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故郷

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(あぁもう、危ないよヒナタ。)

 そう言って半分目を閉じたヒナタを引っ張るキューネ。もう少しで人に当たりそうなほど体をフラフラさせて歩いている。

 (分かってるわよ。アークスーツとか言うのを着てるせいで体が重いのよ。)

 そんな事を言いながらも非常にたどたどしい足取りだ。本当に危なっかしくてたまらない。こんな朝っぱらから呼び出されたのは、昨日ラカコ村の遺品整理を受けたからだ。魔物が活発に動く昼になる前に動き出したいという事で、まだ太陽も昇ってない、薄らとした光の中でのそのそと足を動かしながら集合場所へ向かっている。睡眠不足なのは昨日寝るのが遅くなった事も影響しているだろう。

 そうして歩き続けて数分。ようやく集合場所に着いたらしい。そこには巨大な護送車が聳え立っていた。ヒナタが普段乗っている汎用型の護送車とは比べ物にならないほど巨大で、重厚な装甲に覆われた漆黒の車両だ。

 その前に立つ数人の護衛たちを見て、目を見開き息を呑む。

 (見てあの装備、絶対にめっちゃ高いわよあれ。)

 (本当だ。すごいね。)

 一目で特注品と分かる高価なアークスーツ、隙のない立ち姿。おそらく、ギルドのトップ層に名を連ねる実力者達であろう。そんな強者たちを従えるように、一台の車の前に立っていた豪奢な身なりの女性が、ヒナタを見つけてパッと花が咲いたような笑顔を向けた。

「どうも〜! 今回は私からの指名依頼を受けてくれて、ほんまおおきになぁ。物流商会やってる、ミツバ言います」

「あ、いえ。こちらこそ、ご指名いただきありがとうございました。ヒナタです」

 軽くお辞儀をしていると、ミツバはこっちこっちと手招きをして護送車の重厚な扉を開けた。

「さ、中入りぃ」

「あの、私は道案内で呼ばれたんですよね? 車の中に乗っていいんですか?」

「ええのええの。道に迷ったらそん時にヒナタちゃんの力借りますんで、私らは中でゆっくりしときましょ。護衛の連中は外で魔物と対峙する仕事やから気にせんでええよ、ほらほらどうぞ。」

 そう言ってミツバは他の護衛たちを車の上や周囲に配置し、ヒナタと共に広々とした車内へと乗り込んだ。車が走り出してすぐ、その異常な快適さに驚かされた。

「……全然揺れないわね、この車」

「せやろ? 高級な魔晶石を床下にふんだんに使こてるからな。乗り心地には自信あるんよ」

 ふかふかの革張りシートに深く腰掛けながら、ミツバは楽しげに笑う。

「ヒナタちゃん、目的地に着くまでちょっと暇やし、おしゃべりせーへん?」

「あ、はい。構いませんよ」

 そこから、ミツバの恐るべき会話術が始まった。決して踏み込みすぎず、相手が気持ちよく話せる相槌と絶妙な質問のパス。ヒナタはいつの間にか、自分が今までどれだけ綱渡りの命懸けをしてきたかを自慢げに語っていた。下層のロックアーマーとの死闘、ウェアウルフの変異体との激戦、そしてレベル99相当のワームの変異体に飲み込まれかけた話。ミツバは目を丸くして驚いてみせた。

「へ〜! それはほんまに凄いんやねぇ。そんな化け物相手に生き残るなんて、並の度胸やないわ」

「ええ、何回も死にかけました。本当に……」

 ヒナタの表情や話の流れをじっくり精査していたミツバだが、どうやら怪しいとこは見つからない。

 (こりゃ白っぽいな。となればあの成長速度は有望株の方、当たりを引いたな。)

 久しぶりに見つけた有望株。しかし焦る事はない。自然に話を振ることができるタイミングまでしかと待ち続ける。

「なんでそんなに頑張ろうと思えるん? ほら、レベル100超えた当たりからシーカーを辞めて都市に務める事が多いやん? なんでヒナタちゃんはまだシーカーやってるん? それとも、今ちょうど転職しようとしてる感じ?」

「いや、このままシーカーを続けたいと思います。もっと強くなりたいので。」

 (こりゃ最高やな。)

 どうやらヒナタはまだまだ現役でシーカーを続けたいらしい。ミツバからすれば朗報も朗報である。

「なんでそんなに強くなりたいん? やっぱりお金?」

「う〜ん。それもあるんですけど、他人に認められたいからっていうのは大きいですね。お金は正直もうそこそこ稼いでるので、そこはあんまりもうこれ以上欲しいとかって言うのはないです。」

