全賭け
「ふぅ、ようやく帰ってきたわね」
「結局いつもの宿に戻って来たけどね」
「仕方ないでしょ。内装が気に入らなかったんだから」
結局、いつものおんぼろ宿に帰ってきたヒナタとキューネ。一応他の宿にも行ってみたが、内装が気に入らなかったらしい。見慣れた天井の染みを指で辿る。
「うん。やっぱりこれね」
何故か納得した様子のヒナタ。
「僕にはその感覚がよく分からないけど」
「私が分かっていればいいのよ」
そうして何もない空間でぼんやりしながら、明日のことを考え始めるヒナタ。
「あーあ、明日はダンジョンに行くなって言われてるし、何しようかしら。暇だし間引き依頼でも受けましょうか?」
なんて恐ろしいことを言うヒナタ。もう立派な戦闘狂である。
「それじゃあ意味がないでしょ。僕も休日はあっても良いと思ってたからね。せっかくだし明日は都市探索でもしてみたら? ヒナタ、まともに都市を見て回ったことないでしょ」
あまりにも土地勘がないヒナタ。都市をまともに観光したことがないのは明らかであった。都市の地形に熟知しておくことは悪いことではない。やはり、どこに何があるかなどはある程度把握しておいた方が、日々の生活が送りやすいからだ。
「そうねぇ〜。でも正直、買いたいものとかもあんまりないしね。甘いものとかは食べてみたいけど」
「服はとりあえず買った方がいいと思うけど……」
そうヒナタの服を見るキューネ。ヒナタの服は安物で、特段シーカー用に作られたものではない。そのため、度重なる危険に襲われるたびにどんどん服としての体裁を失い始めている。色んなところに穴が開き、「今時のファッションなのかな?」と逆に思わされるほどの様相だ。
「そうね……私も流石に服は買わないといけないと思ってたし。また明日探してみようかしら」
あまり外面を気にしないヒナタですら、少し気になり始めていた程にボロボロな衣服。ついに新調できるようで何よりだ。そうして通信端末の方に目をやるヒナタ。何か連絡は来ていないかと確認してみたところ、カールから一件の着信が見受けられた。
「『明日ちょっと話があるからお昼頃に会えないか』……だそうよ」
「これは愛の告白に違いないね」
「んなわけないでしょ。報酬の分け前を渡して終わりよ」
「う〜ん。まあ確かに愛の告白はあり得ないとして、なんか含みを持たせたような言い方だね。別に何か話しておきたい事でもあるんじゃないかな?」
今日の出来事でカールから相談されるべきような事をしただろうかと、自身の行動を振り返るヒナタ。しかし、ヒナタの記憶にヒットする情報はなく、結局のところ分からずじまいだ。
「と言っても、心当たりがないわね。まぁ、どうせ明日になったら分かる事だし、あんまり一人で考え込んでも意味ないわね」
そう言って考え込むのをやめたヒナタ。キューネからしてみれば、「いや一択だろ」と思わざるを得ないが、自分からそれを切り出すのも気が引け、結局明日のカールに任せる事にする。夜がかなり深くなって来た。室温もかなり寒くなり、ヒナタはベッドに入り眠る体勢をとる。そして疲れていたヒナタは、ものの数分のうちに寝ついてしまった。
(こっちかしら?)
(ヒナタ、それ真逆)
朝になってカールと連絡を取り合ったヒナタ。ヒナタが明日はダンジョンに行くつもりはないと告げたところ、カフェで落ち合うこととなった。そしてそのカフェに向かって歩いているが、どうやら難航している様子だ。
(ちょっと間違えたわ)
(ちょっとじゃないよ。間違えすぎ)
(うるさいわね。私、地図見るの苦手なのよ)
地図を見るのに苦手もクソもないだろうと思うキューネであったが、そんなことを言ってもヒナタの機嫌を悪くするだけだとようやく学びだしたので黙秘を選択する。そして約束のカフェの前に辿り着いたヒナタは店に入る。
「いらっしゃいませ〜」
そう明るく女性店員が呼びかける。武具屋の店主とは大違いだ。そんな事を思いながらカールを探すが、いない。そのため、とりあえず先に席に座りメニュー表を見る。
(2500ヴァル、3000ヴァル……これが5000ヴァル? 詐欺か何かかしら? 朝食を食べるだけでもこんなにしないわよ? なんでお菓子ごときがこんなに高いのよ?)
