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ゴブリン戦

 車にゆらりと揺られる2人。

 (ヒナタ大丈夫? 酔ってない?)

 (ちょっと酔い始めてるけど、まだ大丈夫よ。)

 (酔い止めの魔法いる?)

 (あんたそんなこともできるの?)

 (もちろん。僕は超有能だからね、えっへん。)

 (そう。でもいいわ。これからモンスターと戦うのに、キューネの魔力が切れたら元も子もないし。)

 (じゃあ温存しておこうか。もうちょっとで着くから。ヒナタ頑張れ〜、ヒナタ頑張れ〜。よしよし。)

 そう言って背中をさするキューネ。

 間引きに向けて車を出しているが、比較的近場の安全な地域であるため、さっさと説明を済ませようとリーダー格の男が前に出て喋り始める。

「改めて紹介しよう。間引き依頼D班の護衛のヴァルグだ。よろしくな。何度も同じ説明をして飽き飽きしてる奴もいると思うが、一応今回も説明するぞ。今回の間引き依頼は時給500ヴァル。魔石一個につきボーナスで300ヴァルだ。緊急事態が起きたら俺が対応する。俺でも対応できない魔物の接近があれば都市に連絡して速やかに帰還する。その場合の罰則はない。車は1時間に一度、ここら辺を往復しているから、魔力切れや剣が使い物にならなくなった奴はそこで都市に帰還しろ。そして帰還の際には必ず俺に一言述べること。もしも無言で都市に帰還すれば、労働時間を誤魔化したとして罰則が下る。他にも何か気になったことがあれば後でもいいから俺に聞きに来い。以上だ。」

 そう言ってまた座るヴァルグ。

 (以前にも聞いてたけど、随分な安月給よね。ブラック企業ってやつ? シャワー付きの宿に泊まるには何体魔物を倒さないといけないのかしら。)

 (20体くらい倒せばとりあえず安全圏だね。武器の新調も視野に入れるなら25体くらいかな?)

 (そんなものなのね。まぁ、気軽に頑張りましょう。)

 車が停車する。どうやら目的地に着いたようだ。

「着いたぞ! 降りろ降りろ!」

 そう言って早々に車から降ろされる面々。車はまた別の人間を運ぶために都市に帰還する。

「そんじゃあ、D班の活動区域から離れない範囲で勝手に狩りを始めてくれ。俺はここに立って待ってるから、緊急事態になったら呼べ。俺が対応する。そんじゃあ一度解散。」

 ヴァルグがそう言うと、一気に人々が分かれて狩りを始める。

 (私達も行こうかしら。どこがいいと思う?)

 (うーん。あそこら辺かな。人が少ない。)

 (了解、それじゃあ狩っていくわよ。待っていなさい経験値たち。)

 そう言って走り出すヒナタ。

 ヒナタは走り続けた先でゴブリンを見かける。

 (ねえ、あれゴブリンで合ってるわよね?)

 (うん。合ってるよ。)

 (ああ言ったものの、私1人で勝てると思う?)

 (まあ……怪我を許容すれば一応?)

 (じゃあダメじゃない。キューネ、やっておしまい。)

 (そんなことしてちゃヒナタが育たないでしょ。攻撃が当たりそうになったらバリアで弾いてあげるから、自分で倒す経験を積んだ方がいいよ。)

 (分かってるわよ……仕方がないわね。)

 そうしてもう一度ゴブリンに近づくヒナタ。ゴブリンも敵意を持って近づいて来るヒナタを敵と見なしたようだ。その二足歩行でヒナタに向かって走り抜けて来る。ゴブリンは短い脚を忙しなく動かし、喉を鳴らしながら突進してきた。錆びた短剣を振り上げる。

 (来るわね……!)

 ヒナタは一歩だけ後ろに下がり、腰を落とす。剣を握る手に、じっとりと汗がにじんだ。そして若干の震えすら伺える。頭では分かっている。相手はゴブリン。決して上位の魔物ではない。それでも、生き物が、明確な殺意を向けてくるのはやはり怖いのだろう。ゴブリンが吠え、刃を振り下ろす。ギィン、と甲高い音が弾けた。ヒナタは剣で受け止めたが、体勢がわずかに崩れる。

 (重っ……!)

 (力任せでやるからだよ。もっと力を流すようにして。)

 キューネの声が、すぐ脳裏に届く。

 (分かってるわよ!)

