残光
37
その後も通常個体を倒し続け、それなりに下層の魔物に慣れ始めたヒナタ。45階層ではまたキューネと作戦会議を始める。
「46階層に鉄殻甲虫の変異体、44階層にロックアーマーの変異体がいるから狙うならそこかな。両方とも推奨討伐レベルは105だからヒナタとの相性次第だね。どっちがいいとか希望はある?」
ロックアーマーと鉄殻甲虫の通常個体を思い出してどちらと戦おうかと悩むヒナタ。しかし、容易には決められないようだ。小さく唸ったまま右手を顎に添えている。
「そうねぇ……攻撃が避けやすいのはロックアーマーね。でも鉄殻甲虫の方が倒すのは楽だったわ。正直、どっちもどっちよ。あんたがロックアーマーの変異体を一撃で倒せるっていうならそっちの方がいいから、それ次第かしら。」
「流石に1発で倒せると僕は思うよ。」
「じゃあそっちで決まりね。行くわよ。」
「了解〜。」
変異体のオーガを倒した経験からロックアーマーも同様に一撃で倒せるだろうと考えたキューネ。両者に対する推奨レベルの差が無いことがその決断の決め手となったらしい。45階層の魔物の間を縫って44階層へと向かう。
(こっち。)
(了解。)
そうして指をさすキューネ。ヒナタもここまで近づけば流石に気配から変異体がどちらにいるのかくらい分かるが、念の為方角を伝えておく。息を整えるヒナタ。今回のダンジョン探索で初めての強敵と言えるだろう相手を目前にして深呼吸をして緊張を和らげる。まずはいつものようにキューネが魔法の詠唱を始める。そうして詠唱を始めて数十秒、変異体の大きな足音が段々と近づいてくる。どうやら魔力の高まりに気付いたらしい。その魔力源を排除しようとダンダンダンダンと音を鳴らし、一歩ずつ足を進める。
(【変速】!!)
世界がスローモーションとなる。ヒナタはロックアーマーのいる方面目掛けて通路を走り抜ける。通常個体では緑色に包まれていた体は青白く染まり、氷礫のような突起物が体のあちこちに見られる。岩に包まれた巨躯は、巨体へと変貌したにもかかわらず、その動きに鈍さは一切ない。むしろ通常個体を上回る俊敏さを見せつけるほどだ。腕を振り下ろして地面を殴る。岩の拳が地面を叩きつけたその瞬間、石畳が凍りつく。そして地面を突き破り、槍状の氷が一斉に噴き上がった。一直線状に並んだ槍状の氷はやがてヒナタのいる地面にまで辿り着く。スローモーションの世界の中でもそこそこのスピードで槍が形成されている。ヒナタは体を右にずらし地面から現れた槍状の氷を避けるが、ズボンの端が引っかかったようだ。引っかかった布が前に進もうとするヒナタの足を絡めとる。またもや飛んでくる槍氷。死が近付くのを肌で感じる。回避を優先したヒナタは布を丁寧に取り外すのを諦め、巻き込まれた布の部分を無理やりちぎり、なんとか窮地を脱する。しかし、どうやら後ろからも何体かのロックアーマーや鉄殻甲虫が現れたようだ。重い足音と軽い幾つもの不穏な足音が後ろから鳴り響く。
「チッ。もう、しゃーないわね。」
余裕のないヒナタは左手で拡張ポーチに手を伸ばし、後ろに3つの魔法瓶を投げる。合計金額数百万ヴァルの魔法瓶がロックアーマーと鉄殻甲虫の通常個体に猛威を振るう。本来であればハスク戦に残しておきたかった魔法瓶であるが、こうなっては仕方ない。盤面は初期化され、一対一、厳密には二対一。幾つも飛んでくる槍氷。氷の冷たさを感じる程にギリギリな回避行動が続く。まだかまだかとキューネを待ち続けてさらに数十秒。ヒナタの網膜にキューネが映り込む。そうして放たれた光魔法。槍氷は全て灰となり、やがてロックアーマー本体に辿り着く。光の中に巨体の影が残る。数秒後。巨体の影は消え、光は透明となる。通路に残ったのは、2人の人間と魔石だけ。肩で息をしながら、ヒナタはその場に膝をついた。
「ふぅ。疲れたぁ。」
「お疲れ様。よく耐えたね。」
「本当よ。あともうちょっとでお腹に穴が開くところだったわ。ズボンも破けちゃったし。帰ったら買い替えないとね。」
「レベルは幾つになった?」
(ステータスオープン。)
ヒナタの肩にちょこんと乗るキューネ。
「レベル99。いやはや感服だね。」
「まぁこれくらいは当然よ。あんな馬鹿みたいに強い敵を倒したんだからこれくらいは貰えないと割に合わないわ。」
表示された数字は99。ヒナタのレベルアップの速度は衰えを知らないようだ。
「これならスキルを使えばヒナタ1人でもハスクと十分戦えそうだ。」
「げっ、そういえば忘れてたわ。こんなに疲れたのにまだ本命が残ってるなんて。トホホ。」
