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第一話 井戸端会議の奥様

それではご想像くださいませ。

時は現代。所は日本。

都会から少し離れたとある住宅街。


うららかな小春日和の11月の昼下がり、

灰色の鳥打帽に灰色のスーツ姿の男が歩いておりました。

男は手に黒くて薄っぺらい手さげ鞄をひとつさげ、

少し背中をまるめ、少しアゴを前に突き出し、

細い目と口角の上がった口元は、

笑っているようにも見えましたし、

見ようによっては泣いているようにも見えました。


挿絵(By みてみん)


たいして人通りも車通りも無い、静かな町。

それでも、所々の辻には、夕食の買出しまでの時間をもてあます主婦が何人か、

井戸端会議をしておりました。


主婦たちの会話は他愛の無いもので、

人の家の事を褒めては、自分の家の事を嘆く、

おおむね、そんな内容の会話でした。

そしてこの町の主婦たちは、

そんな井戸端会議を、何十年も繰り返していたのでございます。



さて、そこへ突然現れた先ほどの男。

新しい話題に飢えていた主婦たちは、たちまち話題にしはじめました。


「セールスマンかしら」


「泥棒ですわ。警察に通報しなきゃ」


「不審者なのは間違いないわね」


「嫌だー、娘の学校に電話しなきゃ」


「歳いくつくらいかしら?」


「若く見て三十」


「でも六十くらいにも見えるわよ」


そんな主婦たちの囁きが聞こえているのか、いないのか、

男は緩慢ながらも規則正しい足取りで主婦たちの前を通り過ぎて行きました。

それはまるで自動で動くロボットのような動きでございました。

主婦たちは噂し続けます。


「どこ行く気かしら?」


「わたしん家は通り過ぎたわね」


「あの角曲がったら三島さん家よ。

あ、曲がった」


「あらやだ、あたしちょっと見てくる」


そう言うと、慌てて家へ帰る三島さんの奥さん。

その場にいた他の主婦たちは、

好奇心で張り裂けそうな自分たちの想いを

三島さんの奥さんに託しました。


「三島さん、後で報告してねー」


「謎の男の秘密を独り占めしちゃだめよー」


「わかってるー」


そう言い残して、三島さんの奥さんは急いで男を追いかけて行きました。

角を曲がって自分の家の方を見ると、

男はやはり同じ調子で歩いていました。

男は別段、三島さんの家に寄る風には見えませんでしたが、

それでも三島さんの奥さんは男の後ろから近づいて行きました。

男が三島さんの家の前にさしかかり、そのまま通り過ぎようとした時、

三島さんの奥さんは、せき立てられる様に、

ついに男に声をかけました。


「あの、あの、わたしの家になにかご用ですか?」


その声を聞いて男の歩みは止まりました。

三島さんの奥さんは少しドキッとしましたが、

勢いにまかせて、続けて男に話しかけたのでございます。


「わたしの家に、なにかご用ですか?」


男はゆっくり三島さんの奥さんのほうに振り返りました。

男の背中は華奢で、たいして力も無さそうにみえましたが、

相手は男です。

三島さんは一人で男と対決している無謀な状況をすぐ理解し、

少し怯え、少し後悔しました。


「そ、それ以上近づかないでください警察呼びますよ。

そこはわたしの家です。

なんのご用でしょう?」


男は、かばんを地面に置いて帽子を取り、

かるく会釈をして三島さんの奥さんの問いに答えました。


「いやあ、これは奥さん

わたくしは、こちらのお宅には何も用はございません。

どうか警察へ突き出すような事はなさらないで

お見逃しくださいませ」


男の思いのほか平身低頭な様子に、

さっきまで感じていた恐怖がいっきに義憤へと変わった三島さんの奥さん。

男を責めるように問いただし始めたのでございます。


「そうはいきませんよ。

あなたみたいな不審者は見逃せません。

この町の平和のためにも警察へ通報します」


「そんな、ご勘弁を」


「あなた、どう見たって泥棒か変質者ですよ」


「いえ、わたくしはただのセールスマンです」


「セールスマン?

押し売りじゃない」


「いえいえ、無理に売った事は一度もございません。

ご希望の方だけにお売りしております」


「何をですか?」


「衝撃です」


「はぁ?」


「わたくしは衝撃屋です」


「なにそれ?」


「はい

平穏でつまらない日常に波風をたてる屋さんでございます」


「そんなもの、誰が好き好んで欲しがるの?いらないわよ。

バッカじゃない?」


「ん~例えば奥さん、恐く無い恐怖映画観ますか? 」


「なに訳わかんない事言ってんのよ」


「急降下しない。急旋回しない。ジェットコースターに、

奥さん、乗りますか?

それじゃあまるで、子供がよろこぶ、

ゆっくり走るかわいい列車とおんなじでしょう。

貴女はもう、立派な大人なのですから、

そんな些細な刺激では満足できないのです。

大人で、現状に満足できない、

好奇心と、向上心にあふれ、

もっと自分を変えたいを思っている貴女にこそ、

むしろわたくしども衝撃屋はお役にたてると思いますよ」


「なに口車に乗せようとしてんのよ。

私は別に刺激なんて欲しくないし、

今の生活に満足してるの」


「そうですか。

それはわたくしの見立て違いでございました。

わたくしは、変質者でも泥棒でもございませんので、ご勘弁を、

それでは失礼・・・」


「ちょ、ちょっと待って」


「はい?」


「必要ないけど、

興味もないとは言ってないわ。

その衝撃っていくらよ」


「ご予算にあわせて衝撃の度合いが強くなってございます」


「そうね。

じゃあ試しに500円でどう?

言っとくけど500円あったら相当いいものが食べれるのよ。

その500円に見合う衝撃を買うわ。

つまんなかったら詐欺で即警察よ覚悟しなさい」


「おありがとうございます。

500円ですね。

それでは衝撃レベル3になりますがよろしいですか?」


「早くして、みんな向こうで待ってんだから」



「ではまいります」










「奥さん。

浪人して東京で独り暮らししてる息子さん。

借金してますよ」










「それではまた、

御用命の際はお気軽にお声かけくださいませ。

ごきげんよう、さようなら」


読んでいただきありがとうございました。


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