表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/58

第42話 世界が晴れる日

 アルベローゼの放った三連の次元矢が、聖都の「封印の門」を再びこじ開けた。

 一行がその境界を越えた先に広がっていたのは、かつて目にした、絶望的なまでに美しい滅亡の光景――古代魔導エルフ都市であった。

 しかし、二ヶ月前に訪れた時とは決定的に異なる「音」と「色」がそこにはあった。

 以前は紫色の燐光の中に沈黙していた白亜の高層建築群が、今は地底から響く不気味な重低音に震えている。

 透明なガラスの回廊には、ドクドクと赤黒い魔力が脈打つ「バイパス」のような管が幾本も這わされ、都市全体が無理やり延命させられている巨大な実験場のようであった。

「……前よりずっと、街が『生きている』感じがするわ。もちろん、嫌な意味でね」

 アルベローゼが弓を握り直し、かつてのメインストリート『エイグ・ミド・ヴェグ』を見下ろした。

 以前にセンターを一つ破壊したはずだが、残る拠点がその負荷を肩代わりし、さらに出力を上げているのだ。

「ああ。以前の比じゃねえぞ。ライナス、エリカ、ディオン。気分はどうだ?」

 バハルが職人の粋を凝らした最高の大楯を構え、三人の顔を覗き込む。

「……大丈夫だ。前回の経験がある。それに以前と違い、僕たちの体内に魔王がいない」

  ディオンが復活した愛刀の柄を確かめながら答える。

 その瞳には、かつてのような紅い濁りはない。

彼らが目指す最初の標的は、ここから44ライン(約44km)。

 第一補助魔導エネルギー供給センター『ザルグ・ハシュマ』。


 歩き始めて数時間。

 透明なガラスの回廊から、かつて彼らを苦しめた『クリンゲ・レギオン』が姿を現した。

 だが、その姿は変貌していた。

 鋼鉄の鱗は赤黒く変色し、あらゆるところから魔力の触手が、アンテナのように伸びている。

「来るよ! 以前より速い!」

 エリカの警告と同時に、ディオンが地を蹴った。

「……無駄だよ。今の僕たちの力は、君たちの成長を越えている」

 ディオンの一閃。

 魔力が溢れんばかりの愛刀が、獣の鋼鉄の鱗を紙のように切り裂く。

 一体倒す間に十体現れる物量も、今はバハルが最高の大楯で正面から受け止め、一歩も引かずに押し返した。

「はあああっ! 重くなったって言っても、俺の盾を突破できると思うなよ!」

 その日の終わり、一行は崩落した白亜の議事堂の軒下に野営地を設営した。


「さあ、お待たせしました。今日はバハルとアルベローゼさんの大好物ですよ」

 リニが手際よく鉄板を熱する。

 取り出されたのは、女王から賜った新鮮な特大の生ステーキ肉と、マリノ・ガルドから届けられたばかりの大振りのエビ。

 地下都市の気温は25ケルト(25度)前後。

 湿り気を帯びた不快な魔力の澱みの中で、ジュウジュウと肉が焼ける音と、香ばしいソースとハーブの香りが広がる。

「これだよ、これ! 地下の不快な臭いが全部吹き飛ぶぜ!」

 バハルが焼き立ての肉を頬張り、顔をほころばせる。

「リニ……本当に、あなたがいてくれてよかった。これなら、あと400ライン(400km )だって歩けそうよ」

 アルベローゼも、エビを口からはみ出させながらようやく緊張を解いた。


「……前は一人でここを走ったんだよね。あの時の自分に言ってあげたいよ。リニを連れて行きなさいって」

 アルベローゼの言葉に、ディオンがそっと彼女の手を握った。

「もう、一人にはさせない。いつまでも一緒だと言っただろう?」

 急に出たディオンのセリフに、みんなの笑いが止まりません。

「ディオン、あついなぁ。おい」とバハル。

「お前は、どこでも、いつでもプロポーズするのだな。」と兄ライナス。

 もはや、笑いのツボに入りすぎて直視できずに後ろを向いて震えるエリカ。

 「もう、やだなぁディオンたら」と、満更でもないアルベローゼ。

 

