オーク戦
間引き依頼を受けたヒナタは手始めにゴブリン討伐に励む。その後もキューネが探知の魔法を使ってゴブリンを発見し、ヒナタが倒していく。そしてちょうど今、また新たなゴブリンが魔石と化した。
(それにしても、あいつら単調よね。個体差って言ってもドングリの背比べにしか見えないわね。)
(まあ、ここら辺にいるゴブリンだからね。そんなもんだよ。)
(もうちょっと集団行動を取ろうとか思わないのかしら? 単独で動いたらいい経験値になるだけなのにね。)
(都市に近いからね。ここら辺のは間引かれまくってるせいで、そもそも母数が少ない。それに北部の魔物に比べたら知性も無いから、集団行動を取っても仲間割れを起こすだけだね。)
(え、北部の魔物の方が賢いの?)
(北部の魔物の方が賢いし、強いよ。)
(何それ最悪じゃない。私が行くことは無さそうね。)
(でもその分、魔石は高品質だし経験値も美味しい。)
(よし、北部に行くわよ。)
ヒナタが冗談めかしくそう言うが、キューネはマジレスパンチを食らわす。
(ヒナタのレベルならすぐに首チョンパだね。)
(分かってるわよ。ジョークよ、ジョーク。全く、物分かりの悪い精霊だわ。)
(物分かりならヒナタの方が……とても良いです。)
何か危ない視線を感じたキューネ。咄嗟に言葉を抑える。
(そうよね?)
荒野らしからぬ会話を続ける二人。常に茶々を入れ続けるキューネにつられ、ヒナタも心を開いていく。
(よし、じゃあ次の魔物の所へ行こうか。)
そう言って先導するキューネ。
(ちょっと、ゴブリンは飽きたから別の魔物いないの?)
(いるよ。ここら辺ならオークとか。)
(オーク?)
(オークだよ。ヒナタ知らないの?)
(流石に知ってるわよ。あのブサイクのデブでしょ。しかも臭そう。最悪の3Kを全て兼ね備えた最悪の生き物よ。まさかあんなのと戦わせるつもり?)
辛辣なヒナタの言葉に、乾いた笑いを見せるキューネ。
(あはは。すごい言いようだね。まあでも大体それで合ってるよ。ゴブリンばっかりで飽きたでしょ? 気分転換にちょうどいいんじゃない?)
(剣が腐っちゃいそう。)
(見た目の汚さが剣に伝染するわけがないでしょ。でも実際問題、ゴブリンより生命力が強くてパワーはあるから、まともに一撃でも食らったらヒナタはぺったんこになっちゃうね。ヒナタがぺったんこなのは一箇所で十分だ――痛いっ!)
今までとは違い、本気の一発をぶち込まれたキューネ。あまりの痛さに両手で頭を抱え込む。
(あんた、デリカシー無いってよく言われない?)
(生後一日目なもので……。)
(言動に気をつけることね。今の私なら次は剣でぶっ刺すわよ。)
今までの茶々からは感じ取れなかった殺気が飛んできた。キューネは人差し指同士をちょんちょんさせる。
(うう、ごめん……。)
(全く。失礼な精霊だわ。)
殺気が緩んだことで緊張が解けたキューネ。明るい顔をしてヒナタを励まそうとする。
(でもヒナタ、ヒナタの年齢ならまだ希望はあるから、そんなにへこまなくていいんだよ? ヒナタのあそこがへこんだら困っちゃうけど、なんてね〜。)
(全然、反省してない!!)
(痛てっ!!!)
この後しばらく、口を聞いてもらえないキューネであった。
その後キューネに先導され、オークを見つけたヒナタ。思わず眉をひそめる。
(あれがオーク? 本通りのブサイク面ね。)
(否定はしないけど、油断しちゃダメだよ。ヒナタのレベルなら一撃食らったら余裕で天国に行けちゃう程度には強いからね。)
キューネの言う通り、ヒナタのレベルでオークはとてつもない脅威だ。その体重から地面を踏みしめるたびに、ドスンドスンと重い音を立てている。遠目でも分かるほどの異様な体躯。ゴブリンとは比べ物にならないほど大きく、分厚い筋肉がだらしなく膨れ上がっている。手には、丸太をそのまま削ったような棍棒。
(見れば見るほど戦う気が失せてくるわね。絶対に臭いわよ、あれ。)
(今は感想を言ってる場合じゃないよ。あんな見た目でもパワーは本物だからね。しかも放っておくと勝手に体が修復される「自然治癒」持ち。)
(分かってるわよ。あまりにも気持ち悪いから、心を整えてるの。)
深呼吸を終えたヒナタが剣を構える。
(ファイトだ、ヒナタ〜。)
キューネをまじまじと見つめるヒナタ。
(キューネ、戦闘中は少し静かにしてくれない? 気が散って仕方がないの。必要な時以外は喋るの禁止ね。)
(え〜、僕は明るいことが取り柄なのに……。)
(我慢しなさい。私が死ぬよりマシでしょ?)
