事の顛末
(ふう、満腹満腹。)
(そんなに食べたら太っちゃうよ?)
朝食を食べ宿から出て来たヒナタ。カールと落ち合うために直接ギルドに向かうのにはあまりにも時間が早いので、先に武具屋に行くことを決断する。
(いいのよ、食べた分動いてるから。成長期はちょっと食べ過ぎくらいが一番いいんだから。)
(そうだね。ヒナタのあそこを成長させるためには少し栄養分を余分にあげるくらいじゃないと。)
条件反射で出かけた拳を周りの目を気にして抑えるヒナタ。
(ひえぇ、周りに人がいて良かった。)
(あんた学習能力ってもんはないの? 何回言えば学んでくれるのかしら。)
(僕が空気を読む能力を身につけてる頃にはヒナタの胸も膨らんでるかもね……ふふふ。)
そう言って口を手で押さえるキューネ。その様子を見たヒナタからキューネに本気の拳骨が飛ぶ。そしてヒナタの拳が当たりかけた通行人が小さな舌打ちをする。
(もう、もう少し手加減してよ。さっきの人すごい目でヒナタを見てたからね?)
(あんたが余計な事言うからでしょうが。着いたわ、さっさと武器を買って出ちゃうわよ。)
そう言って扉を開けるヒナタ。すると以前と同じように髭面の男が座って客を待っていた。扉についた鈴が鳴ったことで反射的に接客モードに入る。
「いらっしゃい……てあんたか。もう武器を壊したのか? そうすぐ武器を壊す奴は早死にするぞ?」
以前と同じように無愛想な店主。
「違うわよ。レベルが上がったから新調しに来たの。レベルに合わない武器を持ってても早死にするだけでしょ?」
「はいはい。それはいい事だな。それで予算は?」
全く信じていない様子の店主。まさかヒナタがありえない速度でレベルアップを遂げているとは欠片も思っていない。
「8000ヴァルよ。」
想像以上に高い額が目の前の少女から出て来て、少し感心したような様子を見せる店主。
「へぇ、あの剣でそんだけ稼いだのか。やるじゃねえか。」
「すごいでしょ?」
(僕がね。)
(うっさい。)
まさか剣を買いに来る目の前の少女が魔法でそれだけのお金を稼いだ事に気付けるはずもなく、純粋な剣の技術によるものだと思っている店主。少し態度を改めるような様子を見せる。
「まあ、初心者としては上等だな。今剣を持って来てやる。ちょっと待ってろ。」
(なんか、あいつちょっと丁寧になってるわね。)
(ヒナタが有望株だとでも思ったんじゃない? 実際は僕のマジカルパワーのおかげなんだけど。)
(現金な奴ね、ほんとに。)
(まあ世の中そんな人ばっかりだよ。でも逆に言えばヒナタが滅茶苦茶強くなればペコペコしだすからそこまで頑張るしかないね。)
(そうね。私を見たら土下座しだすくらいまでに強くなってやるわ。)
(あはは、流石にそこまでがめつい奴はいないと思うけどね。)
店の裏から出て来た店主。また昨日のように剣を横に並べる。
「左から順に4000、5800、7000ヴァルだ。好きなのを選びな。」
「おすすめは?」
「この価格帯の武器におすすめなんてねえよ。どれも大して費用対効果は変わんねえ。予算次第で好きなのを選びな。」
以前よりも説明が丁寧だ。どうやらようやくヒナタをまともな一人の客だとみなし出したらしい。
(どれがいいと思う?)
(どうせすぐに買い替える事になると思うし、ぶっちゃけどれでもいいけどね。でもどうせなら高いのにしといたら?)
(そうねぇ……あ!)
