2-5 闇夜の幻獣②
第一回進級試験が終わってすぐの頃、一度だけ他の育成科についての話を聞かされたことがあった。
そのうち交流のイベントなどもあると言っていたが、ドラゴン育成科の校舎は孤立している。そのため他の学科との接触はほとんどゼロだった。
貴族の割合が非常に多く、騎士を目指すプライドの高い奴らが集まっている・・・というのが周りから見たうちの科の印象らしい。
グリフォン科は農家出身ばかりで比較的大人しい集団。
スレイプニル科は白馬好きの女ばかりが集まる、まるで女子高並みの華やかさだとか。
そして、一番問題なのが、「フェンリル科」の学生だ。
素行が悪く事故や犯罪が絶えない・・・それ故に退学者を見込んでかなりの人数を入学させるらしい。
いっそのこと、そんな科は無くしてしまえばいいのでは?・・・と俺はその時思った。
捕食した者の魂まで喰らうという、神聖にして獰猛な幻獣フェンリル。まさか自分が襲われる事になるとは思ってもいなかった。
俺の左腕から、ぽたぽたと地面に血が流れ落ちた。
危なかった・・・一瞬ローブを巻きつけるのが遅れていたら、きっと腕ごと持っていかれていたな。
「先輩、大丈夫ですか。」
「ええ、大丈夫・・・ちょっと爪が当たっただけだから・・・いててて、」
アリサは額を抑えたまましゃがみこんでいた。最初の一撃で、俺を庇おうとして別のフェンリルにやられたのだ。
「おいお前ら、ここは俺が押さえとくからさっさと卵を回収してこい。」
「え・・いや、でも・・・」
「いいからさっさと行け!!」
連中が二手に分かれた。こっちは緑ローブの男が3人にフェンリルが3匹・・・分が悪いな。しかも、奴らランプの火を消して完全な暗闇を演出している。もはやここは奴らの狩場になったというわけだ・・
「先輩ごめんなさい、俺のせいで・・」
「大丈夫だから・・・リトス君、すぐにギルを呼んできて、フェンリルがいたなんて予想外よ。」
そう言うと、アリサは俺の体を乱暴に後ろへどつき、早く行けと目で訴えてきた。
「・・・・・嫌です。先輩が呼んできてください。」
「は!?・・・何言ってんの!?本当に殺されるわよ!!」
だからと言って、こんな獣だらけの暗闇に手負いの女性ひとり置いていく男がどこにいる・・勇者以前に人としてそんな事できるわけがない。
俺はアルヴィスにある指示を送り、万が一の為にと持って来ておいた腰の剣に手を伸ばした。
まさかこんなところで使うことになるとはな・・・・母さん。
「先輩、フィアナには黙っておいてもらえますか?」
「なに・・言ってるの?」
気技の方は久しぶりだが、剣術の訓練はほぼ毎日やっていたから大丈夫なはずだ。
「ちょっと、リトス君!?」
・・・暗闇、目は利かない。煙の臭いで鼻も利かない。使えるのは耳だけ・・・
五感という点で獣に敵うはずもない俺が頼れるのは、第六感ならぬ、第六勘だけだった。
俺は剣を鞘に収めたまま、飛びついてくるフェンリルをなぎはらうように剣を振った。
(-外れたっ!?)
もう一回、今度は下から突き上げるように振る。
すると今度は確かな手ごたえ、一匹のフェンリルの硬い顎の骨に当たった。
一匹一匹の動きは素早いが、どうやらこいつら連携の方はいまいちと見た。
フェンリルの揺れ動く赤い瞳をたよりに、俺は体勢を低くして次の襲撃を待つ。こちらから仕掛けるよりも、カウンターを狙った方が攻撃を当てやすかった。
「後ろっ!!」
アリサの声に反応し、俺は振り向きざまにその大口に向かって剣を押しこんだ。そして上顎に剣先を引っ掛けたまま、反対の手で柄を軽く押す。
ボキン、と何かが外れる音。最大の武器は最大の弱点ってね・・・
(・・・さあ、あと一匹。)
するとここで、俺の小さな相棒がようやく光源の確保に成功した。上出来だ。
俺が集めておいた葉っぱは勢いよく燃え上がり、茂みに隠れようとしている獣たちの姿をぼんやりと浮かび上がらせた。
「・・・ねえアリサ、ドラゴンには熱を感知する器官が備わってるんだよな。」
「え・・・あ、うん。」
あえて大きな声でそれを確認した俺は、ここで初めて剣を抜く。
薄暗闇の中でも煌々と光輝く聖竜の剣・・・未熟な学生風情を脅すにはもってこいの武器だった。
「き、貴様何者だ、3人相手にやるつもりか。」
「ああ?」
俺は鞘を地面に投げ捨て、闘気を全開にして3人を睨みつけた。
「・・・お前らこそいいのか?じきにここへ親竜が戻ってくる、そいつらに頭から喰われるのがいいか、ここで俺に斬り殺されるのがいいか・・・選べ。この犯罪者ども。」
ここ一番で剣を抜いたのと、炎の演出がかなり効いたらしい。
後ろでこっそり話を聞いていた一年坊主二人が、悲鳴をあげ真っ先に逃げ出した。
