埒外の化け物
ヒナタとダンジョンに入ったカール。先の通路にはヒナタの言うようにブラックバットがいることを確認する。そして先ほど同様に人差し指で魔物がいると合図を送る。どうやら後ろのヒナタが先ほどのように動き出す気配はない。ヒナタが先に敵に捕捉されれば、ヒナタに攻撃がいく可能性があると強く忠告したが効いているようだ。そして、ブラックバットがこちらに近づいたことを確認したカールはスキルを放つ。
「【挑発】!!」
狙いをカールに定めるブラックバット。高度を少し落としてカールに向かって飛行する。ブラックバットがカールの盾に向かって噛み付くが、ステータスの差から後退りさせることも叶わない。そして、カールがブラックバットの注意を引き付けていることを確認したヒナタはゴブリンの時同様背後を取り、ブラックバット3体をそれぞれ一突きする。そして致命傷を喰らったブラックバットが魔石となる。
「なんか、楽勝ね。」
ヒナタのその言葉にも無理はない。1階層で出る魔物は推奨レベル10以下しかいない。今のヒナタの動体視力と身体能力なら連携など取らなくても余裕を持って瞬殺することができる。
「肩慣らしにはちょうどいいだろ。」
「あとどれくらい1階層で肩慣らしするのよ? 私、もうそろそろ飽きてきそうだけれど。」
「上層で出てくる魔物は一通り試すつもりだぞ?」
「それってつまりあとどれくらいよ?」
「そうだな……上層で出てくる魔物だから後はウェアウルフとレーザーアイくらいか。」
「うわっ、両方嫌な思い出しかない奴らじゃない。」
「だったら尚更1階層の弱い奴らと戦っておくべきだろ。それで、他の魔物がどこにいるとか調べる余裕はあるか? 魔力を節約したいならとりあえずの性能チェックは済んだし、後は足で探すけど。」
「ちょっと待ちなさい。」
(キューネ、やりなさい。)
(えぇ、僕ももうちょっと魔力を節約したいんだけど……。)
(こんな退屈なことやってられないわ。ほら、早く。)
(うぅ、分かったよ。うーんと……ここら辺はゴブリンばっかで近くには居ないね。僕が案内するから付いてきて。とりあえずレーザーアイのとこに行くから。)
「こっちにレーザーアイがいるわ。付いてきなさい。」
「おう、サンキューな。」
ヒナタが立ち止まってカールが前に出るように指示をする。そしてその指示を受けたカールは先の通路を確認してレーザーアイを目視する。モンスターの存在を人差し指でヒナタに伝え、また1人で前に出る。
「【挑発】!!」
レーザーアイが照準をカールに向ける。それを見たヒナタは咄嗟に前に出る。そしてレーザーアイが光線を溜めるその瞬間、レーザーアイの目にヒナタの刃が貫通し、地面に一つの魔石が転がり落ちる。そして転がり落ちた魔石を拾いながらヒナタは自身の成長に感慨深くなる。
(前は逃げるしかなかったのに、今となってはもう雑魚ね。)
(まあレベル20後半が推奨レベル一桁を相手にしたらこんなもんだよ。)
(そんなもんなのかしらね。)
魔石を見つめながらそんな感慨にふけていたヒナタにカールが話しかける。
「そういえば聞いてなかったけど、お前のレベルって幾つだ?」
推奨レベル50の変異体を一撃で倒す魔法を撃つくらいだからそれなりのレベルはあるのだろうと言及を控えていたカール。しかし、ヒナタの身体能力を見て少し違和感があったため念のために聞いてみる。
「26よ。」
「26? まじかよ?」
「まじよ。」
(レベル26であの威力? 大して詠唱もしてなかっただろ。どんな化け物魔法なんだよ。)
魔法師として鍛え上げていても普通はレベルが上がるにつれ身体能力は上がる。カールから見て、ヒナタは変異体を一撃で倒すほどの魔法を使える割には、動きが遅過ぎた。魔法に対して身体能力が全く持ってつり合っていないのだ。そしてヒナタの話を聞いたカールはヒナタがとんでも魔法を持っているのだと自分の中で片付ける。そうして考え込んでいるうちに、ヒナタは勝手に動き出していた。
「後はウェアウルフだったかしら? さっさと行くわよ。」
弱い魔物ばかり倒して飽き飽きしているヒナタはさっさと歩き出す。早く下の階層の強い魔物と戦いたいようだ。
「おう、悪い悪い。」
ウェアウルフを発見したカール。手慣れた動きでヒナタと連携を取り、見事に標的を自身に向けさせる。そしてヒナタの刃がウェアウルフの首元を貫き、また新たな魔石が生まれ落ちる。
「よし、これで下の階層に行けるわよね?」
「まあそうだな。もうちょっと下の階層に行くか。」
「私達のレベルなら、どれくらいまで潜れるのかしら?」
「そうだなぁ……お前が魔法を使う前提なら、上層ならどこでも行けると思うぞ?」
「さっきから上層上層言ってるけど、それどういう意味よ?」
「上層ってのはここのダンジョンなら1〜20階層、その下の21〜40階層が中層。セーフティーポイントが上層と中層の分かれ目だな。」
「へ〜、そんなものがあるの。ま、いいわ。とにかく早く下の階層に行くわよ。経験値達が私を待ってるわ。」
「俺らが経験値にされなきゃいいけどな。」
(こいつ、本当に何も知らないな。)
ダンジョンに行きたいと提案した張本人がここまでの無知であることに一種の呆れを持つカール。
(セーフティーポイントって何よ?)
