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魔法陣


34

変異体スカルナイトを討伐し、更に下の階層に進んでいる最中、突然キューネが立ち止まる。

「ちょっと、どうしたのよ?」

「んー、探知魔法で魔法陣の反応を発見してね、どうしようかと思って。」

 ヒナタは聞きなれない単語に首を傾ける。

「魔法陣?何それ。初めて聞いたわ。」

「魔法陣っていうのは、乗ったら別空間に飛ばされるように魔法が組み込まれていて、そこの先にはご褒美があったりなかったり……」

「ご褒美があったりなかったりって宝箱の事?」

「うん。」

「だったらさっさと乗っちゃえばいいじゃない。迷う必要なんてないわ。」

 そう言ってまた歩き始めようとするヒナタだが、キューネは言う。

「ご褒美部屋だったらいいんだけどね。そこそこの確率で魔物が大量にいる部屋に送られる事もあるから悩ましいところなんだよね。」

「その魔物ってどんくらい強いのよ?」

「大体今いる階層の上下10階層分くらいの強さの魔物が出るよ。今は37階層だから、下層の魔物が大量にいる可能性もある。」

 ようやくキューネの悩みを理解し始めたヒナタ。もちろん宝箱がある可能性があるのなら是非ともそのチャンスは逃したくないが、戦ったこともない下層の魔物に囲まれる事は確かに危険だ。ハイリスクハイリターン。今回の場合、無視できない程度には大きなリスクがあるのだ。リターン欲しさに安易な決断をする事はできない。

「それって魔物がいっぱい居たらもう一回元の場所に戻ってくるみたいな事もできないの?」

「できないね。魔法陣は基本一方通行。魔法陣に入った後はもう一回別の魔法陣に乗ってダンジョンに戻らないといけない。さらに言えば同じ階層に戻って来れるとも限らない。今の階層なら50階層くらいまで飛んだとしても不思議じゃない。」

「ふーん。それは困るわね。」

 なんて言うが、ヒナタはどうやら行きたそうだ。魔法陣の話を聞いてから、体をそわそわさせているし、何より顔が明るい。そんなヒナタの様子を見て、まぁどうにかなるだろうと思ったキューネは言う。

「下層の魔物でも通常個体ならスキルを使えば対処できるし、行こうか。」

「そうね。私もそう思うわ。」

 そう言って足をすらすらと動かすヒナタ。宝箱の素晴らしさを知っているが故に、どうやらそのチャンスを棒に振るのは相当嫌だったらしい。軽快な足取りからも喜びが大きく表れている。そんなヒナタの様子を見て、僕も甘いな、なんて考えながらヒナタを先導するキューネであった。

 その後37階層をキューネの案内通り進んでいくと、どうやら魔法陣らしいものを発見したヒナタ。

「これがあの魔法陣とか言うやつ?」

「うん。これこれ。」

 魔法陣を上から覗き込んでみるヒナタ。

「あんたが魔法を撃つ時に出る紋様みたいな形をしてるわね。」

「そりゃ僕のだって魔法だからね。似てて当然。それと、あんまり体を魔法陣の中に入れないで。魔法陣が誤作動を起こしたら、上半身だけあっちに送られて、下半身だけこっちに残るなんて事もあり得るから。」

 すっと身を引くヒナタ。真っ二つにされる事などごめんだ。冷や汗を拭きながら遠目で魔法陣を眺める。

「上に乗るだけでいいの?」

「うん。上に乗るだけで発動する。ほら、さっそく乗ってみなよ。」

「分かったわ。」

 そう言って魔法陣の上に乗るヒナタ。体に浮遊感が漂う。どうやら魔法陣に込められた魔法が発動したらしい。自身の体がどこかに送られていくのを感じる。視界が歪む。目を閉じて完全に魔法陣の魔法が発動し終えるまで待つ。体の浮遊感が消えた。魔法陣が正常に発動したようだ。それと同時に、どこか生温い湿気を感じる。石造りのダンジョン特有の乾いた匂いではない。いつものダンジョンの匂いに、どこか生臭い匂いが混じっている。足からはどこか粘っこい感触もある。ヒナタは嫌な予感を感じながらも、閉じたその目を開ける。すると目の前にいたのは大量のヒル。下層に蔓延る魔物だ。主な攻撃手段は吸血。下層の魔物という事もあり、それなりに強いが、ヒナタを驚かせたのはそこではない――粘液を体に纏わせたその気持ち悪い見た目だ。ヒナタは絶叫する。

「いやああああああああああああああああああああああああっ!!」

「【変速】、【変速】!!」

 意味も無いのに2度唱えるヒナタ。焦りが目に見て取れる。スローモーションの世界の中でヒナタは壁の端に向かってヒルを切り倒しながら進んでいく。四方八方から攻撃されては防ぎようもないのでとにかく死角を減らそうとしての行動だ。スキルを使ったヒナタならヒルの通常個体くらい大した障害にはならないはずであるが、あまりの気持ち悪さとその数の多さからずっと叫び声を上げている。

