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深層

47

ミツバの依頼を終えた翌日。ヒナタはダンジョンへと潜っていた。

「よし、いくわよ」

「いっちゃえー」

 今日のダンジョン攻略の目的は2つだ。一つはスキルの試し打ち。新しく手に入ったスキルの試運転をすること。もう一つは深層攻略。可能であればダンジョンごと攻略してしまう事だ。今は上層。スキルの試運転のために予め決めておいた言葉をトリガーとしてスキルを発動させる。

 (変速、ファースト)

 世界が遅くなる。ゴブリンまで残り3歩、2歩、1歩。一閃。体が上下に分断されたゴブリンは魔石となる。その魔石を拾って言う。

「よいしょっと。まぁこっちは前とあんまし変わんないわね」

「うんうん、いい事いい事。そんじゃ早速次に行っちゃおうー」

「おうー」

 ヒナタの後ろにつくキューネ。探知の魔法が無くなった今では急な接敵も避けられない。そのため、ヒナタが前に出る形態を採用したようだ。

 キィィィィィン……。レーザーアイの発射音が鳴り響く。それを目視してすぐさま唱える。

 (変速、セカンド)

 筋肉が軋む。繊維一本一本が膨れ上がり、ひしめき合う。血流が加速し全身を焼くように駆け巡る。視界が変わる。世界が止まる。風も、音も、敵の動きすらもすべてが置き去りにされたように静止していた。そんな気がした。剣がレーザーアイを貫き、地面には魔石が残った。

 (解除)

「うー、なんか体が痛い」

 そう言って体をすりすり摩る。

「慣れるまでには時間がかかりそうだね」

「本当ね。でもこのアークスーツのおかげで助かってるわ。昨日は魔晶石を入れずに使ってたから重りにしかならなかったけど。初めて変速を使った時に比べたら今回は大分マシよ」

「買った甲斐があったね」

「本当よ。1500万ヴァルもはたいて買ったんだから使い古してやらないと。ふんっ」

 そう言って両手でマッスルポーズをする。変速の負担が少ないのはきっとレベルが上がった事にも起因するだろう。レベル100の時に手に入れてから50以上レベルが上がったのだ。負担が少なく済むのもある意味当然と言えば当然である。

 スキルチェックが終わった2人はその後どんどん下の階層へと進み、ついに下層にまでやってきた。41階層。地図の記憶を頼りに下の階層に繋がる階段へと向かう。そして角を曲がったちょうどその時。視線が交差する。鉄殻甲虫。反射的に振られる剣。甲殻ごと真っ二つにされ、断末魔を上げて魔石となる。

「びっくりした」

 心臓の鼓動が早くなるのを感じた。急な魔物との接触はやはり心臓に悪い。

「いつも以上に慎重に進まないと駄目だね」

「探知の優秀さを身に染みて感じるわ。はぁ」

 キューネが探知の魔法を使える時には魔物の位置は一通り先んじて把握できていたため、こういった事態は少なかったのだ。ヒナタが咄嗟の接敵に慣れるまでには随分時間がかかりそうだ。

 到着したのは下層と深層の間のセーフティーポイント。地面に体を放り投げてゴロンと転がる。

「疲れたわ。ちょっと休憩」

「僕は暇だから地図でも覚えておくよ」

 いつ魔物が出るか分からないため、ヒナタの精神はいつも以上に擦り切れていたらしい。ダンジョン内にも関わらず完全な無防備状態だ。そうして休む事数十分。

「それじゃあいこうか」

「よし、行くわよ」

 そう言って深層へと向かう階段を下る。

 61階層。ダンジョンボスがいる80階層まであと19階層だ。ゆっくり落ち着いて通路を進んでいた。その時。姿を現す8体の魔物。ヘルハウンド。群れで動き、圧倒的なスピードと連携によりシーカーを翻弄する犬型の魔物だ。推奨討伐レベルは120。今のヒナタにとっては雑魚同然だ。4足歩行でタッタッタと走るヘルハウンドの首を一枚ずつ輪切りしていく。8、7、6、5、4。気がつけばもう残り半分に。逃げ出そうとするヘルハウンド。しかし、もう遅い。4、3…2…1…………0。8つの魔石が床に転がる。瞬殺。スキルを使うまでもない。圧倒的な力を前に成すすべなく魔石へと転じる魔物達。キューネと共に魔石を拾い集めて拡張ポーチにしまう。そうしてまたすぐ歩き始める。無駄な会話はしない。初めて訪れる深層では万が一もありうる。そういった緊張感が2人に漂っているのだ。

