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第6話「余計なお世話」

 依頼を重ねるうちに、ギルドで顔を覚えられるようになった。


 良い意味ではない。


「ああ、あの鑑定士か。スキルなしで人の欠点を見抜くやつ」


「C級のくせに口だけは達者な——」


「聞いた? Lv6の剣士をジョブ変えさせたらしいぞ。本人は泣いてたって。余計なお世話にも程がある」


「しかも17回もジョブが変わるC級だぜ。自分のことも決められない奴が、人のジョブに口出すとか」


 カウンター越しに、そういう声が聞こえるようになった。


 リラが泣いていたのは事実だが、文脈が違う。でも噂とはそういうものだ。伝わるのは事実ではなく、印象。


 1週間前は気にならなかった。鑑定の依頼をこなして、リラの訓練に付き合って、ノアに干し果物をやって。それだけで日が暮れた。


 でも、噂は広がるのが速い。そして曲がるのはもっと速い。


 ◇


「カイさん、今日の依頼なんですけど——」


 リラが掲示板の前で言いかけた時、後ろから声がかかった。


「おい。あんたが例の鑑定士か」


 振り返ると、男が三人。冒険者だ。B級の結晶が光っている。リーダーらしき男の手の甲には、深い青——魔法使いの色。Lv7。


「何ですか」


「うちの新人にちょっかい出すのをやめてもらいたい」


「ちょっかい?」


「先週、うちのパーティの弓兵に何か言っただろう。『握りが浅い、弓兵としての体の使い方ができてない。別のジョブの方が合ってる』——あの後、あいつが動揺して、依頼中にミスした。怪我人が出た」


 ——ああ。覚えている。


 先週、ギルドの食堂で隣に座った若い弓兵。メンテナンスで弓の弦を張り替えていたのが目に入った。弦を引く時の手首の角度が妙だったので、聞かれてもいないのに言った。弓兵をやってた時に同じ手首の使い方をする奴がいて、そいつは結局弓兵から転向した。手首の向きが弓兵向きじゃないのだ。


 弦を引いた瞬間の、指先に食い込む痺れ。弓兵Lv7まで毎日引いていたから、手首の角度が1度ずれるだけで弦が指を噛む感覚がわかる。あの弓兵の手首は、その1度を毎回ずらしていた。


 見えた。だから言った。それだけのことだったのに。


「事実を言っただけです」


「事実? 事実だから何だ」


 リーダーの声が少し大きくなった。食堂にいた冒険者の何人かが振り向いた。


「お前がジョブに口を出した直後に、うちの弓兵が自分のフォームを気にしすぎて射撃のタイミングを外した。護衛対象の商人が角兎に突かれて足を怪我した。治療費は俺らの報酬から差し引かれた。お前の『事実』のせいでな」


 リラが俺の隣で体を硬くしている。ノアがリラの影に潜り込んだ。


「あんた、C級のLv2だろう。17回もジョブが変わって、どれ一つ極められなかった男が——B級の冒険者のジョブに口出しする資格がどこにある」


 周囲がざわめいた。17回。その数字が口に出ると、空気が変わる。好奇と嘲りが混ざった視線が、横から刺さった。


 ……。


 言い返す言葉はある。あの弓兵の手首の使い方は本当に弓兵向きじゃなかった。でも——言ったタイミングが悪かった。依頼の直前に言えば、意識するなという方が無理だ。


 それは、俺の落ち度だ。


 奥歯を噛んだ。一瞬、喉の奥まで言葉が上がってきた。——飲み込んだ。


「すみませんでした」


 頭を下げた。それ以外にできることがない。


「すみませんで済むなら管理局はいらない。今後、他人のジョブに口を出すな。自分の結晶の心配でもしてろ——17回も壊れる結晶のな」


 最後の一言が、思ったより深く刺さった。


 男たちが去っていった。ギルドの中がざわついている。食堂のカウンターにいた何人かがこちらを見ている。目が合うと、すっと逸らされた。


 ……面倒くさい。


 ただ、見えたから言っただけだ。見えたものを黙っていろというのは——


「カイさん」


 リラの声が近い。隣に立ったまま、離れていなかった。


「大丈夫ですか」


「大丈夫ですよ。事実、俺の判断ミスです。タイミングを間違えた」


「でも、カイさんが言ったことは——」


「……正しいかどうかの問題じゃない」


 テーブルの上の煮込みが湯気を立てている。スプーンが皿の縁に当たって、からんと小さな音がした。


 続きが出てこなかった。何が問題なのか、わかっているのに言葉にならない。見えたものを伝える力と、伝え方を選ぶ力は別物だ。17回もジョブを変えて、その程度のことも身についていない。


 リラが黙った。


 ギルドの食堂に座った。煮込みの湯気が顔にかかる。飯を頼んだが、スプーンを持つ手が重い。周囲の視線がちくちくする。慣れているはずなのに。


 17回ジョブが変わる男は、どこに行っても珍しがられる。それは慣れた。でも今回は違う。視線の温度が、少し冷たい。


 ノアが膝の上で丸くなった。温かい。


 しばらく無言で食べた。煮込みの塩気が舌に染みた。玉葱の甘さと、安い肉の歯ごたえ。いつもと同じ味のはずなのに、今日は喉を通るのに時間がかかる。リラも黙って食べていた。気を遣っているのか、それとも言葉を探しているのか。


「……カイさん。私、聞いてもいいですか」


「何ですか」


「カイさんは——いつも、見えたら言うんですか」


 スプーンが止まった。


「……基本は言いません。面倒くさいから」


「でも、言う時もある」


「……ああ」


「それは——どういう時ですか」


 考えた。


 B級パーティの剣士と魔法使いに助言した時。リラに魔物使いの適性を見抜いた時。弓兵に手首の使い方を指摘した時。


 共通点は何だ。


「……放っておくと壊れそうな時、かな」


 口から出た言葉に、自分で少し驚いた。スプーンを持ったまま固まっていた。スープの表面に、食堂の天井の梁が映っている。考えて出した答えじゃない。体が先に答えを出した。17回壊れてきた人間は、壊れる寸前の人間がわかる——のかもしれない。


 リラが俺をじっと見ていた。それから、小さく頷いた。


「私も——壊れそうだったんですね」


「……多分」


「じゃあ——私は、助けてもらったんだ」


 顔を上げた。リラの目はもう赤くない。まっすぐだ。


「カイさん。私は、カイさんが見えたことを言ってくれて——良かったです。少なくとも、私は」


 ……。


 何も言えなかった。


 ノアが膝の上で寝返りを打った。尻尾が俺の手に触れた。温かい。


 ギルドの喧噪が戻ってきた。さっきまで遠かった音が、少しだけ近くなった。


「……飯、食いましょう。冷めます」


「はい」


 リラが笑った。


 笑えるようになった女が隣にいる。それだけで——まあ、悪くはない。


 悪くはないが。


 帰り際、ギルドの掲示板をもう一度見た。鑑定系の依頼が一枚もない。昨日はあった。一昨日もあった。今日だけ、ゼロ。


 偶然か。それとも、依頼主が「あの鑑定士」を避け始めたか。


 考えるのはやめた。飯が冷める。


 ノアが膝の上で寝息を立てている。こいつは何があっても動じない。影の中で丸くなって、温かくて、何も求めてこない。


 ……ノアだけは、俺が何回ジョブを変えても同じ顔をしている。


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