ウェアウルフ戦
キューネに案内され走るヒナタ。10分ほど走った後、モンスターが群れているのを発見する。
(ちょっと何よあれ。集まりすぎでしょ。しかもこの足場、泥で動きにくい。なんでこんな場所で狩りなんかしようと思うのよ……)
(弱った獲物に集まってるんだ。ヒナタもダンジョンから帰った時、とんでもない数の魔物に追われたでしょ? 魔物は弱そうなの見つけたらすぐに集まる習性があるから。それに都市から離れすぎてる。魔物の密度が高い。)
(本当にクソみたいな奴らね。救いようもないわ。……あのクソでかいのが変異体?)
モンスターの群れの中でも別格の風格を持つ個体を発見するヒナタ。
(うん。探知で発見したウェアウルフの変異体だね。とりあえず遠くから魔法を撃って一網打尽に……)
「ブサイクども、こっちを向きなさい! 私が相手してやるわ!」
ヒナタの叫びを聞き、新たな接敵を感知したモンスターたちが、それぞれヒナタの殺害を試みる。ボアは突進を始め、ゴブリンは四方に広がって囲みの体勢に出る。オークも重い足音を鳴らしながらこちらに向かってくる。しかし、幸いなことに変異体のウェアウルフは、まだ群れの中にいる人間を殺しにかかっているようだ。
(ちょっとー!? 何やってるのヒナタ!?)
(中の奴が死んだら元も子もないでしょ! ちょっと引きつけるわよ! あんたはさっさと詠唱でも始めて、どでかいの一発用意しときなさい! それと私に張る用のバリアもね!)
(詠唱中はバリア張る暇なんてないよ!?)
(え……)
モンスターの群れがこちらに向かって来るのを改めて確認する二人。
「ごめんなさーーい!!!」
レーザーアイからの逃走劇を繰り広げてまだ一日しか経っていないにも関わらず、全く同じ状況に陥っているヒナタ。キューネが詠唱とバリアを同時にできると思ったのだろうか。あるいはダンジョンから帰還した時のように、詠唱なしでも倒せると思ったのだろうか。あの時は都市付近の弱い魔物しかいないので倒せたが、今回はキューネでも詠唱しないと流石に手に余る。多少は倒せるかもしれないが、数も多い。それに今回は助けたい対象がいる以上、過度に逃げ腰になるわけにもいかない。状況はあの時よりずっと悪いのだ。ヒナタはそれに気付くのが遅すぎた。
(とりあえず僕は詠唱を始めるから、20秒、20秒耐えて!? じゃないと僕も死んじゃうから!?)
(逃げるってどこによ!?)
(ボアは直線上に突進、ゴブリンは囲むことしか考えてないから、とにかくよろしく!)
(20秒!? 口で言うのは簡単だけど、余裕で死ねちゃうわよ!? ねえってば!?)
キューネからの応答はない。もう完全に詠唱のポーズを取っている。ダンジョンで壁を破壊する時に見せたようなエセ詠唱ではなく、本物の詠唱に向けてキューネは神経を集中させている。安全確保がされていない状態での戦闘に、ヒナタの精神は余裕を失っていた。
(とりあえず、逃げるのよね……)
ヒナタは思考を切り替え、体を反転させる。真っ先に突っ込んできたのは、鼻息を荒くしたボアだ。巨大な岩塊が高速で迫ってくるような威圧感。直線的な動きしかできないとはいえ、まともに喰らえばただでは済まない。ボアが目前に迫り、方向転換ができないであろう地点まで到達した。
(ヒッ! ……危ないわね!?)
