1-7 孵化!
早朝。俺は目を覚ました。
枕の横で小さく寝息を立てるアルヴィス。
よかった。ちゃんといた・・・
そして俺は、足元に吊るしてある茶色い皮袋に目をやる。今までとなんら変わらぬ、丸い膨らみ。
二段ベッドの上ではユージンがまだイビキをかいて眠っている。
「ふう・・・・・・」
俺は皮袋を手に取った。
そして、そのずっしりとした今までと違う重みに現実を痛感する。
今この中にあるのは・・・石だ。
昨日の夜、俺はユージンとルークにこの事を言い出せなかった。言えばきっと、何とかしようとしてくれる。
進級試験はもう4日後。こんな事で二人の邪魔はできなかった。
そして俺はその日、授業を休んだ。
ユージンには体調が良くないから寝ていると嘘をつき、夕方、皆が武術の授業で闘技場に出た隙に学校を去るつもりだった。
とりあえず、いったんオーファの家に戻り、それから旅支度をして3日後には出発だ。
ということは、来週の今頃にはもう魔物と命懸けの戦いをしているかもしれないな・・・
そんな極端な事を考えながら、俺は眠るアルヴィスの頭をそっと撫でた。
「きっと・・・アレキサンダーだって殺したりはしないよな。あいつだってドラゴンが好きでこの学校に来たんだから。」
俺は願うように口にした。そう思いたかった。
そしてふと、思い出した。こんな時に・・・
アルヴィスを初めて抱いたときの、フィアナの嬉しそうな横顔を。
「あ、そうだ・・・自習室に教科書置きっ放しにしてたんだった。」
俺は連鎖のように次々と色んな事を思い出し、最後に自習室に行ってから出て行こうと決めた。
ー校舎3階 <自習室>
「ほらアルヴィス、ちょっと待てって。」
大量の教科書。この短期間でかなり勉強したからな。
しかしこの知識は決して無駄にはならないだろう。きっと凶悪なドラゴンと戦う事だってこの先ある。そういう時、相手の事を知っている方が何かと有利だ。
「さて・・・まずはパーティを集めて・・」
異世界入門第4章。旅に仲間は付き物だ。叶うものならユージンも連れて行きたかったな・・・あいつはきっといい商人になる。
「それから・・・」
俺は必死に先の事を考えていた。そうでもしていないとやりきれない。そんな思いだった。
「・・・そんな荷物を抱えてどこ行くの?」
「!?」
・・・しまった、見つかった。誰だ?今は武術の時間のはずなのになぜ・・
「・・・・やっぱり仮病だったんだ。試験前なのに何考えてるの?」
その声は俺を責めたてていた。まるで、俺を試すように・・・
「・・・こっちを見なさい。これ、返さないわよ。」
「(・・・・返す?)」
俺はゆっくりと顔を上げ、自習室の入り口に立つ人影をとらえた。
「フィアナ、なんでここに。それに、それ・・・」
見透かすような冷たい眼をして立っていたフィアナ。そしてその手で包み込むように持っていたのは、俺が昨日無くしたばかりの大切な物だった。
「アレキサンダーがね、君が体調崩したって聞いたとき変な風に笑ってたから、気になって問いただしたの・・・そしたら、これ。」
フィアナは卵を俺に差し出した。
取り返してくれたのか。一体どうやって・・・
俺は歩み寄り、フィアナの表情をうかがいながらもおそるおそる卵に手を伸ばす・・・そして触れる直前、卵は引っ込められ、代わりに鋭い平手打ちが俺の左頬を襲った。
「って!!・・・・・・?」
目玉から火花が散るような衝撃に、俺はたまらず床に転げ落ちる。そして、そんな俺にさらに感情的な怒号が浴びせられた。
「どうして誰にも言わなかったの!?どうして勝手に出て行こうとするの!?」
ずっと表情を固くしていたフィアナの中の、何かが外れたようだった。
「無責任じゃない!この中のドラゴンにとっての親は、卵を手にした時からずっと君しかいないのよ!?それをこんな簡単に手放すなんて、何考えてるの!?」
俺は怒り狂うフィアナを見上げたまま反論する。
「だ、だって・・・仕方ないだろ!!俺だって嫌だったさ!でも・・・アルヴィスは・・・」
そう言うと、フィアナは更に怒りを加速させた。
