情報網
今にも交戦しそうだ。部屋の中には緊張感が漂う。
(ヒナタ、目を瞑って!)
ヒナタはキューネの言葉を聞き咄嗟に目を閉じる。そして部屋は光に満ちる。ギャング達の目が機能しないうちに部屋を全速力で駆け抜けるヒナタ。そのまま窓のガラスを割って外に出る。そうして道なき道を走り、倒壊しかけているビルに入るヒナタ。どうやら追っ手も来ているようだ。
「探して殺せ! うちに喧嘩を売りに来やがったぞ!」
そうしてゾロゾロとギャング達がここら一帯を探索し始めている。その様子を見て、ビルに隠れたヒナタはキューネと作戦会議を始める。
(ちょっと、攻撃魔法は撃てなかったの? あいつらまだピンピンしてるじゃない?)
(このギャングの土地を出たら都市の管轄内だからね。通行人に当たったら僕らも犯罪者だよ。攻撃魔法を放つにはちょっと怖いね。ビルもボロボロだし。最悪僕らが圧死しそう。)
(流石に殺すのはあれよね)
そう言って剣を見つめるヒナタ。流石に人を殺す事は躊躇われるようだ。
(殺したところで文句は言われなさそうだけれどね。ヒナタが嫌なら多分剣を使わなくても倒せるよ、あれくらいの敵。)
(え、ほんとに? どうしてそんな事わかるのよ?)
(さっきビルに隠れた時にここら一帯に探知を使ってみたけどほとんど強い反応は無かった。それでもヒナタよりはずっと弱いね。僕がバリアで補助したら倒せる。)
(なんだ。あんな態度取ってるから滅茶苦茶強いのかと思ったら雑魚ばっかりじゃない。それなら悩む事ないわ。全員倒してさっさと帰るわよ。バリアの準備、よろしく。)
(任された〜。)
「おい、この中を誰か探したか? ……入るぞ!」
そう言ってヒナタ達が居るビルの中に入って来た二人組のギャング。
「誰も……いないよな?」
そうして二人はビルの中を見渡す。しかし、見たところ誰もいないようだ。それを確認したギャング達は振り向いて帰ろうとする。その時、キューネの探知によってその動きを捕捉していたヒナタが動き出す。死角から飛び出し、二人組の一人に強烈な蹴りを喰らわせる。蹴りを喰らった一人はどうやら完全に気絶してしまったらしい。泡を吹いて倒れている。
「ここにいるぞ!!!」
大声で叫ぶもう一人のギャング。しかし、そのまま腹部をヒナタに殴られ完全に意識を刈り取られる。この二人は結局何もできずに地面に倒れ込むだけだったが、大声のせいでヒナタの位置もギャングに割れた。ゾロゾロとギャング達がこっちに向かって走る音が聞こえる。
(余計な事する野郎どもね。)
「ここか餓鬼!」
そうしてビルの中に入って来たギャングの顔面を思いっきり殴り飛ばすヒナタ。そのギャングは後方に思いっきり吹っ飛ばされる。そしてビルの外に出たヒナタ。そこにはありえないような数のギャングがナイフを持ってヒナタを殺そうと待ち受けている。
「餓鬼を殺せぇ!」
あまりの数の多さに顔を顰めるヒナタ。
(こいつら無視して都市に逃げちゃダメなの?)
(都市にこんな物騒な奴らを呼び込んだら問題になるかもだし、ここで倒しといた方が無難だろうね。それに、ここで解決しとかないといつかダンジョンとかで襲って来そうだし、今ここでのしちゃうのが一番手っ取り早い。)
(そう。じゃあ、やるしかないわね。)
実際には都市に逃げ込むことが出来たならギャング達が襲ってくる事はない。それはドルムが言ったように、スラム街でギャング達が生きることを許されているのは、最低限のマナーを守って過ごしているからだ。都市に入った人間を攻撃することはそのマナーに抵触する。そうなればその地域のギャング達は都市から殲滅されるに違いないだろう。しかし、ダンジョンで主に活動するヒナタにとって後者は大きな問題だ。ドルムにもダンジョンに篭っている事はバレている。つまり、このまま問題を放置すると、ダンジョンの中で闇討ちされる可能性が非常に高いのだ。キューネの言う通り、ダンジョンでこれからも探索を続けて行こうと思えば、ここで解決を図るのが一番早くて手っ取り早いのだ。