(名前の通りだよ。安全な場所。つまり、魔物とかが出ない場所だね。)
(へ〜、案外ダンジョンも良心的なのね。)
地図も見ずに前にずかずかと進んでいくヒナタ。それを見たカールが疑問に思う。
「なあ、お前下への階段の位置とかも分かるのか?」
(分かるわよね?)
(うん)
「分かるわよ。」
「まじか、じゃあ地図要らなかったかもな。寄り道して買って損したぜ。」
「あら、それは悪いことしちゃったわね?」
「まあいいか。上層の分しか買ってないしな。」
そうして2人は下の階層へと降りていくのだった。
「暇ねぇ〜。」
「そう気を抜くなよ。」
「魔物の位置が分かってるのに緊張するな、なんて無茶があるんじゃない? せっかく15階層まで来たのに、強敵には出会えずじまいね。」
(何回かは僕のバリアのおかげで命拾いしてたけどね。)
(うるさいわね。あれくらいバリアが無くても自分で避けられたわよ。)
15階層まで降りてきたヒナタとカール。一度で倒しきれない敵が出てきているとはいえ、ヒナタのレベルならまだかなり余裕のある範囲だ。油断するのも無理はない。それに、上層ではオークのような力の強い敵が出ないので、最悪何度か攻撃を喰らったところで、キューネならすぐに回復させることができる範囲であるので大した問題にはならない。そうして、ダンジョン内とは考えられない、お散歩かのような気の抜けた散策を続けていたヒナタにとっては朗報が舞い降りる。
(ヒナタ、ちょっと先にウェアウルフの変異体がいるけど。行く?)
(え、何それ、行くに決まってるじゃない! ようやくまともな経験値が現れたわね!)
15階層まで来てもヒナタのレベルは上がらずじまいだ。ヒナタ単体ですぐに倒せるような敵ばかりなので、まともな経験値は入らない。カールの挑発に対して、後ろから刃を刺すだけという単調な作業を続けていたこともヒナタの退屈さ加減に拍車をかけていた。そんな最中、キューネが変異体を見つけたという吉報を受け、ヒナタは表情を明るくする。ヒナタが急に表情を明るくしたことを疑問に思ったカールは不思議そうに尋ねる。
「どうした? なんかいいものでも見つけたか?」
「ええ。変異体よ。しかもウェアウルフ。いい経験値が見つかったわよ。」
「それのどこがいいものなんだよ……。」
「何よ? 嫌なの?」
「昨日見ただろ。変異体を倒すには時間がかかる。その間に他の魔物も群れてくる。正直、避けて通りたいところだな。」
「えぇー……」
明らかに落胆した様子のヒナタ。カールは少し良心が痛むが、命に関することなので仕方ないと割り切っている。そしてヒナタは視線をキューネにやり尋ねる。
(あんたもそう思う?)
(いや、僕は別に戦ってもいいと思うよ。実際問題ほぼ勝てるわけだし。)
(え? そうなの?)