 一行は無数の『グラウス・シュタール・バイザー』(腕の塊の魔物 )を蹴散らし、ついに目的地に到達した。

 かつての白亜の広場を埋め尽くすように、直径20ガルイ(20m )、高さ300ガルイ(300m )に及ぶ巨大な赤黒いクリスタルの塔が、地脈を掴んで脈動していた。

 それが『ザルグ・ハシュマ』だ。

「……あれが、第一の心臓」

 ライナスが杖を構える。

 塔の周囲には、以前アルベローゼを追い詰めた『ツヴァイ・カブト・シュラーク』(クワガタムシの魔物 )が、今度は群れをなして警備にあたっていた。

「さあ、みんな。あいつを砕こう」

ディオンの合図とともに、六人はそれぞれの得物を構え、地脈を汚染する巨大な赤黒い塔へと駆け出した。


 白亜の都市に「パキィィィィン!」と小気味よい破壊音が響き渡り、三つ目のクリスタルが粉々に砕け散りました。

 周囲に漂っていた重苦しい残響が、嘘のように引いていきます。

「……ふぅ。これで三つ目。予定より半日早いペースね」

 エリカが杖を下ろし、乱れた髪をかき上げながら満足げに息を吐きました。

 その頬には、健康的な高揚感が浮かんでいます。

「ああ、いい手応えだった。ヴィルヘルたちも明らかにボロボロだ。供給されるエネルギーが足りていないのか?システムが悲鳴を上げているね」

 ディオンが愛刀を納め、軽く手首を回しました。

 一切の淀みを感じさせないその動きは、彼が真に達人の域に達した剣士になったことを物語っています。

「へっ、この調子ならあと二箇所も、俺の大楯で『スポーン』とお片付けだぜ!」

 バハルが職人の粋を凝らした盾を誇らしげに叩き、一同の笑いを誘いました。


 その夜、一行はかつての空中庭園だったと思われるテラスに陣を敷きました。

「さあ、皆さん! 今日は奮発して白身魚の香草焼きと、サハラ牛の厚切りステーキですよ!」

 リニの弾んだ声と共に、テラスには芳醇な脂の香りが立ち上ります。

 リニが手際よく炎を操り、中心部までしっかりと熱を通した料理は、この暗い地下で唯一、彼らの血肉となる「確かな光」でした。

   

「……ねえ、ディオン」  

 アルベローゼは、ふっくらと焼き上がった白身魚を口に運びながら、隣に座るディオンの肩を軽く小突きました。

「あの虫……さっき沢山出てきたヤツだけどさ。私、前回は本当に殺されかけたんだよね。リニに助けてもらわなきゃ、今ここにはいなかった」


 ディオンは食事の手を止め、真剣な眼差しを彼女に向けました。

「……ああ、聞いているよ。終わったことだと分かっていても、君を失ったかもしれないと想像するだけで、胸が締め付けられる。だから今は、君がまた一人で無茶をしないか、それだけが心配なんだ」

 ディオンが冗談めかして微笑むと、アルベローゼは「なんですって!」と可愛らしく頬を膨らませました。


「ははは、すまない、冗談だよ。……でもね、アル、リニ。君たちのおかげで、僕とエリカの中にいた魔王の影は消えたんだ。皆がいなければ成し遂げられなかったことは数え切れないけれど、僕個人としては、あの呪いから救い出されたことは何物にも代えがたい。心から感謝しているよ、本当にありがとう」

 その言葉に、エリカも静かに、しかし力を込めて頷きました。

「私からも言わせて。……ありがとう、アル、リニ。幼い頃からずっと、魔王の呪わしい声と共に生きてきた私が、あの日、初めて本当の自分を取り戻せたの。あなたたちがいてくれなければ、今の私はなかったわ」

 リニは、顔を赤らめて軽く頷きました。


 その穏やかなやり取りを見守っていたライナスが、ふと不思議そうに尋ねました。

「エリカ、君の魔法は戦うたびに鋭く、冴え渡っていく気がするな。何か特別な事でもしたのか?」

 ライナスの実直すぎる問いかけに、エリカはふふっと微笑みを浮かべました。

 彼女は答えの代わりに、そっと無言のままライナスの胸に頭を預けます。

(……本当に、鈍いんだから。魔法は心の鏡なのよ。あなたという光が隣にいてくれるから、私の魔法はこんなにも強く、冴え渡るようになったのよ)

 トク、トクと刻まれる彼の鼓動を聴きながら、エリカは心の中でだけ、愛しさを込めてそう呟きました。


「……プププ。バハルなんだけど、さっきの戦闘!」

 アルベローゼが思い出したように吹き出しました。

「バハルったら、入り口の段差で躓いた時、また顔からいかなかった? 盾が重すぎて、ひっくり返った亀みたいに手足バタバタさせながら顔面からいったわよね……あの生首事件を彷彿とさせる見事なコケっぷりだったわよ!」

