第52話 外伝 ディオン編
ディオン・ゼーレドルフ
ディオンには、決して消えない「二歳の記憶」がある。
母イゾルデが自分を抱きしめ、祈るように絶命した瞬間だ。
アイナル村の守護職ゼーレドルフ一族は、2000年前から「魔王アニマ=ゼロ」を封印する『檻の番人』を務めてきた。
先妻セレスティナが命を懸けて魔王を分断し、ライナスとエリカへ封印。
その数年後、限界を迎えたライナスを救うため、後妻イゾルデが魔王の欠片を幼いのディオンへと移し替えた。
「ディオン、ごめんなさい」
その最期の言葉とともに、ディオンは命と、そして一生逃れられぬ闇の託された。
幼いディオンを支えていたのは、三人の偉大な魔導騎士だった。
人間であり父のガリアス。
エルフ族の魔導騎士で古代文字の研究者でもあったヴォルフ。
そして、バハルと同じ種族、龍の血を継ぐドルーグ・ザ・ハル(竜人)の守護騎士ガガル。
非番の夜、彼らが集まり酒を酌み交わす光景は「平和」そのものだった。
だが、ある日、結界を修復せんとしたヴォルフをヴィルヘル(魔物)の奔流が襲う。
駆けつけたガリアスはヴォルフの手を掴もうとしたが、手は届かず闇へと消えた。
ヴォルフの葬儀の夜、ガリアスは幼いアルベローゼの前で膝をつき、慟哭した。
「あいつを、救えなかったんだ!!」。
その悔恨を、アルベローゼが慈愛で包み込んだように見えたあの日から、村の均衡は静かに、けれど確実に崩れ始めた。
アイナル村の端で竜の血を継ぎ、鱗を宿すドルーグ・ザ・ハルとして生まれたバハル。
一族の掟『己が真の主君を見つけし時、その一生を賭して忠義を尽くせ』を胸に刻む彼は、その鱗のある体の異形ゆえに石を投げられる日々を送っていた。
そんなバハルを救ったのが、ガリアスの息子ディオンだった。
「お前のその腕、誰かを守るためにあるんだぜ」と笑って手を握ったディオンに、バハルは魂の主君を見出した」
宿命の「日蝕」の日。
溢れ出した魔力に当てられたディオンと帰省していたエリカが発狂し、内なる魔王が暴走を始めた。
ガリアスは決断した。
ヴォルフを救えなかったあの日から、もう二度と大切な命を零しはしない。
ガリアスは自らの命を媒介に、ディオンとエリカの魂を繋ぎ止める一族の封印術を発動した。
「ディオン、生きて、この連鎖を断ち切れ」
太陽が再び顔を出した時、ガリアスは立ったまま息絶えていた。
愛する息子を救い、自らの命を楔として打ち込んで。
その後任にはカイルら三名の若き騎士が着任し、ディオンと兄弟のように仲良くなった。
だからこそ、十八歳になったディオンが一人で旅立とうとするのを、カイルたちが村中に言いふらして盛り上げたのは彼らなりの愛情だった。
旅立ちの前夜。
酒場『琥珀の蹄亭』で一人、安酒を見つめるディオンの前に、巨大な鉄の盾を背負ったバハルが現れた。
「一人で飲む酒は、毒より回るのが早いぜ、ディオン」
ディオン旅立ちの噂を聞きつけ、主君に同行すべく駆けつけたバハル。
だが、安酒を酌み交わすうちに、バハルに鋭く指摘された。
「お前は剣の間合いだ。大型のヴィルヘルが上空から来たら、俺たちの『手』は届かねえ。それに、傷を負ったらおしまいだ。俺たちに癒やしの術はねぇ。アルベローゼを誘うわけにもいかねえし、ライナス兄さんやエリカ様は村の要だ。連れていけるはずもねぇんだよ」
酒場を出て宿へ向かう夜道。二人の足取りは鉛のように重かった。
圧倒的な戦力不足という「戦術的な無力感」が足首に絡みつく。
その夜、二人は絶望的な現実を噛み締めながら、それぞれの家に消えていった。
しかし彼らはまだ知らない。
帰宅したディオンの自宅で旅装を整え終えていた司祭である兄ライナス。
翌朝、弓を背負ったアルベローゼと、元魔道師団の才媛エリカが当たり前のような顔をして道端で待ち構えていることを。




