3-2 転移ゲートの向こうには
生い茂る草木をかき分け、俺は背後に迫り来る恐怖から必死に逃げていた。
水を汲み隠れ家に戻るまでの距離は、およそ1キロほど。思い切り走ればそう遠い距離じゃない。
だが・・・奴らは水場に多く出現する。
精一杯警戒していたにも関わらず俺が奴らに見つかってしまったのは、ふと実習初日の出来事を思い出し、意識がそっちに傾いていたせいだ。
色んな事があったが、ドラゴン育成科での学校生活はそれなりに楽しかった。新しい相棒とも出会えたし、大切な友達もたくさんできた。
命がけの冒険をするのが嫌でこの道を選んだはずの俺が・・・どうしてこんな目に遭う・・・
・・・・・・どうしてこうなった。
*****
「漂流島」
人はその奇怪な場所をそう呼んだ。
漂流者がよく流れ着く島だからそんな名前で呼ばれているのか。
・・・・いや、違う。広大な森と岩山だらけのこの島は、他の島々のように海の上に決まった居場所を持たない。
長い時間をかけて世界各地を旅するその島は、もはや「漂流者」などではなく海の「冒険者」だ。
だったら島の名前は「冒険島」に変えた方がいいのでは?
俺がそんな呑気な事を考えていたのは、「校内実習」初日の話だ。
「校内」と言っても、例年学校の私有地である「山地」に足を運び、そこで飛竜と共に数日間の野外泊を行う。
普段とは違う環境で彼らと一緒に過ごすことで、より関係性を深めるのが目的だ。
そしてその実習を行う場所が、今年はたまたま変更されただけだと聞いた。
イスタリア東海岸沖に現れた漂流島、もとい冒険島がその場所だった。
俺たちがその島に辿り着いたのは、学校の敷地内にある「転移ゲート」を潜ってすぐだった。
夕陽の見える美しい海岸。島の中心あたりには、高く切り立った岩山がそびえ立つ。
「ではグループごとに集まってくれ。実習内容を説明する。」
ゲートを開いたのは、実習担当の新しい教官だ。名前は何と言ったか・・・俺はもう覚えていない。たぶん他の奴らも。
ヒルッカの紹介で教室に現れたときも、奴は黒いローブで顔を隠し、必要最低限の事だけを話しすぐに出て行った。
前回の教官とは大違いだ。ギルバートはあれだが、アリサは明るく気さくでとても親しみやすかった。
「あれ、ハル君、今回はあのチビ竜くんは連れてきていないのかい?」
海岸で点呼を取っている最中、王子が俺に話しかけてきた。こいつは本当に俺によく絡んでくる。
白馬を連れて来たらどうしようかと思っていたが、よかった・・ちゃんと飛竜を連れてきているようだ。
「ああ、アルヴィスは寒がりだから置いてきたんだ。今はヒルッカに預かってもらってる。」
「へえ、大丈夫なのかいそれ。」
大丈夫だろうとは思うが、俺も少しだけ心配だ。今頃解剖でもされてなきゃいいがな・・・
「ではみんな静かに。よく聞いてくれ。」
教官がゲートの前に立ち、聞き取りづらいくぐもった声で話し始める。
まるで音声レコーダーを再生しているかのようだ。
「今日からこの無人島が君たちの実習場所だ。実習期間は90日だ。自分たちで寝床を確保し、食糧も自分たちで集めてもらう。水場は島の中心部に川が流れているから心配はいらない。」
「おいティオス、勝手にカフに触るなよ。」
「はは、ごめんごめん。いや美しい風竜だと思ってね、つい。」
「基本的には何をしてもいいが、禁止する事はひとつ。島からでるな、まあこの海のど真ん中ではどこへも行けないと思うがな。」
「今度僕も乗せてよ。そうだ、この島の偵察がてら一緒に遊覧飛行でも。」
「ふざけるなよ、なんでお前と。そんなんだったらルークを連れて行くっつーの。」
「ちなみにこの島には、グールと呼ばれる獰猛な肉食獣が生息している。当面はそいつらから逃げるので精一杯だと思うが、奴らは基本的には夜行性だ。食糧を集めるなら昼間にしておいた方がいい、というのが私からのアドバイスだ。」
(・・・・・?)
