詰み
窓から日光が差し込む。どうやら朝が来たようだ。
「ヒナタ、おはよう〜」
「おはよう」
朝目覚めたヒナタは、まず情報端末の方へ手を伸ばして取る。そして昨日の護衛申請が受理されたかを確認する。
「あ、通ってる」
「レベルを上げた甲斐があったね」
「本当ね。これで高いお金を払わずに済むわ」
昨日の戦闘でレベル43になったヒナタ。どうやら一人でも護衛としての申請が通ったらしい。
「よし。それじゃあ服を着て行きますか」
カールとの解散後、いつもの宿に戻って来てしばらくの間は動きたくなさそうにしていたヒナタであったが、流石に服がボロボロすぎたため新調することにした。新しく買った服を着て新鮮な気持ちになるヒナタ。どうやら今回の服の素材は魔石を利用して作られているため、非常に頑丈らしい。いわゆる、シーカー用の戦闘服というやつだ。
朝食を食べ、外に出たヒナタがまず先に向かったのは武具屋であった。以前のレッドスパイダー戦で剣が折れてしまったため、より高価な剣を新調しようということらしい。そして、いつもの扉を開ける。
「いらっしゃい。また武器を買いに来たのか?」
そう言って立ち上がる武具屋の店主。ようやくまともなサービスを行う気になったらしい。
「ええ、そうよ。10万ヴァル以内でお願い」
ポーションも買おうという話も出たが、キューネの回復魔法で十分であろうということで、ヒナタの予算のほとんどは武器に使われることが決定された。そうして出てきた数字が10万ヴァルだ。そしてそれは、店主を驚かせるには十分すぎる数字だった。
「あ?」
「だから、10万ヴァル以内で良い剣を頂戴って言ってるの」
自分の耳を疑う武具屋の店主。しかし、ヒナタから返ってきた答えは先ほどと同じ数字である。
「お前、本当に人間か?」
「見ての通り人間よ。分かったらさっさと武器を取ってきて頂戴。この後もダンジョンに行くの。あんまり悠長にしてられないわ」
どうやら嘘を吐いている様子はない。そう思った店主は何の気なしに言う。
「ったく。随分と成り上がったようだな。お前みたいな客は初めてだよ。ちょっと待ってろ。今、武器を持ってきてやる」
(ヒナタ、よかったね)
(まだまだ足りないわよ。もっともっとレベルを上げて、もっともっと稼いでやるわ)
裏から戻ってきた店主が、いつものように剣を左から順に並べていく。
「左から、3万、4万5000、7万、8万だ。好きに選びな」
「おすすめは?」
「切れ味だけで見るなら8万。ただ耐久性はどれも大して変わらんから、上層から中層で普通のモンスターを倒す分には3万とか4万のでも十分だな」
今までは「適当に選べ」だったことを考えると、とてつもない進展だ。ヒナタも大金を稼いだ甲斐があったというものだ。
(ねえ、あんたはどう思う?)
(変異体は僕の魔法で倒せばいいし、3万と4万5000のを両方買っておいたら?)
「左の二つを貰うわ」
「毎度あり」
そう言って7万5000ヴァルとギルドカードを店主に差し出すヒナタ。
(本当に7万5000ヴァルも持ってやがる。とてつもねえ奴だな)
改めて現金を目の前にして、この少女がとてつもない速度で成り上がっていることを再認識した店主。
「ほらよ。持って行きな」
そう言って剣を二つ手渡しする。
「ありがと」
「おう、気を付けろよ常連」
「心配してくれてありがとう。それじゃあね」
(随分、私を良く思ってくれたみたいね)
(そりゃ、ヒナタは今や金の卵だからね)
(うふふ、ありがとう。もっと頑張らなくちゃね)
少しヒナタの声が優しくなっているように感じるキューネ。パーティ解散に思うところがあったのだろうか。あの騒がしさが消えて少し寂しいように思いながらも、ヒナタの成長に感慨深くなる。
護送車に乗り込んだ二人。相変わらず乗っている人数は少ない。そしてヒナタとキューネは再度、今日の方針について確認する。
(今日はスキルに慣れるのと、レベルを上げるっていうのを第一目標に置くのでいいのよね?)