昨日魔石袋が一つしかなくて困ったことを思い出すヒナタ。
「ねえ、ここって魔石を入れる袋売ってないかしら?」
「魔石袋か? 売ってるぞ。一番安いので2000ヴァルだ。」
「じゃあそれと5800ヴァルの剣を買うわ。」
「分かった。ちょっと待ってろ……ほらよ。魔石袋だ。剣と合わせて7800ヴァルだな。」
「ちょっと待ちなさい……これでちょうどかしら?」
そうしてギルドカードとお金を店主に渡すヒナタ。店主は手で硬貨を弾いて枚数の確認を終えたようだ。
「おう。まいどあり。持ってけ。シーカーなんていつ死ぬか分からねえ職業だ。気をつけることだな。」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。私、運は良い方だから。」
「そうかよ。じゃあな。」
「それじゃあね。」
そうして武具屋を出た2人であった。
ギルド内はいつでも落ち着いていた。ギルドの管轄下で馬鹿な事をしでかす馬鹿などそうそういないのでギルド内の治安は非常に良い。自分の評判が下がって依頼を受けられなくなっては困ると普通のシーカーなら考えるからだ。そう、普通のシーカーなら。
「なんで私の申請が受理されないのよ! あんたあんだけ私は敏腕職員です、みたいな雰囲気を醸し出しといてどうしてこんな事も出来ないのよ!」
「だから何度も言ってるだろ! お前はまだシーカー始めて3日目だ。そんな実績の『じ』もない奴がソロで護衛の申請を受理されるわけねえだろ!」
「だから〜、それをなんとかするのがあんたの仕事でしょ? 不正でも何でもして私の依頼を通して見せなさいよねえ!」
「俺だって暇じゃねえんだ、それしか用が無いならもう行くぞ!」
ギルド内でこういった様相は非常に珍しい。周りのシーカーやギルド職員達も触らぬ神に祟りなし、と完全にヒナタ達を無視し、あまりにもうるさいので早く誰か解決してくれと他力本願を決め込む。そんな時に救世主が舞い降りる。――そう、カールだ。
「お前何してんだよ?」
カールを視界に入れたヒナタが少し落ち着いた様子を取り戻す。そしてカールを見て言う。
「私が護衛として車に乗れるように申請を受理させてるのよ。あともう少しで終わるわ。」
「終わるわけねえだろ! 何度も言うが流石に無理だ。何か問題が起きた時には俺にまで責任が来るんだぞ! 護衛として乗車したいならベテランシーカーでもパーティに誘ってこい!」
「そんな都合のいい奴いるわけ……」
そう言いかけたヒナタ。再びカールの方を向く。
「あ、そうそう。こいつとパーティ組む事にしたの。こいつ私よりベテランだからそれなら申請通るんじゃない?」
溜息を吐くミナト。申請を通してくれとかいう無理無茶無謀だけでも頭が痛くなるのに、さらに厄介事を持って来るヒナタに頭を抱える。
「はぁ……ちょっと確かめてくるからそいつも連れていつもの場所で待ってろ。」
「流石ミナト、分かってるわねぇ。」
「通るとは限らねえからな! 通らなくてももう泣きついたりするなよ!」
「もとから泣きついてなんてないじゃない! 失礼ね!」
全く……といった表情をヒナタに見せた後、ミナトはカールに視線を移す。
「お前の名前と担当は? お前のもこいつと一緒に申請しといてやる。」
「カールです。担当はミズハさんです。」
「分かった。そいつがまたなんかしでかさないように見張っててくれ。」
そう言ってギルドの裏まで行くミナト。ギルド内には安堵の空気が立ち上る。何か問題が起きれば自身も重要参考人として調査本部に呼び出され、今日のシーカー活動が潰れるに違いない、そう考えていた者達にとっては吉報も吉報である。
(ふう、泣き落とし作戦成功ね。)
(お願いだから二度としないで。僕は見えてないって分かってても恥ずかしい。)
(こういう図太さは案外重要なのよ。)
「それじゃああんたも行くわよ。あ……あとこれ。言ってた通り折半しといたわよ。」
「おう、あんがとな。でも本当にいいのか? 実際に倒したのはほとんどお前だろ?」
「いいのよ。2人で倒したんだから半々よ。文句ある?」
「いや……俺としてはありがたいが。」
「じゃあいいじゃない。」
いつもの個室に入った2人。
「ほら、ここに座りなさい。」
そう言って自身の隣の席の椅子をポンポンと叩くヒナタ。
「俺はこっちでいい。」
ヒナタの対角の席に座るカール。しかし、ヒナタと顔を合わせようとはしない。
(何よ、恥ずかしがり屋さんね。)
(ヒナタも罪な女だね。)
(え、何か言った?)
(いいやなんでもないよ。)
その頃、ミナトはヒナタが護衛として乗車するための処理を済ませていた。
「実績よしレベルよし素行よしスキルよし。まあパーティを組むのに問題は無さそうだな。」
ミズハからカールの資料を貰ったミナトは申請を出すと同時に、ヒナタがパーティを組むつもりだと言うので何か経歴に傷が無いかとくまなくカールの情報を物色する。
「ほー、あそこの家の人間か。まあ今更手を出してくる事も無いだろう。問題なしだな。」
ミナトがカールの情報を調べているその時、ヒナタとカールもまた話し合いを進めていた。
「というか、お前ダンジョンに行くつもりか?」
「そうだけど、嫌なの?」
「まあ正直行きたくないな。」
ダンジョンに行きたいというヒナタの提案に対して消極的な様子を見せるカール。昨日キューネの説明を聞いたヒナタはそのことを疑問に思う。
「どうしてよ? 宝箱もあるしお得じゃない?」
「確かに宝箱はあるけど、大概はその階層のモンスターを倒しても出てくるような魔石だ。レアアイテムが出る事なんて滅多にない。その割にはいざという時に逃げるのに時間がかかるし、そのせいで人気もないから護送車も通らなくて不便な上、いざという時に助けを呼ぶのも難しい。好き好んで行きたい場所では無いのは確かだな、俺からすれば。」
