カイゼル
51
整理券を持って列に並んでいたヒナタ。すると突然、後ろから声をかけられる。
「ちょっといいか? ダンジョンに挑戦する人の列はここか?」
「ええ、そうよ」
「そうか。ありがとうな。って事は、お前もここのダンジョンを受けに来たシーカーか? 随分高そうな装備をしてるな」
「そっちも随分と高そうじゃない。特にその剣とか。初めて見たわ」
「だろ? 魔剣って言ってな。ダンジョンで偶々見つけて、今となっては俺の相棒だ」
「へ〜、それは良いわね〜」
(私とキューネみたいね)
(僕とヒナタの絆には負けるけどね)
念話の中で、そう胸を張るキューネ。
「あなたの名前は?」
「カイゼルだ。『月華双極』ってクラン、知らないか?」
「う〜ん。聞いた事あるような、ないような……」
「そっちの名前は?」
「ヒナタよ」
「そうか。お互いランキングに乗れるように頑張ろうな」
そう気さくに笑うカイゼル。しかし、ヒナタは怪訝な顔をする。
「ランキング? 何それ?」
「なんだ? ランキングも知らないで受けに来たのか?」
「私は友達? みたいな人に紹介されたから来ただけで、あんまりここのダンジョンについて詳しく無いのよ。最低限度の知識については叩き込まれたけど」
ミツバを「友達みたいな人」と表現するヒナタ。ミツバのお茶目な一面が、親しみやすさに繋がっているのだろう。
「へ〜。まぁ、ここのダンジョンは現れる魔物自体が結構ランダムらしいから、事前に勉強する価値が薄いのも確かだな」
「次の人、どうぞ!」
「呼ばれたわ。行くわね」
「ああ、また機会があったら会おうぜ」
ヒナタがダンジョンの中に入り、1人残って自分の番を待つカイゼル。
(ふー、緊張するぜ。まぁでも、俺ならランキング更新出来るのは確実ってヨツバさんにも言われてるしな。精一杯やるか)
「次の人、どうぞ!」
「はい!」
そう言って前に進み、係員に整理券を渡す。
「どうぞ〜」
指示に従い、ダンジョンの入り口をくぐる。
この踏破型ダンジョンは、入り口から入ると専用の闘技場のような空間に飛ばされる。そこで死ぬか、脱出ボタンを押すか、もしくはダンジョンの最終攻略を遂げた時にのみ出口へ転送される。そういう仕組みらしい。
空間の中に入ると、空中に『1:00』で止まったタイマーのような数字と、『ウェーブ1』と書かれた表示が浮かんでいた。
(ヨツバさんに教えられた通りだな。よし、いくぞ)
59、58、57、56……5、4、3、2、1……0。
1分が経過した瞬間、魔法陣から魔物が現れた。ウェーブ1の開始だ。現れたのはゴブリン3体。カイゼルは魔剣を抜き放ち、一閃。3体のゴブリンの首が同時に地面に落ち、やがて光となって消える。魔石がドロップする事はない。
そうしてまた、空中のタイマーが動き始める。
59、58、57……3、2、1、0。
表示が変わる。ウェーブ2。現れたのは10体のウェアウルフ。しかし、その刹那。全ては魔剣によって両断され、消滅する。
(よし、滑り出しは順調。このまま突っ走る)
ウェーブ3。レーザーアイ。
ウェーブ4。ボア。
ウェーブ5。ハヤブサ。
………………………………
(ふぅ。流石に疲れてきたな)
カイゼルは地面に腰を下ろす。今ちょうど22ウェーブを終えたところだ。
(ヨツバさんが言うには、ランキングを更新するには23ウェーブ以上の突破が必要。あともうちょっとだ)
現在ランキング1位のグラウスの記録は『29ウェーブ』。これは異次元だ。他を寄せ付けず、圧倒的な1位に君臨している。