 ヒナタは歯を食いしばり、剣を外に流すように弾く。ゴブリンの刃が空を切る。その隙に、半歩踏み込んで横薙ぎ。だが、浅い。ゴブリンの脇腹に剣はかすっただけで、皮膚を裂くに至らない。緑色の血がわずかに滲み、ゴブリンは逆上したように叫び声を上げた。

 (もう一歩踏み込めば勝てたよ。)

 (それが難しいのよ!)

 ゴブリンは距離を詰め、滅茶苦茶な連撃を繰り出してくる。ヒナタは後退しながら防ぎ、避け、地面の小石に足を取られ――刃が、肩口に迫った。その瞬間、空気が歪んだ。ゴン、と鈍い音。見えない壁に弾かれたように、ゴブリンの剣が弾かれ、後方に飛んでいく。

 (危ない危ない。)

 命の危機を脱したことを悟り、数秒間の無言の後、お礼を告げるヒナタ。

 (あんがと。)

 (はいはい。お安いご用だよ。)

 ゴブリンが立ち上がってまたもやこちらに向かって来る。ヒナタは深く息を吸い、足を止めた。逃げ腰では終わらない。剣先をゴブリンの喉元へと真っ直ぐ向ける。

 (次で決めるわ。)

 (その調子、その調子。)

 ゴブリンが再び突っ込んでくる。今度はヒナタの方から踏み込んだ。剣と剣がぶつかる瞬間、わざと力を抜き、相手の勢いを流す。体をひねり、半身になって、突く。剣先が、ゴブリンの胸を貫いた。短い断末魔。ゴブリンは目を見開いたまま、ずるりと崩れ落ちる。静寂。ヒナタはしばらく剣を構えたまま立ち尽くし、やがて、ゆっくりと息を吐いた。魔石と化したゴブリンを見てヒナタは実感する。

 (倒せた……のよね?)

 (うん。ちゃんと自分でね。)

 (正直、ちょっと怖かったわ。)

 (最初はみんなそんなものだよ。でもすごいねヒナタ。もうちょっと苦戦すると思ってた。)

 ヒナタは剣についた血を軽く振り払い、小さく笑った。

 (じゃあ、次行きましょうか。) 

 (その調子。すぐにゴブリンなんて瞬殺できるようになるよ。)

 ヒナタは魔石を回収し、深呼吸を一つ。胸の奥に残る緊張はまだ消えていないが、恐怖はかなり和らいだようだ。

 (ヒナタ、またゴブリンが来たけど、1人でいける?)

 (うん。やってみる。少しコツを掴んだしね。)

 周囲を見渡すと、少し離れた岩陰から、別のゴブリンがこちらを窺っていた。先ほどの個体よりも動きが慎重だ。距離を保ち、すぐには突っ込んでこない。

 (ねえ。あのゴブリン。さっきのゴブリンと様子が違わない?)

 (そうだね。おそらくだけど、少し賢い個体なんだろうね。)

 (え? ゴブリンにも個体差があるの?)

 (あるよ。たまに変異体っていうめちゃくちゃ強い個体も現れる。それよりヒナタ、今は目の前の敵に集中。)

 ゴブリンは低く唸りながら、円を描くように横へ動く。こちらの死角を探っているのがはっきり分かった。

 (なんか……露骨に隙を狙ってるっていう感じがして、気持ち悪いわね。)

 (でも中途半端だね。目を見て、露骨にヒナタの足を狙ってる。あいつらに視線で騙すとかいう知性は無いからね。十中八九、下に飛び込んでくるよ。)

 ヒナタは剣を構えたまま、ゴブリンの視線を追う。確かに、明らかにヒナタの足元を狙っている。ゴブリンが地面の小石を蹴り上げた瞬間、ヒナタは踏み込んだ。

「――っ!」

 虚を突かれたのか、ゴブリンの反応が一瞬遅れる。短剣が振られる前に、剣の刃で腕を斬り、体勢を崩した。ゴブリンは武器を失うとともに、右腕が斬られた痛みから断末魔を上げる。

 (そこだ、ヒナタ!)

 (分かってるわよ!)