 ダンジョン送りのトラウマ。弱さを理由に社会から放り投げられた経験は今になっても響いているらしい。もうああはなりたくない。その思いがヒナタを駆りたたせ続けているのだろう。そう考察したミツバは笑顔で話題を転換させようとする。

「そうかぁ〜。ヒナタちゃんには当面の目標とかってあるん? これしたいな〜とか。あれやってみたいな〜とか。」

「とりあえずはグラウスを超える事です。」

「グラウス? グラウスってあの?」

「はい。あのグラウスです。」

 真剣な眼差し。どうやら本気らしい。

「ちなみに、それはなんでか聞いてもいい?」

「世界で1番強いって聞いたんで、グラウスを越せば自分が世界で1番になれるからです。」

 単純明快。1番になりたい。そう言う事らしい。咄嗟に笑ってしまうミツバ。

「あは、あはははははは。ヒナタちゃんすごいな、普通はそこまでやろうとは思えへんで? なんでそこまでやろうと思うん?」

「1番を目指してるのが楽しいからです。もちろん初めから目指してたわけではないんですけど、いつのまにか成長する自分が楽しくてここまで来てました。」

「は〜。なるほどなぁ。それはすごいわヒナタちゃん。」

 久しぶりに見つけた本物の原石。胸の高鳴りを抑えられない。口の緩みを必死に矯正しながらなんとか平静を装う。

「着きました。」

 外から聞こえた男の声。どうやらもう目的地まで着いたらしい。普通の護送車では考えられないスピードが出ているのだろう。

「んー、ありがとー。ほな、ヒナタちゃん。私らは遺品の整理してくるから好きにしててええよ。」

「え、いや流石にそれは。護衛くらいしますよ。」

「ええのええの。いざという時に道案内してもらおうと思って呼んだだけやし。元々いる戦力でもう十分やから。」

「……分かりました。有難うございます。」

 ミツバにお辞儀をして実家へと向かう。その道中。古びてしまった家屋達を眺める。今までは無かった草やカビの大群。懐かしい景色を思い起こしながら実家へと向かう。

 (魔物、全然いないわね。)

 (多分あの護衛達があらかた片付けたんじゃないかな? じゃないとミツバを外に呼ばないと思うし。)

 (あー、なるほど。そう言う事なのね。お金貰ってるのに悪い事しちゃったわね。)

 (道案内のつもりで呼んだって言ってたしいいんじゃない?)

 (それもそうね……ここよ。)

 実家の前に立つヒナタ。半ば朽ち果てた木製のドアに手をかける。ギィィ、と嫌な音を立てて扉が開いた。鼻をつくのは、埃とカビの匂い。

 (ひどい有様ね)

 視界に入ったのは、かつての面影をほとんど残していない室内だった。壁には深い爪痕が走り、家具は無造作にひっくり返されている。リビングだった場所には、真っ二つに割れたダイニングテーブル。――ここで、家族三人で食事をしていた。ヒナタはゆっくりと足を踏み入れる。ミシッ、ミシッ。床板が鳴るたびに、胸の奥がざわついた。

 (ヒナタ、無理しないで)

 (……大丈夫よ)

 崩れた本棚の下に、小さな箱が半分埋もれているのが見えた。近づいて、拾い上げる。――オルゴール。両親が誕生日に買ってくれた、安物のやつだ。そっと蓋を開く。音は鳴らない。壊れている。

「元気チャージ」

 耳の奥で、声が蘇る。幼い自分を抱きしめる、母の腕。あの時は、それが当たり前だった。――当たり前だったのに。

 ヒナタは目を閉じる。あの日の光景が、勝手に浮かぶ。怒鳴る父。困ったように笑う母。飛び出した自分の背中。そのまま、戻らなかった。

 ギリッ、と歯を食いしばる。……違う。あの時、戻っていたとしても。ヒナタはゆっくりと息を吐いた。守れなかった。それだけだ。

 拳を握る。爪が食い込み、じわりと痛みが滲む。もっと強ければ。その言葉だけが、頭の奥で何度も繰り返される。顔を上げた。半壊した天井の隙間から、薄暗い空が見える。

「……ただいま、ママ、パパ」

 声が、わずかに震える。視界が滲む。そして乱暴に目元を拭った。

「行ってくるね」

 小さく息を吸い込む。

「私、絶対に夢を叶えてくるから」

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