ヒナタが朝食を食べるのに払っているお金は1000ヴァル程度。それと比べれば破格の高さであるのに違いない。
(カフェはこんなものだよ。全体的にちょっと高いけど、その分美味しいよ? 昨日あれだけ稼いだんだから好きに頼みなよ)
キューネの言うことも一理ある。ヒナタは既に数十万ヴァルを一度の遠征で稼げるほどのシーカーになったのだ。ちょっとぐらい贅沢をしても罰は当たらないだろう。しかし、いつまでも金銭感覚が貧乏な頃から変わらないヒナタは、軽食に数千ヴァルも支払う事は少し躊躇われるようだ。そして呼び鈴を鳴らして店員を呼ぶヒナタ。
「この『メガ盛りドリームパフェ』で」
「はい、かしこまりました」
ヒナタがメガ盛りドリームパフェを選んだ理由はなんとなくだったが、キューネがその名前からヒナタをおちょくる。
(メガ盛り『ドリーム』パフェだって。ヒナタにピッタリだ)
数秒して意味を理解したヒナタ。久しぶりにキューネに拳骨を喰らわせる。
(痛てて……もう、容赦ないんだから)
(あんたが余計なこと言うからでしょ)
今回に関しては自分が悪い事を自覚しているので、キューネが言い返してくることもない。そうしてヒナタがメガ盛り「ドリーム」パフェを食べ始めて数分後、カールが到着する。
「おう、待たせたな」
「待たされたわよ」
一応まだ約束の時間にはなっていないのになかなか手厳しいヒナタに、苦笑いをするカール。
「そうか、悪かったな」
「はい。とりあえず15万ヴァル。あんたの取り分よ」
「おう。いや〜、自動で魔石を回収してくれる魔石袋なんて知らなかったぞ。まじでサンキューな」
ヒナタは今日の朝、しっかりとカールに報酬額については伝えていた。想像以上の高額さに理由をカールから尋ねられたヒナタは、とりあえず自分の魔石袋は周囲の魔石を自動で回収してくれる代物だと説明して誤魔化した。カールは「そんなもの存在するのか」と疑問に思ったが、高い分には何も問題はないと、あまり疑問を抱かずに15万ヴァルを受け取ったようだ。
「それで、話って何よ」
ヒナタがその話題を出すと、少し気まずそうにするカール。
「いや〜、そのな、まあ非常に言いにくいんだが……」
「何よ。別に怒ったりなんてしないから言ってみなさいよ」
そうカールに言うヒナタ。特段、カールが何を言うかなんて想像もついていないので、自分が怒ることもないだろうとカールを急かす。するとカールは非常に申し訳なさそうにしながら言う。
「すまん……パーティを解散したい」
「へ?」
スプーンを落とすヒナタ。どうやら完全に予想外であったようだ。しばらくの間、フリーズしたままである。
「え? なんでよ? 前回は上手くいったじゃない? どうしてそれでパーティ解散なんて話になるのよ」
「いや……まあいくつかあるんだけど。お前、確か昨日だけでレベルが17個も上がったんだよな?」
「ええ、そうだけど」
「悪いけど、俺はそんなにレベルアップが早くない。壁役だからな。だから相手がある程度レベルが上がったらパーティを解散するようにしてるんだよ。自分とレベルが合っていない奴に着いていくのは危ないからな」
爆速でレベルアップを繰り返すヒナタ。解散理由の一つは、ヒナタのレベルアップの速度ではすぐに自分が追いつけなくなると判断したことにあるらしい。
「後は?」
「後はそうだな……正直、俺はあんまり強い敵と戦うっていうより、安全に弱い敵を倒してレベルを上げたいタイプでさ。あんまり強い敵にどんどん喧嘩を売るタイプじゃないんだ。だからちょっとヒナタの行動方針とはあんまり合っていない。だから仮パーティを解散したいんだ」
