虚構18 虚構という真実
魔族の首都エクリプス、地下の要塞宮殿。
表向きの王宮のさらに下、黒曜石で覆われた円形の会議室。
青い魔法灯が揺れ、冷たい空気が沈殿している。
部屋の中央には、巨大な水晶の円卓。
その周囲に座るのは、魔族の超上層部――五名。
角は白く濁り、肌は灰色から青へと変色している。
彼らは「魔王」という虚構を維持する、魔族側の管理者たちだった。
座の中央に陣取るのは、魔族年齢450歳の魔族老人、ザルガン。
曲がった角、赤く光る眼。
指には、人間側のヴィクトルと同じ金の指輪――魔王の紋章。
ザルガンはワイングラスを軽く揺らし、口を開いた。
ザルガン(低く): 「……事後報告だ。
勇者クリード、及び人間側内部告発者ライアス。
昨夜、王都外縁の森にて、両名とも処理された」
部屋の空気が、わずかに緩む。
若い魔族の女性貴族――魔族年齢90代、鋭い角を持つ女が、資料をめくる。
女性貴族: 「実行者は?」
ザルガン: 「人間側が手配したフリーの暗殺者。
コードネーム“キール”。
我々の部隊は、接触していない」
老人の一人、角の折れた魔族が、息を吐いた。
老人: 「……勇者が、死んだのか」
ザルガンは、即座に否定した。
ザルガン: 「いいや。死んでいない。少なくとも、公式にはな」
報道担当の魔族――魔族年齢五十代の男が、頷きながら口を挟む。
報道担当: 「人間側と合意済みだ。勇者クリードは“健在”。現在も魔王討伐の旅を続けている、という設定になる」
水晶卓の上に、映像が投影される。
勇者クリードが剣を振るい、魔王軍と戦う――合成映像。
報道担当: 「既存の素材と、生成魔法を組み合わせる。今後も“勇者の活躍”は定期的に供給可能だ。魔王城突入、幹部撃破、最終決戦……全て演出できる」
女性貴族(淡々と): 「民衆は?」
報道担当: 「疑わない。勇者は“物語”として完成している。生死など、重要ではない」
ザルガンはグラスを置き、指を組んだ。
ザルガン: 「問題は、ライアスの持っていた証拠だ」
女性貴族: 「回収は?」
ザルガン: 「完了。メモリークリスタルは破壊、バックアップも確認済み。人間側の洗脳施設で、“ライアスは失踪”として処理される」
老人が、小さく呟いた。
老人: 「……真実は、完全に消えたのか」
ザルガンは即答した。
ザルガン: 「最初から、存在していない」
──沈黙。
それは同意の沈黙だった。
女性貴族: 「では、次の段階だ。“勇者の死”という不確定要素は消えた。経済指標は?」
報道担当: 「安定している。管理戦争の次回開催を前倒しすれば、さらに刺激できる。
死者上限は四十。
魔族二十、人間二十。
これで軍需と雇用は維持できる」
ザルガン: 「よし。魔王の虚構は守られた。人間側のヴィクトルにも、同じ内容を伝えろ」
唐突に老人が呟いた。
老人:
「……人間どもは、あれを“英雄”と呼ぶ。
我々はその象徴を殺し、物語だけを使い回す」
老人は、口元をわずかに歪めた。
「所詮この世は力がすべて。
勇者など、民衆をコントロールするための
プロパガンダに過ぎぬ」
ザルガンは、ゆっくりと老人を見た。
ザルガン:
「我々が与えるものを、民衆は“真実”と呼ぶ。
そしてそれを拠り所に、“安定”を消費する」
一拍置いて、続ける。
「勇者も、魔王も、戦争も――
すべて、必要とされる限りの商品だ」
会議は淡々と進む。
次の映像の構成。
次の戦場。
次の死者数。
すべて、人間側の会議と完全に対称。
やがて出席者たちは席を立ち、部屋を後にした。
ザルガンだけが残る。
彼は、水晶卓に映る勇者クリードの笑顔を見つめた。
生きているようで、もうどこにもいない男。
ザルガン(独白): 「安心しろ、勇者よ。
お前は、これからも世界を救い続ける」
要塞の扉が閉じる。
地上では今日もニュースが流れる。
勇者の活躍。
魔王の脅威。
終わらない戦争。
誰もが信じ、
誰もが依存し、
誰もが守っているつもりで――
怪物になる。
そして会議は、
何事もなかったかのように、
静かに終わった。