ヒナタは半ば悲鳴を上げながら、地面を蹴って横へと跳躍した。直後、彼女がさっきまでいた空間をボアの巨体が通過し、その勢いのまま後方の太い木の幹に激突する。ズドォン! という鈍い音と共に木がへし折れた。
(当たったら足が無くなりそう……)
唾を飲み込む。息つく暇もない。ボアが作った一瞬の隙を突いて、今度はゴブリンの集団が群がってきた。ギャギャッ、キキキッ、と耳障りな甲高い鳴き声を上げながら、錆びた短剣を振り回し、四方八方からヒナタを包囲しようとする。
「全く……ちょこまかと、鬱陶しいのよあんた達はっ! そういうちょこまかした奴が一番嫌いなのよ!」
1番近くのゴブリンの顔面に、ヒナタはヤケクソ気味の回し蹴りを叩き込んだ。オークを倒してレベル13になったヒナタの身体能力はゴブリンを凌駕している。反応できなかったゴブリンはピンボールのように吹っ飛び、後ろにいた数匹を巻き込んで転倒した。包囲網の一角が崩れる。ヒナタはそのわずかな隙間を縫うようにして駆け抜けた。
しかし、逃げた先には絶望が待っていた。ズシン、ズシン、と腹に響く足音。逃走ルートを塞ぐように立ちはだかったのは、見上げるような巨躯のオークだ。その丸太のような腕が振り上げられ、巨大な棍棒が唸りを上げて振り下ろされる。思考が真っ白になるより先に、体が生存本能だけで動いた。地面を転がり、泥だらけになりながらオークの股下をスライディングで潜り抜ける。
ドゴォォォン!!
背後で爆音が轟き、土砂と石礫が散弾のようにヒナタの背中を叩いた。振り返れば、オークの一撃によって地面がクレーターのように抉れていた。先ほどのオーク戦が効いたようで、体がギリギリ反応したようだ。
立ち上がろうとしたヒナタの視界の端では、最初に木に激突したボアがふらつきながらも体勢を立て直し、再びこちらに狙いを定めている。周囲では、蹴散らしたはずのゴブリンたちが再び奇声を上げて集まりつつある。そして目の前には、次の攻撃動作に入ろうとするオーク。どこにも逃げ場が無いのかと錯覚してしまうほど絶望的だ。ウェアウルフの変異体から目を逸らさせるために引き付けたはずが、これでは自分が嬲り殺されるだけだ。しかも、中の人を助けるためには、この場所から大きく離れるわけにもいかない。心臓が早くなり、呼吸が浅くなる。
(キューネ、まだ!? あと何秒!? 私もう持たないわよ!? 死んじゃっても知らないからね!?)
ヒナタは半泣きになりながら、迫りくる暴力の渦中を、ただひたすらに走り続けた。キューネにも返答する余裕はない。
(はぁっ、はぁっ、本当に邪魔ね、この泥は!)
足を取られそうになりながら、必死に地を蹴る。肺が焼けるように熱く、喉の奥から鉄の味がした。先ほど躱したボアが側面から突っ込んでくる。同時に、正面からはオークが再び巨大な武器を振り上げた。
「こっち来んじゃないわよブサイク!!」
ヒナタは近くの木の幹を蹴りつけ、その反動で無理やり方向転換した。ボアの突進が鼻先を掠め、その風圧だけでバランスを崩しそうになる。だが、着地した瞬間、足首に鋭い痛みが走った。
「いっ……!?」
数匹のゴブリンが地面に這いつくばり、汚らしい手でヒナタの足首を掴んでいた。
「離しなさいよ、このチビ!!」
逆の足でゴブリンの頭を踏みつけるが、その一瞬の停滞が致命的だった。頭上を巨大な影が覆う。オークの棍棒が、今度こそ確実にヒナタを粉砕しようと振り下ろされる。回避は間に合わない。
(あ、終わっ――)
死を覚悟し、反射的に目を瞑ったその時。
(――ヒナタ、伏せて!!)
脳内に直接響いたキューネの声に、ヒナタは思考するより先に地を這うように身を低くした。その刹那。ヒナタの頭上を、凄まじい熱量と暴風が通過した。
ゴォォォォォッ、という轟音と共に、目の前に迫っていたオークの上半身が、まるで最初から存在しなかったかのように消し飛んだ。遅れて、残された下半身がドサリと崩れ落ちる。ヒナタがおそるおそる顔を上げると、少し離れた場所にキューネが浮かび上がっていた。その下には大量の魔石が転がっている。
(セーフ!)
(セーフ! じゃないわよ! 余裕でアウトよ!? 足がとんでもなく痛いわよ!? 重傷よ重傷!?)
(ここに来たいって言ったのはヒナタでしょ!? それと足を止めないで! 中の人を巻き込まないように撃ったせいでまだ魔物残ってるから!)
