魔法書
40
時空の裂け目に入ったキューネとヒナタ。何も感じる事が出来ずにただ身体を漂わせている。五感が機能しない。そのことに恐怖を感じながらも、無為な時間を過ごす。どれほどの時間が過ぎたのかも分からない。そうして身を委ね続けたある時、光が射した――ような気がした。次の瞬間。視界が一気に戻った。眩しいほどの光が網膜を焼き、遅れて音が世界へ流れ込んでくる。空気が肺に入り込み、床の硬さが足裏に伝わる。重力。体温。鼓動。すべてが一斉に戻ってきた。数秒の沈黙の後、ゆっくりと顔を上げる。四方を石壁に囲まれた、静まり返った部屋。白色の無機質な部屋。ついさっき戦闘を行った空間と非常に類似している。しかし、一つだけ違う事がある。2人はそれに目を向けながら言う。
「宝箱?」
「みたいだね。」
そう、宝箱だ。先程まで居た魔物に満たされた空間とは打って変わり、宝箱一つだけが空間内には見受けられる。時刻を示すものもないらしい。
「何かの罠じゃ無いわよね?」
「う〜ん。恐らくは。」
先程は魔物のいる部屋に閉じ込められたのだ。今回も何か仕掛けがあるのではないかと疑うのは致し方のない事である。もう一度、部屋を見渡すヒナタ。しかし、やはりこの部屋に存在するものは宝箱だけで、他に何か出来ることは無さそうだ。
「とりあえず、これを開けないと話にならないわね。さっきも魔物を倒したらあの爪痕みたいなのが出たわけだし。あんたはどう思う?」
「僕もそれでいいと思うよ。」
どこか積極性に欠けるキューネ。いつもであればもう少し元気なのだが。やはり、能力が制限されてしまった事が大きいのだろうか。自信を無くして少し弱気な様子だ。
「一応魔法を撃つ準備しといてくんない?魔物が出てくる可能性もあるじゃない?」
「分かった。」
すぐに詠唱を始めるキューネ。宝箱は本来ならば魔石などが入っており、魔物が中に潜んでいる事などありえない。それくらいはヒナタでも知っているが、この特殊な空間ではそれもありうる。そう思わされるほどこの場所は異質であった。そのままキューネを待つ事数十秒。
「準備できた。」
「分かった。それじゃあ開けるわよ。」
そう言って宝箱に近付くヒナタ。剣を鞘から抜いて右手で持ちながら、ゆっくり左手で宝箱を開ける。緊張の瞬間。宝箱を完全に開けて全速力で距離を取る。やがて、2人の目線は宝箱に向く。
「魔法書?」
最初にそう呟いたのはキューネだった。ヒナタもどうやら魔物では無さそうだと剣を鞘にしまい宝箱に再度近付く。そして宝箱に入った本を持って言う。
「これが魔法書なの?秘伝書じゃなくて?」
じっくり本を眺めるキューネ。そして言う。
「うん。秘伝書にしては魔力がこもってる。ほぼ確実に魔法書だねこれは。」
「ふーん。」
そう言って本を眺めるヒナタ。キューネの言う魔力のこもりを全くもって理解は出来ないが、キューネが言うのであればそうなのだろうと本から目を離し、キューネの方を向いて言う。
「じゃあ、あんたが使いなさいよ。」
目を丸くするキューネ。
「僕が?」
「そうよ。それとも人間専用なの?それなら私が遠慮なく使わせてもらうけれど。」
「いや、多分僕でも使えるとは思うんだけど……」
「それならあんたが使ったほうが断然いいじゃない。剣と魔法を両方使いこなせる気がしないもの。器用貧乏になるだけよ。」
ヒナタのスキル獲得に対する貪欲さをまじまじと隣で見続けていたキューネ。魔法書もヒナタ自身が使うだろうと思っていたが、どうやらそれほどまでに非情では無いらしい。
「そう言う事なら僕が使わせてもらうよ。ありがとうヒナタ。」
「別にいいわよ。どうせ私が魔法なんか持ってても宝の持ち腐れだもの。」
魔法書をキューネに渡すヒナタ。キューネは恐る恐るページを開ける。蘇る懐かしい感覚。魔法を覚える時の感覚だ。どこで味わったのかは分からない。が、どこかデジャブを感じる。やがて魔法書から魔力が消える。どうやら役目を終えたらしい。
「終わった。」
「ん。分かったわ。それじゃあステータスを開くわね。」
キューネはヒナタの肩にポツンと座る。
(ステータスオープン)
開かれたステータス。そこで見つける。新たに追加された魔法。
「魔法障壁……?何それ?」
「ヒナタがバリアバリア言ってたやつだよ。」
「あ〜、あれね。色々と役に立ってた魔法だし。良かったじゃない。」
「うん。ありがとうヒナタ。」
「別にいいわよ。持ちつ持たれつなんだから。」
いつものキューネなら冗談混じりに新たに獲得した魔法を自慢していただろうが、今回に関しては魔法を色々と封印された後だ。ヒナタのお荷物になるかもしれないと言う恐怖からの解放。その安心感がキューネを包み込む。その時だった。
ピシッ。
2人が顔を上げる。
ピシ……ピシッ。
ガラスの割れるような乾いた音。
ビキィッ!!