(うー……分かったよ。)
(足を止めない。正面からは受けない。よし。)
今までゴブリン相手に培った基本を、頭の中でなぞる。最初の一歩は、慎重すぎるほど慎重だった。オークがこちらに気づき、低く唸る。次の瞬間、棍棒が唸りを上げて振り下ろされた。
「――っ!」
ヒナタは地面を蹴り、紙一重で横へ跳ぶ。棍棒が叩きつけられた場所は土が抉れ、小さなクレーターになっていた。ヒナタの目に砂埃が舞う。当たれば天国への片道切符。そんな緊張感から背筋に冷たいものが走る。
だが、恐怖で足を止める暇はない。オークが棍棒を持ち上げる隙を見計らってヒナタは回り込み、横腹を斬りかかる。しかし、その傷跡は非常に浅い。オークが棍棒を横に振るが、ヒナタとの距離があまりに開きすぎているため掠りもしない。
(もうちょっと欲張っても良かったかしら?)
オークは鈍いが、一撃一撃が重すぎる。そのため、ヒット・アンド・アウェイを意識したヒナタの戦略は序盤としては及第点である。しかし、この攻撃を続けていては火力があまりに小さい。オークの自然治癒を上回るには、もっと深く切り込む必要がある。
避けて、刻んで、離れる。避けて、刻んで、離れる。
次第にオークの攻撃間隔を掴み始めるヒナタ。オークの振り下ろしの癖、体勢を崩す瞬間。そのあまりにも大きすぎる隙。ヒナタの動きが、鋭さを増した。
「――はっ!」
今度は一歩踏み込み、深く斬りつける。オークの体から、濃い血が噴き出した。
(よし、このまま無傷突破よ。)
成功体験が心を軽くする。オークが棍棒を振り下ろすたびに攻撃を繰り返す。オークの攻撃頻度を読んだ上で、なるべく深い傷を与えようとするヒナタ。オークの横振りはヒナタの頬を掠め、当たることはない。
そしていくつもの傷を負ったオーク。このまま完全試合……と思われたのも束の間。オークが無理やり体をひねり、棍棒を振り上げる。
予想外の動きで、至近距離まで棍棒の接近を許す。ヒナタの時間が走馬灯のように遅くなる。スローモーションの世界の中でどんどん大きさを増していく棍棒。死という文字が近づいて来るのを身にしみて感じる。
しかし、ヒナタの目前で空気が歪んだ。それと同時にオークの棍棒は弾き返される。オークは弾き返された力で尻餅をついた。右腕が折れたようだ。大きな叫び声を上げ、右手を押さえている。
(はい、バリア。)
(喋らないでって言ったでしょ。)
(緊急事態はいいんでしょ?)
(ああ言えばこう言うんだから。)
(とりあえず今は目の前の敵に集中。あともう少しだよ。バリアにちょっと小細工したから。)
オークの息は荒い。動きも少しずつ重くなってきている。剣を握り直すヒナタ。棍棒を飛ばされたオークが身一つで突進してくる。ヒナタは突進をかわし、剣で横っ腹を再び切り裂く。そしてオークの巨体がゆっくりと崩れ落ちた。数秒の静寂の後、オークの体は魔石へと変わった。
「はぁ――」
剣を地面に突き立て、ヒナタは大きく息を吐く。
(やったね。おめでとうヒナタ。初オーク討伐だよ。)
(あいつ、ゴブリンに比べて強すぎるでしょ。)
(ここら辺のゴブリンはソロなら推奨レベル10、オークは30だからね。そりゃあ強いよ。)
(え、そんな化け物と私を戦わせたの? 私を殺すつもり?)
(僕という安全保障付きだからね。どう、刺激的だったでしょ?)
(刺激ありすぎよ。もうしばらくオークはごめんだわ。返り血は臭いし。どうせ全部300ヴァルなんでしょ? しばらくはゴブリンで我慢してあげる。)
(あはは。まあ、ヒナタ単体であいつを倒そうと思ったら、あと数十分は頑張らないとだね。)
(え? あいつ私の攻撃でもう死ぬ寸前だったじゃない?)
(ヒナタの攻撃は脂肪を斬ってるだけで、そんなにダメージは入ってないよ。)
(じゃあなんであんなにすぐ倒せたのよ。それに最後、剣で斬ったのは私よ? 私が倒したと言っても過言じゃないわ。)
(言ったでしょ? バリアに小細工したって。あれが致命傷。ヒナタの最後の攻撃も、脂肪を斬っただけで直接のダメージにはなってないんだ。)
(何それ、オーク討伐って喜んでた私が馬鹿みたいじゃない。)
(伊達に推奨レベルは高くないってことだよ。ヒナタのレベルでもスキルか魔法を使えたら希望はあるけどね。スキルも魔法もなしにレベル一桁でオークを倒すなんて絶対無理だよ。)
(じゃあ他の人たちはどうしてるわけよ? キューネもなしに私みたいにオークと出会ったらほぼ死ぬじゃない。)
(ここら辺で出てくるのは主にゴブリン。そして稀にボアやオーク。そいつらに対応できないパーティーは、全員護衛の近くで動いてるからね。レベル一桁でこんなに護衛から離れて動いてるのなんてヒナタぐらいだよ。)
(あんたがここまで連れてきたんでしょ?)
