贅沢
42
翌朝。ヒナタはいつもの宿のベッドの上で目を覚ました。起き抜けにポケットから取り出したギルドカードを情報端末に差し込む。そこに表示された数字。5010万ヴァル。ヒナタは言う。
「うふふ、何度見ても気持ちいいわね」
どこぞの悪代官のような笑みを浮かべるヒナタ。キューネはそれを若干引いた顔で見つつ言う。
「ヒナタ、顔がゆるゆるだよ」
キューネからの言葉には耳も向けず、そのまま情報端末を眺め続けるヒナタ。
「5000万、5000万、ウヒヒ」
道端であれば捕まっている。あまりにも気持ち悪い。一度鏡を見た方がよいだろう。そう言いたげなキューネだが、今は自身の言葉は届く気がしないと諦めムードだ。そんな中、突然宙を見るヒナタ。どうしたのかと思い聞いてみる。
「どうしたの?」
「いや、そういえばこの10万ってどこで貰ったのかしらと思って。随分前に受けた依頼かしらね?」
10万という単価から随分昔に受けた依頼の報酬ではないかと目星をつけるヒナタだが、キューネは首を横に振って言う。
「違うよヒナタ。ほら、ドルムとかいうギャング。あれの迷惑料だよ」
閃いたような顔をするヒナタ。どうやら思い出したらしい。
「あ〜、そんな事もあったわね」
「そんな事って、1週間前くらいの事だと思うけど……」
「1週間前ならそんな事よ。私は日々変化してるからね。記憶の更新も早いのよ」
ここ数週間のヒナタの変化は凄まじい。それは精神的にも肉体的にも確かな事である。しかし、だからと言って記憶がすぐに無くなるわけでは無いのだ。記憶の更新が早い? 馬鹿を脚色しただけだろう。何を言っているんだ。そう密かに思うキューネだが、そんな事言えるはずもないので、そこには触れず話題を変える。
「今日はどうする? 休む? ダンジョンに行く? 依頼を受ける?」
「う〜ん。どうしようかしら……」
そう言って今日の方針を悩む2人。そうして悩む中、ヒナタの視線は床に放り投げられた自分の服に向けられる。
「そういえば、ロックアーマーに服が破られてたわね。すっかり忘れてたわ」
そう言ってキューネを見るヒナタ。大金が入ったのだから今日は休もうか。そんなヒナタの感情を受け取ったキューネは言う。
「じゃあ今日はシーカー業は休もうか」
「そうしましょう。今日くらいは贅沢しないと」
そう言って笑顔でベッドから抜け出し服を着始める。キューネはそれを少し不思議そうに眺めて言う。
「ヒナタが贅沢だなんて珍しいね」
「まぁね。5000万ヴァルもあれば、しばらくは何もしなくても生きていけるもの。ちょっとゆっくりしようかと思って」
数百万単位のお金を稼いでもケチ臭さが消えないヒナタであったが、一般庶民であれば数年暮らすのには全く困らないお金を手にした事でどうやら少し贅沢する気も起きたらしい。ぱぱっと服を着替えて服屋に向かう。
「いらっしゃい」
そう言って開いていた新聞をしまい立ち上がる店主。50代くらいであろうか。のそのそとヒナタの方に近づいてくる。
(新聞なんて今時珍しいわね。情報端末を使えば一発なのに)
(ヒナタだってつい最近まで持ってなかったでしょ)
(えへへ、バレてた?)
(バレてた? じゃないよ。当たり前でしょ)
「シーカーか?」
ヒナタに近づいてそう言う店主。ヒナタは少し驚いたような様子を見せる。
「え? そうですけど。どうして分かったんですか?」
「そんな服の破け方するのはシーカーしかいない」
そうしてヒナタの下半身を見つめる店主。
「ロックアーマーあたりにやられたのか?」
言葉を失うヒナタ。
「……ストーカー?」
あまりにも的確にヒナタの状況を読む店主。ヒナタがそう思うのも不思議ではない。
「ちげえよ。職業病だ。こう何年もやってると装備と傷跡で大体分かるんだよ。そんで、戦闘服の新調って事でいいのか?」
「そうです」
「失礼な話だが、予算はいくらだ?」
「あー……1000万ヴァルくらい?」
「1000万ヴァルか……」
手を顎にやり悩む様子を見せる店主。
(ちょっと高く言い過ぎたかしら?)