いつの間にか、私語をしているのは俺とティオスの二人だけになっていた。
みんな口を開けたままポカンと立ち尽くし、その教官の話を聞いているような聞いていないような・・・
「実習期間が終わればまたゲートを開いて迎えにくる。それまで接触は無しだ。無事を祈る・・・そして君たちには心から期待しているよ。」
「・・・・・・・・・・。」
教官の黒ローブが異空間に吸い込まれ、それと同時にゲートが音もなく消えた。
「・・・・・だめだ、聞いてなかった。なあルーク、教官はなん・・・・・ルーク?」
青白いルークの横顔。いや、青冷めているというべきか、すごい汗だ。
ティオスの方を見ると、奴は爽やかな銀髪を風になびかせ涼しい顔をしていた。
「おい・・・・これって笑える冗談だよな、リトス・・・なあ?・・・90日?ありえねえだろ・・」
ロアが俺の方を振り返り、わななくような声で言った。
声が震えている、一体どうしたんだ。
その時だった・・・・
まるで時間が止まっているかのような俺たちを、頭上から謎の衝撃波が襲った。
細かい空気の弾丸で地面がえぐれ、何人かの体が風で吹き飛ばされる。
あまりに一瞬の出来事。
俺はその衝撃と驚きで、さっきまで目の前にいたはずの教官の顔と名前を完全に忘れた。
そして俺は、その攻撃がどことなくドラゴンの「破壊砲」に似ている事に気がつき、空を見上げた。
「・・・・・・・・なに・・・あれ。」
そんなこと、もちろん誰も教えてくれるはずがない。
俺は目を疑った。化け物だ。
フォルムはドラゴンのそれに近いようで・・・全然違う。
不気味な白濁色の表皮に張り付いた黒鱗と、鋭い爪の生えた6本足。
そして顔中に散らばった赤黒い瞳のひとつが、確かに俺とカフを見ていた。
俺はとっさに左肩を押さえたが、そこにいつもの温かい感触はない。そうだ・・・アルヴィスは連れて来ていないんだった。
長年アルヴィスを連れ添ってきた俺が本能的にそんな行動をとるのは、自分の身に危険を感じたとき。
俺はすぐさまカフの背中に乗り込み、硬直した舌を動かしなんとか声を絞り出した。
「に、逃げろ!!」
あれが何なのかは分からないが、間違いなく危険だ。俺の勘がそう言っている。
しかも、一匹や二匹ではない。今見えるだけでも確実に十匹以上はいる・・・一体どこから現れたんだこいつらは。
「この島にはグールという肉食獣がいる」
ほとんど奇跡のように思い出した教官の言葉が、俺の頭を鈍くよぎった。
嘘だろ・・・どうしてこんな危険な島に俺達を置き去りにしたんだ。デスゲームじゃあるまいし勘弁してくれ。
「た、助けてくれー!!」
「逃げろ!」
「なんだあれ!?ドラゴンか!!」
「助けて!」
混乱した状況の中、俺は再び目を疑った。
自分の飛竜に乗り飛んで逃げている奴がほとんどいない。
一体何の為の飛行訓練だったんだ・・・このままじゃ何人死ぬか分からない。
「ルーク、みんなを頼む!」
「え!?ハルさん待って!!」
「カフ、時間を稼ごう。飛べるか。」
そう言うと、カフはいつも通りとはいかないが、ぎこちない動きでなんとか空へあがってくれた。
カフの軽く3倍はある化け物が数十体・・・なんだこの状況。
「よし・・・一発撃て、それで様子見だ。」
俺はその黒い何かの群れを指差し、カフに合図を送った。破壊砲の合図だ。背中に乗ったまま撃つのは初めてだったが、もう四の五の言っている場合じゃない。
カフは大きく息を吸い込み、俺の指した方角に向けありったけのエネルギーを吐き出した。
(・・・・いってくれ。)
俺は祈るようにその白い風玉を見送った。
だが、カフの破壊砲にあまり威力は期待できない。しかも撃てるのはこれを除いてあと一発だけだ。
風を纏ったその白いエネルギー波は、一匹の黒竜の体にぶち当たり消えた。
ダメージはせいぜい肩パンされたぐらいのものか・・・だが、奴らの気を引くことさえできれば時間は稼げる。
そのとき、俺たちよりも少し低い場所から、3発の力強い破壊砲が飛んできた。
今度は確実に黒竜達の体を吹き飛ばし、その生態機能を停止させる。
ああ・・・助かった、ほんとに。
「フィアナ!」
「わたしも一緒に、ユージン君には怪我人を頼んできたから。」
涙が出そうになった。本当は一人でこんな大役を引き受けるのは、どうしようもなく怖かったんだ。
俺はフィアナと息を合わせもう一発、シルヴァーノは二発撃った。
そのおかげでまた何匹かの黒竜を海に落とし、残りは・・・いや、まだまだいるな。
海岸の方を振り返ると、もう全員がその場を逃げ出していた。何人かは最初の一撃で軽くはない傷を負ったはずだが、走るなり飛ぶなりでなんとか逃げられたらしい。
(よし、これならもう・・・・・・ん?)
「ハル!わたし達も逃げましょう。」
「待って!俺の班員がまだ残ってる!」
俺は黒竜たちの破壊砲をかわし、高度を下げて海岸に飛び降りた。
(・・くそ・・・あのモフモフ!)
そう、俺も最初の襲撃のとき、実は視界に入っていた。イリスが飛竜の体に隠れそこね、もろにあの衝撃を受けてしまっていたのを。だが、あの時はそれどころじゃなかった。
「イリス、立てるか!?しっかりしろ!」
「・・・・・リトス、くん?」
どうやら強い衝撃で気を失っていただけのようだ。ルークが見落とすはずはないと思ったが、これほど混乱した状況だ、仕方が無い。
「そうだ、君の竜は走るのが得意だって言ってたな、このまま森まで走って逃げろ!」
「え、ちょっと、リトス君!!」
「いいから行け!」
俺はイリスのか弱い体を妖竜の背に投げ、その毛むくじゃらの尻尾を蹴った。
まだフィアナがぎりぎり時間を稼いでくれていたが、そう長くは持たないはずだ。
「フィアナ!逃げるぞ、先に行って!」
「分かった!」
シルヴァーノがもう二発破壊砲を放つと同時に、森へ向かって全速力で飛んだ。
俺も全力で逃げた。
何が何だか分からないが、とにかく必死だった。
「ハル!」
「!?」
しかしそのせいか・・・俺は少々冷静さを欠いていたのも事実。
聞いたことのないようなフィアナの呼び声。それと同時に、俺は背後から強い衝撃に襲われカフの背から吹き飛んだ。
まるで後頭部を岩で殴られたかのような強い痛み。カフも短く悲鳴をあげ、そのまま俺と一緒に海へと落ちた。
「・・ハル!・・・・ハル!」
だんだんと遠くなる叫びを聞きながら、俺の体は沿岸の渦巻くような荒波に飲まれていった・・・




