世界最強
31
灰狼団を全滅させたヒナタ達三人は、次のギャングの制圧に向けて動き始めていた。もう夕日が昇っている。他の制圧区域も、ほとんど片がついている頃だろう。
「次は何ていうところよ?」
「ギャング組織『夜烏』だ。最高レベルは推定70代。さっきの感じなら行けそうだな。」
「あんまり油断しない方がいいよ。狩りは油断した時が一番失敗しやすい。」
「もちろんだ。今回も確実に勝ちに行くぞ。」
「もちろんよ。」
「援護は任せて。」
夜烏の拠点と思われる建物に到着した三人。先程同様にヒナタが目潰しを使い潜入することに決めたようだ。
(キューネ、いける?)
(任せて)
(敵のレベルはどれくらい?)
(さっき探知を使ったけど、ここにいるのもさっきと同じような反応だったはず。ヒナタ達なら勝てるから大丈夫)
(了解、それじゃあ頼むわね)
キューネに合わせて手を動かすヒナタ。
(3・2・1)
そうして目潰しの魔法が発動する。建物内に光が満ちているのが外からでも分かる。ヒナタの合図でヒナタと共に扉を蹴るポルカ。そして建物の中に入る三人。中には目を手で覆ったギャング達が大勢いて、そいつらを速やかに制圧する――はずだった。
建物内に入るとギャングはいなかった。部屋には何も無かった――死体以外は。空気に鉄臭い匂いが混じる。ギャング数十人の死体に気を取られていた三人。その時、後ろから声が聞こえた。
「あれぇ〜、外が騒がしいと思ったらシーカー?」
声のする方に戦闘態勢を取る三人。男がこちらに近付いてくるようだ。しかし逆光が当たりその姿はよく見えない。ポルカはすぐさま言う。
「動くな! ギャングか? お前がこれをやったのか?」
声が少し震えている。すると男は言う。
「あは、これって、死体のこと?」
「そうだ。」
剣を包帯男に向けるポルカ。しかし、包帯男は歩みを止めることはない。どんどんどんどん近づいて来る。そうして男がヒナタ達までもう十歩といった所まで近付いた頃。ついにその外形が見える。目には包帯を巻いて、笑みを浮かべている。武器を持っている様子はない。攻撃するべき対象なのか……そう三人が考えていたまさにその時、ヒナタ達がいる空間が歪む。
(ヒナタ避けて!)
キューネの声を聞いて咄嗟に回避行動をとったヒナタ。何も動けずそのまま空間の歪みに巻き込まれた残り二人。逃げ遅れた代償は二人に重傷を負わせた。ポルカとワドンの血がヒナタの足元にまで迫っているようだ。ヒナタは顔を恐怖に染める。もし、あと少し反応が遅れていれば……キューネがいなければ……自分もあちら側だっただろう。早く回復魔法をかけてあげるべきだ。悠長にしている時間はない。しかし、目の前の男がそれを許すとも思えない。
目の前の男の顔が今ならはっきり見える。のっぺらぼうのような顔をしているようだ。笑顔を深めて言う。
「あれれ、生き残ったの。すごいね。そいつら君の仲間?」
無言で目の前ののっぺらぼうを睨み続けるヒナタ。そんなヒナタの様子を見たのっぺらぼう男は言う。
「今さ、雑魚ばっかで退屈してたんだ。少し遊ぼうよ。」
そう言って一歩一歩近づいてくる。ヒナタは唱える。
(【変速】!!)