耳を裂くような音とともに、空間そのものに亀裂が走った。何もないはずの空中に、黒い線が浮かび上がる。それはゆっくりと、しかし確実に広がっていった。時空の裂け目。その生成過程をまじまじと見つめる2人。やがてそれは完成する。先程自身が身を放り投げたものと全く同じような外形が姿を現す。沈黙が流れて数秒後。ヒナタは言う。
「とりあえず、入るしかないわね。」
「だね。行こうか。」
そう言って時空の裂け目の前まで歩く2人。しかし、先程のような緊張感はない。手を握る。そして体を放り投げた。五感を失ったヒナタ。先程同様、流れに身を任せる。
「グルルルル……」
唸り声。ヒナタの聴覚が戻る。魔物が飛び付いてくる。ヒナタは咄嗟に剣を振り抜き魔物を両断する。魔石となった魔物。それを確認し付近を見渡す2人。見慣れた魔物。見慣れた景色。
「ウェアウルフに……あっちはダンジョン。戻って来れたわね!」
「やったねヒナタ!」
2人は手を合わせて喜びを爆発させる。そのまま喜びを分かち合うこと数十秒。冷静になったヒナタは情報端末を取り出し護送車について調べる。
「もうすぐここら辺の護送車が通るわ。急いで輸送経路に戻るわよ!」
そう言って2人で荒野を走り抜ける。無事に護送車に乗ったヒナタは都市に戻り、ギルドへと向かうのだった。40
時空の裂け目に入ったキューネとヒナタ。何も感じる事が出来ずにただ身体を漂わせている。五感が機能しない。そのことに恐怖を感じながらも、無為な時間を過ごす。どれほどの時間が過ぎたのかも分からない。そうして身を委ね続けたある時、光が射した――ような気がした。次の瞬間。視界が一気に戻った。眩しいほどの光が網膜を焼き、遅れて音が世界へ流れ込んでくる。空気が肺に入り込み、床の硬さが足裏に伝わる。重力。体温。鼓動。すべてが一斉に戻ってきた。数秒の沈黙の後、ゆっくりと顔を上げる。四方を石壁に囲まれた、静まり返った部屋。白色の無機質な部屋。ついさっき戦闘を行った空間と非常に類似している。しかし、一つだけ違う事がある。2人はそれに目を向けながら言う。
「宝箱?」
「みたいだね。」
そう、宝箱だ。先程まで居た魔物に満たされた空間とは打って変わり、宝箱一つだけが空間内には見受けられる。時刻を示すものもないらしい。
「何かの罠じゃ無いわよね?」
「う〜ん。恐らくは。」
先程は魔物のいる部屋に閉じ込められたのだ。今回も何か仕掛けがあるのではないかと疑うのは致し方のない事である。もう一度、部屋を見渡すヒナタ。しかし、やはりこの部屋に存在するものは宝箱だけで、他に何か出来ることは無さそうだ。
「とりあえず、これを開けないと話にならないわね。さっきも魔物を倒したらあの爪痕みたいなのが出たわけだし。あんたはどう思う?」
「僕もそれでいいと思うよ。」
どこか積極性に欠けるキューネ。いつもであればもう少し元気なのだが。やはり、能力が制限されてしまった事が大きいのだろうか。自信を無くして少し弱気な様子だ。
「一応魔法を撃つ準備しといてくんない?魔物が出てくる可能性もあるじゃない?」
「分かった。」
すぐに詠唱を始めるキューネ。宝箱は本来ならば魔石などが入っており、魔物が中に潜んでいる事などありえない。それくらいはヒナタでも知っているが、この特殊な空間ではそれもありうる。そう思わされるほどこの場所は異質であった。そのままキューネを待つ事数十秒。
「準備できた。」
「分かった。それじゃあ開けるわよ。」
そう言って宝箱に近付くヒナタ。剣を鞘から抜いて右手で持ちながら、ゆっくり左手で宝箱を開ける。緊張の瞬間。宝箱を完全に開けて全速力で距離を取る。やがて、2人の目線は宝箱に向く。
「魔法書?」
