3-1 編入生
―イスタリア中心街<喫茶ティーエ>―
「起きてオーファ。いい天気だから布団干すよ。」
「んー・・まだ干し肉屋のおじさん来てないでしょ・・・」
「何言ってんだよ、今日は定休日だから仕入れはないよ。」
早朝・・・完全に寝ぼけたおすオーファをはね退け、俺は朝一の日光を確保すべく、布団を抱え庭へ向かった。
恐ろしいほどに平和な一日の始まり。澄みきった空気。俺の機嫌は最高潮だった。
「おはようカフ、アルヴィス。」
魚と干し肉に、少し温めた羊の乳。こいつらの食事の準備と、カフの鎖を外し羽を広げてやることが毎朝の日課だ。
オーファの助言に従い、俺は夜だけはちゃんとカフをつないでおくようにしていた。もちろん嫌がったりはしない。いい子だからな。
近所の住人には危険はないと何度も説明したが、そうは言ってもドラゴンだ・・・信用を得るためにはどうしても必要なことだった。
しかしそのおかげからか、最近は近所の子供が遊びに来たり、市場の人が採り過ぎた魚や形の悪い野菜なんかを持って来てくれるようになった。ありがたい話だ。
そしていつの間にか俺は、「荒風小僧」や「ダブルドラゴン」などとおかしな異名をつけられ、巷ではちょっとした有名人になっていた・・・
「3カ月なんてあっと言う間ね・・・」
「それを言うなら、一年なんて本当にあっと言う間だったよ。明日からもう新学期だ。」
俺は休み前の最後の授業で配布された、新しい深緑色のローブを羽織って見せた。
「今日の昼過ぎには学校に戻るから。今まで本当にありがとう、また来るよ。」
「あらそうなの?残念・・・明日から掃除洗濯どうしようかしら。」
オーファはコーヒーをすすりながら、綺麗に片付いた店内を見渡した。
「そう言えば、結局うちには帰らなかったわね。」
「ああ・・・帰るつもりだったんだけど、カフに何かあったとき近くに居ないと困るからさ。」
「・・・きっと心配してるわね、ヨルダ。」
何を言う。本来なら旅に出されるところだったんだぞ・・・心配なもんか。
「来年は時間があったら少し帰ってあげなよ。カフちゃんはあたしが見といてあげるし、あの可愛い彼女も一緒に連れて。」
「・・・いや、彼女じゃないし。ダメに決まってるだろ?こっちの人間を連れて行くなんて重大なルール違反だ。俺は一族から消されてしまう。」
「ふふ、冗談だし・・・2年からもしっかり頑張んなさい。」
「ああ、ありがとう。」
俺はオーファに感謝と別れを告げ、ドラゴン育成科の校舎まで戻った。
一年前は馬車やら船やらに揺られやっとたどり着いたものだが・・・今はカフに乗ってひとっ飛び。不思議な感じだ。
そして俺の、ドラゴン育成会2年の新たな学校生活が始まる。
結局一年の進級試験で退学になった生徒はゼロ。個人差はありながらも、全員が無事進級出来たのは実に喜ばしい事だ。
「ハルさん、お久しぶりです。」
「ルーク!元気だったか?」
俺が共同ホールの食堂に行くと、さっそくルークが出迎えてくれた。
一年間ずっと一緒にいたせいもあって、かなり久しぶりに感じるな。元気そうで何よりだ。
「ずっと待ってたんですよ。僕たちは3日前にはもう学校に戻ってましたから。」
「へえ・・あれ?ユージンは?」
いつもなら真っ先に俺にタックルをきめ、休み中のナンパ話なんかを聞かせてくるユージンがいない。
「ああ・・・ユージンさんなら、あそこです。」
「ー?」
いた。食堂の少し離れた所で、何やらブスッとした顔で座っている。一体どうしたと言うのだ、新学期早々・・・
「実はちょっと・・これ見てください。」
ルークが渡してきた二つ折りの紙。そこには「第56期生実習グループ分け」と書かれてあった。
グループ分け?2年からは班分け制度があるのか。
ひとグループ4、5人で、AからKまでの全11グループ。
「ええと・・・俺は・・・」
あった、Aグループ。そしてルークも俺と同じAグループにいた。
なるほど・・ユージンが不機嫌な理由はこれか。
「ユージンさんだけGグループですからね。僕はハルさんと一緒で良かったですけど。」
「あれ?でもフィアナもGじゃん。」
いや・・・だがこの二人はあまり仲が良くない。たぶん単純な性格の問題だろうな。ユージンはいい加減だから・・・
翌日、2年生最初の授業はさっそくそのグループに分かれて座り、互いのドラゴンについて癖や得意分野などを話し合う事から始まった。
もちろん全員顔は見知っているから自己紹介は必要ないが、いつまで続くか分からないこのグループ実習は、きっと次の進級試験にも大きく関わってる。俺はそれを確信していた。