驚く様子のヒナタ。逆に負ける可能性がある程度あると分かった上で行こうとしていたのだろうか。だとすれば恐怖極まりない。そんなことを考えたキューネだが、どうせ怒られるだけなので黙っておく。
(うん。昨日と違って先に詠唱する時間が作れるしね。詠唱をある程度溜めた状態でカールに変異体を引き付けてもらえれば、一発で倒せるよ。昨日の個体とそんなに強さは変わらなそうだし、多分行ける。)
(何それ。そんなことができるなら行くで決定じゃない。なんとかカールを説得するわよ。)
「詠唱する時間さえくれれば、あいつを一発で倒せるわ。あんたはウェアウルフを引きつけるだけ、それでいい。その隙に私があいつを倒してあげる。」
「はぁ? んなことできるわけ……」
できる訳ないだろう。そう言いかけるが、昨日の火力を見る限り確かにいけるかもしれない。そう思いもう一度ヒナタに視線を合わせて聞く。
「本当に一発で決めれるんだな?」
「ええ、一発で余裕よ。」
黙り込むカール。決断を悩む。確かにあの火力が出るのであれば倒せるかもしれない。しかし、わざわざ脅威がいると分かっていても自身でそこに突っ込むことは、今まで安全なシーカー活動を心がけてきたカールにとって勇気の必要なものだ。ミズハの言葉もやはり少し気掛かりである。しかし、昨日のような爆速のレベルアップが可能であるのならば……
「行くか。」
「よし、決まりね。じゃあさっさと狩りに行くわよ。」
そうして変異体の元へ進む2人。通路を確認せずとも分かるその威圧感。推奨レベル50の巨体が、周囲の生物に無意識的に威圧を与えている。
「詠唱を始めるわ……」
そう小声でカールにいうヒナタ。一応それらしいポーズはとっているが実際にはキューネが詠唱を頑張っているだけで、ヒナタ自身は何もしていない。そうしてある程度の時間が経ったのち、ヒナタがカールに小声で言う。
「完成したわ。引き付けて。」
カールは頷き、深呼吸をする。
(落ち着け、昨日と一緒のことをすればいい。しかも昨日と違って今回は引きつけるだけ。何も難しいことはない。)
そう考えて通路の先にいる存在に思いを馳せる。そして身を乗り出して大声で言う。
「【挑発】!!」
変異体のウェアウルフがカールを見つめる。そしてその巨体から雷魔法を生成し、カールに打ち込む。
「ああッ!」
大きな叫び声を上げるカール。感電したようだ――体がブルブル震え、全身が痛みを訴える。大声を出すことでなんとか正気を保っているようだ。
(ちょっと、あれ、大丈夫なの?)
(大丈夫。だからまだ前に出ないで。手元が狂う。)
カールは上を向いてウェアウルフを睨み続ける。まだ目の前の存在が自身に害を加えようとしているとみなしたウェアウルフはそのままその巨体でカールの方へ突進する。カールは後退りしながらも、なんとかそれを受け止めているようだ。突進を受け止められたウェアウルフは大きな口を開ける。そのまま上半身ごと持っていくつもりなのであろう。人一人は余裕で飲み込めてしまいそうなほどには大きい。
(ヒナタ、今だ前に出るよ!)
(遅いじゃない!)
そう言ってカールの後ろに陣取るヒナタとキューネ。そしてキューネは大きく口を開けたウェアウルフに対して魔法をぶち込む。詠唱時間が短いせいか、その威力は昨日の光魔法に比べると少し落ち着いたものとはなっていた。しかし、それでもウェアウルフの体内を貫通するのには十分な威力だった。ウェアウルフは体内への深刻なダメージに対して、大きな咆哮を上げて、周囲を威圧する。しかし、その努力虚しく、致命傷を受けたウェアウルフは倒れ込み、いずれ魔石となる。それを見て一安心したヒナタはカールの方へ注意を向ける。
「ちょっと、あんた大丈夫?」
「昨日に比べりゃあな。まだ手足は痺れるけど、ポーションを飲めば治るだろう。」
そう言ってポーションを流し込むカール。
「もう、私が治してあげるじゃない?」
「いざという時に魔力がないと困るだろ? ポーションで治せる傷はポーションでいいさ。」
そのポーションはいくらくらいなのか。その値段が気になってしまったヒナタだが、どうせ今の貧乏暮らしをしてる自分では補填のしようもないので触れないことを決断する。そして、今度こそは自身のレベルがアップしているのではないかと楽しみでステータスを開く。
「レベル29になったわ。2度目だからか昨日ほど経験値貰えてないわね。」
そう少し残念そうな様子すら見せるヒナタ。それを見たカールは何を言っているんだという顔でヒナタを見つめる。
「いや、レベルが3上がるなんて快挙も快挙だろ。」
「全然よ。昨日のウェアウルフの時はレベルが12上がったわ。それと比べたら微々たるものよ。」
驚愕の顔を浮かべるカール。まさかだ。レベルが12も上がった? そんなことがあっていいのか。これではミズハが言っていた通りの本物の化け物ではないか。そんなことを考えるカールの傍ら、ヒナタは想像以上にもらえる経験値が少なくて少し凹んだ様子だ。