23ウェーブまでの攻略者が約60人。24ウェーブまでが25人ほどで、残り上位15人のみが25ウェーブ以上の攻略を果たしている。
10、9、8、7、6……。カイゼルは立ち上がる。5、4、3、2、1……0。
現れたのは、ヘルハウンドの変異体。黒い毛並みは燃え続け、尻尾は蜂のように尖っている。地上や他のダンジョンであれば、その推奨討伐レベルは165とギルドに登録されている魔物だ。
しかし、このダンジョンの魔物は地上の同種よりも遥かに強い。だからこそ今まで未踏破だったわけだが、目の前の個体は恐らく推奨討伐レベル205相当の力を有しているだろう。
つまり、レベル制限『200以下』という縛りから考えると、全ての参加シーカーにとって確定で不利な戦いとなる。特に、ここまでの連戦ですでにある程度体力が削られている状態ではなおさらだ。
そうして初めて現れた「明確な格上」。ランキング更新の壁が23ウェーブにあるのも偶然ではないようだ。大抵のそこそこ鍛えてきた程度のシーカーは、ここで皆脱落する。
レベルが上の相手に勝つにはどうするのか。それは、レベルで埋められない基礎能力の差を『スキル』と『魔法』で強引に補うしかない。
カイゼルは唱える。
(食え)
発動されるスキル【暴食】。一日に一度だけ使用が可能。その効果は、劇的な身体能力の向上と、敵撃破時の体力・魔力の吸収回復。ただし、使用を続けると使用者の『自我』が削れ、消えていくという強烈な代償がある。
理性を保てる限界は理想で10分。最低でも15分経過する前にはスキルを解除しなければならない。
視界にヘルハウンドを収める。口から業火を吐こうとしているのが見える。
疾走。
カイゼルはヘルハウンドへと全速力で踏み込み、一閃。ヘルハウンドは頭と胴体が分離し、瞬時に消滅した。
圧倒的。まさにその言葉が相応しい。使用時間と回数に制限がある事を踏まえても、恐ろしい能力だ。カイゼルは次の魔物が現れるのを、血走った目でうずうずしながら待機する。
(とりあえず、これでランキング更新は確定だ。10分で行けるとこまでいく。よし。耐えろ耐えろ耐えろ)
耐えろと念じ続け、何とか自我を保とうとするカイゼル。タイマーが動く。5、4、3、2、1……0。
24ウェーブ。現れたのはデススコーピオンの変異体。黒くゴツゴツした甲殻に、3本の尻尾が特徴だ。
ウェーブを経るごとに魔物が弱くなるはずもなく、強くなる一方だ。そのためこのデススコーピオンも、恐らくは推奨討伐レベル210程度はあるだろう。
しかし、そんな事は知った事ではない。カイゼルには『時間』が無いのだ。とにもかくにも攻め続けない事には始まらない。
疾走。デススコーピオンがこちらに尻尾を向ける。カイゼルは悟る。間に合わない。一度距離を取り、尻尾から放たれる光線を避ける事に全力を注ぐ。回避。
しかし、まだ2本の尻尾が残っている。次弾の攻撃。回避。最後の一本。回避。
そうして前に出ようとした瞬間、またもう1発。どうやらタイムラグを置いて、再び3本の尾からの連続攻撃が来るらしい。
カイゼルは避け続ける。そうして数分が経過し、ついにデススコーピオンの三つの尾の攻撃タイミングが完全に重なった隙を突く。
駆け抜ける。全力を以て。
そして断ち切る。デススコーピオンの硬質な胴体を。
消滅する巨体。またタイマーが動き始める。
(はぁっ、はぁっ、はぁっ)
息を切らすカイゼル。もうそろそろ理性が飛びかけてくる限界の時間だ。少しずつ視界の端が黒く狭まってきている。
(クソ。さっさと強引に踏み込んじまえばよかった。頭痛が酷い。早く終わらせないと……)