そうしてゆっくり一歩一歩進むのっぺらぼう男に急接近するヒナタ。キューネは詠唱を始めているがそんなことを気にする余裕はない。とにかく目の前の男をどうにかしなければ死ぬ。それだけが頭を埋め尽くしているようだ。のっぺらぼう男まで残り三歩。踏み込んで剣を振るだけ。のっぺらぼう男を凝視するヒナタ。この一撃に全力を込める勢いだ。
そして剣を振ろうとしたその瞬間。のっぺらぼう男の拳が自分の目前に広がる。どうやら殴られたらしい。気が付けば血を流して天井を見上げている自分がいた。頬もかなり痛い。歯が折れたのかもしれない。腕輪も完全に破損しているようだ。しかし、ヒナタにそんなことを気にしている余裕はない――次が来る。そんな予感から全速力で身を屈めるヒナタ。どうやらその予想は当たっていたらしい。ヒナタ後方の壁とその後方の建物一帯がこの男の一撃で砕け落ちている。興味深そうにヒナタを見つめるのっぺらぼう男。
「あは、君。センスあるね。」
無言を貫くヒナタ。
「ねぇねぇ君レベル幾つ?」
無言。
「話す余裕もないか。僕と話してる間は僕も君のこと攻撃しないのになぁ。それで、レベル幾つ?」
脳が告げている。この男は自分を殺すと。脳が告げている。ドーパミンを止めてはならないと。脳が告げている。目を閉じたその一瞬に全てが終わると。ヒナタは目を充血させながら答える。
「……83よ」
するとその男は納得したように頷いて言う。
「わぁ。それであの動きか。すごいね。最初の攻撃を避けたのもそうだし。何か特別なスキルでもあるのかな?」
ヒナタは戦闘態勢を崩さずに答える。
「……そうよ」
男はヒナタに興味があるようだ。どんどん質問する。
「最初に光ってたの、あれも魔法?」
「……ええ」
「うわー、すごいね。スキルに魔法。それに加えてこのセンス。うん。いいねぇ、昂るねぇ。」
「……何が……したいの?」
「君との戦闘が途中だからね。もう一興させてもらおうか。と、言いたいところだけど、今日は実は勧誘に来たんだ。」
「……勧誘?」
「そう、勧誘。僕達、組織を作ってるんだけど〜、なかなか都市が邪魔して宣伝も出来ないでしょ? だったら僕自ら足を運んじゃえば良いってことに気づいてね。僕天才でしょ? それでこうしてスラム街まで足を運んだってわけ。スラム街のゴミどもは期待外れだったけど。君は違う。君には才能がある。僕達と横に並ぶ可能性を秘めた才能がね。うちに来ない? 君の隣にいた奴らより、良い景色を見せてあげられるよ。」
「ぷっ、はは。あははははははははは。」
急に笑い出すヒナタ。男は不思議そうな顔をしている。
「どうして笑ってるのかな? 僕の提案、そんなに理解できなかった?」
そう言って顔を傾けている男。ヒナタは男の目を見て言う。
「いや、あなたみたいな人間がスラム街のギャングにもいたのよ。それが滑稽で仕方なくてね。その時の答え、そっくりそのままあんたに返してあげるわ。答えはノーよ。あんたみたいなクズ人間と一緒に世界を見るなんて嫌。あなたが操ってる世界になるのは嫌。あんたみたいなクソ人間に従うのは嫌よ。ごめんなさい、スラム街にまで足を運んでもらったのに、徒労になったみたいね?」
笑い出す男。
「あは、強気だね。命より意地を気にするタイプか。よっぽど何か強いコンプレックスを抱えてるみたいだね? でも良いの? もし君が味方にならないなら君の末路はそこに転がっているゴミと一緒だよ? そんな簡単に命を捨てちゃうことが本当に君にとって良いことなのかな? もう一度考えてみなよ。」
鼻で笑うヒナタ。
「何度だって言うわ。答えはノーよ。私はそんな事のためにシーカーになったんじゃない。あなたと一緒の道には歩めない。私は自分の道を突き進む。そのためにシーカーになったの。そして最後にもう一つ――死ぬのはあんたよ。」