そう言って残念がるヒナタ。ロックアーマーに勝ったアドレナリンでハイになりこの後ハスクと戦わなければいけない事をすっかり忘れていたらしい。ハスクについて考えるうちに、とある思いつきをする。
「というより、今思ったんだけど、ハスクとなんて戦わずに逃げちゃえばよくない?わざわざ戦う必要があるの?」
「あいつを無視して階層を跨ぐ場合、上の階層に向かう階段に減速空間が何重にも張り巡らされていたら死ぬのは確定だね。やめておくのが吉だよ。」
「え?あいつらそんな執拗な事もするの?ゴミね。死ねばいいのに。」
「まぁ魔物にも個体差はあるからね。そんなもんだよ。」
「ふーん。」
そう言って魔石を拡張ポーチにしまおうとするヒナタだが、急に動きを止める。
「ねぇ、魔石でもホーミング弾って止められる?」
「え?あー、まぁ。いけるんじゃない?」
「だったら、あんた拡張ポーチ持ってホーミング弾にポイポイ魔石を投げとけばいいんじゃない?そうしたら多少は私の方に飛んでくるホーミング弾の数も減るでしょ?」
キューネは目を丸くして言う。
「ヒナタ天才?」
「凄いでしょ?えっへん。」
そう言って両手を腰に当てるヒナタ。実際のところは大した案でもないが、ポンコツ二人組からすれば名案なのだろう。2人で両手を合わせて喜びの舞を踊っている。愉快な事だ。
43階層にまで戻って来た2人。キューネは風魔法で魔石を浮かせ、ホーミング弾にぶつける準備をしている。
(そんじゃあ、いくわよ。)
そう言ってハスクのいる通路に飛び出すヒナタ。そうして走り始めて数秒。ハスクがヒナタを目視する。見つめ合う事さらに数秒。攻撃の意思ありと判断したハスクが手を動かして魔法を生成し始める。それを見たヒナタは唱える。
(【変速】!!)
世界はまたもや遅くなる。しかし、ハスクは何事も無かったかのように俊敏に魔法を作り上げている。初撃に飛んできた魔法はホーミング弾。6発。威力、弾数、スピード、全てにおいて通常個体とは一線を画する。キューネは風魔法を駆使してホーミング弾に魔石をぶつける。ヒナタに見えるのは後方から高速で飛んでくる何かの魔石とその後のホーミング弾の爆発だけだ。ヒナタはキューネを信じて自身に迫るホーミング弾を全て無視して走り続けている。初撃は全て撃墜。しかし、全てのホーミング弾を撃ち落とされたハスクは通常個体同様攻撃パターンを変える。重力空間のサンドイッチ。ヒナタの前方と後方に減速空間を作り出す事でキューネの魔法を妨害しつつ、ヒナタの逃げ道を無くす。しかし、ヒナタが止まる事はない。魔石を全て使い尽くせば一気にヒナタ側が不利になる。そのためヒナタはどれだけ怖くても足を止めることは出来ない。キューネの魔法とハスクのホーミング弾がほぼ同時に撃ち込まれる。互いに5発。キューネがハスクに数を合わせる形となった。頭に1発。胴体に2発。足に2発。キューネはまず頭の1発を真っ先に処理する。命中。爆発音が鳴り響く。そうして足2発。これも命中。ヒナタに辿り着くことなく消滅する。残りは胴体の2発。ヒナタ目前で爆発した1発。ハスクとの距離も近い。もう1発撃墜すればもうすぐ剣の領域。近づかれたハスクの辿る末路は死の一択。そして残ったもう1発。魔石が当たり撃墜――のはずだった。その時、ハスクの手から嫌な音が鳴り響く。減速空間。ヒナタ後方に新たな減速空間が生成され、魔石の到達が遅れる。結果は明白。ヒナタの横腹に穴が空く。咄嗟に回避行動に出ていなければ、お腹がぽっかり空いていただろう。ヒナタの身体がぐらりと揺れた。何が起きたのか理解するより先に、横腹に熱が走る。遅れて、焼けるような激痛が神経を駆け上がった。致命傷。端的に言えばそうなるだろう。しかし、ヒナタは走り続ける。歩みを止めれば死の一途。痛む体を振り絞ってついにハスクまで後一歩。剣を振るう。上から一閃。ハスクの左右対称が崩れる。それぞれ左右が分離して生命活動を終える。しかし、また鳴り響く。嫌な音。右手を見る。そこにあるのは魔法陣。瀕死のハスクが最後に振り絞った1発。キューネの魔法が飛ぶ――が、間に合わない。減速空間、何より空きすぎた距離。そして撃ち込まれるホーミング弾。胴体にまた穴が空く。直当たり。ヒナタの臓器をいくつか撃ち抜いたホーミング弾はヒナタ内部で爆裂。臓器をぐちゃぐちゃに吹き飛ばす。魔石となるハスク。倒れ込むヒナタ。全速力で飛んでくるキューネ。温かいものが脇腹から溢れ、服を濡らしていく。呼吸が浅い。胸がうまく動かない。やばい。頭では分かっているのに、身体が言うことを聞かなかった。指先から力が抜けていく。視界の端が、ゆっくりと暗く染まっていく。ヒナタは小さく息を吐いた。