(うん。それがいいと思うよ)
(そんじゃ、昨日の作戦通り、上層は変異体だけ倒す。中層ではスキルを使わず応戦して、変異体がいたらスキルとキューネの魔法で倒す。これでいいわね)
(変異体は僕に任せてよ〜)
そうしてダンジョンに潜る二人。12階層でゴブリンの変異体をキューネが発見したため、一歩手前の通路まで移動するヒナタ。
(キューネ、いける?)
(うん、いける。でも、魔力の高まりを感じて変異体や他の魔物が集まってくる可能性があるから、そっちの対処はヒナタの方でお願い)
(了解よ)
昨日までであれば、そうした接近もカールが「挑発」で引き付けることで楽に倒せていたが、今日からはヒナタが一人で相手取る必要がある。キューネは詠唱を始める。しばらくすると、ゴブリンの変異体がこっちに向かって走り出してきた。
近づいてくるゴブリンに対してヒナタは剣で応戦する。筋力と大きさが変わっただけで、普通のゴブリンと戦う時と何らやることは変わらない。攻撃を当てる必要がないぶん、むしろ楽であろう。レベル43という数字はそれだけ大きいのだ。そしてヒナタとゴブリンが応戦を続けてまもなく、キューネから魔法が放たれた。光に飲み込まれたゴブリンは魔石となる。
「結構余裕ね。レベルも上がってないし」
「スキルを使うまでも無かったね」
「まあこれくらいの相手ならね。さっさと下の階層に降りるわよ」
降りてきた21階層。キューネの案内の元、オークと対面する。オークは棍棒を一発振り下ろす。しかし、ヒナタに当たることはない。余裕綽々とオークの棍棒を避けて、逆にオークの肉に剣を差し込む。心臓を貫いた刃は一撃でオークを倒し、地面には魔石だけが残る。
「余裕ね。もっと下まで降りるわよ」
「レッツゴー!」
30階層にまで降りてきたヒナタ。ここでは初めてスカルナイトと戦っているようだ。人間のような形をした骸骨が剣を持って襲いかかる。その形状から殺すのを躊躇ってしまう者も多いが、ヒナタには一切関係ない。頭蓋骨ごと顔を吹っ飛ばされたスカルナイトが魔石に変わる。
さらに降りてきた31階層。ここにはスカルナイトの変異体がいるようだ。キューネの案内で、その通路まで近づく。
(この気配、この先にいるわね。キューネ、魔法の準備をお願い)
(任された〜)
魔法を詠唱し始めるキューネ。しかし、詠唱を始めて間もなく、スカルナイトが魔力の高まりを察知し、ヒナタのいる通路の方へ走ってくる。変異体のスカルナイトは馬に乗っているようだ。ヒナタの3倍はある高さから剣が振り下ろされる。
(【変速】!!)
変異体スカルナイトの討伐推奨レベルは、ソロであれば85。その攻撃は「変速」を使っているヒナタよりも速く、重い。スローモーションの中でも、何でもないかのようにキリキリと動いている。ギリギリで避けた剣が地面に振り下ろされると、その勢いで周囲に突風が吹く。
姿勢を低くして耐えるヒナタだが、スカルナイトは無慈悲にも次々と攻撃を繰り出す。最悪なのは、周囲の魔物も集まってきたことだ。戦いの音を聞きつけた魔物たちが群がり始めている。オークの棍棒が後ろから飛んでくるのを間一髪で避ける。レッドスパイダーが吐き出した糸をオークの体で遮って避けながら、スカルナイトの攻撃を剣で流し、耐え続ける。
(ヒナタ、撃つよ!)
(了解!)