「ちょっと!!早く魔法を撃ちなさいよ!!」

 そうヒナタの頭上にいるキューネに言うヒナタだが、キューネは詠唱に集中して応える様子はない。剣にヒルの粘液がこびりついているせいで、切れ味が落ちている。が、ヒナタは何度も叩きつけてヒルをぺたんこにするまで攻撃する。もはやオーバーキルであろうが、そんなことヒナタにとっては重要ではない。とりあえず自身が安心できるほどにはヒルを再起不能にしておきたいのだ。もはや鈍器で良いのでは無いかと思われる戦い振りを見せていたヒナタだが、キューネが魔法を完成させたことでこの不毛な戦いも終わりを告げる。全てのヒルが魔石となったようだ。地面には魔石のみが残る。

「ふ〜、今回はハズレだったみたいだね。」

 なんて何事もなかったかのようにヒナタに言うキューネ。それが癪に障ったようだ。ヒナタは大声を上げて言う。

「こんな気持ち悪い魔物がいるなら事前に教えておきなさいよ!オークなんかの比にならないじゃない!」

「え〜、昨日言ったでしょ。ヒルがいるって。」

「それは聞いたけど……こんなに気持ち悪いとは思わないじゃない!ほら、見なさいよ、私の剣。粘液でまともに使い物にならないわよ!」

「うーん。これくらいなら拭けばどうにかなるよ?」

「そう言う問題じゃないのよ!一度あの気持ち悪い魔物の体液が付いたっていう事実が重要なの!分かったらこの剣を超絶綺麗に清掃しなさい。それでチャラにしてあげるわ。」

「えぇ、もう、精霊使いが荒いんだから……」

 そう文句を言いながらもしっかり剣を綺麗に掃除しているところからはキューネの真面目さと面倒見の良さを感じられる。風魔法を使って粘液という粘液を剣から剥がしていく。そうして一通り粘液を飛ばした剣をヒナタに返すキューネ。

「はい、どうぞ。」

「水も使いなさいよ。粘液が剣に染み付いてるわ。」

「そんなわけないでしょ……はいはい、やりますよ。仕方ないんだから。」

 そうして水で剣を洗い流すキューネ。剣は以前よりも綺麗になっただろうかと思わされるほどにピカピカと輝きを取り戻している。

「これでいい?」

「ん。いいわ。ありがとう。魔石も集めてくれる?」

 ヒナタは感謝を端的に済ませて次の要望をぶつける。ヒナタにジト目をぶつけるキューネ。何か言いたげな顔だ。キューネの面倒見の良さに甘えていたヒナタは少しどきりとする。

「僕のこと、奴隷か何かだと思ってる?」

「そ、そんなわけないじゃない。」

「だったら魔石。分かるよね?」

「……分かったわよ。仕方ないわね。あんたはそこら辺で寝ときなさい。私が集めておいてあげるわ。」

 そうして粘液に包まれた魔石を集めるヒナタ。清掃してから拡張ポーチに入れないとミナトが後々困るなぁ、なんて考えるが、自分のハンカチにこの粘液をつけてしまえばもう2度と使うことは出来ないと使用を控える。ネバネバの魔石を拡張ポーチに格納し始めて数分、どうやら全ての魔石を整理し終えたようだ。ヒナタは言う。

「全部集めたから行くわよ……ってあんた何してるのよ?」

「ふん。僕はもう拗ねた。」

 そう言ってそっぽを向いているキューネ。ヒナタはキューネと目を合わせようとキューネが顔を向けている方まで移動する。

「プイ。僕はもう夜逃げするんだ。ヒナタは1人で頑張ればいい。」

 そう言ってまた顔を別の方向に向けるキューネ。尻尾をフリフリしているため、おそらく大して怒ってはいないのだろうが、少々機嫌を損ねてしまったと感じたヒナタはキューネの後ろから急にキューネに抱きつき、無理やりキューネと顔を合わせる。

「元気チャージ!」

 そう言ってキューネと顔を見合わせるヒナタ。全力の不器用な笑顔を浮かべている。それを見たキューネは拗ねモードをやめて笑い出す。

「あはははっ、ヒナタ変な顔!それに元気チャージって、プププ。」

 何かまずいことを言ったらしいと悟ったヒナタは顔を赤らめて言う。

「悪かったわね!ちょっと無理をさせすぎたかなって私が気を回してやったっていうのに。全く、ちょっと隙を見せたらこれだわ。もう2度と元気チャージしてあげないんだから!」

「あははははは。元気チャージ、元気チャージ、あははははは。うん。いや、僕はいいと思うよ。可愛らしかったしね。是非次に期待したいところだ。」

「もう2度とするわけないでしょ!あれが次の階層に繋がる魔法陣ね、さっさと次に行くわよ!」

 そう言って足早に魔法陣に向かうヒナタ。キューネはそれを追いかけるように飛んでいく。

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