謎の青年
「お姉様!!」
女給が自分に気付いたのが分かると美羽は立ち上がり大声で女給に向かって再び手を振る。ラウンジのお客は一斉に美羽の方を見る。黒いワンピースに白い丸襟とエプロンドレスに髪をお団子に一纏めにした女給は外国人夫婦に一礼すると美羽の元へとやってくる。
「慶子お姉様、お久しぶりでございます。」
「お久しぶりでございますじゃないわよ。大きな声出して。恥ずかしいじゃない。」
「ごめんなさい。でも女学校時代は内向的だったお姉様がまさか女給なんてされてるとは。それも帝国ホテルで。」
「仕方ないじゃない。妹が入院してるからお金が必要なのよ。」
慶子の家は伯爵家で父は外交官、母は茶道の家元だ。元は官僚の子息と婚約していたが父が国庫を横領してる事が発覚し今は塀の中だ。母の茶道教室だけでは生活も妹の入院費も厳しく英語が話せる慶子は帝国ホテルで働く事を選んだのだ。
「今日はどうしたの?」
「あの、お願いがあって来ました。私と舞踏会に出て下さいませんか?」
「舞踏会って3月に女学校で行われるあれよね?」
「はい。」
「無理だわ。」
「そんな」
慶子の即答に美羽は落胆する。
「私はそういうの好きじゃないし、私はもう卒業したのよ。あら、」
その時別の女給に案内され黒いハットを被ったグレイのスーツの青年がやって来た。
「美羽、あの方にお願いしてみたら?」
慶子はスーツの青年に目線を送る。
「何を言ってるのですか?あの方は男性ですわ。」
「まあ、見てらっしゃいって。」
青年は帽子を外す。
「え〜?!!」
美羽は再び大声をあげる。
青年が帽子を外すと1つに縛った長い髪が降ろされる。
「ちょっと大きな声出さないでくださる?」
「お姉様、だってあの方」
青年の正体は女だった。
「あの方よく有楽町のダンスホールに出入りされるのよ。女性ならお姉様になってもらえるわよ。」
「でもルチアの生徒ではなくってよ。」
「いえ、彼女はルチアの専科にいるわ。」
専科とは高等女学校の上の学校だ。慶子の1つ上で今は専科2年生だという。
「じゃあお姉様、一緒にお願いしてくださる?」
「仕方ないわね。」
慶子に頼んで男装の青年の元に向かうとした時
「ちょっと向こうのテーブル片付けてもらえるかしら?」
慶子の元に同僚がやってきた。
「はい。」
慶子は美羽にごめんなさいと言うように両手を合わせて席の空いたテーブルに向かっていく。
「仕方ないわ。」
美羽は諦めて1人で青年の元へ向かうとした。しかしテーブルを見ると既に空席でコーヒーカップだけが置かれている。
ふと入り口の方を見ると青年は今退店するところであった。




