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第28話 届かぬ帰還の祈り

 三日目の夜、焚き火の爆ぜる音だけが虚しく響く中、ライナスが冷ややかな、しかし決然とした口を開きました。

「僕がエリカとディオンの精神を神聖魔法で遮断する。……バハル、ディオンを背負ってくれ。僕はエリカを背負う。行き先を変更しよう。このまま進めば、二人が壊れてしまう」


 ライナスが二人を横目で見ながら言います。  ディオンとエリカは肩で息をしながら横たわり、たまに開く瞳には魔を含む真紅の光を湛えているのでした。


「精神系神聖魔法を仲間に使うのは気が進まないが、躊躇っている時間はない。今の二人の状況は、自力で抗える限界を超えている。放置すれば自我を焼き切るだけだ。……いいな?」


 ライナスの言葉に、バハルは重々しく頷きました。

「……ああ、あいつらの目が、さっきから俺の知ってるディオンとエリカじゃねえ。……よし、わかった。頼むぞ」


 アルベローゼも、ディオンの姿に唇を噛みながら静かに頷きました。

 そしてリニは、苦渋の決断を下したライナスの瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに、けれど揺るぎない丁寧な口調で告げました。

「……大丈夫です、ライナスさん。私は、あなたの判断を信じていますから」


 仲間の信頼を確認すると、ライナスは杖を掲げ、術式を紡ぎます。

「…… 《シュラーフェン・ノイ・ツェル(脳神経擬似睡眠・強制昏睡)》 」


 ライナスの放った淡い蒼光が二人を包み込みます。

 脳神経を睡眠中と誤認させ、魔法で無理矢理昏睡状態にするその術。

 激しく身悶えしていた二人の力が抜け、深い、深い眠りへと落ちていきました。


「魔導生物兵器開発研究所に向かおう。そこなら、この呪いの正体と対策が見つかるはずだ」

 ライナスの提案に、アルベローゼが地図を広げました。

「ここからだと直通の道があるね。少し迂回して 230ライン(約230km) だよ」  

 地下都市の気温は 25ケルト(約25℃) 前後。 

 しかし、肌にまとわりつく湿気のような不快な魔力の澱みが、一行の精神を蝕んでいました。


「……ねぇ、みんな」  

 アルベローゼが静かに立ち上がりました。「私、一人で 『魔導エネルギー集中供給センター(マギ・アイン・ツェントラール)』 を偵察してくる」

「何を言ってるんだ!」  

 ライナスが叫び、バハルが遮ります。

「あそこはヴィルヘルの巣窟だぞ。距離だって相当ある!」

「私だけなら逃げ回れるから大丈夫。みんなは二人をおぶって研究所へ向かって。……じゃあね!」


 仲間たちの必死に止める声を背に、彼女は走り出しました。

 その細い背中には、一刻も早くディオンを救いたいという悲壮な決意が宿っていました。


 アルベローゼは何時間も、何時間も走り続けました。  

 伝説級の装備を纏っていても、廃墟を走り続ける酷使に足が耐えられません。

 その内側では皮膚が擦れ、足は出血に塗れています。

「次元収納に……食料だけじゃなくて、治療薬も入れておけば……よかったな。ははは……」


 満身創痍でした。

 道中、ヴィルヘルの牙に噛まれ、鋭い爪に切り裂かれ、左肩には無情な鉄矢が突き刺さったまま。

「つらいよ……ディオン。今、助けるからね……」


 センター内部へ体を壁にもたれさせながら侵入すると、そこには 高さ 300ガルイ(約300m)、直径 20ガルイ(約20m) に及ぶ、赤黒く脈動する巨大クリスタルが鎮座していました。  

 その周囲に浮かぶのは、膨大な古代魔導エルフ文字。

「メインメニュー……これかな……っ」


 震える指で空間に浮かぶ文字に触れると、さらに詳細な項目が並びました。

 彼女は朦朧とする意識を繋ぎ止め、二つ砂時計の刻(約2時間) にわたって停止方法を必死に探しました。

「『停止』には特別な術士が必要……? そんなのいないよ。ええと、破壊方法は……『 マイナス200ケルト(約-200℃) で凍結させた後、魔力を含まない純粋な物理衝撃で砕く』……?」


 彼女は力なく笑って腰から座り込みました。 「魔力を含まない衝撃なんて……か弱い私にはムリじゃないか。それに私の攻撃は全部魔力が乗っちゃうんだから。……戻ってもヴィルヘルが……たくさん、いるよね。ディオン、ごめんね。私、死んじゃうね……」


 戻って、バハルを連れてくれば壊せる。

 バハルならきっと――。  

 涙で視界を濡らしながらも、彼女は強い決意を瞳に宿し、帰路へつこうと翻身しました。


 しかし、運命は残酷でした。

 逃げ場のない狭い通路の先で、 6ガルイ(約6m) を超える巨躯を持つクワガタムシ型の昆虫ヴィルヘル(魔物)『ツヴァイ・カブト・シュラーク』が、大顎を鳴らして立ちはだかっていたのです。


 アルベローゼには、もう矢を放つ魔力すら残っていませんでした。


「……ディオン、ごめんね」


 薄れゆく意識の中、大顎により裁断される直前、彼女は愛する人の名を最後にもう一度だけ、小さく呟きました。

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