「おい! あれはだな、下の地脈を……こう、直に感じようとしたんだよ!」

「嘘おっしゃい! 鼻の頭、真っ赤にしてたくせに!」

 ライナスまでもが「……ふふ、確かにあの角度は、物理法則を疑う美しさだった」と肩を震わせ、バハルは「ライナスまで言うか!」と真っ赤になって酒を煽りました。

「はいはい、お喋りはそこまでですよ」

 リニが満面の笑みで、次の攻略への布石を打ちました。

「四箇所目を壊したら、次は取っておきの特大蟹を蒸しますからね! 最高のご馳走を約束します!」

「蟹か! よし、がぜんやる気が出てきたぜ」

 バハルの号令に、六人は笑いながら立ち上がりました。

「次は北へ60ライン(60km)、『ドゥルヒ・シュラハト』。さっさと終わらせて、最高の蟹を頂きましょう!」

 拠点を三つ破壊されたシステムの防衛反応か、あるいは深層へ近づいたための環境変化か。

 白亜の街並みはそのままに、大気はすべてを凍てつかせる殺意に満ちた極寒の世界と化していました。


 三つ目の拠点を後にしてから、気温は急激に下がり続けました。

 現在の気温はマイナス22ケルト(マイナス22度)。

 吐き出す息は瞬時に凍りつき、防寒用の魔導外套を叩く風は、鋭い刃物のような音を立てて鳴っています。

「アル、悪いが『次元収納ディメン・セル』は一度閉じてくれ。この異常な冷気の影響で、次元の隙間の温度まで下がってしまう。食材が凍りつくだけならいいが、薬やなんかは凍ったら変質してお終いだ」

 ライナスの指摘に、アルベローゼが慌てて術式を確認しました。

「本当だわ……食料がいくつか凍結しちゃってる。 リニ、ごめん! ここからは食材は保存食と最低限の量だけにして、生身で運ぶことになるよ!」

「大丈夫です! 仕方がありません。」

 リニは力強く頷き、背負子に括り付けられた食材の木箱を、毛布で手際よく包み直しました。

 バハルがそれを背負います。

 第四拠点『ドゥルヒ・シュラハト』まではあと22ライン(22km)。


 冷気に呼応するように、氷の影から這い出してくる魔物の数は、以前の数倍へと膨れ上がっていました。

「来るよ! 前方の氷柱の影、左右の回廊からも! 数が多すぎるわ!」

 エリカの叫び。しかし、その声に焦りはありません。

「……ふふ、でも数が多いだけなら、今の私たちの敵じゃないわ。ライナス、やりましょう!」

「ああ。任せてくれ」

 二人が前に出た瞬間、空気の質が変わりました。

 ライナスが杖を掲げ、高らかに詠唱を紡ぎます。

「『ヘーリヒ・シュッツ・ゲヴィット(聖域を照らす加護の盾)』!!」

 氷に閉ざされた通路一帯に、太陽のような輝きを放つ黄金の障壁が展開されました。

 襲い来る魔物たちがその光に触れた瞬間、体表の鱗が蒸発し、動きが鈍ります。

 その好機を逃さず、エリカが紅蓮の瞳を輝かせました。

「『ゾーネル・フレア・ゾイレ(紅蓮の太陽柱)』!!」

 極低温の世界を嘲笑うかのような極大の熱線。 

 ライナスの光の結界によって収束・増幅された火柱が、押し寄せる魔物の群れを一気に蒸発させていきます。

「うわぁ……相変わらず容赦ないわね。ディオン、私たちの出番、本当になくない?」

 アルベローゼが火炎の誘導魔導矢をつがえたまま呆れ顔で呟くと、ディオンも苦笑しながら愛刀を軽く振りました。

「いいじゃないか。僕たちは食材に煤がつかないよう、漏れた奴らを仕留めることに専念しよう」

 バハルもまた、食材を背負ったまま、最高の大楯で異形を叩き伏せながら、「今の二人はマジで手が付けられねえな!」と豪快に笑いました。


 その夜、一行は風の当たらない円形競技場の地下室に逃げ込みました。

「さあ、皆さん! 今日は冷え切った身体の芯まで温まる、マリノ・ガルド流の魚介煮込みスープですよ!」

 エリカが魔法で大鍋に火にかけました。

 凍てつく空気の中に、濃厚な出汁と生姜、そして香草の香りが立ち上ります。

「ああ……生き返る。この一杯のために生きてるって感じがするわ」

 アルベローゼがカップを両手で包み、幸せそうに目を細めました。

「リニ、食材を外に出して正解だったわね。最初はおっきい魚を背負うなんて!と思ったけど。この魚、身が締まってて最高よ」

「ええ。冷え込みが味を凝縮してくれたみたいです。……バハルさん、おかわりありますからね。たくさん食べて、明日の22ライン(22km)に備えましょう」

 バハルが豪快にスープを啜る横で、ディオンが静かに刀を磨いています。

「あと二箇所。この寒さを越えれば、また一つ、地上の太陽が近づくね。兄さん、エリカ、さっきの術は見事だったよ」

「ふふ、ありがとう、ディオン。蟹のためなら、どんな氷壁だって焼き払ってみせます」

 エリカの頼もしい言葉に、地下室には温かな笑い声が響きました。


 第四の拠点が砕け散り、残るはあと一つ。

 しかし、環境の変化は極端でした。

 氷の世界から一転、一行を待ち受けていたのは、かつての白亜の都市を飲み込むように増殖した、狂気的な熱帯の密林でした。

 

