3-4 喰う者、喰われる者
これはいつだったか誰かに教えてもらった話だが・・・
森や海、はたまた不毛の砂漠地帯や雪地でも、ひとつの場所に長く留まることによって、そこに住む生き物達の関係性が自然と見えてくることがあるそうだ。
そう、入学したての頃、俺がクラスの貴族と平民の関係を見抜いたのもまさにそれだ。
そしてそれは、ここ「漂流島」においても同じことが言えた。
水を抱えついに走る事を断念した俺は、木に登った。ツタや葉がたくさん生い茂る大きな樹だ。
そしてなるべく枝が密集している場所を選び、そこへ溶け込むように身を隠す。
この島は、俺達以外にもたくさんの生き物が生息していた。
蛇やカエル、魚やウサギ、小型の魔獣・・・いずれも目まぐるしく変化するここの気候に耐えられる、比較的タフな生き物たちだ。
だが、おそらくここには「ドラゴン」に勝るほど大きく強い種は存在しない。
そう・・・・唯一あれを除いては・・・・
俺のいる樹の足元真下を、3つの黒い影が通っていった。
六足歩行で地を鳴らし、少し細めの木なんかはメリメリと折り倒してゆく。
「グール」
漂流島における生態系の頂点に君臨する奴らの名だ。
ドラゴンを味方につけそれなりの知能を持っている俺達は、この島のピラミットでは上位に位置しているはずだ。
だが、そんなことは関係ない。奴らからすれば、俺たちは他の生き物達と同様ただの「捕食対象」でしかなくなる。
息を止め気配を押し殺し、俺は何とか奴らをやり過ごした。
奴らは基本夜行性だが、翼を持つもの、足の数が多いもの、それぞれの姿に微妙な違いがあるように、活動時間もバラバラだった。
こうなるといよいよ本当にサバイバルだ・・・・
「イリス、水汲んできたよ。」
「遅かったね、心配してたんだよ・・・何かあった?」
「いや、別に。」
俺は我が子のように抱えていた皮袋を地面に置いた。
中には俺たちの命の水が入っている。
孤島実習11日目。
危険な森を抜け、川へ水を汲みに行く事から俺の一日は始まる。
それからシェスタを連れ海で魚を採る。森の入口で薪も拾ってくる。
ときどきウサギやキノコなんかも採ったりするが、それはすごく運のいい時に限ってだ。
グールに遭遇してしまった日は、もちろん森にも行かなければ海にも行かない。洞穴に籠って蛇を食す。これだけだ。
しかし・・・今日は違う。
昨日の夜、やっとカフの傷が完治した。
長い間この洞穴に息を潜めていた俺たちは、ようやくここを離れ、みんなを探しに行くことを決めた。
思えば、この洞穴は俺たちにとって「神の聖域」と呼んでもいいくらい奇跡的な隠れ家だった。
森、川、海のどの場所からも近く、雨露もしのげ、結局グール達にも一度も襲われなかった。蛇も採れるし・・・本当はみんなを呼び寄せたいぐらいの気持ちだ。
「これから、どこへ向かうの?」
イリスが不安定な飛行をしながら言った。
なんだあれは、少し風が吹いたら落ちそうだ。きっと彼女の不安がシェスカにも伝わっているんだろうな。
「うん。ひとまずはあそこを目指そうと思う。」
俺は島の真ん中あたりにある高い岩山を指差す。
あの山からなら、きっと島中を見渡せるだろう。そしたらみんなを見つけられるかもしれない。
「みんなを探したいから、このまま高度を下げてゆっくり行くけど・・・そうだ、シェスカの連続飛行時間は大体どのくらい?」
「んと・・・20分くらい。」
かなり絶望的な数字だな。カフはその5倍はいける。翼の怪我が少し気になったが、久しぶりにしてはなかなか快調だ。
俺たちは森を避けるように岩場付近をひっそりと飛行し、しばらくして、翼を休めるため一度地面に降り立った。
小さな滝のそば。ここならば、俺達の音と匂いを少しでも紛らわしてくれるだろう。
それと・・・・理由はもう一つ。