「ふざけないで・・・生まれてないからまだドラゴンじゃないとでも言うの・・・君はこの一ヶ月一体何を学んできたの。」
「・・・・・・・・。」
「ドラゴンは私たちの進級の為の道具じゃないの。それを・・・・君は・・・君だけは分かってくれてると思ってた・・・」
そう言ったフィアナの瞳は、すでに怒りよりも悲しみを俺に訴えかけてくるようだった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・ごめん。」
何も言い返すことができない。フィアナは・・・フィアナの言っている事は正しい。
確かに俺は心のどこかで、まだ顔も見たことのない卵のドラゴンと、ずっと家族として寄り添ってきたアルヴィスを別のもののように感じていた。
そんな俺の本性は行動から簡単に見透かされ、だからフィアナはこんなにも怒っている。ドラゴンが好きだから、許せないんだ。
「卵・・・返すわ。これで君はこの学校を去る必要もなくなったし、今まで通り学校生活を続けられる。」
フィアナは俺の前にそっと卵を置き、冷たく言い放った。
「でも・・・もう私には話しかけないで。」
そう言い残し、フィアナはそのまま俺に背を向け自習室を出ようとした。
俺は卵を抱えると、何かに背中を押されるようにすぐさま駆け出した。
そしてフィアナの腕を力強く掴む。
「待って!フィアナ!!」
その時だった。
偶然だったのかもしれないし、もしくは必然のタイミングとしてそいつは現れたのかもしれない・・・
ーパキッ・・・
「!?」
「!?」
何かが壊れる、いや割れる音・・・
ーパキ・・・ピシッ・・・!
そしてそれは、どうやら俺の懐の中から聞こえてきている。
アルヴィスが俺の体を駆け上がった。
「・・・・・・た、卵が・・」
俺がバッと顔を上げると、フィアナもこちらを振り返り、卵を見つめたまま固まっていた。そしてわななくような声で俺に告げる。
「は、早く・・・その子をこっちに。」
「・・・え?」
フィアナは息をつく間もなく走りだす。
そして卵ではなくそのそばにいたアルヴィスの体を掴み取り、そのまま机の後ろに隠れた。
「え・・・ちょっと、どうしたんだよ!」
「いいからその卵を!刷り込みよ。」
「す、刷り込み・・・?」
俺は言われるがままに卵を両手でしっかりと持った。
緑色の殻の上に亀裂が走り、そして、その隙間から小さな指が飛び出す。
・・・白だ。白い指に、白い爪。
そして殻の上半分がすっかり砕け、その姿が俺の前にあらわになる。
全体的にぽってりとしたアルヴィスとは対照的に、長い首と薄いピンク色の皮膜の羽。所々緑がかった雪色の鱗。
そして殻と同じ深緑色の瞳が少しずつ光を取り込み、ついには俺の眼差しと交じり合う。
「・・・・・・・・」
そいつは次第に瞼を閉じたり開いたりを繰り返しながら、首を傾げ周りの物に興味を示し始めた。
「はは・・・無事、孵った・・・・・か。」
それを見た俺は全身の緊張を一気に解き放ち、震える手でパラパラと殻を床に落とした。これほど緊張したのはいつぶりだろう。
するとそんな俺の腑抜けた肩に、トンっと慣れ親しんだ重み。
「アルヴィス・・・・」
アルヴィスは珍しく喉を震わせ、孵ったばかりの新顔に自分の存在を主張していた。
そしてその鳴き声に同調するように、そいつはまだおぼつかない足取りで俺の腕を登ってくる。
そのまま反対側の肩に辿りつくと、アルヴィスの真似をするように喉を震わせた。
「あ・・・・・えっと・・・」
両肩に小さなドラゴンを乗せ唖然とその場に立ち尽くす俺の姿は、気高い双竜使いと呼ぶにはほど遠く、きっと少し滑稽だった。
「ふ・・・・ふふ。」
俺は振り返る。
「ふふ、あははははは。」
フィアナは声を上げて笑っていた。
抑えようにも抑えきれないというように、涙を浮かべどんどん笑い声が溢れてくる。
彼女が笑っているのを初めて見た。
そしてその笑顔は、今まで見てきた彼女のどんな表情よりも活き活きとしていて、フィアナという一人の人間を物凄い早さで色付けていった。
俺はいつまでも続きそうなその心地よい声に浸りながら、新しい相棒の鼻先を軽く叩いた。
「よろしく。」