 第四の拠点が崩壊した瞬間、冷気は霧散し、代わって逃げ場のない「熱」が地下空間を支配しました。

 気温は45ケルト(45度)、湿度は99%。

 かつての美しい石畳やガラスの回廊は、異常発達した巨大なシダや苔、そして魔力を吸い上げて太った蔦に覆い尽くされています。

「……っ、暑い。さっきまでの冷気が恋しくなるわね」

 アルベローゼが汗を拭い、張り付く服を苛立たしげに引っ張りました。

「魔力で無理やり植物を成長させてるんじゃないの?視界が最悪。これじゃ魔導の矢を真っ直ぐ通すのも一苦労よ」

「ああ、湿度で空気まで重てえ。だが、最後の一箇所まであと200ライン(200km)だ。リニ、大丈夫か?」

 バハルがリニを気にかけます。

「はい! 氷結魔法を纏わせた布で何とか大丈夫です」

 リニは額の汗を拭いながら、力強く微笑みました。


 密林と化した地下都市は、もはや魔物たちの「巣」そのものでした。

 蔦の陰、樹上、泥の中から、数え切れないほどの異形が次々と這い出してきます。

「……ふふ、氷の次は、この湿気ですか。ライナス、また私たちで道を切り開きましょう」

 エリカが不敵に杖を構えました。

 もはや彼女に、かつての悲壮感はありません。

「ああ、承知した。行く手を阻むものは、すべて僕が一緒に退けよう」

 ライナスが杖を突き立て、静かに言葉を紡ぎました。

「『ヘーリヒ・リヒト・ゾイレ(聖なる光の円柱)』!!」

 六人を囲むように、透明度の高い純白の光の壁が展開されます。

 それは単なる防壁ではなく、密林の不快な湿気と毒素を浄化し、快適な空間を作り出す聖域でした。そこへ、エリカの極大魔法が炸裂します。

「『ブリッツ・ガイスト・シュトラール(雷霊の閃光照射)』!!」

 湿り気を帯びた空気を逆手に取り、エリカが放ったのは広範囲を焼き尽くす雷撃の嵐。

 蔦に潜んでいた無数の魔物たちが、断末魔を上げる間もなく光の中に消えていきました。

「……はは、相変わらず凄いね。兄さん。僕たちが手を出す暇もない」

 ディオンが愛刀の柄に手をかけたまま、感心したように呟きました。


 一行はかつての噴水広場、今は巨大な蓮のような花に覆われた場所で野営を張りました。

「さあ、皆さん! 今日は栄養たっぷりの、サハリ牛と夏野菜のスパイス煮込みです!」

 リニが手際よく大鍋をかき混ぜます。

 45ケルト(45度)の熱気の中でも、リニの作る料理の香りは不思議と食欲を刺激しました。

「……ねえ、リニ。四箇所目を壊した後の、あの約束……覚えてる?」

 アルベローゼが期待に満ちた目でリニを見つめました。

「もちろんです、アルベローゼさん!ここじゃ料理できませんから。この密林を抜けた先、最後の拠点を攻略した後の夜……マリノ・ガルドから運んできた特大の蟹を蒸し上げます!」

「蟹! 蟹かぁ……! よし、あと150ライン(150km)、這ってでも進んでやるわ!」

 アルベローゼの叫びに、ディオンも、そして重い盾を背負うバハルも、顔を見合わせて笑いました。

「蟹の宴のために、最後の一箇所。一気に片付けようじゃないか」

 ディオンの言葉に、六人の意志が一つに重なりました。

 湿熱の闇の向こう、最後の供給源が放つ光が、微かに見え始めていました。


 地下都市の最深部、第五補助魔導エネルギー供給センター。

 リニの槍が最後の一撃を叩き込み、巨大な赤黒いクリスタルが硝子細工のように粉々に砕け散ったその瞬間。

 地下を満たしていた異常な魔力が四散した感覚を感じました。

 それと同時に、地上の全土で「救済」とも呼べる劇的な変化が幕を開けました。


 五つの供給源をすべて失った生物兵器システムは、その存在を維持するエネルギーを完全に絶たれました。

 聖都ルーン・ヴィーク

 「封印の門」の前で祈りを捧げ続けていた女王エレオノーラは、突如として門の奥から響いた「魔物たちの断末魔」のような音が聞こえた気がしました。

 領内の各街を包囲していたヴィルヘルたちが、苦しげに悶えたかと思うと、あるものは青白い光の粒となって消え、あるものは内側から弾け飛び、あるものは自らの命を絶つように崩れ落ちていきました。

