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第58話 追憶の断章 計画

 王都ルーン・ヴィークに粉雪が舞い降り、「神聖聖誕祭シン・シュタール」の季節が訪れた。  

 この世界では、魔導の理を司る「魔導父神ゾル」、慈愛を育む「魔導母神ルナ」、そしてすべてを統べる絶対神「創世至高神エテルナ」が崇められている。

 冬の夜、家族で食卓を囲み神々の恵みに感謝するこの祝祭は、平民にとっては温かな家庭の団欒であり、貴族にとっては家の威信をかけた華やかな夜会の季節でもあった。


 二学期も終わりに近づいたある日、エリカは三つの熱烈な誘いに頭を悩ませていた。

「エリカ! 私の家の夜会に来てくれなきゃ嫌よ。伯爵家として最高の聖誕祭にするんだから!」  活発なセレナが手を握れば、ファミールも眼鏡を押し上げ、静かに、けれど断固として譲らない。 「いいえ、我が子爵家のパーティーこそエリカに相応しいわ。一流の魔導師たちが集う、知的な晩餐会になるはずよ」

 二人とも名家の令嬢であり、当日は主催者側として実家のパーティーを離れられない。

 だからこそ、一番の親友であるエリカを招待したくてたまらなかったのだ。

「ごめんなさい。私、ドレスを持っていないの。だから…………」

 セレナとファミールは顔を見合わせました。

「「任せなさい。私がエリカのドレスを用意するわ」」

 思いがけずセリフが重なった二人は、また顔を見合わせて大笑いするのでした。

 

 さらに、週に一度の精神負荷軽減魔法の施術後、教師のジュリアンからも予期せぬ誘いが入る。

「エリカ、今年の聖誕祭は我がランバート子爵家の夜会へ来ないか。テオも、君に正装した姿を見せたいとはりきっているんだ」


 放課後、冬の陽光が斜めに差し込む図書室の片隅。

 エリカは、机の上に置いた三通の封筒を前に、申し訳なさそうに身を縮めていた。

「……あのね。二人とも、相談があるの」

「改まってどうしたのよ、エリカ? 聖誕祭なら、もう私の家のパーティーに来るって決まりでしょう?」  

 セレナが快活に笑い、エリカの肩を叩く。

 しかし、隣のファミールが眼鏡をクイと押し上げた。

「あら、セレナ。私の誘いもまだ生きているわ。……エリカ、その封筒は何?」

 エリカは震える指先で、最後の一通を二人の前に差し出した。

 そこには、ランバート子爵家の高貴な紋章が刻印されていた。

「実は……ジュリアン先生からも、実家の夜会に来ないかって、誘われてしまって」

 一瞬、図書室が静まり返った。

「………………え?」  

 セレナの口が半開きになり、ファミールのペンが指から滑り落ちる。

「エリカ、今……なんて言ったの? 誰に誘われたって?」

「……ジュリアン先生です。テオくんも、一緒にって」

「「………………キャアアアアアアアア!!」」

 静寂を切り裂く絶叫。

 司書教諭が血相を変えて飛んできたが、二人の興奮は収まらない。

「嘘でしょ!? あの氷の騎士とも噂されるジュリアン先生が、教え子を夜会に!? それってもう、ただの『お気に入り』を超えてるわよ!」 「セレナ、落ち着きなさい! ……でもエリカ、これは一大事よ。学園の女子全員がひっくり返るニュースだわ。テオドール様もいらっしゃるなんて、なんて贅沢な悩みなのかしら」

「それで……どうするの? 誰かを断るなんて、エリカにはできないでしょう?」  

 セレナが心配そうに覗き込む。エリカは小さく頷いた。

「二人とも、私にとって初めての親友だもの。どちらの家にも行きたい。でも、先生にも……その、いつも助けてもらっている恩義があるから」

「……わかったわ。こうなったら、全部行くしかないわね!」  

 ファミールが手帳を広げ、猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。

「いい、エリカ。これは一分の狂いも許されない『強行軍』よ。まず茜の帰還(17時)にセレナの伯爵邸。セレナ!ここでは伯爵家としての格を見せて、群青の侵食(19時)には出発よ」

「ええ、私の家の馬車を出すわ! 特注のクッションを敷き詰めて、エリカが移動中に少しでも休めるようにする」

「そして燈の安息(20時)に我が子爵邸。ここでは魔導師の集いがあるから、エリカの知性を見せつけてやるの。静寂の警鐘半(21時半)には出発よ。私の子爵家の高速馬車でジュリアン先生の元へ送るわ。馬を二頭立てにして、王都の石畳を全力で駆け抜けさせる!」

 二人の計画は、まるで一つの攻撃魔法を構築するかのように完璧だった。

「友情も、先生への義理も、全部守り抜く。それが私たち三人の絆よ、いいわね!」  

 セレナの力強い宣言に、エリカは瞳を潤ませた。

「……あ、あと、ドレスのことなんだけど」  

 エリカが思い出したように、故郷から届いた木箱の話をした。

「村の両親から、信じられないくらいの仕送りが届いたの。『王都の友達に引け目を感じないように』って。村での生活を切り詰めて、私にこんなにたくさん……」

(※エリカはまだ、これが聖国でも屈指の歴史を持つヴァイン男爵家の隠された資産であることを知らない)

 殊勝に涙を浮かべるエリカを見て、セレナとファミールは顔を見合わせ、いたずらっぽく微笑んだ。

「エリカ、そのお金は可愛い靴やリボンに使いなさい。ドレスはね……もう私たちが、王都一の店に発注してあるんだから!」

「一生付き合う親友に贈る、最初のプレゼントよ。平民だなんて関係ない。あなたは私たちの『親友』なんだから、最高に輝いてもらわなきゃ困るの」

 三人は図書室の片隅で、手を取り合い、聖夜の成功を誓い合った。

「やり遂げてみせます……みんなのために」

 エリカは心の中で、神々への祈り――(神々の聖なる祝福を)を唱えた。    

 友情と誇り、そして隠された闇を纏い、九歳の少女は、白銀に染まる王都の強行軍へと身を投じる準備を整えた。


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