ギャングの一人がナイフをこちらに突き刺してくる。しかし、ヒナタに当てるにはあまりにも遅い。ナイフを突き出した腕ごと掴まれて、そのままヒナタに蹴りを喰らわされる。後ろからも襲って来ているようだが、キューネが常に探知の魔法を使っているので全てお見通しだ。もとより避ける必要もない。ギャング達の腕力では、ヒナタに傷をつける事など絶対にできない。レベル50代という数字はこの狭い空間の中ではそれだけ大きいのだ。後ろから迫り来る敵に向けて即座に体を向けて、その顔面を思いっきり殴る。そして思いっきり殴ったギャングは他の仲間を巻き込んで遥か後方に飛ばされる。
(なんであいつらあんなちゃっちいナイフしか持ってないのよ。もっとマシな武器を買えばいいのに。)
(金欠なんだろうね。可哀想に。)
そう、ギャング達は金欠なのだ。さらに言えば小さいギャング組織はまともな武器を買う経路を持っていない。都市がギャング達に武器を与える事など絶対にないので、ギャング達がまともな武器を買うには独自のルートを持つ必要がある。それができないギャング達は周囲の有力なギャング達に定価より高いお金を支払い武器を買わなければならない。そしてそれも出来ないようなギャング達はゴミ箱を漁って古びた剣を使うか、そもそも剣を与えられすらしないので、都市から購入可能な家庭用ナイフで戦うしかないのだ。
(あ、ちょっとやりすぎちゃったかしら。)
ヒナタが顔面に殴りを入れたギャングが鼻血を出して倒れている。その様子を眺めるヒナタ。
(生きてはいそうね。)
(もう、しっかり手加減しないと。)
(分かってるわよ。ついやっちゃったのよ。)
そうして自身に向かってくるギャングを一通り全て倒したヒナタ。周りには気絶した男達が多くのさばっている。
(あのドルムとか言う奴はどこ? 話を付けてくるわよ。ダンジョンの中でもこんなことされちゃ大迷惑よ。)
(うーんと。さっきと一緒の場所だね。さっきより強そうな護衛をつけてるけど。)
(私でも勝てそう?)
(うーん。うん。)
(何それ怖いわね。本当に大丈夫なの?)
(まあスキルを使えば?)
(大丈夫じゃないじゃない。どうするのよ。)
(どうするもこうするも倒すしかないね。大丈夫、いつでもバリア張れるように僕も準備しとくから。)
(はぁ、仕方ないわね。ちゃっちゃと片付けちゃうわよ。)
そうして先ほどの建物まで戻って来たヒナタ。階段を登り、先ほどまでの部屋に繋がる通路に戻る。すると、あのドルムとかいう生意気な男と、ヒナタにモンスターを押し付けたギャング三人組がいた。こちらを発見したドルムがヒナタに声をかける。
「よぉ。俺の子分を随分いじめてくれたみたいだな? どう落とし前つけるつもりだ?」
「先に手を出したのはあんた達でしょ。落とし前もクソもないわ。自らの行いを反省することね。」
「こいつらを目の前にしてよくそんな事言えたもんだな。おいお前ら、やれ。」
「うっす、ボス。」
そう言って剣を持つ三人。こういうパーティは珍しくない。魔法師は貴重でほとんどおらず、カールのような盾役もレベルが上がりにくいので人気が無く、結果的に人数が少ない。するとこうした前衛の攻撃三人というバランスの悪いパーティが出来上がるのだ。人材が豊富でないギャングではこれが限界であろう。ドルムは小声でその三人に語りかける。
「あいつのレベルは昨日調べさせたところ26、お前らなら余裕だ。任せたぞ。」
「うっす。任せてください。」
そしてヒナタは唱える。
(【変速】!!)