最初にそう呟いたのはキューネだった。ヒナタもどうやら魔物では無さそうだと剣を鞘にしまい宝箱に再度近付く。そして宝箱に入った本を持って言う。
「これが魔法書なの?秘伝書じゃなくて?」
じっくり本を眺めるキューネ。そして言う。
「うん。秘伝書にしては魔力がこもってる。ほぼ確実に魔法書だねこれは。」
「ふーん。」
そう言って本を眺めるヒナタ。キューネの言う魔力のこもりを全くもって理解は出来ないが、キューネが言うのであればそうなのだろうと本から目を離し、キューネの方を向いて言う。
「じゃあ、あんたが使いなさいよ。」
目を丸くするキューネ。
「僕が?」
「そうよ。それとも人間専用なの?それなら私が遠慮なく使わせてもらうけれど。」
「いや、多分僕でも使えるとは思うんだけど……」
「それならあんたが使ったほうが断然いいじゃない。剣と魔法を両方使いこなせる気がしないもの。器用貧乏になるだけよ。」
ヒナタのスキル獲得に対する貪欲さをまじまじと隣で見続けていたキューネ。魔法書もヒナタ自身が使うだろうと思っていたが、どうやらそれほどまでに非情では無いらしい。
「そう言う事なら僕が使わせてもらうよ。ありがとうヒナタ。」
「別にいいわよ。どうせ私が魔法なんか持ってても宝の持ち腐れだもの。」
魔法書をキューネに渡すヒナタ。キューネは恐る恐るページを開ける。蘇る懐かしい感覚。魔法を覚える時の感覚だ。どこで味わったのかは分からない。が、どこかデジャブを感じる。やがて魔法書から魔力が消える。どうやら役目を終えたらしい。
「終わった。」
「ん。分かったわ。それじゃあステータスを開くわね。」
キューネはヒナタの肩にポツンと座る。
(ステータスオープン)
開かれたステータス。そこで見つける。新たに追加された魔法。
「魔法障壁……?何それ?」
「ヒナタがバリアバリア言ってたやつだよ。」
「あ〜、あれね。色々と役に立ってた魔法だし。良かったじゃない。」
「うん。ありがとうヒナタ。」
「別にいいわよ。持ちつ持たれつなんだから。」
いつものキューネなら冗談混じりに新たに獲得した魔法を自慢していただろうが、今回に関しては魔法を色々と封印された後だ。ヒナタのお荷物になるかもしれないと言う恐怖からの解放。その安心感がキューネを包み込む。その時だった。
ピシッ。
2人が顔を上げる。
ピシ……ピシッ。
ガラスの割れるような乾いた音。
ビキィッ!!
耳を裂くような音とともに、空間そのものに亀裂が走った。何もないはずの空中に、黒い線が浮かび上がる。それはゆっくりと、しかし確実に広がっていった。時空の裂け目。その生成過程をまじまじと見つめる2人。やがてそれは完成する。先程自身が身を放り投げたものと全く同じような外形が姿を現す。沈黙が流れて数秒後。ヒナタは言う。
「とりあえず、入るしかないわね。」
「だね。行こうか。」
そう言って時空の裂け目の前まで歩く2人。しかし、先程のような緊張感はない。手を握る。そして体を放り投げた。五感を失ったヒナタ。先程同様、流れに身を任せる。
「グルルルル……」
唸り声。ヒナタの聴覚が戻る。魔物が飛び付いてくる。ヒナタは咄嗟に剣を振り抜き魔物を両断する。魔石となった魔物。それを確認し付近を見渡す2人。見慣れた魔物。見慣れた景色。
「ウェアウルフに……あっちはダンジョン。戻って来れたわね!」
「やったねヒナタ!」
2人は手を合わせて喜びを爆発させる。そのまま喜びを分かち合うこと数十秒。冷静になったヒナタは情報端末を取り出し護送車について調べる。
「もうすぐここら辺の護送車が通るわ。急いで輸送経路に戻るわよ!」
そう言って2人で荒野を走り抜ける。無事に護送車に乗ったヒナタは都市に戻り、ギルドへと向かうのだった。