「リトス、1年の進級試験の時はさんきゅーな。お前がいなかったら、俺たち全員落第だったかもしれねぇ。」
「いや、違うよ・・・あれは別に俺じゃなくてもきっと合格をくれてたさ。全員不合格なんてあり得ないだろ。」
35番、ロア・エスティード・・・貴族出身で、こいつはどちらかと言えばアレキサンダー側の人間だ。入学当初、平民出身者をいびって遊んでいたのを何度か見かけたことがある。
そういえば・・・前に一度ルークに教えてもらった「フィアナ嬢玉砕リスト」に、こいつの名前があったような。
何にせよ俺はあまり好かないと思っていたが、同じグループになった以上、こいつとも仲良くやっていかなければ・・・
そして次にルークが話を振ったのは、15番、イリス・コナー・・・Aグループ唯一の女子だ。
いや、だが別に少ないわけじゃない。もともと56期生は男37女11の割合だ。比較的女性の少ない学科だからな。
「確かイリスさんは、少し珍しい種類のドラゴンを育ててましたよね。」
「あ、はい・・・えっと、わたしのドラゴンは妖竜という種類で、その・・・」
「・・・・・・・・。」
「・・・走ったりするのが、得意・・・です。」
「そ、そっか・・・飛竜なのに珍しいね。うん。」
・・・なるほど、即座に不思議な空気感を作り出せる特殊スキル持ちだったか。
見た目もかなり大人しい感じで、いや、かなり地味だ。きっと平民出身に違いない。
しかし、妖竜とはそこそこレアなドラゴンだな。確か四つ星クラスだ。
何百種とある飛竜の中でも、唯一鱗を持たない全身毛に覆われたドラゴン。今度機会があれば俺もモフモフさせてもらおう。
グループA
ハル・リトス
ルーク・ティスター
ロア・エスティード
イリス・コナー
「・・・・・あれ、4人?」
この時、俺はグループ分けの表を見て何かがおかしい事に気がつく。
グループAは4人ではなく5人班・・・一人足りないぞ。
そしてグループメンバーの一番下に、何やら見慣れない名前がひとつ。
「ティオス・リレンジャー」
・・・・誰だ。こんな奴いたか?
隣を見ると、ルークも怪訝な顔をして首を捻っていた。やはり誰も知らない。
「えー、では談話もその辺にして、ここで君たちにお知らせがある。編入生だ・・ごほっ。」
「ー!?」
ヒルッカよ、そういう事は早く言え。
というか編入生とは何だ?そんなのありだったのか?
「えー、うちの科に編入制度は無いが、なんでも今回は特別らしい、もちろん優秀な生徒だ。あまり気にはするな。」
いや・・・気にするなとか言われても。
皆がザワザワと騒ぎ立てる中、その編入生とやらはふらりと教室に現れた。
俺たちと同じ緑のローブ、脇には分厚いドラゴン図鑑。
そしてそいつが教室に入ってきた瞬間、何人かの女子生徒が黄色い声をあげ興奮し始めた。
爽やかな銀灰色の短髪に、真っ白な肌。そしてスッと通った鼻筋を中心に整った輪郭。
そう、例えるならば・・・まるで西洋のおとぎ話に出てくる白馬の王子様だ。
「僕はティオス・リレンジャーといいます、みなさんどうぞよろしく。」
そう言うと、編入生はニコッと爽やかな笑顔をキメた。
ああ・・なんてこった。ただでさえ苦手そうな奴ばかりで困っていたのに、どうしてわざわざ俺のグループに編入生なんか・・・しかも王子様だぞ。
「やあ、君が噂の双竜使いのハル君かい?」
「ん?ああ、まあ・・・そうだけど。」
編入生はなぜか俺の名前を知っていた。
「ふうん・・・話に聞いてたのと少し違うなあ。同じグループ同士、仲良くやろうね。」
「ああ、うん。」
(・・・なんだこいつ。誰に何を聞いたんだ。)
するとティオスは俺の隣に座り、少し声をひそめて意味不明な事を言い始める。
「黒竜使いのフィアナ・クラウスとどっちにしようか迷ってたんだけど・・・やっぱり君の方にするよ。僕の事はティオって呼んでくれてかまわないから。」
「・・・・・は?何のことだ。ていうか近い、離れろよ。」
このとき俺は、ティオスの言葉の意味を深くは追求しなかった。
単純に変な奴だとしか思わなかったし、正直何を言っているのか全く分からなかった。
・・・・・あれ?そういえば少し前にもこんなことがなかったか?
いつだったか・・そうだ、アリサと理事長の話を盗み聞きした時だ。
あのときも確か俺は、まあいいやって・・・すっかり忘れていた。
「えーでは編入生の紹介も済んだところで、2年の実習授業の新たな担当教官を紹介する。飛行訓練の教官に引き続き・・・今度は王国竜騎士団から直々に人を派遣してもらうことになった・・・ごほっ。」
俺がそのことを後悔したのは、もっとずっと後になってからのことだ。




