モンスターラッシュ
39
一本道を進み続けるヒナタ。歩き続けた先に見えるのは強烈な光。ヒナタはその光に近付いて言う。
「この先に何かあるのかしら?ジー。」
そう言って光の方に目を凝らすが、どうにも何か見える気配はない。
「進んでみるしかなさそうだね。」
「そうね。行きましょうか。」
先が見えない恐怖を残しつつも、結局ここ以外に進む道はないのだから、進まざるを得ない。そうして踏み出す一歩。さらに一歩。さらにもう一歩。そうして体の全てが光に包まれる。何も見えない。光の中に閉じ込められたかのようにすら感じるほどだ。しかし、ヒナタは進み続ける。そうして進み続けて数十秒。光が終わり空間が現れる。重厚な石の扉を開けた先は、それまでの狭苦しい通路とは一変して、広大な、文字通りの「ホール」だった。床も壁も天井も、磨き上げられた白磁のような、無機質な白い素材で統一されている。境界線が曖昧で、どこまでが床で、どこからが壁なのか、視覚がゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。静寂。耳鳴りがするほどの静寂が、その空間を支配していた。唯一あるのは壁に刻まれた5:00という文字だけであろうか。ヒナタの感想は非常にシンプルだった。
「なんか、不気味な場所ね。」
「そうだね。何の空間だろう。」
見渡しても特に新たな発見をすることもない。閉じ込められた?そんな嫌な予感がヒナタ達を襲ったその時、ヒナタが周囲を見渡していた、そのときだった。カチッ。乾いた音が、静まり返った空間に響く。音のした方へ目を向ける。5:00。次の瞬間。カチ。4:59。ヒナタが眉をひそめる。カチ。4:58。静かな空間に、規則的な音だけが響いていた。そのとき。ヒナタの前方、何もなかったはずの空間が歪む。時空の裂け目、とでも言えば良いのだろうか。まるで空気そのものが裂けるように、黒い亀裂が走った。次の瞬間。バキンッ。空間が割れ、裂け目の奥から魔物が現れる。どうやら、この部屋は——時間と共に、魔物を吐き出すらしい。ボア。ゴブリン。レーザーアイ。ウェアウルフ。どれも下層レベルの魔物だ。ヒナタは剣を抜き戦闘体制に入る。キューネはいつものように魔法障壁の準備もできず、あたふたしているようだ。それを見て言う。
(あんたは魔力を温存しときなさい。)
(あ、うん。分かった。)
ヒナタは走る。血が沸き立つ。視界が研ぎ澄まされ、周囲のすべてが遅く見える。体が軽い。少し力を込めるだけで、どこまでも加速できそうだった。ステブレによる能力上昇を身に染みて感じるヒナタ。ゴブリン。喉元を貫かれる。ボア。両断。レーザーアイ。剣が貫通。ウェアウルフ。斬首。魔物達は反応も許されない。一つ壁を越えたヒナタ。壁を越えぬ者に立ち向かう権利は与えられない。全ての魔物が瞬殺。ヒナタはキューネをちらりと見て安全確認を行う。油断をしているわけではない。ただ余裕があるだけだ。それほどまでに力の差は歴然。しかし、魔物の数は減る事を知らない。減らされるたびに時空の裂け目から新たな魔物が供給される。魔物のバーゲンセール。まさにそれを体現したかのような空間だ。魔石。魔石。魔石。魔石。魔石。地面に転がる魔石達。しかし、倒した数に対して魔石の数が多いように思える。そうしてモンスターを凝視するヒナタ。そして気付く。どうやら一体の魔物から複数の魔石が出ているようだ。一体の魔物につき一個の魔石。その常識もこの空間では意味を持たないらしい。そうして時間は過ぎる。4:00。そうして始まる。魔物の新陳代謝。オーク、レッドスパイダー、スカルナイト。下層の魔物を倒すにつれ新たに供給される中層の魔物。しかし、やる事は変わらない。現れた魔物をただひたすらに切り倒していく。3:50。3:40。3:30。3:20。刻一刻と過ぎる時間。あいも変わらず空間内には50匹ほどの魔物が入り混じってヒナタを襲う。ヒナタは体力を残しておこうと動きを緩め始めるが、それを咎められる魔物は存在しない。変わらない魔物の量。増える魔石。減る時間。3:10。3:00。始まるのは自然淘汰。鉄殻甲虫、ロックアーマー、ハスク。下層の魔物が中層の魔物を一掃する。あっという間に形成された擬似下層。減速空間がヒナタを囲もうとする。が、追いつかない。ハスクが減速空間を作る頃にはヒナタは1、2、3、4と討伐数を増やしていく。2:50。鉄殻甲虫。癖で本体を攻撃していたヒナタだが、徐々に甲殻ごと破壊し始める。2:40。ハスク。もはやホーミング弾を撃ち落とす必要もない。一生追いつく事がないからだ。放置していれば別の魔物に当たって爆裂する。ただそれだけだ。2:30。ロックアーマー。頭を破壊する事で即殺。手を切り落として攻撃手段を奪うまでもない。3種類の魔物の攻撃は全て空回り。圧倒。1週間前であれば瞬殺できていたであろう少女に悉く粉砕されていく魔物達。死。待ち受けるのはただそれだけだ。生存競争と言うにはあまりにも一方的で無慈悲だ。