「・・・ごめんね。すぐに交代するからね。」
「いや、俺は別に後でいいから、ゆっくりしなよ・・・女の子なんだし。」
そう、風呂だ。
イリスは知らないが、俺はかなり酷い状態だった。もう臭いなんてもんじゃない、飛行中ずっとカフが俺を怪訝そうな顔で見ていたのは、おそらくこのせいだろう。
「ねえリトスくん。」
「なに?」
「リトスくんて、なんだかちょっとだけ・・・変わってるよね。」
「変わってる?そうかな。」
(・・・まあ、異世界人だしな。)
俺は栄養不足でパサパサになった髪を滝水で洗った。せっかく新調してもらったローブも、泥だらけでボロボロだ。
「こんなに優しくしてくれるのは、私が弱くて臆病だから?」
イリスは自分のローブを水で湿らし、次はシェスカの体を拭いてあげていた。
「何を言い出すかと思えば・・・違うよ。俺はただ、普通にしてるだけ・・・いいね、それ。」
俺もローブを濡らし、砂で汚れたカフの体を洗ってやった。
そのとき、ほんの少しだったが・・・俺はいつもの竜舎掃除を思い出し、知らぬ間に心を落ち着けていた。
「俺も怖かったよ。イリスが泣いてくれたから、俺は泣かずにカッコつけていられたんだと思う。それに、一人じゃカフの怪我の手当てだってできなかったしね。」
「リトスくん・・・」
「イリス・・・・・服。」
俺が見るに見られず目を泳がしていると、イリスは顔を真っ赤にし慌ててローブを羽織った。
そして、そんな気の緩んでいた俺達の前に、突然現れる今朝のグールの群れ。戦闘態勢に入っていなかった俺は、きっと一瞬で噛み殺されて終わりだな。そんな不安が、一瞬俺の頭をよぎった。
しかし、それは一種の物語的思考であって、現実では、そんな白黒交互にやってくる展開などは絶対にあり得ない。そう、現実はいつだって予測不可能な事の連続だ。
だからこの場合、俺達の所にかなりグレーな展開が突然やってくるのも、なんら不思議なことではない。
俺はそれを受け入れよう。
「あ!本当にいた、おーい!ハルさん!!」
「え・・・・・ルーク!?」
森の方角から、竜の背に乗った懐かしきルークの姿が現れた。夢じゃない。本物だ。後ろにはロアの姿もある。
思わず駆け寄りたくなるほど嬉しかった。
・・・・だが、俺は先ほど「グレーな展開」と確かに言った。そう、現れたのはルーク達だけじゃない。その後ろから2匹のグール。片方は翼があるが、もう片方は足が太く地上型だ。
「逃げてくださいっ!!」
言われなくてもそうするさ。
「イリス!・・・・おいイリス!?」
俺は硬直するイリスの肩を揺さぶった。だが・・・イリスは動かなかった。それもそうだ。醜く恐ろしいグールの荒ぶる姿は、女の子には少しばかり刺激が強すぎる。
俺は剣を抜き、その銀色の刃をグールに向けた。
ルークは俺が戦闘態勢に入ったことに気が付き、翼のある方の気を引きつけてくれた。相変わらず気の利く奴だ・・・
「カフ!!イリスを頼む。」
そう言うと、相棒はまるで返事をするように短く鳴いた。いざという時は、破壊砲でも何でもいいから守ってくれよ。
「ふう・・・・・」
俺はひとつ、ここで試しておきたいことがあった。
一対一で、グールを倒す事ができるかどうか・・・今後の実習生活の行く末を分ける、とても重要な検証だ。
「やめろリトス!!死ぬぞ!」
ロアの必死な叫び声を無視して、俺は地上型グールの懐に飛び込んだ。
一人じゃ絶対こんなことできなかった・・・
背後で震えるイリスと、頼りになる仲間との再会。それらの要素が相まって、追い詰められた俺の体を自然と動かしていた。
「ギッ!・・・ギギギ、」
まるで奥歯を擦り合わせるような不気味な悲鳴。
俺はその声を間近で聞きながら、前足をもう一本切り落とす。4本。これでやっと真っ当な生き物だな。
しかしここで攻守が切り替わり、奴は痛みに悶え俺の体に頭からかぶりついてきた。