(キューネ、やって)
解き放たれるのはキューネ全力の光魔法。光の濁流が男を飲み込む。光に飲まれた全ての物質が無と化す。紙がチリに。チリが砂に。砂は風に散り、空虚に溶けていく。殺傷を嫌うヒナタが避けてきた奥の手。ワームをも飲み込んだ光に男が飲まれていく。そうして魔法が終わる。どうやら辺り一帯消し飛んだようだ。レベル80を突破してさらに火力が上がった光魔法。それはあの男にも通用した――はずだった。
「ばぁ。」
ヒナタの目の前に姿を現すのっぺらぼう。ヒナタは動揺を顔に滲ませる。
「うそ……」
笑顔で答えるのっぺらぼう。
「うそじゃないよ。あの程度の攻撃で僕が死ぬわけ無いでしょ。君とはレベルが違うんだよ。そのままの意味でね。それで何だっけ。死ぬのはあんたよ、だったっけ。」
真顔になったのっぺらぼうが言う。
「死ぬのはお前だよ。」
死が明確に足音を立てる。拳が近付く。避けられない。動けない。死にたくない。目を瞑った。その時――奇跡は起きた。目を開けるヒナタ。のっぺらぼうは消え、美形の青年男性が網膜に映り込む。
「大丈夫かな? お嬢さん。」
「は……はひ。」
戦闘の緊張状態から抜け出せていないヒナタ。間抜けな返事をしてしまう。その男は微笑んで言う。
「それは良かった。大きな音を聞いて駆け寄った甲斐があったよ。」
その男は振り向く。その大きな背中は風格に満ち溢れていた。するとのっぺらぼうがふらつきながら言う。
「あは。痛いね。何でこんな所に君がいるのかな、世界最強君?」
「それは僕のセリフだよ、隻眼のソーマ君。」
ヒナタの前で初めて顔を崩すのっぺらぼう。
「僕その名前嫌いなんだ、呼ばないでくれる? 不愉快だよ。」
「それは奇遇だ。僕もその称号は好ましく思っていないんだ。次からはグラウスと僕の名前で呼んでくれるかな?」
「あは。そうかい。君の質問に答えてあげる。布教活動だよ。僕と一緒に世界を取る仲間探しさ。ちょうどいいのが一人見つかったんだけど、断られちゃって。いやー困っちゃうね。君が僕を邪魔するからせっかくこんな所にまで来たのに。結局徒労に終わったみたい。」
「そうか、それは良かったよ。それで、どうする? まだやるかい? 僕としては怪我人もいるし早急に手当したいのだが。」
「君を倒せたらいい宣伝になると思わないか?」
「それは残念だ。」
部屋に緊張感が走るのをひしひしと感じるヒナタ。そして戦闘は始まったようだ。ソーマはグラウスのいる空間ごとねじ曲げるが――当たらない。グラウスのいた空間が歪み爆裂する。しかし、全てワンテンポ遅いようだ。当たる気配はない。グラウスの剣がソーマを襲う。ソーマは空間を歪曲させグラウスの剣を逸らそうとするが、空間の歪みごと切り捨てるグラウス。ソーマだけが傷を負うことになる。周囲の空気全てを歪ませてグラウスとの距離を取るソーマだが……グラウスは爽やかに笑って唱える。
「【天裁】」
そうして剣は振り下ろされ、世界は光に包まれる。そのままスラム街が消し飛びそうな程の威力だ。キューネが放った光魔法が霞んで見え、もはやその軌跡すら残さない程の大火力。のっぺらぼうは左腕を失くしたようだ。右手で傷を抑えながら言う。
「あは、やばいねぇ。こりゃ退散だ。」
余裕を失くした笑みでそう言うのっぺらぼう。グラウスは剣をもう一度振るが――間に合わない。空間魔法で転移されたようだ。その姿を完璧に消したのっぺらぼう。戦闘に見入ったヒナタ。何が起きているのかを把握することはできなかった。しかし、どうやら二度とできない貴重な体験をさせてもらったようだ。スキルも解除せずに戦闘に見入っていた。
(ヒナタ、スキル解除!)
(……かいじょ)
鼻血を噴き出して倒れ込むヒナタ。グラウスが心配して近付いてきているようだが――意識は薄れていった。