(魔法、準備しといて。)
(了解。)
手持ち無沙汰にしていたキューネ。水を得た魚のようにキビキビと魔法を準備する。2:20。2:10。2:00。1分。現れるのは変異体。ゴブリン。ボア。ウェアウルフ。レーザーアイ。オーク。レッドスパイダー。スカルナイト。鉄殻甲虫。ロックアーマー。ハスク。総勢10体の魔物がヒナタを襲う。ヒナタは唱える。
(変速)
世界の時間が引き延ばされる。ボアの突進。回避。ボアの肉が削がれる。魔石が落ちる。残りは9体。走る。光線を撃とうとしたレーザーアイを掴んで後ろから剣を突き刺す。飛び出す光線。ウェアウルフ。ゴブリン。消し炭になり残ったのは魔石のみ。致命傷を受けたレーザーアイも同じ末路を迎える。残り6体。ハスクの減速空間がヒナタを包む。しかし、足りない。何事も無かったかのようにスカルナイトの方へ向かって頭蓋骨を粉砕する。残り5体。脅威を感じる魔物達。ヒナタを凝視する。魔力の高まりを忘れてしまう程に。そうして放たれる。キューネの光魔法。殲滅。空間に光が満ちる。1:40。空間に残ったのはヒナタとキューネ。そして魔石のみ。魔物達は消し炭となる。カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……。音のする方に目をやるヒナタ。1:30。1:20。1:10。1:00。規則的に動いていた数字はスピードを上げ一気に1:00。予感する。新たな魔物を。そして現実となる。下層の変異体によるモンスターラッシュ。ハスクが20体ほど、鉄殻甲虫とロックアーマーが20体ほどであろうか。先ほどまで大きく感じられた空間も今では狭苦しく感じる。ヒナタは走る。減速空間に巻き込まれた瞬間、圧倒的多数によるリンチが待ち受けているのは目に見えているからだ。キューネも詠唱を始めているが、すぐには間に合わないだろう。ロックアーマーや鉄殻甲虫の攻撃を避け只ひたすらハスクを倒し続ける。20、19、18、17、16、15、14。とてつもないスピードで個体数を減らすハスク。どうやら新たな魔物の供給は無いらしい。倒した魔物の数だけ生まれる空間の余裕。13、12、11、10、9、8、7。当初20体いたハスクは今や半分もいない。増える以上に減る減速空間。早まる討伐スピード。6、5、4、3、2、1、0。減速空間が無くなる。示される空間内でのハスクの絶滅。0:20。完成した。キューネの光魔法。撲滅。光に包まれた魔物は魔石となり消える。0:15。ヒナタとキューネ。そして魔石。時空の裂け目が消えて初期状態に戻る空間。0:00。どうやら終わったらしい。ヒナタとキューネは魔石で足の置き場もないような地面に転がっている。
「「疲れたぁ〜。」」
そうして2人で顔を見合わせて笑う。
「なんでこんなところに来てまで戦ってるんだろうね。僕たち。」
「本当よ。全く。後で抗議してやりましょう。」
強くなった。そう感じる一戦だった。今まで自らを危険に陥れていた魔物達が全て格下だと感じるほどに。
「とりあえず、魔石を集めましょうか。」
「ん。じゃあ僕は右の魔石を集めるからヒナタは左の方をよろしく。」
「了解よ。」
そうして集められる魔石。拡張ポーチにも入りきらなかった魔石の一部はこの空間に置いていくことにした。それほどまでに多くの魔石だったのだ。ヒナタとキューネは戦闘が終わった後に現れた時空の裂け目を見て言う。
「多分だけど、これに入るのよね?」
「おそらく。これ以外にこの空間から脱出できそうなものは無いし。」
時空の裂け目を見つめるヒナタ。内側には何が広がっているのだろうか。戻れる保証はあるのか。分からない。
「あんたが先に入って安全を確かめなさい。」
「ちょっと〜!?僕を実験動物にされても困るよ!?」
「冗談よ。一緒に行くわよ。」
そう言って左手を差し出すヒナタ。キューネは右手を出してヒナタと手を繋ぐ。そうして2人は時空の裂け目に身を投げた。