(うん。高い)
(そうよね……)
咄嗟のことで、予算を高く言い過ぎたと思ったヒナタ。しかし、撤回するのも申し訳ないと思い、結局訂正は出来ずじまいだ。
「そんだけ予算があるなら、アークスーツにするか?」
「アークスーツ?」
聞き慣れない単語に声を高くするヒナタ。店主は補足して言う。
「アークスーツっていうのは、シーカー専用の戦闘服の事だ。身体能力、環境適応能力、衝撃緩和能力の主に3つの能力を向上させる機能がある。今後もシーカーとしてやっていくつもりなら、一着は買っていく事をお勧めするぞ」
怪訝な顔をするヒナタ。服を着ただけで3つの機能が? 怪しい情報商材かスピ系のネックレスでしか聞かないような文言である。
「どうして服を着ただけでそんな機能が付くんですか? 何か都合が良すぎる気がするんですけど……」
「魔晶石だよ」
「魔晶石?」
さらに分からないという顔をするヒナタ。店主は続けて言う。
「電球を光らせるのにも魔晶石を使うだろ? それの応用だよ。魔晶石を服に埋め込む事で普通の服じゃ出せない機能が出せるって事だ」
魔晶石。魔石を加工した物質だ。魔物から直接出る魔石を利用する事も可能ではあるが、純度が低く、軽量化や持続化のために精錬が行われる事が多い。
「へ〜。そういう事。そんな事も出来るのね。そんな良いものがあるなら一着買おうかしら」
「そんじゃあ……そこにある三つ。それぞれ400万ヴァルか、600万ヴァル、900万ヴァル。好きに選びな。あと魔晶石も買っていけよ。アークスーツは使い捨てタイプじゃないから時々魔晶石を補給する必要があるからな。そっちじゃない。こっちだ。一個あたり50万ヴァル。なるべく多く買う事だな」
アークスーツは魔晶石の消費が激しく、使い捨てには向かないのだ。情報端末くらいの消費量であれば、一度高品質な魔晶石を埋め込めばかなりの時間は持つため、使い捨てでも構わないのだが。
(どれが良いと思う?)
(1番高いのにしといたら? ケチって死んだら元も子もないし)
(そうね、そうするわ)
「この900万のを買おうかしら。魔晶石って何個くらい買うのがおすすめ?」
「そうだな。最低でも2個は買っときたいところだが、金に余裕があるなら買えるだけ買っとく事をお勧めする。アークスーツは駄目になっても魔晶石は駄目にならねぇからな。生きてさえいればどっかで使えるタイミングが来る」
「へ〜、そう……」
(12個分くらい買っとこうかしら)
(いいんじゃない? 無駄にはならなさそうだし)
「それじゃあ12個分買おうかしらね」
「毎度。合計1500万ヴァルだ。予算オーバーだが大丈夫か?」
「これくらいは大丈夫よ。支払いはこれで」
そう言ってギルドカードを店主に差し出すヒナタ。店主はカードをスッと機械に通して返す。
「毎度あり。普段着も買ってくか? こんなところにまでそんな服を着て来てるあたり、持ってないんだろ?」
「そうねぇ。どうしようかしら」
(いる?)
(いる)
(どうしてよ?)
(見てて寒い。風邪を引かれても困る)
(私、風邪は引かない体質だから大丈夫よ)
(そういう問題じゃないの。とりあえず2、3着くらいは買っときなさい)
(……もう、分かったわよ)
「そんじゃあ2、3着くらい買おうかしら」
「おう、そっちのコーナーだな。好きに選びな。お金は要らねえ」
「え? いいの?」
「1500万に比べたら誤差だ。そんくらい構わねぇよ」
「やった。ありがとう」
そう言って服を見て回るヒナタ。
(これとこれなんてどうかしら?)
(まっくろくろすけだね。怪しまれたくなかったら着ない事をお勧めする)
上下黒の服装を選ぶヒナタ。どうやら相当に服のセンスはないようだ。そうしてかれこれ30分くらい服選びに苦闘したヒナタであった。