スローモーションの時の中で、一気に三人組に近づくヒナタ。あちらは剣でこちらを攻撃するのに対してヒナタは素手。一見するとヒナタに勝ち目は無いように見えるが、変速を使ったヒナタならこの三人の誰よりも強い。そのため、ギャング達の剣が当たることもないが、ヒナタの攻撃もまた、他二人のギャングに邪魔されて当てる事は難しい。戦況の膠着を見てキューネは詠唱する。
(ヒナタ。目眩しを使うよ。3、2、1。)
そうしてヒナタは目を瞑る。何も知らないギャング達は目をかっぴらいてヒナタの攻撃を避けていたため、完全に目がやられてしまったようだ。三人とも両手で目元を押さえている。その隙をヒナタは見逃さない。一人を蹴りで思いっきり吹っ飛ばして場外へ。そして残り二人の内一人は頭ごと地面に叩きつけ、もう一人は地面に頭をぶつけて気絶してるギャングごと衝突させて場外へ。
(解除)
スキルを解除したヒナタ。もはやスキルを使わなければいけない存在はいない。この場に残ったのはドルムとヒナタだけになった。ドルムの視界がようやく晴れて来たようだ。自身の前に立っているのがヒナタしかいない事を悟り少し動揺した様子を見せる。
「お前、レベル26じゃねえのか?」
「違うわね。いつの話よ。俺達ギャングはどこにでも目がある、なんて言っておきながら、曇りまくってるじゃない。もうちょっと自分の情報網に謙虚になった方がいいわね?」
「嘘だろ……」
ドルムにとって情報網は一番自信のある分野であった。ドルムの組はまだ弱小で戦闘能力に乏しいものばかり。そんな中他のギャング達が蔓延るスラム街で上手くやっていくには情報網をうまく使うしかないのだ。そしてドルムの情報網はしっかり機能していた。レベル26の青二歳を組に招待するだけ。最悪断られても自身の縄張りの中なら勝手に殺せばいい。本当にただそれだけだった。どっちに転んでもヒナタがドルムの縄張りに入って来た時点でもう勝ち確。そうなる筈であった。しかし、実際にヒナタはこの二日間でレベルを30個上げていた。ドルムは昨日ギルドに登録されていたヒナタのレベルについてしっかりとした情報を手に入れていたのだ。まさか二日でレベルが上がるだなんて想像もしていない。する筈がない。そしてこの認識の誤りがドルムに危機的な状況を作り出していた。情報網だけに頼りすぎると、いざという時の情報の誤りに対処できなくて、組織は瓦解する。それを今になってようやく認識したドルム。少し諦めたような雰囲気を醸し出している。
「そうか。俺の情報網にも穴があったってわけだな。それでどうする? 俺を殺すか?」
ここまでのことをしたのだ、殺されるだろう。そう踏んでいたドルムだったが、ヒナタは言う。
「は? んな事するわけないでしょ。そんな事したらあなた達と一緒じゃない。もう二度と私に手を出さないって約束してくれるなら、別に何もしないわよ。」
「もし約束が出来ないって言ったら?」
「一応ここはあなたの縄張りだから都市が手を出せてないだけなんでしょ? あんたを取っ捕まえて都市に送るわ。どうなるかは知らないけれど、私を殺そうとウロチョロされるよりマシよ。」
都市にドルムを差し出した所でしっかりとした対応をしてくれるかは怪しい。別にドルム一人を捕まえる事くらい都市でも容易であるし、別にその事自体は大した問題にならない。しかし、ギャングの縄張りに入ったシーカーによってギャングが連行された。これでは少し分が悪い。他の有力なギャングの組がどう動くか分からない。一つ、ギャングが自分の縄張りでも都市によってその主権を行使されかねないという前例を作ってしまうことは、他のギャング達を大いに刺激する可能性が高い。いつものドルムなら、ヒナタと約束など結ばず、都市に送られたとしても自分の縄張りだからだと主張しただろう。それで事なきを得てまたいつか力を付けてヒナタを殺せばいい。しかし、ドルムは目の前の餓鬼のレベルが報告と違った事で、自身の情報網に疑念を抱かざるを得ない。もしかすれば、自身が都市に逮捕される事が実はあるのかも知れない。自分の手に入れた情報が間違っていただけかも知れない。そうした疑念は一度浮かび上がってしまえば、もはや払拭できない。そしてドルムは言う。
「分かった。約束してやる。」
するとヒナタは満足したようだ。帰ろうとする。しかし、ドルムはヒナタを呼び止める。どうやら一つ思いつきごとをしたらしい。
「おいちょっと待て。」
「何よ。私疲れてるから早く帰りたいの。」
「一応迷惑かけたんだ。お詫びに金をやるよ。」
「え、いいの?」
「あぁ、迷惑かけたからな。ギルドカードを出してみろ。こっちで送金しといてやるから。」
「え、ギルドカードに送金? そんな事できるの?」
「出来るに決まってんだろ。お前そんな事も知らないのか? さっさと出せ、俺の気が変わっちまうかもしれねぇぞ。10万ヴァルだ。俺の遊び代だが、お前にくれてやるよ。」
そう言ってヒナタを急かすドルム。ヒナタとしても、どうせなら貰っておきたいという心理が働く。そしてヒナタはポケットからギルドカードを取り出してドルムに渡す。
(ヒナタ、本当に大丈夫?)
(平気よ、私のギルドカードを持って逃げるにしてもこいつなら追いつける。問題ないわ。貰えるものは貰っとくのが私の主義よ。)
ギルドカードを受け取ってドルムは色々と情報端末を使って操作しているようだ。そしてヒナタに言う。
「おら。お金を送っといたぞ。分かったらお前も絶対にうちに手を出すなよ? 約束だぞ?」
「分かったわ。そっちには手を出さない。」
「よし、それならいい。さっさと帰れ。」
そうして帰宅を急かすドルム。ヒナタはそれを少し不思議に思うも、自身も早く帰りたかったため建物を抜けて都市城壁の道へと戻る。そして都市に帰ったヒナタであった。