(もうちょっと貰えるかと思ったのに……しょぼん。)
(まあそれだけヒナタ単体でも強くなったってことだよ。気を取り直していこう。)
「あんたもステータス覗いてみなさいよ? 上がってるかもしれないじゃない?」
「そんな簡単にレベルは上がるもんじゃねえよ。お前のおかげで昨日ようやくレベルが39になったんだ。もうしばらくは上がらねえよ。」
「あら? そんなの見てみないと分からないじゃない。減るもんでもないんだし、確認しておきなさいよ。」
自分のレベルが上がっているはずなどない。レベル38になってから一週間と経たず、レベルが39になったんだ。本当にギリギリ、変異体のウェアウルフを倒したことでレベルが39になったばかりだ。それだけでも、昨日何度も自分のステータスを見直すほどの破格の経験値だった。一週間でレベルアップするなんて、シーカーを始めたカールにとっては初の体験であった。さらに言えば、今日はまだ一日目だ。ゼロの経験値がようやく少し溜まり出したところだ。そんな段階でまたレベルが上がる? ある訳がない。そうしてステータスを覗き込むカール。そこには衝撃の数字が待ち受けていた。
「レベル……41?」
「ほら言ったじゃない。いくらレベルが私より高いからってあんな強い敵倒してレベルが上がらないなんてある訳ないわよ。ちょっと休憩しようかしら? あんたの痺れが取れるまで待っといてあげるわ。」
いや、本来であればあり得ない。何せカールの役割はタンクだ。死ぬ気で防衛したとは言え、所詮タンクはタンク。経験値は主火力の方に多く配分される。カールの想定は本来であれば正しいものであった。レベルなど上がる訳がない。しかし、実際の数字は二つのレベルアップを自身が遂げたことを示している。
(前の戦闘と今回の戦いだけでレベルが3つも? ありえない。どういうことだ?)
そう、カールは以前の戦闘で、溜まりに溜まった経験値が自身のレベルを一つ上げたものだと思っていた。しかし、今回レベルが二つ上がったことで、実際には昨日の戦闘だけでレベル1.5個分以上の経験値を手に入れたことになる。ありえない。そんなことがあってはならない。しかし、ヒナタという存在がそれを可能にしてしまった。それに加えて、ヒナタ自身も凄いことを成し遂げたというような素振りはない。「いつものこと」、まるでレベルアップを日常に存在することのように扱っている。
(あいつ、ずっとこんな速度でレベルアップしてるのか? そりゃミズハさんが止める訳だ。)
そう、ヒナタのレベルアップの速度は埒外の化け物だ。もし、カールの前でヒナタが言っていることが本当であるとするのならば、側から見ればヒナタは危険を見つければ真っ先に飛び込んでレベルアップを図る狂人だ。ミズハから連続でレベルアップと聞いてカールが想像したのは、一週間ごとにレベルアップをするとんでもない奴とかそういうことだ。まさか一日でレベルを連続で何回も上げるような奴だとは微塵も思っていない。しかし、本当の問題はそこではない。確かにレベルアップの速度は異常だが、もっと問題なのは敵から得られるその経験値の多さだ。そう、ヒナタと戦って得られる経験値はあまりにも「多すぎる」。キューネがとある夜に聞いた、「強い奴が弱い奴を倒してレベルが上がったらバランスが崩壊しちゃうでしょ?」というその質問に対する、まさにドンピシャの解答がヒナタなのだ。確かにウェアウルフは強い。それなりに苦労したと言ってもいいだろう。しかし、一撃で倒すことができる魔物に対してレベルを3つも上げてしまうような事態はあってはならない。それはヒナタの言う通り、あまりにもバランスを崩してしまう。何より恐ろしいのはそれをなんとも思っていないヒナタだ。今も空を見上げて口をごにょごにょ動かしながらぼやーとしているあの怪獣だ。ヒナタは本当の意味で自覚していないのだ。自分の「ヤバさ」に。
(スキル……って考えるのが妥当だよな……。こんなやばいスキルなんだ。俺にその事について話さなかったことも辻褄が合う。誤魔化すにしてはあまりにもお粗末だが……)
そんなことを考えていた最中、ヒナタがカールの目の前に来る。カールは考え事に夢中でヒナタに気付いていない様子だ。
「もしもーし。ちょっと、大丈夫?」
宙を見つめるカールを心配するヒナタ。
「ああ、大丈夫だ。すまん。」
「悩み事かなんか? そんなの後にして体が治ったなら早く行くわよ? それとも、まだ痛むの?」
「ああ、いや。治った。すまん、体は大丈夫だ。それじゃあ行こうか。」
「了解、新たな経験値を探しに行くわよ〜。」
そう言ってウキウキで前を走っていくヒナタ。自分が悩み事の元凶であることにも気付かず呑気なことである。