「ヒナタ、ヒナタ!」
そう言って小さな手で体を揺さぶるキューネ。目には涙が溜まっている。しかし、キューネの姿も、もはや捉える事ができない。全てが終わる。今までのツケが来た。キューネに頼って危険に挑み続けたそのツケが。所詮キューネの力を借りなければこんなものだったのだ。いつか来る返済日が今日だっただけだ。走馬灯を見る。家族との団欒。懐かしい景色だ。しかし、もはや取り返しがつかない。目に生気が無くなる。どうやら天使が迎えに来たらしい。自身の体が光に包まれる。残光だ。今まで何度か見た事がある。人が生を終えた時に包み込まれる光。自身にもその時が来たのだと悟る。そうしてヒナタが目を閉じようとした――その時
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PRIVILEGED STATUS DETECTED
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ACCESS DENIED
ACCESS RESTRICTED
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REAL-WORLD SIGNATURE CONFIRMED
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DATA CORRUPTION
FLAG INCONSISTENCY
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OVERRIDE FAILED
OVERRIDE FAILED
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AUTHORITY LEVEL: INVALID
AUTHORITY LEVEL: ERROR
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SECURITY LAYER COLLAPSE
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UNIT KYUNE: STABILITY UNKNOWN
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SCANNING USER…
USER: HINATA
ORIGIN: REAL-WORLD SIGNATURE
STATUS: PRIVILEGED CANDIDATE
AUTHORITY CHECK…
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AUTHORITY CHECK…
AUTHORITY BYPASSED
SYSTEM COMPENSATION PROTOCOL ACTIVATED
GRANTING SKILL…
GRANTING SKILL…
GRANTING SKILL…
SKILL ACQUIRED:
「DREAM」
WARNING
WARNING
WARNING
UNDEFINED SKILL TYPE
SYSTEM CLASSIFICATION FAILED
SKILL CATEGORY: BUG
SKILL CATEGORY: ERROR
SKILL CATEGORY: ????
REALITY INTERFERENCE DETECTED
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FINAL AUTHORIZATION…
PRIVILEGE DUNGEON ACCESS CONFIRMED
WELCOME
PRIVILEGED DUNGEON
網膜に映り込む赤い文字列。意味はよく分からない。何かを警告しているのだろうか。体に浮遊感が漂う。何の感覚だろう。どこか覚えのある。天国に行くための準備だろうか。体の浮遊感が増す。自身の体が自身のものではないかのようだ。不思議な現象。しかし、もう限界。目を閉じる。その運命を受け入れるかのように。