カールの説明は一方的に正しい。普通ダンジョンに行くことはあまり好まれる事ではない。その理由はカールの説明通り危険かつ旨みが少ないからだ。確かに秘伝書や魔法書が出るかもしれないが、普通の人間が行ってもそんな奇跡はまあ起きない。レアアイテムが出るかもという希望的観測の元ダンジョンに旅立つくらいなら、安全に地上の魔物を狩ってコツコツお金を稼ぎつつレベリングした方が圧倒的に安定性が高い。そのため、真っ当にシーカーとして活動している人間であれば全くもって行く必要も正当性もないのだ。しかし、ヒナタはキューネの存在を明かす事もできないのでスキルという形で誤魔化す事にする。
「ふん、それなら心配いらないわ。私は豪運の持ち主だから引く宝箱は大当たりばっかりよ。それに私のスキルはダンジョン内で活きるタイプなの。だからできるのであればダンジョンに行きたいかしら。」
「なるほどな。俺としてはいまいち気が進まないが、まあいい。俺がお前をパーティに誘ったわけだしな。命の恩人の言うことだ。従っておくよ。」
「そう? それなら行き先はダンジョンに決定ね……これでミナトがしっかり申請を通せてればいいけど。」
「まあ、気長に待つしかねえな。」
「あのメガネがヘマしてなければいいけど。」
「誰がメガネだおい。」
そう言って扉を開けて入って来るミナト。
「通った? 通ったのよね?」
机から身を乗り出してミナトに詰問するヒナタ。
「おう、通しといたぞ。俺の腕に感謝することだな。」
実際には間引きの護衛依頼と違い、車の護衛申請は比較的審査が甘く、カールの実績さえあればほとんど通ったもののようではあるが、ミナトはそれを隠して自己評価を上げようとする。
「流石ミナト、やるじゃない。仕事の出来る男はモテるわよ。」
しっかり騙されているヒナタ。カールは嘘に気付いているが、わざわざ訂正するほどの事でも無いのでスルーしているようだ。
「そりゃよかった。詳細は情報端末に送ってある。すぐの便だから用意を済ませてさっさと行く事だな。乗れなくても俺は弁償してやらんぞ。」
「分かったわ。ほら、あんたもさっさと行くわよ。」
「おう。」
そう言って立ち上がるヒナタとカール。2人は今にも護送車に向かおうとしているが、ミナトがそれを制止する。
「ちょっと待て、カール。お前ミズハさんにパーティ変えたって報告してないだろ。一応知ってるとは思うが、今から直接言いに行った方がいいと思うぞ。組んでる相手がこいつだからな、何かと心配してるだろ。」
「あ、分かりました。言いに行っておきます。」
「ちょっと、何よその言い草。私がやばい奴だと思われるじゃない?」
「実際お前はヤバい奴なんだよ。もっと自分の異常さを自覚しろ。」
「あらそう? だったらいいけど。じゃあ私先に行ってるから、あんたも早く来るのよ? 時間通りに来ないと置いていくからね。」
ミナトの「ヤバい奴」というのはヒナタの素行やその呆れるまでの安全意識の無さに言及したものであったが、自身の能力を褒められたと勘違いしたヒナタは機嫌良く護送車の方へ向かって走り出している。それを遠目で見つめるミナトとカールは互いに苦労を知るもの同士かのように目線を合わせるのだった。
「まあなんだ。ああ見えて悪い奴ではない。仲良くしてやってくれ。」
少し笑ったような素振りを見せるカール。
「分かりました。それでは、ミズハさんに会いに行くので僕も失礼します。」
「おう、それじゃあな。」
ミズハを見つけたカール。カールは自身から話しかけようとしたが、カールを見かけたミズハが先にカールに声をかける。
「聞いたわよ? 新しいパーティを組んだんですってね?」
「はい。前の奴は僕を置いて逃げたんです。それであいつに助けて貰って……」
「辞めておきなさい。」
ミズハの言葉は非常に率直なものであった。しかし、カールは少しそれが気に食わなかったようだ。少し語気が強くなる。
「なんでですか?」
「あんた、あの子がどういう子か知ってる?」
「知らないですけど……俺を助けてくれたってだけでパーティを組むのには十分でしょ? 何かあいつの隠し事を聞いたところで、僕からパーティを辞めたりするつもりはないですよ?」
「あの子、とてつもない速度でレベルアップしてるのよ。」
「別にいいじゃないですか、そんな事。」
「そんな事?……あなたも分かってるでしょ? あんな速度でレベルアップしてるからには、それ相応にとてつもない危険に飛び込んでるって事なのよ? たまにいるのよ。初心者でたまたま強い敵を倒して一気にレベルが上がった快感が忘れられない子は。でも上級者では見かけなくなる。私が言いたい事、分かるでしょ? だから辞めておきなさい。」
そう。すぐにレベルアップしてしまう感覚は癖になる。一つレベルを上げるのに場合によっては数週間、もっと悪ければ数ヶ月かかる事もある。そんな中でたったの1日でレベルアップをしてしまう体験というのは麻薬に近い効果をシーカーにもたらした。そしてその麻薬から抜け出す事が出来なかったシーカーが迎える事の顛末は決まっている――そう、死だ。
「でもそのおかげで俺は助かりました。今更自分からパーティを辞めようなんていうつもりはありません。もう失礼していいですか?」
そう言って足早にギルドを出ようとするカール。
「ちょっと、待ちなさい……」
ミズハが制止させようとするも、カールは無視して進む。カールに待ち受ける事の顛末。それが裏であれ表であれ結果が出るのはそう遠くないだろう。