キューネの魔法が放たれる。光の濁流に飲まれたスカルナイト周辺の魔物たちが一掃され、全て魔石となった。残ったヒナタ後方の魔物たちは、レッドスパイダーを糸ごとキューネが火で燃やし、オークやスカルナイトは「変速」を使ったヒナタがほとんど秒殺する。そうして残った魔物も全て魔石となった。
(解除)
ヒナタが「変速」を解除する。魔石を集めながら、ヒナタはキューネと話す。
「案外、私たちだけでもいけるものね……すごく疲れたけど」
ヒナタの顔には「変速」の長時間使用による疲労が見受けられるが、昨夜よりは遥かにマシだ。先に詠唱する余裕があったため使用時間が短かったことや、ヒナタのレベル上昇、そして「変速」に体が馴染んできたことが大きいだろう。
「そうだねぇ〜。僕はまだ魔力に余裕あるけどどうする? 続ける?」
「うーん。ちょっとレベルを見てみるわ……56。だいぶ貰えてるわね」
スカルナイトと戦う前に確認したところ、中層の魔物たちを倒したおかげでレベルは45まで上昇していた。そこから一気に11も上がったわけだ。昨日に比べて、より多くの経験値を貰えていると実感するヒナタ。
「ソロの旨みが早速出てるね。経験値を独り占めできるのはやっぱりでかいね」
「あー、そういうこと。まあ、レベルが11個上がっていれば上出来でしょ。もう帰ろうかしら」
「そうだね。僕もそれがいいと思う」
「よし、じゃあ帰るわよ。今から走ればちょうど車の便がありそうだし、走るわよ!」
「ほいほ〜い」
車に乗り込む二人。
(今回は楽だったわね〜)
(毎回こうだったらいいのにね)
(本当よ。毎度のこと何かに巻き込まれて酷い目に遭ってるんだから、たまにはこういう日があってもいいわよね〜)
ダンジョンから帰還し、車から降りたヒナタ。いつもの道を通り都市に入ろうとしたその時、ピエロの刺青を顔面に入れた男に呼び止められる。
「おい、お前、ヒナタって奴か?」
「そうだけど……何よ」
直感ながら不穏な気配を感じるヒナタ。男は通信端末で誰かと連絡を取り始めた。
「ボス、見つけやした。ええ、間違いありません。女のガキで、そこそこ強そうな剣を持ってます。……あい。分かりました。あい、あいー、失礼します」
「ってことだ。付いて来い」
「ってことだって言われても、全然ピンと来ないんだけど?」
「お前、ダンジョンで魔物を押し付けられなかったか? ちょうど昨日」
「あぁ、押し付けられたけど……それがどうしたのよ」
「それについてボスが話したいことがあるんだってよ」
「それって、本当について行かないとダメな用事なの?」
「付いてこないとうちのボスにお前が睨まれることだけは確かだな」
ギャングに睨まれると碌なことがない。そんなカールの言葉を思い出し、溜息を吐くヒナタ。
「分かったわ。付いていくわよ」
「おう、助かるぜ。こっちだ、付いてきな」
道と呼べるほどには舗装されていない通路を通るヒナタとギャング。そこかしこに死体が転がっており、見るに堪えない。
(嫌な空間ね)
(今回こそは平和に終わると思ったら、最後にまさかギャングに呼ばれるだなんてね)
(本当よ。何もなければいいけれど)
道なき道を進んだヒナタは、とある部屋の前まで案内される。ピエロの刺青をしたギャングが立ち止まり、扉をノックする。
「ボス。連れてきやした」
「入れ」
冷たい声が中から聞こえる。部屋に入ると、武装した数人のギャングを後ろに従え、ソファーに深く腰掛けて足を組む、いかにも偉そうな男がいた。
「まぁ座れよ」
ヒナタはそれに従い座る。タバコを吸っていたのだろう。灰皿には殻が積もり、なかなかの激臭がする。
「俺の子分がどうやらお前に迷惑をかけたらしいな。俺はドルムだ。よろしく」