(僕ありきの前提なら全部対応できるからね。どう、僕すごいでしょ。えっへん。)
(えっへん、じゃないわよ。返り血は臭いし。もう二度と戦わないわよ。)
(でも経験値は美味しいよ? ステータス覗いてみたら? 一つか、運が良ければ二つくらいレベルが上がってるかもね。)
定位置に着くキューネ。喋るのをやめれば本当に可愛く愛くるしい精霊である。喋らなければ。
そんなことを考えていたヒナタはステータスを開く。
(レベル……13!? ねえキューネ、レベル13よ!? あいつ臭いくせに滅茶苦茶いい経験値じゃない! 何が一つや二つよ、勿体ぶっちゃって!)
(あれ? オークはこんなに経験値貰えないはずなんだけどな……。)
怪訝がるキューネ。
(そう? 一応推奨レベル30なんでしょ? それをレベル9が倒したのだから、それくらい貰えても不思議はないんじゃない?)
キューネはもう一度考えてみるが、どうにも納得がいかない。
(うーん。ヒナタが単体でオークを倒してたらそれくらいの経験値が貰えたとしても不思議じゃないけど、あんなのほとんど僕が倒したようなものだからね。レベル1のヒナタがレーザーアイを利用してゴブリンとかブラックバットを倒してもレベルが3にしかならなかったでしょ? あれは間接的に倒した敵は貢献度に応じて経験値が減衰する仕組みがあるからなんだ。ヒナタがソロで倒してたらレベル5くらいになっててもおかしくない。そもそも昨日の魔物だってほとんど僕が倒したんだ、レベルが8まで上がったのは異常だよ。)
考え込む二人。数秒の沈黙の後、ヒナタが閃いたように言う。
(あら。それなら簡単じゃない。キューネは私のものなんだから、キューネが倒したなら私が倒したに等しいわ。だからレーザーアイが倒した時はレベルが2しか上がらなかったけど、キューネが倒した時はこんなにレベルが上がったのよ。ほら、不思議はないでしょ?)
(うーん。僕が倒したのがヒナタが倒した判定になったとしても、本来はもっと経験値が減衰してないとおかしいんだけどね。スキルとか魔法で倒した敵も間接的に倒した扱いになるから。)
(え? スキルとか魔法って自分の力でしょ? なんで経験値を減らされないといけないのよ。)
(スキルとか魔法は「世界から与えられるもの」だからね。それを間接的に倒したと判定しているんじゃないかな?)
(そんなこと言ったらステータスだってそうじゃない。滅茶苦茶なシステムね、それ。)
(うーん……。)
(まあいいじゃない。減らされてるわけじゃないんだし。風邪と病気以外、貰えるものは貰っておくものよ。)
キューネは、このバグのような現象に疑問を抱かずにはいられないようだ。しかし、ヒナタの言う事も能天気だが確かに一理あると思って言う。
(まあそれもそうか。じゃあまた探知の魔法を使うけど、次もゴブリンでいいんだよね?)
(ええ、いいわよ。)
(おっけ〜。それじゃあ探知の魔法を使うね。)
探知の魔法を使うキューネ。本来であれば数秒で終わる探知だが、今回はやけに長い。それを疑問に思ったヒナタはキューネに尋ねる。
(ちょっと、ずいぶん長いじゃない? どうしたのよ?)
(あっちの方に、滅茶苦茶強い魔物の反応と、一人の人間の反応があった。魔物の方は、おそらくウェアウルフの変異体。一人が囮になって、他の人があのヴァルグって護衛に助けを求めに行ってるみたいだけど、あのままだと残った一人は死んじゃいそう。)
見知らぬ一人の命を救うためにヒナタを危険にさらすか悩むキューネ。しかし、ヒナタの返答は単純明快だった。
(どうしようって、助けに行けばいいじゃない。困った時はお互い様でしょ。行くわよ。どっち?)
(うーん。一応言っておくけど、変異体って滅茶苦茶危険だからね? 多分レベル換算したら50くらいだよ。)
安易な気持ちで助けに行くようでは困る。そう伝えて諦めさせるつもりだったが、そんな言葉でヒナタの足を止めることはできない。
(だからって見殺しにするの? そんなのあの詐欺師たちと一緒じゃない。私は嫌よ。それとも何? キューネでも倒せない魔物だから逃げようって言うの?)
(いや、僕も参加すれば十分勝率はあるけど……。)
(なら決まりね。早く行くわよ。どっち!)
ヒナタを連れて行くか悩むキューネ。最終的にヒナタの圧に押されて道案内を決断する。
(こっちだよ。本当に危ないからね? いいんだね?)
(何回も聞いた。さっさと行くわよ。せっかく行ったのにそいつが死んでたら夢見が悪いわよ。)
(分かった。こっちだヒナタ。)
そうして二人は、さらに都市から離れた荒野へと向かうのだった。