 63階層。現れたのはデススコーピオン。尾からビームを発射して対象を倒すサソリ型の魔物だ。推奨討伐レベルは140。今回もヒナタにとっては余裕のある戦いであろう。光線を溜める予備動作を行うデススコーピオン。しかし、それを見逃すヒナタではない。すかさず距離を詰めてデススコーピオンに迫る。が、元々の距離が遠く、1発放たれそうだ。ヒナタは尾を凝視して光線を放つ前の予備動作を見極め、放たれる瞬間に体を横に避け回避を決める。姿形は違えども攻撃手段は非常にレーザーアイに近い。そのため、レーザーアイとの鬼ごっこを何度も繰り返したヒナタにとっては造作もない事なのかもしれない。デススコーピオンが更なる一撃を溜めようとするが、遅い。ヒナタに体を真っ二つにされ、すぐに魔石となった。それを拾ったキューネは魔石を拡張ポーチに入れ先に進む。

「あんがと」

「どういたしまして」

 64階層。この階層に来るまでにヘルハウンドと5回。デススコーピオンと2回戦った所だ。しかし、あまり疲れた様子はない。軽い足取りで前に進んでいたまさにその時。ミノタウロスが現れる。ミノタウロスは斧を振り回す、二足歩行の牛であり、推奨討伐レベルは150だ。ちょうどヒナタが倒せるレベルの魔物。唸り声を上げてこちらに迫る。ヒナタは先ほどより剣を強く握ってミノタウロスと剣を交える。最初の力比べは……どうやら互角らしい。お互いに入り込めずに隙を伺う形となった。膠着。その言葉が頭をよぎる。ヒナタは唱える。

 (変速、ファースト)

 世界が遅くなる。ミノタウロスが振り下ろした剣を受け止め、再度剣を交える。が、結果は違ったようだ。ミノタウロスの斧が弾かれ、体を後ろに持っていかれる。バランスを失ったミノタウロス。そこからは早い。飛び込んだヒナタに首を真っ二つに切られて魔石となる。魔石を拾ったヒナタは更に下の階層へと足を進めるのだった。

 71階層。流石のヒナタでもある程度疲れが溜まってきたようだ。体を気遣った歩き方をしている。まさにその時に感じる、激しいプレッシャー。この感覚は……変異体だ。

 (どうする?)

 (倒すわ)

 (了解。魔法は?)

 (スキルを試したいからとりあえずはいらない。魔法障壁の準備だけしといて)

 (了解)

 遠距離でも感じるプレッシャー。その正体を明かすべくヒナタは通路を出る。その先にいたのは……ミノタウロス。目と目が合う。

「グオオオオオオオオッ!!!」

 (変速、ファースト)

 低く、重い音が階層中に鳴り響く。茶色い毛並みは黒く染まり、斧に紋様が付いている。ミノタウロスの変異体の推奨討伐レベルは175。つまり格上だ。走ってミノタウロスに近づいていたまさにその時。斧に何かが纏わり付く。

「バチィッ」

 具現化した雷。咄嗟の判断で体を下げるヒナタ。その刹那。

「ゴォォォンッ!!」

 集まってきた魔物ごと切り裂く雷の1発。斧から紋様が消えた。どうやら発動に条件がありそうだ。時間を与えてはいけない。そう直感したヒナタはそのまま近付き、ミノタウロスと剣を交える。結果は惨敗。腕に軽い傷を負う。防戦一方。ヒナタは唱える。

 (変速、セカンド)

 斧と剣がぶつかり合う。金属音がなり続ける。ひしめく筋肉を無視してそのまま戦い続けるヒナタ。若干の優勢が続く。ミノタウロスに堆積していくダメージ。そして、ヒナタの剣がミノタウロスを貫こうとしたまさにその時、ミノタウロスは斧を高くあげる。肉を斬らせて骨を断つ。ヒナタの剣がミノタウロスの心臓に刺さろうとする。が、肉厚に阻まれる。その間に振り下ろされる1発。脳天直撃。その時。

「バチィィィンッ!!!」

 斧が弾かれた。金属でも岩でもない。それでも確かに“硬い何か”に叩きつけられた衝撃が、空間に炸裂する。火花のように光が散り、ミノタウロスの腕がわずかに弾かれた。その硬直時間はヒナタの剣が心臓に届くのには十分であった。体を貫かれたミノタウロスが魔石となり、残った魔物は通常個体のみ。およそ20体くらいであろうか。ミノタウロスとの攻防が終わると、チャンスを伺っていたかのようにヒナタに飛びかかる。

 (解除)

 そこから始まる蹂躙。20が15。15が10。5、4、3、2、1、0。すぐさま残ったのは魔石のみになる。

「うぅ。体が痛い」

「無理しすぎたね。少し休もうか。この階層のはあらかた片付けただろうし」

「そうしましょう」

 そう言って座るヒナタと魔石を集めるキューネ。深層攻略は順調に進んでいった。

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