「ええ、そうね。よろしく」
率直に答えるヒナタ。すると後ろに控えていた武装した男の一人が、声を荒らげる。
「お前、ボスに向かって何だその口の利き方は! うちらの組を舐めてんのか、あぁ!?」
「引っ込んでろ、カルロ」
何か言いたげな顔だが、ドルムの命令には従わざるを得ない。カルロは引き下がった。
「……すいやせん、ボス」
「それでなあ。お前が生きてるって子分から連絡を受けて、色々調べてたんだよ。女のシーカーなんて珍しいだろ? するとお前、どうやらダンジョン送りにされたらしいな」
「そうよ。よくそんな事知ってるわね」
「ここでは情報網は命だ。常に色んな所に目を光らせている。まあ、そんな事はどうでもいい。お前、都市を憎んでないか?」
真剣な眼差しでヒナタを見つめるドルム。しかし、ヒナタの返事は期待外れのものであった。
「まあ、恨んでないって言ったら嘘になるけど。あの頃の私は何も無かったからね。仕方がないと思って、今は受け入れているわよ」
「そうか。俺は気に食わねえ。平然と弱い奴らを切り捨てておいて、正義面してやがるそのクソさ加減にな……。まあ、話が逸れちまったが、俺が言いたいのは単純なことだ。お前、うちの組に入らねえか? うちの組はいずれスラム街を操る組織になる。その時に、一緒に頂上の景色を見せてやるよ」
自信満々に言い切るドルム。しかし、ヒナタの答えは決まっている。
「嫌よ」
少しムッとするドルム。交渉中ということで怒りを抑えているようだが、とんでもない剣幕でヒナタを睨んでいる。
「どうしてだ?」
「一応あんた、ここを管轄してるんでしょ? それなのに道端に転がっているのは死体にゴミ。道路もまともに整備されていない。これなら都市の方が数百倍マシよ。もう一度言うわ。あなたの組に入るつもりはない。悪いけど、別の人を探してちょうだい」
言い切るヒナタ。部屋中に緊張感が漂う。
「そうか、お前の返答は分かった。ただ、もう一つだけ聞いていいか?」
「何?」
「その返答……俺を怒らせると思わなかったのか?」
「私、嘘は吐きたくないタイプなの。そんなこと気にしてないわ」
タバコを吸い始めるドルム。煙を吐き出して告げる。
「殺せ」
その瞬間、後ろの扉が破壊され、ギャングたちがゾロゾロと入ってきてヒナタを囲む。
「ちょっと、どういうつもり? こんなことして都市に許されると思っているの?」
冷静を装い、ヒナタはドルムに問う。しかしドルムは一切焦る様子を見せない。
「逆に、どうして俺たちがこうして都市の周りで生きるのを許されていると思う? それはな、最低限のマナーを守ってるからだよ。要人を殺すことはしないし、都市直属の人間を殺すこともない。逆に言えば、マナーを守っている限り多少の融通は利く。俺たちに暴れられた方が困るからな。だからこんな治外法権が罷り通ってんだよ」
「それを聞いた上で、私を殺すのは意味がわからないけど」
「先に俺たちの領分に入ってきたのはお前だ。俺たちの領分に入っておきながら組に入れねえ? お前こそ俺たちを舐めてるのか。なあ?」
そう、ギャングの領分に入った時点で、そこは治外法権だ。ドルムは、その常識に照らし合わせてヒナタが勧誘を受けるに違いないと踏んでいたが、実際にはヒナタにはその常識が欠けていただけだった。
そして、ここまで来てヒナタを何事もなく帰すことは、ギャングの沽券に関わる。シビアな世界では、そうした体裁が大切なのだ。この場所へ足を踏み入れた時点で、ヒナタはもう詰んでいた。都市の道から外れてここまでやって来た彼女に残された道は二つ。友好か、それとも殺し合いか。
そして今、その一つが消えた。残された選択肢はただ一つ――殺し合いだ。




