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第57話 追憶の断章 嫉妬

 夏休みが明け、二学期が始まると、学園内に漂う空気はエリカに対してより尖ったものへと変貌していた。

 その中心にあるのは、学園屈指の人気を誇る教師、ジュリアン・フォン・ランバートとの交流だ。

 週に一、二度、定期的に特別実習室へ呼び出されるエリカに対し、一部の女子生徒たちの嫉妬は限界に達していた。

「平民の分際で、ジュリアン先生を独占するなんて。どんな汚い手を使ったのかしら」

 棘のある言葉を、エリカは静かに聞き流した。 

 彼女にとって、ジュリアンの魔法によって脳内の殺意が凪ぎ、割れるような頭痛から解放されるあの時間は、正気を保つための唯一の「聖域」だったからだ。

 事実、精神負荷軽減魔法――『エーデル・ハルモニア』を受けた後のエリカの表情には、年相応の少女らしい笑顔が戻る。

 ランバート兄弟は、この「孤独な天才」を命を懸けて守るべき対象として、深く心に刻んでいた。

 そんなエリカを、二人の親友はそれぞれの流儀で救い出そうとする。

「エリカ! 『アルカナ・バースト(魔導弾撃ち合い競技)』部に入りましょうよ!」  

 活発なセレナが熱心に誘う。

 それはテニスコートに似た専用コートで3人対3人で戦い、テニスウェアに近い軽快な衣装で極限の魔導弾を撃ち合い、体力と演算速度を競う花形競技だ。

 1人1発ずつしか撃てず、命中させるか自己の魔導弾が場外へ出るまで次弾が撃てない制約が戦略性を生む。

「いいえ」と、ファミールは眼鏡を押し上げ、静かに異を唱えた。

「『魔導深淵探究会』こそ彼女に相応しいわ。高難度の術式を行使する、その演算美こそエリカの真骨頂よ」

 親友たちの優しさに包まれ、エリカの頬には自然と笑みがこぼれる。

 男子生徒たちとは概ね良好な関係を築いていたが、女子の一部に潜む「影」は、次の行事で牙を剥くこととなった。


 秋の訪れと共に開催された、恒例の二泊三日の野外実習。

 場所は魔法師団の森林演習場。

 エリカは、よりによって彼女を忌み嫌い、いじめていた貴族令嬢三人と同じグループに割り振られた。  

「……最悪、怪物と一緒なんて」

 服を汚され、足を踏まれる。

 髪には樹液が付けられた。

 露骨な嫌がらせを受けながら、エリカは黙々と設営をこなした。

 しかし、実習初日の夜、古い戦場跡であるこの森の静寂が氷のように凍りついた。

 師団の結界をすり抜け、闇の中から現れたのは、実体のない心霊系ヴィルヘル(魔物)だった。

「いやあああ!! 来ないで!!」

 昼間の威勢はどこへやら、いじめていた同級生たちは、恐怖のあまりその場で失禁し、腰を抜かして泣き叫びながら逃げ惑った。

 

 学園側は「授業を正しく聞いていれば簡単に対処できる」と豪語しているが、生まれて初めてのヴィルヘル(魔物)の恐怖を前に、冷静に魔法を行使できる学生は多くは無い。

 エリカは静かに一歩前に出た。

 魔力を練るほどに、内側から激しい「殺意」が突き上げてくる。

 だが彼女は、その暴力的な衝動を気力で捻じ伏せ、精密な演算エネルギーへと変換した。

 司祭系の聖魔法を使えない彼女が選んだのは、純粋な(ことわり)による「消去」だった。

「……『ヴォルク・シレッダー』(魔力分解)、展開」

 エリカの周囲に、幾重にも重なる幾何学的な白銀の多重魔法陣が展開される。

 さらに心霊系のエネルギー構成を無効化する干渉波『ガイト・トレンヌング』を上書きし、瞬時に怪物の構造を分解した。

 霊的な魔物は、エリカが編み上げた数式の檻に呑まれ、悲鳴を上げる間もなく霧散し消滅した。

 翌朝、三人の女子生徒たちの態度は一変していた。

 深い謝罪の言葉こそなかったが、彼女たちはエリカの荷物を当然のように分担し、エリカを中傷する者がいれば真っ先に睨みつけるようになった。

 エリカは親友たちの助けを借りることなく、自らの力と気高さだけで、いじめを克服したのである。

 演習場の出口で待っていたジュリアンは、戻ってきたエリカの頭に無言で大きな手を置いた。

 彼の手のひらから流れる軽減魔法が、昨夜の死闘で高ぶっていたエリカの心を優しく鎮めていく。    

 いつか、王都の街で見かけた、赤いプリーツスカートを翻し颯爽と歩く魔導師のように。

 この内なる闇を誇り高く制御できる日が来ることを信じて。

 九歳の魔導士は、確かな一歩を再び踏み出した。


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