 ヒナタは半回転し、その勢いのまま斜めに斬り上げた。今度は、確かな手応え。緑色の血がはっきりと飛び散る。ゴブリンはまたもや叫び、後退しようとするが――

「逃がさない。」

 自分でも驚くほど、落ち着いていた。一歩二歩三歩、追い、追い詰め、最後は喉元へ突き。ゴブリンは膝から崩れ落ち、ほどなく魔石へと変わる。

 (……ふう、これで2体目。)

 (流石ヒナタ。この感じならゴブリンが栄養剤になる日も近そうだね。)

 (あんな栄養剤嫌よ。)

 笑い合う2人。

 (それにしても、さっきより余裕が出てきたね。)

 (そうね。まあ2回目だからね。当然よ。)

 (よーし、この調子でどんどん狩っていくよ、ヒナタ。)

 (任せてちょうだい。ゴブリンというゴブリンを殺し尽くすわ。)

 ヒナタは剣を拭い、腕の感覚を確かめる。震えはもうほとんど残っていなかった。

 (ところでヒナタ、レベルはどう?)

 (ステータスオープン。)

 またヒナタの肩に顔をひょこっと乗せて覗き込むキューネ。

 (レベル9か。ゴブリンを倒してレベルが1上がったならいい方だね。多分昨日の戦闘で経験値がだいぶ溜まってたんだろうね。)

 (え!? あんな激闘を繰り広げてレベルが1!? 1上がっただけ!? 本気で言ってるの?)

 (初めて倒した敵だから、なんならちょっとおまけしてくれてるくらいだと思うよ。まあステータスなんてそんなにばんばん上がるものじゃないからね。だからステータスブレイクを起こした人にブレイカーなんていう大層な名称が付けられてるわけだし。)

 (ステータスブレイク?何それ)

 (えっ、ヒナタはブレイカーを目指してたんじゃないの?)

 (逆に私がそんな知識持ってシーカーになったと本気で思ってるの?)

 (確かに……ヒナタはあんぽんたん……あっと驚くほど急成長を遂げてるからね。知識が追いつかないのは仕方がないことだね。うんうん。)

 あんぽんたんという言葉に反応したヒナタの殺気を感知し、すぐに誤魔化すキューネ。

 (それで、なんなのよステータスブレイクって。)

 (ステータスブレイクってのは簡単に言えば、レベルが100の位になる際に起こる超次元的現象のこと。)

 (へー、そうなの。)

 ちょび髭を付け始めたキューネが解説モードに入る。

 (説明しよう。ステータスブレイク。それは、単なるレベルアップではない。人の肉体と魂が耐えられる成長限界――ステータス上限を超えた瞬間に起こる、不可逆の変質現象である。レベル99、199、299……本来であれば数値が伸びなくなるはずの地点で、莫大な経験値を一気に消費することで、肉体・神経・魔力回路・感覚器官のすべてが再構築される。これを人々は「ブレイク」と呼ぶ。)

 ヒナタの冷ややかな目に耐えられなくなったキューネが通常運転に戻す。

 (なんてね。まあつまり、レベルが100の位になる際にはレベルアップに大量の経験値を必要とする。そしてその経験値を支払い終えた時、超絶身体能力がアップして、魔法とかスキルを得られたりするってこと。)

 (何それ最高じゃない。)

 (まあね。でも実際にはレベルアップに必要な経験値が多すぎて、大体のシーカーはステブレする前に辞めちゃったりすることが多いね。)

 (へー、じゃあ本当の一部しかそのステブレ?ができないのね。)

 (魔物が活性化してだいぶ人数が増えてきたけど、それでも希少なことには違いないね。ベテランの登竜門なんて言う人もいるくらい。)

 (じゃあ私の当分の目標はそのステブレに決定ね。精を出しちゃおうかしら。)

 (その前にレベル50になるのが先だね。そこら辺のレベル帯からようやく生活が安定してくることが多いから。まあ、ヒナタの場合は僕がいるわけだし? いざという時はジャイアントキリングでガッポガッポ稼いじゃうけどね。うひひひひ。)

 どこぞの悪代官のような顔を浮かべるキューネ。冷ややかな目でヒナタはキューネを見つめている。

 (ゴホン。さあヒナタ、駄弁ってる時間はないよ。魔物の元へ、さあ行くぞ〜!)

 そう言って魔物の方へ向かっていくキューネ。

 (誤魔化すんじゃないわよ。)

 ため息を吐きながらその後ろを追うヒナタであった。

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