というより、こっちが本命である。確かにヒナタのレベルアップの速度は速いが、多少はカール自身もその影響を受けることが判明しているため、カールにとってそれはそこまで重要なポイントではない。問題なのはヒナタの安全意識の薄さだ。ヒナタは命を含めたチップを全て賭けて、莫大な経験値を回収している。カールは盾だ。いざという時に火力が出ない。それは変異体のレッドスパイダーと戦ってカールが再認識した部分だ。そして自分が火力を出せないという事は、火力を相手に依存する事になる。つまり、火力が死んだらほぼ終わりの世界なのだ。そんな中で、すべてのチップを賭けてしまうようなヒナタの戦い方は、それに巻き込まれてカール自身が死ぬ可能性も急上昇させる。盾役は味方に自身の命を預けていると言っても良い。そのため、その味方が自身の命も含めて全てチップとして出してしまうようでは困るのだ。ヒナタはそれを聞いて少し残念だと思いつつも、本人が辞めたいなら仕方ないとパーティの解散を認める。
「……分かったわ。まぁあんたが辞めたいっていうなら、仕方ないわね」
「俺から誘っておいて本当にすまん。3万ヴァル置いていくから自由に会計しといてくれ。それじゃあ、機会があればまた会おうぜ」
「えぇ、またね」
そう言って落としたスプーンを拾って端に置き、新しいスプーンを取るヒナタ。本来なら3万ヴァル貰えてウヒャウヒャするところだろうが、流石にパーティ解散の後ではあまり喜ぶ事は出来ない。
(そんな暗い顔しないでいいよヒナタ。方針が違っただけ。ヒナタが悪いわけじゃないよ)
(分かってるわ。それでも、解散は解散よ。ちょっと寂しい気持ちになるのは当然でしょ?)
(まぁそれはそうだね。こういう時はやけ食いがいいんだよヒナタ。いっぱい食べて寝て忘れるのが一番だよ)
(そうねぇ、まあ割り切るしかないわよね)
そう言ってスプーンを進めるヒナタ。そうしてパフェを完食したヒナタは考える。
(なんか、腹が立って来たわね)
(何に?)
(自分に対してに決まってるじゃない。結局のところ、私とはやっていけないと思われたからパーティを解散されたわけでしょ?)
黙り込むキューネ。どう返答すれば正解か悩んでいる。しかし、ヒナタに返答は必要ないようだ。独白を続ける。
(絶対に強くなるわよ。あいつが私を手放した事を後悔するくらいにね)
ヒナタは席を立ち上がった後、会計を済ませて店を出る。そしてまた宿に戻る。清掃は要らないからとチェックインを無視してベッドに寝転がるヒナタ。もはや常連となりつつあったので、宿の店主もそれを認めたようだ。キューネは特に声をかける事もない。ヒナタが自分の内省をしている事に気付いているからだ。そうしてヒナタの中で決意が固まったようだ。ヒナタがキューネに話しかける。
「私ね。自分を変えたくないの。周りに合わせて自分が何も出来なくなるのが嫌なの。ほら、親の目線とか友達の目線とかを気にして、結局何にも挑戦できない人っているでしょう? 私、それは嫌なの。私は自分の信じた道に進みたいの。周りに気を遣って、結局何も成し遂げられない事が嫌なの」
「怖い」ではなく「嫌」という表現をしている所からはヒナタの力強さを感じさせられる。怖いという弱い表現は使いたくないのであろう。自分が弱い事を認める事が怖いのであろう。怖いという言葉を使って弱い自分の状態を示すことは、ヒナタのプライドが許さない。怖いという意味が込められた「嫌」という言葉に、ヒナタの思いは強く体現されている。
「だから……強くなりたいの」
ヒナタの目には涙が溢れ出ていた。無償の愛を与えてくれる存在はもう存在しない。だからこそ都市に来てヒナタは十分に理解している。自分の願いを叶え、そして周囲の人間から認められるようになるにはそう――強くなるしかないのだ。周囲に合わせる事は簡単だ。しかし、ヒナタはそれでは満足できない。だからこそ、ヒナタは家出をしてここまでやって来たのだ。自分の願いを叶えるため。そして最終的にはそれを周囲に認めてもらうため。もちろんそれは苦難の道だ。しかし、野望を叶えるには、ヒナタは走り続けなければならない。その事を、ヒナタは都市の生活で否応なしに突きつけられていた。