「ディオン殿、アルベローゼ殿……! やり遂げてくれたのですね」

 エレオノーラは震える手で胸元のペンダントを握りしめ、溢れ出る涙を隠そうともせずに跪きました。


 砂漠の大国サハラ・シュタール

 王宮のバルコニーでは、新女王セシリアが、地平線を埋め尽くしていたヴィルヘルの群れが砂に還っていく光景を呆然と眺めていました。

 傍らに立つ弟のフェリスもまた、剣を鞘に収め、赤く染まった夕陽を見上げます。

「全将軍へ伝えろ! ヴィルヘルの消滅を確認。全軍、直ちに生存者の捜索と街の復興に回れ! 私たちは、もう一度この国を立て直すんだ!」


 蒼海連邦マリノ・ガルド

「ガハハハハ! 見ろ、ハルヴァール! 魚どもが泡になって消えていくぞ!」

 港で指揮を執っていた国王が、海面を覆っていた海龍の眷属たちが霧散していくのを見て、豪快に笑いながら机を叩きました。

「間違いありません、陛下。バハルとリニたちが、最後の杭を打ち込んだのです」

 元帥ハルヴァールは、静かに海へ敬礼を捧げました。

「凱旋の折には、国中の名酒を集めねばなりませんな。英雄たちには、一生分のご馳走を用意させましょう!」


 地上での大騒動など知る由もなく、地下では六人がついに「約束」を果たそうとしていました。

 五箇所目の拠点を破壊した広場。

 残留した魔力が未だ少し滞留しています。

 ここでは長時間休暇するのは難しいでしょう。

 しかし、少なくない数の魔物との連戦は、彼らの体に少なく無いダメージを与えます。

 回復魔法で表面上回復はしていますが、重傷も少なからず負っています。

「魔力残留が多いから、睡眠は避けたほうが良いだろう。食事だけ済ませたら、移動しよう」

 ライナスがアルベローゼの脇腹の傷を治療しながら提案しました。


 リニがバハルの大楯くらいの大きさのカニを鍋にかけます。

「さあ……お待たせしました! マリノ・ガルドの岩塩スパイスで仕込んだ、特大カニです!」

 鉄板の上に巨大なカニが置かれた瞬間、芳醇なカニの香りが広がりました。

 アルベローゼの目は、もはや宝石のように輝いています。

「カニ! 食べれるのね、リニ!」

「はい、最高のゆで加減ですよ。皆さんは座っているだけで結構ですからね」

 リニが手際よく、カニの部位を小気味よい音を立てて切り分けていきます。

 断面からは溢れんばかりの汁が滴り、五つの拠点を制破した英雄たちの鼻腔をくすぐりました。

「……う、美味い。力が腹の底から湧いてくるようだ……」

 ディオンがカニの足を口に運び、あまりの美味に思わず眉根を寄せました。

 バハルが「へへっ、これこそ戦士の飯だろ?」と笑う横で、アルベローゼは確信犯的な動きを見せます。

「ねぇ、ディオン? 私、カニの身取るの疲れちゃった。……あーん、して?」

「えっ!? あ、ああ……。……あーん」

 顔を真っ赤にしながら、カニを差し出すディオン。

 薄着のまま、楽しげに笑うアルベローゼに、ディオンの視線は定まりません。

 それを見ていたライナスも「僕もエリカに……」と試みますが、羞恥心で手が震え、カニを皿の外へ落としそうになります。

「プププ……! ライナス情けないわねぇ。エリカあんなに待ってるのに! バハルも、リニに取ってもらってばかりで、たまにはお返ししたらどう?」

 アルベローゼの容赦ないおちょくりに、男性陣は再びタジタジになり、エリカとリニはクスクスと幸せな笑い声を上げました。


「……でも、本当に良かった。これで、私たちは自分たちの意志で、最後の一歩を踏み出せる」

 エリカが、リニが切り分けてくれたカニを慈しむように食べながら、静かに言いました。

 魔力残留残る荒地ですが、今は心地よい勝利の余韻に包まれていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