歯の数が多すぎて、一体どこを受け止めればいいのか分からない。
「ギッ!!」
そして重い・・・重すぎる。それを真っ向から受け止めた俺の判断は、明らかに間違いだった。
俺は剣の刃を両手で押さえながら、必死で呑み込まれないように耐えていた。
そして血管のちぎれそうな腕の痛みに限界を感じ、ふっと力を緩める。一か八か抜け出す方に賭けてみた。
「リトスくんっ!!」
イリスの叫び声が聞こえた瞬間、俺の腕にかかっていた重圧が一瞬緩んだ。
いや・・・何かがグールの背後を襲った。そう・・・まるで白い閃光のような、レーザー光線のような攻撃だ。
「やあハル君、生きてるかい?」
「・・・ティオス。」
この野郎。こっちは死にかけてるというのに・・・涼しい顔で援護射撃か。だがお前にも会いたかったぞ。色々と聞きたいことはあるが、それはこいつを倒してからだ。
「うおぉぉあ!!」
俺は似合わない勇敢な雄叫びをあげながら、闘気を最大まで高めグールの喉元を突いた。こいつを倒し、俺がピラミッドの頂点に立ってやる。
そしてそんな俺の剣は見事に奴の体を貫き、勝利を収めた。
「ギ・・ギギ、ギャギャ!!」
俺が一匹を倒し川に落とすと、ルークとロアを追いかけていたもう一匹も、突然方向を変えどこかへ逃げだした。
不思議な習性だ・・・連携をとっているようにはまるで見えなかったが。
だが、これでひとまずは落ち着いた。これでようやく仲間達との再会を喜ぶ事が出来る。
「ハルさん・・・ほんとに無事で良かったです。僕もユージンさんも、とても心配していたんですよ。」
「ああ、ほんとに。ルークも無事で良かった・・・ロアも。」
ここに、A班全員が無事再集結した。こんなに嬉しい事はない。イリスも目に涙を浮かべ喜んでいた。いや、さっきの残り涙かな・・・
「もしかして、俺達を探しに来てくれたのか?」
「まあそれもあるけどよ、俺達があのグール共に追いかけられていたのは、食料を探して森に入ったからだ。」
「僕達の班は食料担当なんです。そしたらグール達に見つかって、逃げようとしてたらティオスさんが、」
ティオスは飛竜の背から降り立ち、俺の肩に馴れ馴れしく手を置いた。
「僕のイブがね、君達二人の気配を感じ取ってくれたんだよ。本当に無事で良かった、ハルくん。イリスちゃん。」
「ああ、俺の方こそ助かったよティオス。」
「ティオでいいってば、水臭いなもう。」
「光竜」イブ・・・希少さだけで言えば黒竜といい勝負だ。これまた高貴な飛竜様をお連れで・・・
だが、あの光線の援護がなければ俺は死んでいたかもしれないな。
「とりあえずここを離れましょう。一度帰って、早く2人の無事をみんなに伝えないと。」
「・・・帰る?」
ルークが指した先は、まさしく俺達が向かおうとしていた岩山の一角だった。
傾きかけた日の下、俺たちは訪れる夜から逃げるようにその場を去った。
そして・・・俺はルーク達に案内され、ここでようやく同期のみんなと合流することができた。
そこは岩山の上にある大きめの洞窟で、中は明らかに人為的な作りの「礼拝堂」のような場所になっていた。
一体誰がこんなところにこんなものを・・・
「・・・・・・ハル?」
震えた声で、誰かが俺の名を呼んだ。
いや、誰かなんて分かっている・・・ああ・・・無事で良かった。
「ハル!」
俺は振り向きざまにその体を受け止め、ふんわりと柔らかい香りを全身で感じた。
本当は・・・生きて再会できれば、俺の方が思い切り抱きしめるつもりだった。
そして、感謝の気持ちを伝える。あの時一緒に戦ってくれてありがとうと、無事でいてくれてありがとうだ。
しかし、すっかり先手を打たれ、今もなお体をすごい力で締め付けられていた俺は、情けなく受け身な台詞で再会を飾った。
「痛いよ・・・フィアナ。」