デススコーピオン戦で被弾を避ける安全策を取ったため、時間を浪費してしまった。おそらく次のウェーブが限界であろう。しかし、25ウェーブをクリアすれば、ランキングの中でもかなり上位に食い込める。そう思って何とか歯を食い縛り、消えかけの理性を保ち続ける。
5、4、3、2、1……0。
現れたのはミノタウロスの変異体。漆黒に染まった巨躯と、握られた巨大な斧には禍々しい紋様が浮かんでいる。
カイゼルは即座に踏み込む。タッタッタと足音を鳴らし、咆哮するミノタウロスへと全速力で向かう。正常な理性があれば、そんな無謀な正面突破は選ばなかっただろう。
魔剣の一閃。しかし、分厚い筋肉に刃が阻まれる。
直後、カウンターで振り下ろされたミノタウロスからの大斧の一閃。
カイゼルの体が、縦に2つに分かたれる。
疑似的な、初めての死。カイゼルはゆっくりと意識を落とした。
「はっ、ここは!?」
跳ね起き、辺りを見渡すカイゼル。すると今自分が居るのは、どうやら出口に繋がる安全な部屋らしい。空中のディスプレイには『24ウェーブ・未踏破』という文字がでかでかと表示されている。自分の体をペタペタと触り、五体満足である安否を確かめる。
(ふぅ、疑似空間で生き返るって分かってても、生きた心地がしないな。2度とこんな死に方はごめんだ)
そう思って『24ウェーブ』という文字を見つめる。
(上位40人以内か。デススコーピオンでもっと急いでおくか、ヘルハウンドをスキル無しで倒しておけば、上位15人も狙えたな。クソ……とりあえず、出るか)
立ち上がり、ダンジョンから外へと抜ける転送陣を踏むカイゼル。これからの事を想像する。
(ランキングに入ったからには、メディアからの取材は来る。上手く対処して、ヨツバさんとの本契約も進むから、そっちの条件交渉も考えとかないとな)
ランキング更新者となった者は、とてつもない数の記者に囲まれる。これはいつもの通例だ。そうして華々しい実績を残した有望なシーカーは、大手の商会と専属契約を結び、さらなる飛躍を遂げる。
ここまでは上位シーカー、ひいてはトップシーカーになるための王道中の王道だ。その王道への切符を自分はついに手に入れたんだと、悔しさを残しつつもカイゼルは深い感慨に浸っていた。
景色が変わった。どうやら地上の入り口に戻ってきたようだ。
辺りを見渡すと、何人かの記者が出待ちしていたようだ。カイゼルの顔を見るとすぐさま寄ってきて言う。
「カイゼル選手! 上位入りおめでとうございます!」
「今回の結果について一言お願いします!」
「次世代のトップ候補として――」
矢継ぎ早に飛んでくる声。だが、その数は――明らかに少ない。
(……少ないな)
本来なら、もっと人が殺到するはずだ。上位四十位以内。レベル制限付きダンジョンである事を加味しても、十分すぎる成果。それなのに。
記者はまばら。そして遠巻きにいる観客たちも、どこか落ち着かない様子で、カイゼルの方を全く見ていない。全員の視線が別の場所を向いている。何かがおかしい。
その時。
「「「おおおおおーーーーッ!!」」」
地鳴りのような大歓声が上がる。声の出所は、巨大なランキング掲示板の方からだ。……まさか。
「カイゼル選手、今回の――」
「……後にしてくれ!」
短く言い切ると、カイゼルは走った。記者を振り切り、ランキング掲示板の方へと。
そうして見つける。凄まじい熱狂と、違和感の正体を。
「嘘だろ……」
新着欄の端に載った、自分の名前とランキング。ここまでは何も問題ない。
しかし……人々の視線が釘付けになっているのは、その遥か上の順位。
『プレイヤー名:ヒナタ
27ウェーブ突破(挑戦継続中)』




