第33話 兄の背中
「このファイルは重要な証拠だ。持ち帰って、女王様に報告しよう」
ディオンが重厚なファイルを胸に抱え、一行は帰還の途につきました。
アルベローゼが言います。
「ディオン、そのファイルは報告した後に燃やそうよ?その技術は絶対にこの世にあってはいけないものだよ」
「そのとおりだ、アル。」
ディオンは当然のように了承します。
アルベローゼの『ヴィータ・テクト・フォルス・ピル』(次元強制転送矢)を発動させ聖都に帰るため、一行は再び、紫色の燐光が漂う『沈黙の白亜都市』を四日かけて戻ります。
ようやく出口まであと数ライン(約数km)という場所まで辿り着きました。
しかし、その行く手を遮るように「それ」は現れました。
そこにいたのは、もはや生物の形を留めていない無残な塊でした。
体表からは赤黒い泥が絶えず流れ落ち、背中や腕には不格好な金属製の古代兵器が、肉を抉るようにして無理やり継ぎ足されています。
「……アニマ=ゼロ」
エリカが息を呑みました。
魔力供給を断たれ、もはや擬態を維持することもできない崩壊寸前の霊体生物。
しかし、その歪な形の中には保存されていた古代人の記憶がダウンロードされ、醜悪な生存本能となって脈動していました。
「あいつ……生き延びるために、誰でもいいから取り憑こうとしてるよ!」
アルベローゼが弓を構えます。
供給元を失った泥の怪物は、今この場にいる誰かの肉体を苗床にして寄生しなければ、数時間と持たずに消滅する運命にありました。
怪物は何かを必死に言葉にしようと口を動かしますが、それは意味を成さない摩擦音にしかなりません。
これさえ倒せば、すべてが終わる。
誰もがそう確信した、その刹那でした。
ガァァァァァン!!
大気を切り裂く、雷鳴のような衝撃音。
泥の塊に埋もれた金属兵器の銃口から、反応する暇もない速度で時速2600ライン(約時速2600km)の超音速で飛来した直径2ミロ(2cm)、長さ1ガルイ(1メートル)の「鉄柱」が放たれました。
「……あ、……」
ライナスの脇腹を、そしてエリカの腹部中心を、その鉄の杭が容赦なく貫通しました。
衝撃波だけで周囲の石畳が爆ぜ、二人の体は一瞬で血に染まり、崩れ落ちます。
「ライナス! エリカさん!!」
バハルとリニの叫びが響く中、醜悪な泥の塊の奥から、冷徹な機械音声が響きました。
『――魔導電磁槍、残弾ゼロ。再充填まで 1/4レン(約15分)』
振り返ったディオンの瞳に映ったのは、もはや言葉を解さぬ兵器と化した泥の亡霊の姿でした。
どこで手に入れたのか、アニマ=ゼロはその身に強力な魔導兵器を接合し、かつての文明の兵器を自らに無理やり使用して、標的を排除したのです。
「兄さん……しっかりしろ! 兄さん!」
ディオンが叫びますが、致命傷を負ったライナスは福音の灯火を落とし、意識を失おうとしています。
エリカも顔色を失い、その場に崩れ落ちたまま動きません。
亡霊(アニマ=ゼロ)は、絶好の宿主たちが弱ったことを察し、その醜悪な泥の体を震わせて、倒れた二人へと這い寄ります。




