当だよ。こんな所早く逃げようよ、助けを呼びに行こう。」
それが本当ならば、一度ティオスに相談してみる必要があるな。ここは国境付近だから陸地なんてあるはずがない・・・
思ったより島が東に流されているのかもしれないが、もしも敵国側の大陸だったら、俺たちは竜騎士と間違えられて確実に捕えられてしまう。
「あ、こらサンタ!!お前どこ行くんだよ!」
「確かめてくるんだ!そうすればみんな助かるでしょ!!」
ユージンが止めるのを聞かず、サンタは竜に乗って海に飛び出した。
らしくないな・・・いつものサンタならば、人の言うことに反発したりはしない。ましてや単独行動などもっての他だ。
「まずいな、早く連れ戻さないと。」
「あーあ、いいってもう放っとけよ、帰ろうぜ。」
フィアナがユージンを小突きギロリと睨んだ。
どうやらいつもこの調子らしい。よく仕事をこなせているものだ。
「あら、・・・ねえあれ何かしら?」
「ー?」
フィアナが俺の腕を引っ張り、サンタの飛んで行った方角を指差した。
水面ギリギリのところを不安定に飛行するサンタの火竜・・・の下に、何やら黒い影のようなものが見えた。
最初はサンタ達の影かと思ったが、少し大きすぎるように見える。しかも、その影はだんだんと数を増やし、まるでサンタ達を追いかけるように水面を泳いでいた。
「・・・・まずい、最悪だ。」
水面からしぶきを上げ次々と顔を出すグールの群れ。水中型・・・いや、翼のあるグールが海中を泳いで移動していた。
「サンタ!上昇しろ!!」
「うわ、うわぁぁぁあ!!」
まさに間一髪だった。俺とカフが飛び出すのがあと少し遅れていたら・・・そしてフィアナの援護射撃が間に合わなかったら・・・サンタは落第ではなく犠牲者第一号となっていただろう。危なかった。
それから無人となった海の上で、グール達の共食いが始まった。それはもう見るに堪えないおぞましい光景だ。もちろん見なかったさ。
すぐに隠れ家まで戻り、サンタの治療にあたった。
重症とまではいかないが、心をへし折るには十分な怪我だった・・・
そして俺たちが海上でグールに襲撃されたという事実は、たちまち皆の耳に届き、海で魚を獲る仕事が無くなった。
それもそのはず。今まで安全圏だと思われていた仕事が突然闇入りだ。こうなると、よもや地中にまでグールが潜んでいるのではないかと疑ってしまう。
そしてもうひとつ・・・・
「漂流島東海岸側に大陸が見えた。」
本当なのかデタラメなのかも怪しいサンタの証言も、皆にとってはかなりのビッグニュースだ。
それまで島を出るなんて考えが俺達の中で生まれなかったのは、みんな自分の飛行に自信がなかったから・・・そして教官の「島を出るな」という言葉。
だが、同期の中でも一番の落ちこぼれであったサンタが、先頭切って島を出た。
当の本人は今日の精神的ダメージで戦闘不能だが、燻っていた「リタイア派」に火を付けるには十分すぎる行動だった・・・
「いてて・・もっと優しくやってよイリス。」
「あ、ごめん、ごめんね。」
その夜、夕方の襲撃で怪我をしてしまった俺は、礼拝堂でイリスに傷の手当てをしてもらっていた。
手当と言っても、治癒魔法の順番が回ってくるまでの応急措置だ。
「聞いたよ・・・大変だったんだよね。無事で良かった、本当に。」
「うん、サンタがね・・・・馬鹿な奴さ、島を出ようなんて。」
と言いつつも、俺自身も実は少しだけ揺られていた。
このままティオスを信じ島に残るべきか・・・それとも他の奴らだけでも思い切って逃がすべきなのか。
だが、逃げ出した所で安全な保証なんてどこにもない。本当にただの見間違いだったという事もある。
「みんなきっと怖いんだよ・・・私には分かる、サンタ君の気持ち。こんなはずじゃなかったって・・・」
「・・・まあ、そうだけどさ。」
「はい、終わり。あとはクラウスさんに任せても大丈夫だよね。」
「ああ、フィアナの治癒魔法ならすぐに治してもらえるよ。ありがとう。」
イリスは頷き、ずいぶんと痩せてしまった頬を持ち上げ静かに微笑んだ。
そして俺が礼拝堂を去ろうとすると、イリスは両手を合わせ祈るように目を閉じていた。
「・・・・どうしたんだ?」
「うん。今日も誰も死ななくてよかったと思って。」
「なんだよ急に・・・・」
いや、俺は知っている。イリスはこういう奴だ。二人で洞穴生活を送っていたときも、お祈りだけは絶対にかかさなかった。
最初は実家の宗教的な習慣だと思っていたが、違う。彼女の心からの祈りだった。そしてそれが、決して自分の為だけの祈りでないことも。
「・・・そういえば、リトスくんはどうしてこの学校に?」
そして唐突に始まる他愛も無い会話。
「・・・・ああ、俺は、家業を継がないためさ。」
「家業って?」
「つまんない仕事だよ。とびきり危険なね。」
(・・・まあ今の状況ほど危険な仕事では無かったと思うけど。)
イリスはその家業が何なのかは聞かなかった。雰囲気で俺が隠したがっているのを察してくれたらしい。
「そっか・・でも、リトスくんならきっと色々と期待されることがあったんだろうね。」
「んー・・・そうだな。でもそれって、意外に自分の思い込みだったりするのかもしれないな。」
「・・・思い込み?」
・・・そう。現に俺は、あれだけ母さんの期待を背負っておきながら、今はこんなにも無力だ。
世界を救うどころか、こんなちっぽけな島に閉じ込められた仲間すら救う事ができない・・・・とんだ思い上がりだ。
「・・・そ、それにしても久しぶりだな。こうやってゆっくり話すの。洞穴に居た時はよくこんな話してたよな。」
あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、もう随分前の事のように感じる。
「・・うん・・でも、私はあの時の方が怖くなかった。今よりずっと安心できた気がする。」
そう言って、イリスは膝を抱え視線を落とした。まるで迫り来る恐怖にひれ伏し、すべてを受け入れたような目をして。
こんな時、きっと本物の勇者なら、黒を白に変えられる革命的な名言を出せたに違いない。
だが・・・残念ながら俺は勇者ではない。
「・・・そんな事言うなよ。ここにはみんながいる。俺なんかよりずっと頼りになる奴らがさ・・・だから、頑張ろう。」
少しだけ冷たさを帯びた俺の言葉は、きっとイリスの心を晴らしてやる事はできなかった。
親グールを見つけて倒すことさえできれば、みんなは助かる・・・
そんな俺の独りよがりな頑張りは、きっと大事な何かを見落としていた。
この時すでに動き始めていた、「脱走計画」を。