全力でまた足を進めるヒナタ。すると前方から、盾を持った男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。どうやら包囲網から抜け出せたようだ。彼はヒナタに追いつき、並走する。ヒナタより身体能力は随分と高そうだ。
「サンキューな。今の、もう一発いけるか?」
息を切らしながら言う男。体からとてつもない量の血が流れている。
(いける?)
(一分!)
(さっきより長いじゃない!? もう少し頑張りなさいよ!?)
(変異体は体が丈夫なんだよ! 生半可な一撃を与えてもヘイトを買うだけだよ! 僕はもう詠唱を始めるからね!)
「いけるわ! だからその盾使って敵を足止めしなさい! 一分よ!」
「了解。俺はカールだ、絶対に食い止めてやるから任せとけ!」
そう言って立ち止まる男。カールは全力でボアの猛攻を盾で受け止め、同時に弾き返した。ボアは後ろに転がり、魔石と化す。その男から随分と離れたところで、キューネが再び詠唱を開始した。
(すご。盾でも敵を倒せるのね。)
カールはボアを盾の一撃で粉砕すると、荒い息を吐きながらも泥を蹴って前に出た。その背中からは絶えず血が滴っているが、盾を構える足取りに迷いはない。
グゥォォォォォオオオン!!
雑魚が激減したことで、ウェアウルフの変異体がついにその牙をこちらに向けた。通常の個体よりも二回りは大きい巨躯。それが弾丸のような速さでカールへと肉薄する。
「来いよ、駄犬ッ!」
カールが叫ぶ。同時に彼の体が微かに光を帯びた。
「【挑発】!」
そのスキルに呼応するように、変異体の目が真っ赤に染まり、狙いを完全にカール一点に絞る。鋭い爪が盾を切り裂かんと振り下ろされるが、カールはそれを真っ正面から受け止め、弾き返す。
ガキィィィィィィン!!
火花が散り、強烈な衝撃波が周囲の泥を吹き飛ばす。
(すご……)
ヒナタはその後方で息を呑む。カールは変異体の連撃を紙一重で捌きつつ、隙を突こうとするゴブリンを盾の縁で殴り飛ばし、オークの突進を肩の体当たり一つで押し返していく。だが、カールの傷口からはさらに血が溢れ、地面を赤く染めていく。
「ちょ、ちょっと、あなた血が出すぎよ! 私も手伝おうか!? 死んじゃうわよ!」
見かねたヒナタが叫ぶ。足首の痛みも忘れ、一歩踏み出したその時。
「何余裕かましてるんだ! 早く詠唱を始めろ!」
(……っ! 何よ、せっかく心配してあげたのに!)
ヒナタは顔を赤くする。ヒナタを詠唱者本人だと思っているカールからすれば、詠唱もせずに喋りかけてくるのは「舐めプ」にしか見えない。怒るのも無理はなかった。
(キューネ、まだ!? あと何秒!? 早くしないとあれがこっちに来るわよ!)
( ……あと15秒、いや10秒……!)
そして、自身をも殺しうるほどの魔力の集積に気づいた変異体は、カールを無視してキューネへと跳躍しようとする。
「逃がすかよッ! 【シールド・バッシュ】!!」
カールが残った力を振り絞り、自ら変異体の懐に飛び込んだ。盾を突き出し、その巨体を無理やり押し戻す。変異体の爪がカールの盾を押し込むが、逆に盾から発生した衝撃波でウェアウルフが後方に飛ばされる。
「今だッ! 撃てぇぇぇ!!」
叫びながら全力でこちらに走ってくるカール。
(――お待たせ。消し飛べ。)
キューネの冷徹な声が響くと同時に、極太の光が放たれた。それは槍というよりは、巨大な奔流だった。カールが盾を構えたまま横へ転がり込むのと同時に、光の濁流がウェアウルフの変異体を飲み込む。抵抗する間もなく、変異体の肉体は分子レベルで分解され、光の中に消えていった。
眩い光が収まった後には、真っ黒に焦げ付いた地面と、その中心に転がる禍々しい輝きの大きな魔石だけが残されていた。
「……ふぅ。……なんとかなったな。……」
カールはそのまま力尽きたように、ゆっくり腰を下ろすのだった。