ハッタリは大成功。もちろん俺に真剣で人と戦う度胸なんてありはしないが、大事なのは見せ方だ・・・・
この後、急いで駆け付けてくれたギルバートとフィアナ、そして双角竜の親竜。形勢は逆転だ。
これは後で聞いた事だが、実はフェンリルの天敵はドラゴンらしいからな・・・これにて一件落着だ。
犯行グループのメンバーは、フェンリル育成科2年が4人、1年が3人、そして、なんとドラゴン討伐科1年の男子生徒が一人混じっていた。
なんでも、フェンリル科の連中に脅され嫌々この悪行に手を貸したらしい。少し惨い話だが、こいつも同罪で退学だ・・・・世知辛い世の中なのさ。
「ねえ、さっきあたしの事呼び捨てにしたでしょ?タメ口だったし・・・ていうか口調変わってたんだけど。あなた何者なの?」
「え、何のこと?ハッタリだったんだから大目に見てくださいよ。」
「んー・・・そうね、考えとくわ。フィアナちゃんに言わないでってのは?」
「前に一度、木剣振り回してすごく怒られた。もうお説教は勘弁してほしい。」
アリサはふふっと声を漏らして笑った。
「ハル!!」
噂をすれば・・・どうやら風上組は大した戦闘もなく済んだみたいだ。よかった。
結局フェンリルも全部で3匹しかいなかったみたいだしな。アリサの判断に感謝だ。
「よかった・・・怪我はない?」
「ああ、うん、大丈夫・・・あ、ちょっと、」
獣に噛みつかれた俺の左腕は、時間が経って何やらすごく嫌な色に変色していた。じわじわと痛みがぶり返してくる。
「フェンリルの牙には即効性の毒があるから、ひどい怪我よ。」
「毒!?・・・うそ、死ぬの俺?」
「馬鹿ね、別に致死毒じゃないわ・・・ヒール。」
フィアナが俺の腕に触れた瞬間、温かい光が傷口に灯された。
そしてその優しい光は、やんわりと腕の痛みを和らげてゆく・・・懐かしい、治癒魔法だ。何度か母さんにやってもらった事があったっけ・・・
「知らなかった・・フィアナ、魔法が使えたんだね。」
「何言ってるの?貴族の子はみんなこれくらいの魔法は使えるわよ。たまには役に立つでしょ?」
「ああ、最高だよ。」
フィアナはその調子でアリサの額の傷も綺麗に治してくれた。
もうすぐ夜が明けてしまう・・・本当にそろそろ帰らなければ、ユージンにどんな勘違いをされるか分かったもんじゃない。
それに、森に置いてきたフィアナのシルヴァーノも心配だ。アルヴィスはもう俺の頭の上で眠ってしまったしな・・・
ギルバートとアリサはこれから生徒達の護送と報告があるので、一度騎士団本部に戻るらしい。明日の訓練は午後からという事になった。
「二人とも大した怪我がなくて本当に良かったわ。流石ね、武術の授業も真面目に取り組んでる証拠よ。」
「おい・・甘やかすなって言ったろ。こいつらは校則違反で厳罰だ。」
ギルバートはどこからともなく名簿を取り出し、何かを書き込んでいた。
まあ妥当なところで「竜舎掃除2週間」といったところかな・・・
「そうねぇ・・・まあでも後半はちゃんといい子にしてたから、プラマイで竜舎掃除3週間。」
(・・・増えた。)
「もう二度とこんな事はしないでよ。今回はたまたま学生相手だったけど、本物の犯罪者を相手にする事だってあるんだからね。」
「・・・はい。ごめんなさい。」
俺は襲いくる睡魔と闘いながら生返事をした。一日中きつい訓練をした後の命がけの戦闘だ・・・流石に疲労の限界だった。
「あ、そうだ。でも助けてもらった事にはちゃんとお礼を言っておくわ。もし君達がいなかったら、あたしは今頃フェンリル達の朝ご飯になってたかもしれないもの・・・ありがとう。」
そう言うと、アリサは俺の左頬に軽くキスをした。眠気も吹き飛ぶような強烈な一撃。
「ほら、フィアナちゃんも。」
「あ、いや・・・えっと、わたしは、」
フィアナは火が出そうなほど顔を真っ赤にし、両手をブンブンと振っていた。
欧米人かこの女・・・だがくれると言うのなら遠慮なく貰っておいて損はないだろう。
俺は密かにその感触の余韻に浸りながら、シルヴァーノの背に揺られ学校に戻った。
恐ろしく長い一日だった。
だが、日々の剣術訓練の意味と目的が見つけられたのは、ひとつ良かった事だ。
二年後には、俺たちにも同じように竜騎士団での実習が待っている。
まあ・・・そこへ行くまでの進級試験を俺が乗り越えられればの話だけどな。
「ねぇフィアナ、ユージンとルークにはこのこと黙ってようか。」
「・・・・・。」
「なんか怒ってる?」
「・・・別に。口元が緩んでるわよ。」
「・・・まじで。」
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【双角竜】
飛行能力:Bランク
戦闘能力:Aランク
知的能力:Cランク
破壊砲:5発
希少度:★★




